静岡では染井吉野の開花宣言が今日だされたとのこと、「サクラサク」は電報でなくとも嬉しいもの(今どきこんなことしないか)。
染井吉野という品種の桜をもって開花の状況を大々的に報道するのは、日本だけだというが、それだけ花が好かれ、春を待ちわびているかが分かるような気がする。
「酒なくて、なんのおのれが桜かな」という人は万障繰り合わせて花見をやらないと”三日見ぬまの桜かな”となるので、来週は茣蓙を持って走り回らなけりゃならんことだろう。
我が家の”ユスラウメ”も、桜に合わせてか三分咲きとなったので開花宣言を出さなきゃなるまい。
”ユスラウメ”は漢字で書くと桜桃と書くらしいが、どうしてその字が当てられたのかわからない、しかし、孫たちは”じいじんちのさくらんぼ(桜桃)”と言って誰にも邪魔されずに食べられるさくらんぼとして楽しみにしている。
一体に桜や梅、桃の類は花が似ているうえ、咲く時期も幅広いので、何がなんだか名前も分からないものが多くて困ってしまう。
.突先山(1,022m)から中村山(1,007m)へ
雲ひとつない青空が朝から広がっている。今日は連休中の土曜日なのであそこは人で一杯だろうし、ここはあの花が咲いてから、、、、などと考えていたが、突先山を藁科川側から上って見たいと思っていたのを思い出して、そこにしようと起き出してきてから決めた。
藁科川沿いを20km、さらに脇道を7km入って栃沢と言う集落を抜けた先の駐車場に車を停めたのが八時半近くだった。
気温は三度とそんなに低くないのだが車内との温度差からか、かなり寒く感じた。早速支度して谷沿いの道を登る。
流れ降る谷の音に負けまいとしてかミソサザイが声を張り上げて鳴いている。姿は見えないが、小さく、色の茶黒い鳥であることは知っている。良くあんなに大きな声が出るもんだと感心しながら聞きほれる。
谷のあちこちには放棄された山葵田が荒れ放題になり、小さな山葵がポツポツとあちこちに生えている。きっと、台風か何かで大水が出、荒らされたあと放棄したものように見られる。
かなり上のほうまで、そんな状況が続いた後、谷から離れると一遍に物音ひとつしない静寂な山に戻る。道はところどころ荒れてはいるが、迷うようなことがないほどしっかりしている。
登りだして、四十五分、釜石峠に到着する。古い昔には頻繁に使われたようで、何時のものか分からないが、”左 美和村あし久保 右 玉川村 たくみ”と読み取れる字を両脇に書いた道祖神が二本の杉の間に立っている。
ここから先は、何回も登った道なので暗い杉の木の間を縫って登る。予想通り頂上(1,022m)までは人けなしで登る。頂上からは富士山方向に切り払ってあるので、安倍川沿いの山、真富士山の後に富士山が青い空をバックにしてくっきりと見える。しかし、反対側の南アルプスは落ちているとはいえ木の間越しにチラッと見えるだけ。
時間はまだ十時を少前なので、峠の反対側の中村山(1,007m)に登ってみようと思った。この山、峠から突先山に登る途中で二度ほど見えたが、隣の大棚山とともになだらかな斜面を持ってひかえている。
水平距離にして2kmとははなれていない。「お~い 中村君!」と呼べば聞えそうな感じがして、、、。
峠に戻ったのが十時半。そこで一休みの後、中村山を目指し再挑戦。
この山は、最近笹を刈り払ったらしく道がはっきりしていると思ったが、途中の杉林の中はところどころに目印があるものの、踏み後がはっきりしない箇所があり、山慣れしていない人には難しいのではないかと思う。特に、降る時に気をつけないと勢いで道を踏み外して、迷う恐れがある。
そんなことを思いながら、四十分近くで三等三角点のある頂上に着くが、この山の変わっている所は、その近所30mほどの所に2ヶ所それより高いと見える場所が有ることだった。
どんな理由で三角点が決められたものか知りたいものである。その場で、昼御飯にしたが、眺めも何にもない山頂。ただ木の葉がない分だけ陽がさんさんと降り注ぎ、落ち葉の上でしばらく横になった。
結局、駐車場に戻ってきたのが午後一時。栃沢の枝垂れ桜も蕾が固く、立ち寄ることもなく帰宅する。
今日はこれから知り合いの家に”ゴッツオゥクイ”の迎えが来るというので、、、、忙しい。
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