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2008年3月19日 (水)

志学の春

Img_0053 Img_0058 ハナニラが咲きそろっている。白い花びらの中心に青みがかった線がまっすぐに入り清楚、可憐な感じがするが、結構寒さにも強く繁殖力も旺盛である。

花言葉は、悲しい別れとあり、なんだか寂しい感じのすることばがつけられている。

卒業式

散歩の帰り道近所の中学の前を通ったら、丁度卒業生が校門から出てくるところだった。若いはつらつとした生徒の笑顔。拍手で送る両側に並んだ在校生と、、、私に関係した子供がいないがしばらく立ち止まってみていた。

今の時代では、ほとんどが高校に行くのだろうが、私たちのころは半数に満たなく、残りは就職のため四月になる前には、各地に散って行き、そのままいまだに再会したことのない級友もいて、卒業式は文字通り”悲しい別れ”のひとつだった。

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子曰 我十有五而志於学 

昔習った論語の中の有名な言葉の出だし、子いわく 我十五歳にして 学問に志し、と孔子が2千年以上前に述べた言葉を思い出した。

数え方は違うかもしれないが、中学を卒業するときが丁度十五歳。この年までの教育は社会にでた時の基礎教育だと思えば、これから先が学に志して高校に行くことになるのだが、本当に勉強したくて行く子どもはどれだけいるのだろうか。

(校門に行く前、学校のフェンスと植木の陰で怒声が聞え、上着を脱いでいた生徒がいたが、彼らにとって後味の悪い卒業式だったことのように見えた)

大半の親は、この年で仕事をさせるのは可哀そうだという理由でもう三年。続いて四年と遊ばせているに過ぎない。

そこに、自立が遅れる要素があるのではないだろうか。

いま、大人の線引きを二十歳から十八歳に引き下げ、少年法や選挙権をはじめ労働基準法、道交法などについて法制審議会で検討を始めたという。

新聞では、世界の中で十八歳としているところがかなり多いというが、日本ではどうなんだろう。ついでに煙草、酒も解禁と言い、「18歳未満お断り」はすでに、大人の線引きだと言う。

しかし、どうなんだろう。税金も納めないで親がかりの生活をしている人にそんな権利を与えれば親は金がかかって仕様がない。

七十而従心所欲不喩矩 

七十にして心の欲するところに従い矩を越えず、とも、孔子は言ったそうだ

矩(のり)とは、国の法律ばかりでなく道徳観も含めていると考えると、もうそろそろこの年に近づいてきている私としては、人のことをあれこれといえたものではないが、、「まぁ、これもいいっか」で過ごしていこう。

なにせ、自分には甘い体質だから

(喩の字は本来足偏であるが、パソコンにはこの字はないので、、)

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今日の花。左、花大根、花の形が似ているところから。右、連翹(レンギョウ)こぶしなどの仲間と言うが花一厘はごく小さい。

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