« もうこんなに大きくなって | トップページ | コムラサキ~ »

2008年6月12日 (木)

玩具のような雛に

Img_0172 午後になって青空も広がり、湿気のない清清しい天気になった。

こんなことなら昼からゆっくりと出かければよかったが、なんとなく気が急いて、小降りから止みはせぬまでも濡れない程度になったのを見計らって出かけて見る。

すると、二~三日前、ひょっとすると今朝巣立ちしたばかりではないかと思われるような雛を連れたカルガモに出会った。

小さな小川に入って逃げ場がないところだったので、親は口を半開きで警戒音を発し、私から見て雛を隠すような位置につけようとするのだが、怖いもの知らずの雛たちは、バラバラになりたがる様子。

昨日見た大きな雛に比べればかなりの差があるが、人間でも小学校の入学式をランドセルに押しつぶされるような子もいたりして、同級生でもかなりの差があるように、カルガモの雛もこれから大小の競演が見られることになると思う。

Img_0171 考えてみれば、親子と言えど顔を見合わせてからほんの僅かしか経っていない、どんな識別の仕方をしているのだろうか。以前に聞いた話では雛が卵から出て最初に目にしたものを親と認識するそうだが、そうなると親のほうが認識するのに時間がかかるのではないか、なんて余計なことを考えたりしてみるが、玩具みたいな雛の可愛いこと、親の心配を他所にまた見とれてしまった。

.

今日も秋葉原の殺傷事件をゴシップまがいにワイドショーが取り上げていた。

確かに人殺しは悪い、それも関係のない人を無差別にするのは、、、。しかし、犯人は25歳という成人した大人だよ。なのに、日本では親を引っ張り出して謝罪させなければ気が済まないのだろうか。

もうひとつ、派遣会社だか関東自動車だか知らないが、事件が発覚してから、「作業服は無くなっていなかった」「人員整理の対象ではなかった」と言っていたが、どうもその辺に胡散臭さが残って仕様が無い。

一方が、発言できないことをいいことに言っているような気がする。

静岡に来て、出会い帳場、下請け、孫受けの仕事も数多くしたが、大きな会社の若造社員にどれだけ腹を立てたことがあったか知れないので、そんな環境にもあったのかもしれないなどと考えてしまう。

書き出せばきりが無いのでこの辺で止めておこう。

.

今日の花。左、赤芽柏、春先赤い葉を出して目立つ木も花はごく地味に咲かせる。しかし、小さな花を密集させて良い匂いを放っているのは人間ばかりでなく虫にも評判は良い。 右、溝蕎麦、湿り気のある場所に旺盛な繁殖力で埋め尽くしている様は花の可愛らしさを隠して猛々しい。

Img_0162 Img_0165

|

« もうこんなに大きくなって | トップページ | コムラサキ~ »

コメント

慶さん
言われてみればそうかもしれません。去年遅くなって10羽ほどの雛を引き連れている親を見たことがありますから、、。

また、若い人に”恥”というものがなくなったのは、この人たちを育てた親に恥がなくなったためで、直しようがないでしょう。

昨日、電車の中で化粧しているのを見た外国人が日本の文化かと言っていたようですが、古来の文化では隠してするものだったはず。
この先何処まで行くのか見届けたいものですが、我々のすることだって、江戸時代の人が見れば無作法の一語でしょうから、文句だけ言って憂さ晴らしをしましょう。

投稿: オラケタル | 2008年6月13日 (金) 21時09分

鴨の親子、かわいいですね~。確かにどうやって親を選別するのか分かりませんが、もしかしたら他人(?)の子でもついて来ればちゃんと世話をするのかもしれませんが、この当たり前のことが人間にはなくなってきてしまったようで、今回の事件も含め、人間の社会がおかしくなってきてしまったと自分も含め反省させられます。先日もスーパーの出入り口に座り込み中には寝転んでいる高校生をみて、しかも食べた器やパックが散らかっていて、そのままゲームをしたり、だべったりしていたのをみて、注意すべきかせざるべきか、悩みました。「注意して欲しかった」のでしょうか。だれか言って欲しかったのでしょうか。誰かが何か言ってくれるのを待っていたのでしょうか?彼は誰かがコメントで止めたら思いとどまったのでしょうか。

投稿: | 2008年6月13日 (金) 08時46分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90605/41510147

この記事へのトラックバック一覧です: 玩具のような雛に:

« もうこんなに大きくなって | トップページ | コムラサキ~ »