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2008年3月26日 (水)

黄砂と農薬の尾根歩き

Img_0226 午前十一時ころ雨が降り出す前に、今年最後の野蒜掘りに行ってきた。

今年最後と言うのは、野蒜がなくなるわけでなく、他の草が芽を吹き所在を隠してしまうので見つけ出すのが困難になるという意味で最後にした。

午後になって、陽が差してきたので梶原山~帆掛山を歩いてみた。目的は梶原山の山頂にある枝垂れ桜の開花状況を見たいのと、出来れば桜と富士。桜に当たる夕日なんかが撮れればいいかな。なんて思ったことにある。

Img_0209 登ってみると、黄砂の影響がつよく、周り中が靄の中のよう。先ほどの雷を伴った雨も黄砂には影響が無かったのだろうか。勿論、絶景の富士もどこへやら。

おまけにお茶畑に農薬を撒いているらしく、臭いがたちこめ健康には良くない環境下にあった。

梶原山の枝垂れ桜はまだ咲きだしたといった感じだが、満開になってもそんなに花が多くないと言う気がした。樹勢が悪くなっているのだろうか。

桜、夕日とも満足出来るものは無かった。

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今日の花。左、榛の木の雌花。尾花は柳のネコネコオンボ(猫の尾)みたいな形をして別の場所にあり。 右、梶原山で見かけた小さなすみれタチツボスミレの仲間かと思うが名前がわからない。 Img_0214 Img_0204

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コメント

慶さん

他人のお婆さんを優しく出来るのは、多分、孫に共通する所があるのではないからでしょうか。
つまり、直接には自分に責任がなく、機嫌の良いときだけの付き合いで済むからです。
やはり、自分が面倒を見なければ、という感情が入ることが辛く当たる原因だと、私は思います。
ではどうすればよいか。これが分かれば苦労しないのですが、看病の挙句、親殺しにまで行かないように気を付けることが肝要です。
本などではきれい事に書いてありますが、実際はどうなんでしょう。
幸いと言うか、私の場合両親とも呆ける前に逝きましたので、本屋学問でしか。ありません
ただ、自分の場合、どうなろうとその時の流れに身を任せようと思っています。
なにかの本に「呆けるが勝ち」というのを実践するつもりです。だって仕様がないじゃないですか。

投稿: オラケタル | 2008年3月29日 (土) 17時00分

昨日ノビルを生協で売っていてびっくりしました。どう見ても強い(硬そうな)細長いノビルが5本で130円。妥当なんだかどうなんだか、複雑な思いで見ました。蕗のトウやワラビなどはもう売るのが当たり前になってしまいしたが、ノビルまで…。
「笑い話にするには…」に出てきたおばあさんの話。身につまされます。うちのじいばあも今まで本当にしっかりして元気だったのですが、特にばあばは急に「年寄り」になってしまい、今までそれこそ家事もせずきれいにしている(実際きれいな)人だったのに、いや、だったから余計に「老いた」のが哀れな感じです。それこそ「良い家」の「プライド」に取り付かれているので、バアバ同士の付き合いも大変なことになっており、それにじいじはじめ振り回されています。正直、体が動かなくなったり、認知症が出てきたりしたとき(実際認知症が出てきているのではと思うようなこともあります)、暖かく見守ってやれるか、自信はありません。なぜか他の年寄りには優しくできるのに、夫の親にはどうかするといらっとして、冷たい言い方になってしまうことも。自分自身、年は上手にとりたいと思いますがなかなか思うようにはならないんでしょうね。

投稿: | 2008年3月29日 (土) 10時43分

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