« 千に一つか 千三ツか | トップページ | 雨が降ります 雨が降る »

2008年6月22日 (日)

これ 父ちゃん

Img_0022 強く弱くをを繰り返しながら終日の雨に閉じ込められている。

その雨の中、長野から貰ってきた玄米の精白に行くと、片隅にユキノシタが咲き残っていた。上の花びら3枚は赤い麩のような点々を撒き散らし、下の二枚は長く白い花びらを垂れ流している。

湿気の多いところを好むこの草は、薬としても昔から家の周りに植えられており、その白い花が無数に咲きそろうことから雪に見立てて付けられたとも言うが、雪の下でも青さを失わないところから付けられたともいう。

私の子供の時の印象から後者を取りたい。だって、雪のように白く咲く花は他にもあるじゃない。

そして、この花の思い出として、私の”ばあば”の家の裏に生えていて、囲炉裏で火傷をしたとき、腰の曲がった”ばあば”が驚くような速さで雪の下を取ってきて火にあぶり、しんなりした葉で火傷を覆ってくれた覚えがある。

その葉の効用は、ばあばの素早さと火傷をつつむ時の謝りと慰めで瞬く間に痛みが取れたので、言うまでもない。(実際はそんな大した火傷ではなかったと思う)

.

常識とは

Kamiootu2 昭和40年代在りし日の鉱山社宅。神岡鉱山 大津山社宅

家に帰ると「これ 父ちゃん、今日、水道代ってものを取りに来たんやけど、、、」という話しがあったと、仲間内で語られたことがある。

”父ちゃん”といったのは、子どもでなくその人の連れ合いである。夫婦何十年も勤めると飛騨ではこういう呼び方になるのが常であった。

鉱山の社宅は通勤に便利なように、坑口に程近い山奥の中腹に張り付いたように造られ、その不便さをつぐなうように水道代はもちろん、電気、越冬燃料などはただで支給されたうえ、役場まで行くのに時間がかかるので人事係が全てを代行してくれていた。

結婚の届出、子どもの出生届け、死亡届など文字通り生まれてから死ぬまで社宅にいる限り全てを会社に任かせっきりでことが済んだし、飲み仲間、話し相手も会社内の人がほとんど。長く住めば(勤続が長ければ)世の中そんなものと世間知らずになっていく。

もちろん、今のように個人情報がどうだらこうだらというという時代でもなかったし、社宅しかない場所では、企業城下町以上の独立社会(良く言えば家族社会)のような雰囲気があった。

そんな中で、何十年もいるとそれが当然の事になるため、定年や本社勤務などで東京近辺に移住、転勤するとこんな悲喜劇みたいな話しがいっぱい出ていたそうだ。

”常識” 辞書によると「健全な一般人が共通にもっている、普通の知識や配慮、分別」とある。健全な一般人とはなんだろう。普通とはなんだろうと考えるとややこしくなるが、、、、。

「世界に常識 日本の非常識」なんて言葉があるように住む環境で常識はそれぞれに違う。

最近ワイドショーを騒がしているものの中に、官僚のタクシー接待がある。特定のタクシーに深夜乗車する官僚が家に帰るのに何万円もするタクシー券を使い、その見返りにビール おつまみ、御中元はもとより割戻しまで。受けていたと言う。

身内の調査だけでかなり多数の人が分かっているので、外部の調査が入ればもっと大きくなるだろう。しかし、これを受け取っていた人々は、公務員の倫理規定のことには考えが及ばなかったのだろうな。

役所のエリート官僚として、チヤホヤされ続けた結果との常識とすれば、、、、、「これ 父ちゃん、、、」と変わりない話しになる。

|

« 千に一つか 千三ツか | トップページ | 雨が降ります 雨が降る »

コメント

慶さん

小さいころ嫌だったものが、懐かしくまた、美しく感じられるものは沢山あります。
ドクダミの匂いなんかもどうしてあんなに嫌だったのか?なんてね。
苦い味、辛い味、えぐい味を覚えて大人になるといいますが、それと良く似ているのではないでしょうか。
”ふるさとの山に向かいて言うことなし”若いころは山に囲まれた狭い土地、嫌なことも今では懐かしく思い出すものの、その後少しづつ変わり、懐かしい風景も心の中だけのものになってしまいました。が、花は変わりません。(少なくなってしまいましたが)

山奥にある鉱山会社のいたれりつくせり?は結局の所会社の都合であり、そこを離れてからが大変になります、
例えが悪くなりますが、刑務所に長く入っていた人同様世間の常識を取り戻すのに時間がかかります。
やはり、面倒でも自分のことは自分でやっていくほうが自分のためになるようです。

投稿: オラケタル | 2008年6月23日 (月) 22時42分

ナベショー様

常識。基準がないだけ難しいものだと思います。
住んでいるところの常識が、まるっきり非常識だといわれれば戸惑ってしまいます。
といって、住む場所はそんなに動くわけにも行かないし、結局周りに合わせるしかないのでしょうね。
北朝鮮に、生まれ育って他を知らない人は、あの社会が常識なんでしょうし、戦時中や江戸時代鎖国中の日本人は同じだったと思います。
そんなことを考えると、ややこしくなります。

雪の下の天ぷら、、、衣を薄くしてパリッと揚げたものは食感がいいものですね。
ここ十年ほど前から私も、、、

投稿: オラケタル | 2008年6月23日 (月) 22時14分

ユキノシタ、とても可憐できれいですね。子供の頃はユキノシタの花がきれいだとはとても思えなくて、じめじめしたところにさいてちょっと気持ちがあるいは花だなんて思っていました。今はなんていうか、やかり慶も郷愁をさそられるものの一つになってきました。ユキノシタのあった庭の様子や故郷の景色…。
 様々な手続きというかいわゆる役所の手続きは難解すぎますね。年金の手続きなどももっと(最近は学校でも授業でやるようですけど)こちらも相手にお任せでいたりするのでいけないのですが、娘の勤め先ではいろいろ手続きに不備があって、(雇い主も個人事業者だと知識がないのでしょうかね)仕方なくそれこそお役所から勧告してもらって、やっと失業保険や健康保険の手続きが出来ました。なんと3月末に退職していたのに手続きがしてなくて役所が調べるまでの3ヶ月間娘も含む3人の退職者がまだ就業している事になっていたんですよ。任せる先もなくなっているんですね。

投稿: | 2008年6月23日 (月) 09時30分

私も地方の町の工場社宅族だったので、地の人たちから見れば特殊な社会、存在だったのでしょうね。
社宅を出て、地域社会の中で、生活するようになると、いろんなことに遭遇しました。
それにしても、高級役人たちの常識の、世間一般の常識とかけ離れてること、、、今度のタクシー居酒屋の問題以外に、たくさんあるんでしょうね~
雪ノ下、、、天婦羅にして食べました。
花がとても可愛くて美しいです。

投稿: ナベショー | 2008年6月23日 (月) 09時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90605/41612116

この記事へのトラックバック一覧です: これ 父ちゃん:

« 千に一つか 千三ツか | トップページ | 雨が降ります 雨が降る »