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2008年3月25日 (火)

笑い話にするには、、

早蕨Img_0193

君にとて あまたの年を 摘みしかば

       常を忘れぬ 初わらびなり

源氏物語の”さわらび”に出てくる山の坊さんが中の君に蕨とともに送った来たつたない歌といわれているもので、そのお礼の返歌が

この春は 誰かに見せむ 亡き人の

       形見に摘める 峰の早蕨 とある。

(貴族趣味紛々とした源氏物語はあまり好きではないのだが、、、)

毎年、牧の原の台地へ蕨採りに行っているのだが、今日は金谷の知り合いの母親の見舞いに行ったついでに、子生まれ温泉に行ってこようと思ったのがきっかけで、結果的にはどちらが主か分からなくなってしまった。

蕨の出る場所は毎年変化する。日当たりの良い草場に良いのが出てくるのだが、木の成長に従って日当たりが悪くなれば次第にやせ細り、ついには出なくなるし、あまり良い場所は先客が荒らしたりで針金みたいなものしかない。

蕨は少しあく抜きをすれば簡単に食べられるので、同じしだ植物の”ゼンマイ”に比べると、コゴミともに春の味を代表する山菜で人気が高い。

早速、持参のビニール袋にいっぱい摘み取ることが出来たので、重曹を少し入れてあく抜きをし、花かつををのせて今晩の酒の肴、残りは明日からの味噌汁の具にしよう。

Img_0198 余談。  飛騨ばかりではないと思うが昔、農家のお嫁さんはシャモジを姑に握られてお小遣いも全然無いなかで、現金収入のひとつとして蕨の根を掘ってさらし「わらび粉」という澱粉を造ったそうだが、子どもを背中に草の根を掘り分けての作業は大変だったとも、楽しみだったとも聞いたことがある。

.おばあさん二人

金谷の老婦人。この人を見舞いに行ったのは、この人の子どもとは古くからのの付き合いがあったためで、病人とはあまり逢ったことがない。

しかし、遠来の見舞い客がよほど嬉しかったらしく、鼻から酸素をいれ、点滴を受けながら小さな声で語り続ける。

少々耳の遠い私には聞き取りにくい声なので何回も聞きなおしたりしての会話となったが、次々と話す。あまり話しすぎては身体に悪いかと思い「少し眠ったら、、、」というが帰るまで話を続け、見舞いを切り上げるきっかけを作るのが難しかった。

その間、親にもしたことがなかった足をさすったり、涙を拭いたりで、親孝行をしたような気がするとともに、歯のない口の奥、小さい声しか出せない姿を見ると、自分も将来、こんな風になるのかなあと感じてつらかった。

そして、帰ってくると、リハビリ病院で治療しているこれも知り合いのおばあさん。その人の娘から「今日は病院を脱走しかけたんよ」と電話がかかってきた。

この人は、骨折のリハビリをしていたのだが、このごろ少し認知症の気もあり、前に見舞いに行った時も、「迎えに来てくれたのか?」というのが第一声で、病院生活が苦になって仕様がなかったようだ。

今日、車椅子に乗ってエレベーターで玄関に行き。「タクシーを呼んでくれ」といって、事情の知らない事務員がタクシーの手配をしている最中に見つかったようなのだ。

家族のものに連絡が入り、一晩だけの外出許可がでて、今晩は家に帰れたようだが、、、笑い話にするにはなんだか、つらいねぇ~

 

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