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2008年3月31日 (月)

今か今かと

Img_0070雨雲のすき間からかすんで見える富士) 

長野立科町から雪の便りが届く。

満開の桜が雨に打たれて、散りゆくさまを見ながら、、、、、

夕方ころまでの厚い雲にさえぎられていた空も、北のほうから少しづつ晴れ上がってきた。

Img_0078 薄雲を通してみる富士は真っ白に厚化粧。竜爪山も見ようによっては白くなったのかなと思わせるものがあり、名残り雪は三月の最後の日を飾っているようだ。

さて、明日から新年度に入るが、何も明るい展望はない。こんな年も珍しいのではないだろうか。唯一、ガソリンの暫定税分だけ減るのだが、これも何時まで続くのか、自民党と公明党が衆院で強引に押し切れば、、、、これまた不安定要素。

安いうちに満タンにしておくしかないのだろうか。

ともあれ、ガソリンスタンドはいま閑古鳥が鳴いている。見方によっては、明日からの値下げを何処が始めるかによって、スタートダッシュをする方向を確認しようとする客、赤字覚悟か、売れなきゃ仕様が無いと見送るかを迷う店。ともに今か今かと様子をうかがっているようにも見える。

今度の問題を含めて、政治が国民のほうに向いていないと、迷惑が国民の方にばかり来る。

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今日の花。田んぼ一面に広がる蓮華の花。以前はこんな光景が良く見られたが、ここしばらく途絶えていたので、驚いた。

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2008年3月30日 (日)

雪景色に似たり

Img_0055 午後になって雨が降る、という予報のため午前中に散歩を済ませてこようと、バイパス北側の毎年見ている桜見物に行って来た。

ここは、農家の人以外めったに来ない所で、桜の木の下に、菜の花と大根のが植えてありこの時期いつも一緒に咲いているところで、私の桜名所のひとつにしているところである。

桜は、他より少し遅れていてまだ満開になっていないが、下の菜の花と大根は満開になっており、桜の根方に立つと、花の匂いに囲まれてほのぼのとした気分になる。

Img_0048 左の白い花の写真は、はっきりしたことは分からないが、山桜に近いのか青い葉が出かけていて、これもまた大根の花を従え、まるで雪景色といった感じ、、、

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床屋談義

床屋談義は面白い。こんな商売をしているとお客がいろいろな話を持ち込んできてくれるから、相手をするのも大変だろうが、ブログなどするには話の種に書かないことと思う。

今日は、あまり年の違わない主人と昔の映画についてのはなしになった。我々世代の若いころは映画の全盛期であり、名作もずいぶんと見てきたので、記憶に残っている作品が沢山あり、映画の話をするとはなれた所に住んでいた初対面の人でも、共通の話が出来る所がある。

三船敏郎の「椿三十郎」という映画があったが、これを最近同じ台本を使ってリニューアルしたのを見たそうだがちっとも面白くなかった。という話から始まった。

訳は、あまりにも主役が軽すぎると言うことに尽きるらしい。三船敏郎と仲代達也の一瞬にして勝負を決する場面に持っていく過程、武士とは、剣術(剣道ではない)の重々しさを織田雄二では表せないのか、監督の力不足か、、、

そんな話しから、フランキー堺主演の「私は貝になりたい」に及んだ。

後で調べてみると、1,959年に作られた映画だと言うから、二十歳前後に見たことになるのだが、床屋を営んでいた主人公が兵隊当時上官の命令で、捕虜を銃剣で刺したことが帰還した戦後に分かり、アメリカの倫理により裁判にかけられた末、B C級戦犯として処刑されるため十三階段を登る所で終了する。筋書きだった。

「私は貝になりたい」というのは、死刑の宣告を受けたあと遺書の中に、死んだ後、人間には二度となりたくない、という裁判に対する不信感と牛や馬では人間に虐待されるから、誰も来ない深い海の貝になりたい。ということから来ている。

床屋の主人は床屋の修行時代に見たので、印象深かったと言うし、私も筋書きを覚えているのは、上官の命令は絶対と言う軍の命令を理解しないアメリカ側の勝手な倫理、というかA級戦犯でも無罪になっているのにその人に命令されて動いた人が犠牲になっているのが、その映画の少し前まで沢山いたことで印象深かったように思っている。

そして、今年、この作品が三たび映画化されるようだが、当時の生々しい記憶が薄れない時に作られた作品を上まわることが出来ないのなら、(出来るはずが無いような気がする)止めてもらいたいと言うのが個人的感想。

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今、アメリカがイラクで行なっている戦争をでもそうだが、ブッシュ大統領やラムズフェルドたちタカ派の間違った倫理観で何万とも知れない人が死にその何倍もの人が怪我で苦しんでいる。

その責任は大きく思い、しかし、彼らが責任を取ったり、謝罪したり、審判を受け、罰せられることはまず無いだろう。B C級といわれる人はベトナム戦争でもいたので、同じような例はでてくる筈なのに、、、。

戦争指導者のA級の彼らが罰せられるのは死後閻魔様の前までお預けだと言うのがなんとも情けない。

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2008年3月29日 (土)

しっかりせんかい

Img_0034 ”一人静”が高草山の麓で賑やかに咲き出そうとしている。背後に万両を従えて、、、、

名前の由来は、源義経の思われ者で白拍子の静御前から来ているというが、似た名前を持つ”二人静”とともに京の都の舞姫には少し地味な花ではないだろうか。

”一人静”一本の棒の周りを細かい毛のように飛び出した針のような花は、名前は知らないが、女性が使う眉毛の道具に見えないことも無い。そのためか”眉掃草”と言う別名を持ち、この方がよっぽど花を言い表しているようだ。

.お性根をいれます

「それではお性根をいれます」と和尚さんは位牌を前にして、線香を持った手で空中に何かを書くような動作をした。

今日は、二月に亡くなった従兄弟の連れ合いの四十九日と納骨の法事に親戚の一人として行ってきた。

上記の言葉は法事のお経の間に言われたことことだが、同じ宗派でも所によってずいぶんと違うと感じた。たしか、故郷では同じようなことを「心を入れる」といったように憶えているし、法事の時などにそういう言葉を改まって聞いたことが無かった。

性根を入れる。とは、文字を書いただけの板(位牌)、石(墓石)、仏像に魂を入れることのようで仏教用語かなと思ったが、浄土真宗ではそういうことをしないと言われると、はたと困ってしまう。

”性根”と言われるとあまり良い意味で聞いたことが無い。「あいつは性根が悪い」とか「性根まで腐っている」「性根を入れて出直して来い」、、、、などネガティブな面しか感じない。

そんな感じを持っているので、位牌に向かって「性根を入れます」なんていわれると、「こりゃ、しっかりせんかい」と叱られているような気がしたのは自分だけだろうか。

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国会が相変わらず瞑想している。日銀総裁問題が解決していないのに、ガソリンなどの暫定特別措置法が行き詰っている。

大体、暫定を三十年も続けた上さらにはっきりしないままにもう十年というのは虫が良すぎる。

今頃になって、来年から一般財源にするとか言っても与党内がまとまっていない現状では、はたして約束が守れるのかといった問題や日銀でもそうだが官僚のほうばかり向いて話を纏めようとする姿勢から抜け出せない以上、野党に信用されないのは無理も無い。

せめて、早くに国会論議の的になるよう、一般財源化にする。と、言っていればまた違っていたかも知れないが、猫の目のように思いつきで話をしたり、傍観者のような話し振りで責任を相手方に押し付けようとする姿勢はどうにかならないかと思う。

こりゃ もっと性根をいれて取り組まんかい!

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今日の花。左、山吹、明るい黄金色の花は藪の中にあっても目立つ存在。 右、仙洞草、優雅な名前を持つが花はごく小さくひとつひとつは2mmないくらいの大きさ、道方に咲くImg_0009 Img_0001

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2008年3月28日 (金)

つんのめっている

Img_0044 今年の桜はつんのめっている。

昨日当たりで五~六分咲きかと思っていたのに、今日、すでに満開だという。

何をそんなに急ぐのか、少しづつ春が来るのを待つというのは風情があるものなのだが、、、

用事があって街中に行った帰り駿府公園を横切ってみた。

あんまり急な開花だったせいか、それとも静岡祭りに備えてのものかは知らないが、雪洞に灯りが入ってない上、夜桜のための照明もない。

また桜のころの花金なら、ブルーシートを敷き詰めてかと思ったが、割合と少ないように思った。しかし、日中の暖かさは夜風とともに去ったらしく、何時通りの花冷え宴会になってる。

P1010076 (昼間はこんなに穏やかで暖かい色なのに、)

ところどころにある照明は、日中の桃色が入った艶やかな花から色を吸い取り、真っ白な白粉のような色に変化させ、まるで魂を抜かれたかのように無表情になる。

”夜桜は怖い”と言われているが、こんなところから来ているのであろうか。

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今日は、アメリカ、ペンシルバニアのスリーマイル島で原発事故が起きた日である。あれから40年ほどほとんどの人は記憶になくなっていることと思うが、原発の事故は一度起きると取り返しのつかない惨事になることは誰でも知っていることとである。

今年になって、中電のプルサーマル計画に半径10km圏内の市が同意した。災害が起きれば一番影響が大きいし、どう見ても電力会社の隠蔽体質には胡散臭い所があるはずなのにあえて賛成している。

そのわけは、交付金が目当てのようで、承諾したすぐ後には交付金の分け前争いが始まっている。これは何も静岡だけでなくあちこちでおきていることだが、一度これを受けると麻薬のように、やめられなくなり逆に電力会社に新しいものを造るよう要求するまでに到る。

その怖さは、魂を抜き取られた夜桜以上であろう。

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今日の花。左、玩具箱をひっくり返したような近所の花壇。 右、タンポポ、すみれとともに道端の春草の代表。

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2008年3月27日 (木)

かすみか雲か

Img_0018 垣通(カキドオシ)が明るい紫花びらをひけらかすようにの綺麗に咲いていた。

この花の名前の由来は、花が終わった後蔓が急速に伸び、垣根を縫うようにして這い上がる所から付けられたと言うが、花咲くころにはそんな印象は微塵も無い。

まるで、始めは処女の如し、、、のことわざを思い浮かべさせるような草である。しかし、民間薬としてはドクダミやゲンノショウコなどに匹敵する草として知られ、胆石、腎結石、黄疸、糖尿に効くといわれていて、子どものころ陰干しにしていたのを憶えている。そして、一番の薬効は”カントリクサ”という別名があるように、幼児の癇に効くというものだった。

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Img_0006 今日は、浅間神社から桜見物を兼ねて尾根道を歩こうと思い出かけてみた。浅間神社の桜は五分咲程度か、丁度結構な咲き具合である。

ここは四月始めの二十日会祭の準備をはじめている所、本殿脇に枝垂れ桜を見るため100円の料金所があったが無視して。麓山神社に到る百段の石段を登る。

この石段は、自分なりに一気に上れなくなったら山登りをやめようと思っている石段なので、毎回登る時は心している。上りきったところに最近植えた桜の若木があるがどれもまだ細くて花も少ない。

Img_0009 総漆塗り絢爛豪華な麓山神社の周り、そしてそれの連なるだんだん登りの山道のあちこちに桜の樹があり、静岡に来たばかりのころ花どきを遅れた来たため、舞い散る花びらが幻想的だったことを思い出したが、あれから三十年、桜も年老いたのか花の数が少なくなり青空が透けて見える場所が多くなったような気がする。

Img_0013 染井吉野は、園芸品種であるため早く沢山花を咲かせるもの、寿命が短いと聞く、頂上の平和観音は静岡空襲の犠牲者を弔う観音像で、この周りの桜もかなり花の密度も厚く咲いて、”かすみか雲か 匂いぞいずる、、、”といった雰囲気だったが、、、

そこで一休みの後、さらに賎機山に向かう。今日もこのコースは行き交う人が多い。掘り切りを渡れば、はや賎機城の郭内である。

もっとも、400年以上前の城跡であり、すでに畑として耕されていたりなどで当時の様子は分からないが、城というより砦といったところが相当だろうと思う。

安倍川を挟んだ向かい城とも言うべき安倍城ははるかに高く、見下ろされている以上、安倍川近辺の敵を見張るためのもの程度のものである。

そこを抜けて再び下りきったところで、お昼時間が近くなったので、天徳院傍の平地に下り帰途につく。

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2008年3月26日 (水)

黄砂と農薬の尾根歩き

Img_0226 午前十一時ころ雨が降り出す前に、今年最後の野蒜掘りに行ってきた。

今年最後と言うのは、野蒜がなくなるわけでなく、他の草が芽を吹き所在を隠してしまうので見つけ出すのが困難になるという意味で最後にした。

午後になって、陽が差してきたので梶原山~帆掛山を歩いてみた。目的は梶原山の山頂にある枝垂れ桜の開花状況を見たいのと、出来れば桜と富士。桜に当たる夕日なんかが撮れればいいかな。なんて思ったことにある。

Img_0209 登ってみると、黄砂の影響がつよく、周り中が靄の中のよう。先ほどの雷を伴った雨も黄砂には影響が無かったのだろうか。勿論、絶景の富士もどこへやら。

おまけにお茶畑に農薬を撒いているらしく、臭いがたちこめ健康には良くない環境下にあった。

梶原山の枝垂れ桜はまだ咲きだしたといった感じだが、満開になってもそんなに花が多くないと言う気がした。樹勢が悪くなっているのだろうか。

桜、夕日とも満足出来るものは無かった。

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今日の花。左、榛の木の雌花。尾花は柳のネコネコオンボ(猫の尾)みたいな形をして別の場所にあり。 右、梶原山で見かけた小さなすみれタチツボスミレの仲間かと思うが名前がわからない。 Img_0214 Img_0204

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2008年3月25日 (火)

笑い話にするには、、

早蕨Img_0193

君にとて あまたの年を 摘みしかば

       常を忘れぬ 初わらびなり

源氏物語の”さわらび”に出てくる山の坊さんが中の君に蕨とともに送った来たつたない歌といわれているもので、そのお礼の返歌が

この春は 誰かに見せむ 亡き人の

       形見に摘める 峰の早蕨 とある。

(貴族趣味紛々とした源氏物語はあまり好きではないのだが、、、)

毎年、牧の原の台地へ蕨採りに行っているのだが、今日は金谷の知り合いの母親の見舞いに行ったついでに、子生まれ温泉に行ってこようと思ったのがきっかけで、結果的にはどちらが主か分からなくなってしまった。

蕨の出る場所は毎年変化する。日当たりの良い草場に良いのが出てくるのだが、木の成長に従って日当たりが悪くなれば次第にやせ細り、ついには出なくなるし、あまり良い場所は先客が荒らしたりで針金みたいなものしかない。

蕨は少しあく抜きをすれば簡単に食べられるので、同じしだ植物の”ゼンマイ”に比べると、コゴミともに春の味を代表する山菜で人気が高い。

早速、持参のビニール袋にいっぱい摘み取ることが出来たので、重曹を少し入れてあく抜きをし、花かつををのせて今晩の酒の肴、残りは明日からの味噌汁の具にしよう。

Img_0198 余談。  飛騨ばかりではないと思うが昔、農家のお嫁さんはシャモジを姑に握られてお小遣いも全然無いなかで、現金収入のひとつとして蕨の根を掘ってさらし「わらび粉」という澱粉を造ったそうだが、子どもを背中に草の根を掘り分けての作業は大変だったとも、楽しみだったとも聞いたことがある。

.おばあさん二人

金谷の老婦人。この人を見舞いに行ったのは、この人の子どもとは古くからのの付き合いがあったためで、病人とはあまり逢ったことがない。

しかし、遠来の見舞い客がよほど嬉しかったらしく、鼻から酸素をいれ、点滴を受けながら小さな声で語り続ける。

少々耳の遠い私には聞き取りにくい声なので何回も聞きなおしたりしての会話となったが、次々と話す。あまり話しすぎては身体に悪いかと思い「少し眠ったら、、、」というが帰るまで話を続け、見舞いを切り上げるきっかけを作るのが難しかった。

その間、親にもしたことがなかった足をさすったり、涙を拭いたりで、親孝行をしたような気がするとともに、歯のない口の奥、小さい声しか出せない姿を見ると、自分も将来、こんな風になるのかなあと感じてつらかった。

そして、帰ってくると、リハビリ病院で治療しているこれも知り合いのおばあさん。その人の娘から「今日は病院を脱走しかけたんよ」と電話がかかってきた。

この人は、骨折のリハビリをしていたのだが、このごろ少し認知症の気もあり、前に見舞いに行った時も、「迎えに来てくれたのか?」というのが第一声で、病院生活が苦になって仕様がなかったようだ。

今日、車椅子に乗ってエレベーターで玄関に行き。「タクシーを呼んでくれ」といって、事情の知らない事務員がタクシーの手配をしている最中に見つかったようなのだ。

家族のものに連絡が入り、一晩だけの外出許可がでて、今晩は家に帰れたようだが、、、笑い話にするにはなんだか、つらいねぇ~

 

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2008年3月24日 (月)

城北公園の春

Img_0181 午前中降り続いていた雨も、午後になって晴れてきた。足止めを食らったような格好で出かけるのをためらったいた分、馬力がついたように麻機街道を城北公園に向かって歩いた。

Img_0177 公園の染井吉野はまだ少しか開花していなかったが、池の傍の枝垂れ桜二本は今が満開。といってもそんなに巨木でないので”お見事”というほどでもないが薄ぼんやりと煙るような風情を示し、池越しにみる桜は手前の東屋の軒先に揺らめく池の反射光とともに一幅の風景をかもしている。

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この公園では、早くもシャガと土佐水木が花開き、続いて咲く染井吉野の出番を待っている。

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飛騨は江戸時代の始めに幕府直轄の天領にされてから、高山に代官所がおかれ、代々の代官が交替に治めて来た土地である。

そのため、代々続くお殿様もなく、他の土地に比べ武士も少なく、地元採用の地役人が威張っているくらいで、あっち見てもこっち見ても大小はあるものの百姓 町人ばかり。

静岡に来て間もないころ、「私の家は徳川さんについて来た御家人だけど、あなたの家は?」と聞かれたことがある。

カチンと頭にきた私は「我が家は先祖代々の百姓である。しかし、何回もあった飢饉を乗り越えてきた人の子孫だから、いい種を受け継いでいるよ」と言ったが、はたしてこちらの言う意味が分かったかどうか。  わからんだろうな。

昨日、慶さんのコメントの中にもあったプライドの高い人の話しのなかに「下から貰ったお嫁さん」という言葉があったが、いまだに家格というか先祖が偉かったことをひけらかす人がいる。

徳川末期の武士というものはどれだけ堕落していたかを知らないのだろうか。

明治維新が何故あんなに簡単に方がついてしまったのか、ひとえにだらしのない武士たちが本来の任務を忘れ、主人のために戦うという気力もなく、農民兵に対して敗走したり、将棋倒しのようにばたばたと寝返ったのが最大の原因である。幕府側で一番粉骨砕身の活躍したのが農民上がりの新撰組くらいでなかっただろうか。

江戸末期の町民の子は寺子屋でかなりの数が読み書きや計算を習い、その当時の世界では有数の識字率だったという。

しかるに、勝海舟の父親を例にとるまでもなく、幕臣に読み書きさえ出来ない武士がかなりいたという自堕落ぶり、、、。さらに付け加えるとすれば、静岡について来た旗本や御家人の処置に相当困ったと言う記述さえある。(ざっくばらんに言うと厄介者だったようだ)

大河ドラマを本当の歴史と勘違いしてしている人には分からない話なんだが、、、、、、

「先祖が偉い」「家格が高い」と威張る人は、何も出来なくなった老人が昔の勢威を何度も語るようなもので、「それがどうした」でしかないはずなのだが、実力のない人にとってはそれに頼るしかないのだろう。

それにしても、格付け会社じゃあるまいに、上だとか下だとか騒いでいるんだろうか。江戸時代非人という階級を持って、百姓に優越感を持たせたとあるが、その名残りをいまだ大事に思っているんだろうな。

似たようなことのひとつに、主人が偉いと自分も偉くなったと勘違いする奥さんをよく見かけるが、「陰で笑われているのも知らないで」、、、」。

そして、元の戻るが、もし、上つかたから頂いた嫁さまだとこの人はどうなったのだろうか、逆にお仕えして苛められているかもしれなかったのだが、、。

「ええっ、上つ方はそんなことしないって。それに、武家のことをそんなに悪く言うのはコンプレックスなんだろ。ってですか」   

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2008年3月23日 (日)

ゴッツオウクイ

Img_0141 今日は彼岸の明け。ご先祖さまは満足して帰られたかどうか、、、。

今日も曇ってはいたが、暖かい天気で散歩を終えて帰ったら下着がおもくなっていた。近所の染井吉野も改めてみると結構咲き出していた。

それにしても今年の桜はいつもの年に比べてかなり早い。3月に入ってからの気温の高さによるものだろうが、こんなに早く咲いても、最近念仏のように言う「地球温暖化」を誰も言わないのは何故だろう。きっと桜の魔力に取り付かれてかれているんだろうな。

Img_0136 菜の花のお花畑もいま虫たちにとって一番の食事どころと見え、蜜蜂や花虻、蝶々とゴッツオウクイがいっぱい集まっている。その中のひとつベニシジミが華麗なドレスをまとって、カメラを持った自分も気にせず夢中になって次から次へと食い散らかしている。

昨夜は飛騨で言う「ゴッツオウクイ」 漢字に直すと”御馳走食い”となる。普段何もしないのに御馳走のときだけ顔を出す輩(やから)であまり褒められた言葉、たぐいではない。が、ご招待に与かったのを幸いにして、ぬけぬけと顔を出し夜遅くまで遠慮もなしに酒 肴をいただくのは、まさにゴッツオウクイ。

その余波で、今朝は朝寝をし散歩も短めで済ませた。昨日の突先山では、春まだきで花も見られずただひたすらの上り下りだったが、下界の春の野は賑やかに春が笑いさざめいている。

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先ほど大相撲で朝青龍が優勝した。

私は彼が好きだというと、「変わってるね」という人がいたが、いかにも優等生顔した白鵬より花があるように見える。確かに出場停止になった経緯は悪かったが、彼くらいの年頃の人に”心技体”全てを兼ね備えるには少し無理があり、あまり規則でしばってしまうと「角を矯めて、、、、」になってしまうだろう。

名横綱として名をはせた現理事長はもとより、有識者といわれる横綱審議会の委員にしてさえが心技体の心が出来ていない人が多いのだ。

朝青龍の土俵を見ていると、仕切り直しが済んだ後、これからというときの所作に見せる一種の舞いのような仕草はモンゴルの勇士をを見るようだし、明日の新聞でどう書かれるか知らないが、優勝が決まって引き上げていくときの様子に、心から「おめでとう」と拍手をしたいと思った。

それにしても、彼ら外人力士の日本語の上手なこと、多分日本人社会に入って兄弟子たちから懸命に覚えたものであっろう。自分たちも、ほとんど白紙状態で海外へ仕事に出かけたころは、カタカナで書いたスペイン語で仕事をし、二週間で程で差し障りがないようになったが、それと似た環境での言葉は上達が早いのだと思う。

あんななのを見ると、国内留学などと言う大金を使っての授業がいかに無駄かわかるというものだ。

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今日の花。左、鬼野芥子(オニノゲシ)、秋から連綿として咲いている。鬼という字が付くのは葉に鋭い棘がついていることによる。 右、薄白野芥子(ウスジロノゲシ)野芥子のアルビノかと思ったが調べてみたらこんな名があった。何れも芥子の名がつくが関係なし。

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2008年3月22日 (土)

桜桃も開花宣言

Img_0110 静岡では染井吉野の開花宣言が今日だされたとのこと、「サクラサク」は電報でなくとも嬉しいもの(今どきこんなことしないか)。

染井吉野という品種の桜をもって開花の状況を大々的に報道するのは、日本だけだというが、それだけ花が好かれ、春を待ちわびているかが分かるような気がする。

「酒なくて、なんのおのれが桜かな」という人は万障繰り合わせて花見をやらないと”三日見ぬまの桜かな”となるので、来週は茣蓙を持って走り回らなけりゃならんことだろう。

我が家の”ユスラウメ”も、桜に合わせてか三分咲きとなったので開花宣言を出さなきゃなるまい。

”ユスラウメ”は漢字で書くと桜桃と書くらしいが、どうしてその字が当てられたのかわからない、しかし、孫たちは”じいじんちのさくらんぼ(桜桃)”と言って誰にも邪魔されずに食べられるさくらんぼとして楽しみにしている。

一体に桜や梅、桃の類は花が似ているうえ、咲く時期も幅広いので、何がなんだか名前も分からないものが多くて困ってしまう。

.突先山(1,022m)から中村山(1,007m)

Img_0095_2 雲ひとつない青空が朝から広がっている。今日は連休中の土曜日なのであそこは人で一杯だろうし、ここはあの花が咲いてから、、、、などと考えていたが、突先山を藁科川側から上って見たいと思っていたのを思い出して、そこにしようと起き出してきてから決めた。

藁科川沿いを20km、さらに脇道を7km入って栃沢と言う集落を抜けた先の駐車場に車を停めたのが八時半近くだった。

気温は三度とそんなに低くないのだが車内との温度差からか、かなり寒く感じた。早速支度して谷沿いの道を登る。

流れ降る谷の音に負けまいとしてかミソサザイが声を張り上げて鳴いている。姿は見えないが、小さく、色の茶黒い鳥であることは知っている。良くあんなに大きな声が出るもんだと感心しながら聞きほれる。

谷のあちこちには放棄された山葵田が荒れ放題になり、小さな山葵がポツポツとあちこちに生えている。きっと、台風か何かで大水が出、荒らされたあと放棄したものように見られる。

かなり上のほうまで、そんな状況が続いた後、谷から離れると一遍に物音ひとつしない静寂な山に戻る。道はところどころ荒れてはいるが、迷うようなことがないほどしっかりしている。

Img_0102 登りだして、四十五分、釜石峠に到着する。古い昔には頻繁に使われたようで、何時のものか分からないが、”左 美和村あし久保 右 玉川村 たくみ”と読み取れる字を両脇に書いた道祖神が二本の杉の間に立っている。

ここから先は、何回も登った道なので暗い杉の木の間を縫って登る。予想通り頂上(1,022m)までは人けなしで登る。頂上からは富士山方向に切り払ってあるので、安倍川沿いの山、真富士山の後に富士山が青い空をバックにしてくっきりと見える。しかし、反対側の南アルプスは落ちているとはいえ木の間越しにチラッと見えるだけ。

時間はまだ十時を少前なので、峠の反対側の中村山(1,007m)に登ってみようと思った。この山、峠から突先山に登る途中で二度ほど見えたが、隣の大棚山とともになだらかな斜面を持ってひかえている。

水平距離にして2kmとははなれていない。「お~い 中村君!」と呼べば聞えそうな感じがして、、、。

峠に戻ったのが十時半。そこで一休みの後、中村山を目指し再挑戦。

この山は、最近笹を刈り払ったらしく道がはっきりしていると思ったが、途中の杉林の中はところどころに目印があるものの、踏み後がはっきりしない箇所があり、山慣れしていない人には難しいのではないかと思う。特に、降る時に気をつけないと勢いで道を踏み外して、迷う恐れがある。

Img_0105 そんなことを思いながら、四十分近くで三等三角点のある頂上に着くが、この山の変わっている所は、その近所30mほどの所に2ヶ所それより高いと見える場所が有ることだった。

どんな理由で三角点が決められたものか知りたいものである。その場で、昼御飯にしたが、眺めも何にもない山頂。ただ木の葉がない分だけ陽がさんさんと降り注ぎ、落ち葉の上でしばらく横になった。

結局、駐車場に戻ってきたのが午後一時。栃沢の枝垂れ桜も蕾が固く、立ち寄ることもなく帰宅する。

今日はこれから知り合いの家に”ゴッツオゥクイ”の迎えが来るというので、、、、忙しい。

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2008年3月21日 (金)

介護される心得

Img_0087 雪柳が今を盛りと咲いている。細い枝にびっしりと小さい花をつけている。

P1010075 少しはなれてみると、名前の通り雪をかぶったように見え、その小さい花に小さい虫がいくつも集まっている。

昨日から今朝に掛けて冷たくて強い風が吹き込んで、長野では白樺湖に到る道路に雪が積もり、前日に脱いだスタッドレスタイヤをまた履きなおした。と電話があった。

そういえば、「自分はまだ履いているよ」って言ったら笑われたので今日はタイヤ交換をした。気持ちのどこかで履き潰そうかとも思って履いていたのだが、いかんせん音が大きくて気が引けていたこともあったので、、、、。

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十七日だったと思うが、NHKを十一時ころ入れたら、上野千鶴子という人がでていて、「おひとり様の老後」というのをやっていた。

そのなかで、”介護される側の心得10ヶ条”というのをやっていた。今までは自分が介護される側になるというのは考えたことも無かったので、一寸興味を持って途中からだったが見ていると、やはり日本人の基本精神にある情緒にいきつくのかなあという気がした。

長くなるので端折るが、印象に残った言葉の中に「大変でしょうから一緒に住みませんか」という誘いは悪魔のささやきであるという。始めのうちこそニコニコ笑って過ごせるが、寝たきり介護などによるトラブルは後を絶たない。

介護を受けるようになると、自分のような役立たずにもったいないとか、申し訳ないという感情が先にたってしまい、「自分は介護を受ける権利がある」と主張することに日本人は馴れていない。

そして、10か条の中に、

○ 何が気持ちよくて、何が良くないとはっきり言う。

○ 「はい、ア~ンして」など子ども扱いを拒否する。

○ 介護してくれる人に、過剰な期待と異存はしないこと。

○ 正規な料金で決済し、チップや物をあげない。

○ ユーモアと感謝を忘れない。などがあった。

看護士をしている娘が以前、子育ての合間に出来る仕事として、訪問介護をしていたが、その時、断るんだけど物をくれたがる人がいて傷つけずに断るのが大変だった。と言っていたことがあった。

なるほど、日本人の感覚からすると、他人に介護されるという経験は今までなかったことである。他人に家の中を見られると言うことに対する不安と恥かしいところを見せたくないなど、、。

義理や人情の世界から言うとただお金だけというのも居心地が悪い。よく、「お前はクールだからな」と言われた自分でもそう思うのだから、今の老人たちには介護をするのも地獄かもしれないが、されるのも地獄ではないだろうか。

しかし、そろそろこんなことも考えなきゃならん年頃になってきたが、今までは「いいお爺ちゃん」「可愛いおじいちゃん」を演じないと、抓られたり、苛められたりするのではないかと思っていた。自分は性格が”意地悪爺さん”的な所があり、これを直すのは大変であり、困ったなと思っていたが、もう少し研究の余地がありそうだ。

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今日の花。左、詰草、物を梱包する際、すき間を埋めるために使われたと言うことからつけられた名前、味も素っ気もなし。右、しだれ柳の新芽。柳青める日、、という歌があったけ、、、そういえば、今日は初ツバメも見参。

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2008年3月20日 (木)

閣議で告示”春分の日”

Img_0074 今日は春分の日で、彼岸の中日でもある。

本来は、牡丹餅を作って墓参りをするべきなのだろうが、墓が遠すぎる。やむを得ず、先日採った蓬を使い草餅にして仏壇に上げ、孫のところへお裾分け。

余った分は、ボチボチと小間口にして年寄りの胃の腑に納めることにしよう。

昨日見た花だが、道端に金襴草(キランソウ)が咲いていた。別名「地獄の釜の蓋」という、おどろおどろしい名前を持つ草である。

良く見ればカキドオシに似たきれいな花と青紫がかった葉っぱを金襴の切れ端に見立てたようだ。が、墓の近くなど他の草がまだ生えないうちに、べったりと地面に這って咲き出すことから別名がついたのではないだろうか。

はぐって見ても地獄は見えないほど遠い所にある。

春分の日は真東から太陽が昇り真西に沈む、昼夜が同じ時間になるとは、前から聞いていたが、日本では、閣議でこの日が告示されると言うのは始めて聞いた。

いくら、祝日とはいえ自然現象が閣議で決まるとは、、、、もっとも、国立天文台で算出した日を追認するだけで、変更したことはないそうだが、、、、それにしても、なんだか笑ってしまうね。

春分の日、いや、彼岸の中日は、真西に沈む夕日を拝んで西方浄土の世界に思いをはせるのは日本だけだったのだろうか。日本だけだとすると、これは太陽信仰の名残りなのだろうか。

いろいろと興味が湧いて尽きない。それにしても、世界共通のものと思っていたが、そうでないとすると、世界はこの日をどう見ているのだろうか。

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日銀の総裁が決まらないそうだ。もともと、民主党は財務省の出身者は駄目と言っていたのに、再度出してきたのだから、「分からない」ということ事態おかしいのだが、自衛艦「あたご」など、他の事に関しても福田総理の資質を疑うしかないようだ。

小泉、安倍と格差拡大路線が続いて、辟易していた後だけに、この人なら安定した政策が出てくるのかと思ったが、政策らしきものが見られない。どうも見損なったようだ。

参院が逆転しているのは、就任時から分かっているのだから、それに対応した政治をするのが年の功というものではないのか。

自衛隊の給油活動を衆院で再議決して味を占め、同じ手法を繰り返せばよいとでも思っているとしか感じられない。

このままで行くと、日本は地獄に落ちると言った経済評論家もいたが、ひょっとすると福田総理は金襴草なのかもしれない。

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今日の花。左、灯台草(トウダイグサ)港の灯台というより、部屋を照らす燭台と見たほうが良い、明るい日差しを受けると、花のある中心部が輝いて見える。右、踊子草、姫踊子草に比べると花は格段に大きいが、色も大人しく、花は葉の陰に隠れて地味である。

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2008年3月19日 (水)

志学の春

Img_0053 Img_0058 ハナニラが咲きそろっている。白い花びらの中心に青みがかった線がまっすぐに入り清楚、可憐な感じがするが、結構寒さにも強く繁殖力も旺盛である。

花言葉は、悲しい別れとあり、なんだか寂しい感じのすることばがつけられている。

卒業式

散歩の帰り道近所の中学の前を通ったら、丁度卒業生が校門から出てくるところだった。若いはつらつとした生徒の笑顔。拍手で送る両側に並んだ在校生と、、、私に関係した子供がいないがしばらく立ち止まってみていた。

今の時代では、ほとんどが高校に行くのだろうが、私たちのころは半数に満たなく、残りは就職のため四月になる前には、各地に散って行き、そのままいまだに再会したことのない級友もいて、卒業式は文字通り”悲しい別れ”のひとつだった。

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子曰 我十有五而志於学 

昔習った論語の中の有名な言葉の出だし、子いわく 我十五歳にして 学問に志し、と孔子が2千年以上前に述べた言葉を思い出した。

数え方は違うかもしれないが、中学を卒業するときが丁度十五歳。この年までの教育は社会にでた時の基礎教育だと思えば、これから先が学に志して高校に行くことになるのだが、本当に勉強したくて行く子どもはどれだけいるのだろうか。

(校門に行く前、学校のフェンスと植木の陰で怒声が聞え、上着を脱いでいた生徒がいたが、彼らにとって後味の悪い卒業式だったことのように見えた)

大半の親は、この年で仕事をさせるのは可哀そうだという理由でもう三年。続いて四年と遊ばせているに過ぎない。

そこに、自立が遅れる要素があるのではないだろうか。

いま、大人の線引きを二十歳から十八歳に引き下げ、少年法や選挙権をはじめ労働基準法、道交法などについて法制審議会で検討を始めたという。

新聞では、世界の中で十八歳としているところがかなり多いというが、日本ではどうなんだろう。ついでに煙草、酒も解禁と言い、「18歳未満お断り」はすでに、大人の線引きだと言う。

しかし、どうなんだろう。税金も納めないで親がかりの生活をしている人にそんな権利を与えれば親は金がかかって仕様がない。

七十而従心所欲不喩矩 

七十にして心の欲するところに従い矩を越えず、とも、孔子は言ったそうだ

矩(のり)とは、国の法律ばかりでなく道徳観も含めていると考えると、もうそろそろこの年に近づいてきている私としては、人のことをあれこれといえたものではないが、、「まぁ、これもいいっか」で過ごしていこう。

なにせ、自分には甘い体質だから

(喩の字は本来足偏であるが、パソコンにはこの字はないので、、)

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今日の花。左、花大根、花の形が似ているところから。右、連翹(レンギョウ)こぶしなどの仲間と言うが花一厘はごく小さい。

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2008年3月18日 (火)

おぼろに霞む黄砂と花粉

Img_0016 少し前までは”おぼろに霞む春の野辺、、、”なんて今の季節をたのしんでいたが、今では”黄砂降り花粉舞い散り、、、、”マスクと眼鏡は手放せずと言うような人を多数見るようになってしまった。

今日も気温は20度を越し、四月の気候だと言っていた。久能街道から東照宮に上れば春の暖かい日差しの中、Img_0045 一見”春の海 ひねもす のたりのたりかな と言った風情があり、先日まで間近に見えていた伊豆半島どころかすぐ傍を通る貨物船まで薄らぼんやりとしているのが、霞でなく黄砂のせいだと思うと鬱陶しくなる。

Img_0038 麓の梅園は花が散ってしまい、道路わきには山桜が一本朝日を受けて疎らながら花さかせている。上の境内に咲いている緋寒桜の濃密さに比べると、これは清涼剤と言った感じがする。

Img_0006 東照宮は、昨年大修理を行なって本殿は綺麗に漆で塗り固められ、極彩色の建物は侘び寂びの世界の真反対を演出している。

前回行ったときはまだ工事中だったので、新装されてから始めてだったが、その装飾には漆塗りの高い技術が施されているのを素人目ながら感じさせられた。

ただ、歴史に現れてくる家康像から見てこの造りには、あの世からどう見ているだろうか。安土桃山時代の流れを汲む豪華絢爛、けばけばしいばかりの造りは、信長 秀吉に比べてずっと地味だったと言われる家康にとって、尻がこそばゆくなり落ち着いて座っていられない心境のような気がする。

ともあれ、死んだ者にとってはこの世のことは抗議する術がなく、生者に任せるしかない。

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今日の花。左、紫華蔓(ムラサキケマン)左、黄華蔓(キケマン)華蔓は仏具の一種でそれに似ているところから命名されたが、独特の匂いもあり子どもの頃は避けていた。

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2008年3月17日 (月)

蓬摘み

Img_0025 今日も朝から暖かい春の日にさそわれ麻機沼周りの散歩。

昨日見た土手伝いに蓬の若芽が摘めるくらいに大きくなっていたので、ビニール袋を片手に持ってでかけた。

田んぼなどの脇にもいいのがあるのだが、肥料はまだしも除草剤でもかかっていたら、それこそ”日本版農薬入り草餅”になりかねないので敬遠する。

Img_0044 風もなく暑いくらいの日差し、菜の花で黄色くなった土手周り、ツクシ タンポポのご常連はもとより花の種類も多くなり、かなり歌うたいも上手になった鶯があちこちで美声を競いだし、世はまさに春!。

座り込んで、草を摘んでいると通りかかった人が何か可にか話していく、その相手をしたりしているうちに袋がいっぱいになる。

その中の一人に、蓬を知らない人がいた。年のころは70代に入っているのに。福島の農家の生まれだというのだが、、、。

驚いたね~。ずーっと前にも同じような驚きをしたことがある。

それは、高校に入学してからのことだったが、同級生と話していたら「銀シャリしか食べたことがない」といった。彼は富山の農家の出だが、そんなことがありえたのかという驚きは今でも覚えている。

銀シャリとは今の人には通用しないかもしれないが、米だけで炊いた御飯のことで、戦後間もなくの食糧難のとき、何でも混ぜ物をして量を増やし、腹を誤魔化したものである。

先日もこの話をしたら”五目飯”や混ぜ御飯と間違って取られたが、そんな立派なものではなく、草を入れたり大根を入れた御飯で、今の人ではとても食べられた物ではないと思う。

銀シャリが夢のまた夢の時代に、銀シャリたっぷりの生活していたなんて、と驚いたが、今日、同年代の人が蓬を知らなかったのはそれに似た驚きだった。

「草餅は食べたことがあるが、こんな草で色をつけていたのは、、、」と言われると世の中広~い。

しかし、孫たちにも食べさせたいと摘んでいる草も、ただ、餅にして食べさせるのでは、遅かれ早かれ専門にしている人以外に蓬が食べられるなんて知らなくなるだろうし、合成調味料や着色料を使うようになるとそれこそ誰も知らなくなる。そんな時代も近いのかもしれない。

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Img_0103 土手はいま、姫踊子草が笠を高く掲げて踊りだす準備を整えているかのように、群れを成して伸び上がっている。昨年末からの”ホトケノザ”の後釜を狙うかのように、しかし、色と言い、形と言いよく似ているので知っている人にしか分からない。

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2008年3月16日 (日)

春のお裾分け

Img_0100 知人の家のたけのこ掘り。

竹の落ち葉が降り敷いている中に、地表に出ようかどうかと迷っている感じの筍を見つけ出す。まだ小さい、長さは勿論だが太さも10センチに満たないが、今の時期のものはかなり高価だそうだ。

今年は、中国産が例の農薬入り餃子の影響もあって、輸入が少なくなる気配もあるようだと、テレビも言っていた。

たけのこ掘りは、人任せにし林の中を吹きぬける風に当たっていれば、枯葉の匂い、若芽の香りもそこはかとなく感じらて、竹の枯葉を尻に敷いて座ってみると、大の字になって眠りたい誘惑に駆られる。

そんななまくら者にも、春のお裾分け。焼いて二本、刺身に三本と春を味わってまた寿命が少し延びたかな、、、。

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山はいま、緋桜が咲きお七を気取ったヒヨドリがメジロを威嚇している。そして、木五倍子(キブシ)は暖簾を下げ、アケビもいまや遅しとばかり蕾を膨らませている。

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2008年3月15日 (土)

菜花 蝶と化す

Img_0017 今朝の報道によると昨日の雨は遠州の方でかなり荒れたらしく、何軒も風による被害にあったようだ。

一夜明ければ台風一過のような状態で空はすっきりと晴れ上がり「暑いですね」というのが、散歩ですれ違った人の挨拶で一番多い言葉だった。

七十二候によると今日は「菜花 蝶と化す」とあり、それに合う写真がとれないかと菜の花が多いところを選んで、蝶を探してみた。

Img_0008 居るにはいる。紋白蝶を中心に紋黄蝶、豹紋蝶、ヤマトシジミ、そして、蜜蜂とその仲間が出ているが、蜜蜂などに比べて紋白蝶の落ち着かないことおびただしく、ろくに花に掴まらないで花の間を飛び交っている。

どうやら、卵を産み付けたがっているようだ。今飛んでいる蝶は越冬した蝶なので寿命の短さを自認しているのだろうか。とにかく忙しい、まさに花から蝶が飛び出しているような感じがする。で、こんな有様を表した言葉かもしれない。

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いま、静岡県では富士山が世界文化遺産の候補になったことをうけ、さらに南アルプスもと運動を始めた。

日本には、このほかにも沢山の地域を文化遺産にしたくて運動している所があるようだが、世界中になるとどのくらいの数がその準備ををしているのだろうか。

と、思っていたら今度は、イタリアを中心に地中海料理も文化遺産にという声を起こした途端、フランス料理もときた。

文化遺産は、保護しないと崩壊していくものを、保護するためと聞いたことがあるが、食習慣まで崩壊するのだろうか、どうすれば守れるのだろうか。

この調子で行くと、文化遺産とは何ぞやから始めなければならなくなるし、現在世界に851件の文化遺産があるそうだが、何処まで増やしたらいいのか区切りをつける必要がありそうだ。

イタリアだフランスだと言えば日本料理も黙っていられないし、食の国中国も当然だろう。しかし、何処の国だって長年かかってその国の食を完成させてきた以上、ここが美味くてあそこが不味いとはいえないはずだし、不味ければいままで生き残ってこなかったはず、、、。

先日話題になったミシュランの格付けも、一部の人の評価に過ぎず、ゲテモノと思ってもその土地の人の舌にあえば最高級のはず、、、、その辺が景色にしても食にしても格付けするのが可笑しいと思わないのだろうか。

「ええい 面倒くさい」いっそのこと、地球を文化遺産にしてしまえばこと足りるのではないか。、文化遺産にこだわる人は何かそれによって利益をもくろんでいる人たちではいかと疑いたくなる。

私が思うには、富士山は何処から見ても綺麗だし、いまの国立公園で充分ではないかと思うがどんなもんだろう。

今日の鳥。水ぬるむ麻機沼の上空を飛ぶダイサギとウ

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2008年3月14日 (金)

催花雨というには、、

Img_0183 雨が降るという予報があったので、その前にと出かけてきた。

目に付く庭木の花も世代代わり、いまは桃や桜など薄桃色か菜の花系の黄色が主体となっている。