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2008年2月 3日 (日)

チャンチャラおかしいと

Img_0110 大きく甲高い声で「おには~そと! ふくは~うち!」って声が聞かれなくなって二年たつ。

いまでは、孫たちも学校だ友達の家に行くだで忙しいらしく、豆撒きぐらいでは来ない。おまけに終日の雨もよいと来ればこちらからお宮さんなどに行って拾うのも億劫になり、閉じこもりを決め込んでしまった。

それでも家は一番遅くまでこの近所では音を挙げていた家だと思う。街中rとはいえ、ここらあたり一体もすっかり年寄りだけの家ばかりになり、何か年中行事があってもひっそり寒と静まった街になってしまった。

それでも年中行事、夕方になって掃除の邪魔にならない程度、小さく低い声で各部屋に2~3粒づつ撒いて周った。壁に掛けてある浅間山 ”鬼の押し出し”で買ってきた鬼の面もチャンチャラ可笑しいといった表情で、目をむいている。

これからの日本の風俗では、「ふくはうち おにはそと」と声を張り上げるのは神社仏閣だけの行事として認識されていくのだろうか。

家庭内の鬼を追い払わなければ、親子で殺しあったり、金の亡者にならせる鬼がはこびるような気がする、豆の量はもとより声が小さければ鬼がのさばり笑う。

「鬼に笑われるようじゃ、今年もどうしようもないかね」と思いながらも、じいじの声は小さい。

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Img_0017 近くの川では、雨の中 大鷺 小鷺 青鷺それぞれ一羽づついて、あちこち歩き回っていた。三種混合で魚を探している模様だが、餌が同じなので喧嘩になっても不思議ないのになぜだろう。

彼らのうちでは同属意識というか、人間の肌の色程度の違いしか感じていないのだろうか。なんて思いながら眺めていた。

空を飛ぶ鳥は、体重を極限まで軽くするため、いろいろな工夫が身体にあるそうだが、そのひとつに、どんなにしつけても糞を出すことだけは出来ないそうである。

つまり、空を飛ぶと言う有利な条件と引き換えに、食べものを食いだめするとか我々のように肥満体では身を守れないそうで、切実なものがあると聞いた。(その一方で人が与える餌で肥りすぎの鴨がいると聞くと話の信憑性が薄れてくる)

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