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2008年7月31日 (木)

仙人草も咲きだして

Img_0077 昨夜遅くなってからの雨はかなり激しく降っていた模様で、あちこちに水溜りを残した朝を迎え、空気もひんやりとした感じがした。

実際は気温もそんなに下がっていなかったのだが、連日の猛暑に身体が慣れていたためだったのだろう。

天気が良ければ近くの山にでもと思っていたが、こんな日に山に行くと露払いに終始するので、裏の麻機農道を一巡り。途中で会った人と「今年は山百合が少ないですね、、、」などと挨拶を交わしながら登っていくと仙人草の花が咲きだしていた。

Img_0078 風車のような白い十文字の花弁におしべをいっぱい立てて咲いているが、まだ時期が早いらしく、チラホラといった感じ。この先楽しみな花である。

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今日で七月も終わり。この恒例のように月初めに諸物価が上がる。所得が上がらずに物価が上がるのはいささか苦しい。

生産者の苦状も分かるが、これでは生活を切りつめて亀のように首をすくめるしかない。先行き真っ暗。

そんな中、日本人の平均寿命がまた延びて、男七十九歳 女八十六歳だといいどちらもまた伸びたと言うが、我々の年代になると更にその上を行くことになる。

こんな、世の中で長生きしたって、と思わないでもないが、これも寿命なら仕方ないことか、、、、、

明日当たり、内閣改造があるそうだが、此方のほうはちょっとでも閣内で長生き(居座る)していたい人ばかりで、世間とは乖離した人たちの椅子取ゲームが始まっている模様。

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2008年7月30日 (水)

極楽風

Img_0072 暑中お見舞い申し上げます

葉書やメールで連絡の付く人にはご挨拶を済ませたつもりですが、届かなかった方には失礼ながら、これをご挨拶代わりにをさせていただきます。

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アブラゼミが大合唱する暑苦しい椎の木並木を抜けると、麻機田んぼに出る。

3~40㌢に伸びた稲の表面がゆれて風が向かってくるのが見える。

冷気とともに一瞬にして通り過ぎていく風のすがすがしいこと、暑さを忘れさせてくれる。

こんな風をむかしの人は”極楽風”と呼び、汗ばんだ襟を広げて風を入れていた。最近では極楽という言葉も聞かれなくなったが、こんなに心地よい風がそよいでいる所なら誰しも行ってみたいことだろう。

Img_0066 次の風は何処から来るのだろうか、稲面をながめる。この田んぼの一枚向うには通学路があり、夏休みの部活に行くためか生徒がポツポツと自転車で走り、稲の間にはオモダカの花が遠慮がちにひっそりと咲いている。

もうすぐ始まる消毒か、田の草取りまでの命だろうが、通りすがりの目には何時までも咲いていて欲しいと願う。

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.ハチのムサシ

Img_0041_2 蜂のムサシは死んだのさ、、、という歌があった。軽快な歌詞の中に、無理と分かっていて権力に刃向かった。作者の気持ちが含まれていて好きな歌の一つだった。

最近「誰でも良かった」「ワイドショー制覇」などと言って、些細なこと(本人はそうではないだろうが、、、)で刃物を持って人を殺傷する若者(?)が多く、今日も二件報道されていた。

今年になって無差別に刃物で刺す事件は何件目なのか、何人が刺されたのかもう分からないくらい多い。

そのなかで、幾つか共通するのが親や会社(社会)内での不満にたいして、関係の無い力の弱い人に不満をぶっつけていくケースが多い。

どうして、不満の根源に向かっていくことが出来ないのか、ハチのムサシはお日様目掛けて剣を抜き 戦ったのだ。

世の中の閉塞感が不満を靄の中に覆い隠して、感情の処理を何処に向けて良いのか分からないのだろうけど、それを探ろうとする余裕も無くなって、直情的に行動するためだろうか。

深みに嵌ってしまうと、他所事は考えられなくなり、これしかないと思い込んでしまうのは、自分の経験でもある。そんなとき周りに相談できる人がいればいいのだが、閉塞した社会(派遣労働や勝ち組同士の争い)はそれさえもなくしてしまった。

小さいころからいじめを受けることを避けるために、心にも無い上辺だけの付き合いをしてきたものに、本当の相談相手は出来ない、、、、、、(どうも書ききれない、、)

そうそう、そういえば三十年ほど前になるがロッキード事件のとき「蜂の一刺し」で勇名をはせた榎本美恵子さんのこと知っているかな?

かなり致命的な一刺し(証言)で闇将軍たちものた打ち回ってもだえ苦しんだものである。同じやるなら、、、

「決して勧めるわけではないけど、、」

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今日の花。

荒地の待宵草。麻機沼の土手にいまを盛りに花をつけている。一夜花は朝にはしおれだす。大待宵草に比べると花が小さいがほかはほとんど変わらない。竹久夢二が#待てど暮らせど来ぬ人を 宵待ち草のやるせなさ 今宵は月も出ぬそうな”と歌ったのはこの花だといわれている

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2008年7月29日 (火)

まあ良いかと今日もすぐ

Img_0061 「暑いあつい」とお経のように百万遍唱えてもどうしようもないのだが、つい口に出る。したがって、散歩は少し日が斜めにいる間に済ませ、日中はぐうたらしているしかない。

今日も今日とて朝七時前から歩き出す、昨日と違って北半分は一面の雲。太陽はその境目にかかっている。下から「どっちかはっきりしろ」と言ってみても知らん顔をしていた。

と、オニヤンマが二~三回スイーッと行き来したと思ったら、目の前の枯れ木の先端にとまった。

Img_0057 ”トンボの目玉は水色目玉、、、”というが、昆虫の中ではおおっきいほうにはいるだろう。学校で習ったには複眼と言って幾つもの目が集まっている。ということだったが、風景をどんな風に見えているのだろうか。

飛びながら、虫を捕まえて捕食するところを見ると動体視力はよいのだろうが、動いているものなら何でも飛び掛ると聞くと物を見る目がないようにも思う。

細い路地なんかで出会ったときは、まっすぐ近いづいてきても、すぐ傍でついっと飛び上がり何事も無かったように飛び去り、あるところまで来るとユーターンして戻ってくる。

子どものころは、これを狙ってさらし手ぬぐいで作ってもらった網で追っかけまわしたが、とても掴まるようなものではなかった。子どもをからかうように飛び交う有様はどちらが遊んでもらっているのか分からない。

とんぼ取り 今日はどこまで

          いったやら 

って、加賀千代女の句があったけど、私の散歩も気の向くまま、足任せと来ると子どものころのトンボ取りをまた始めた事になる、、、、、、。

まあ いいか まあ いいかと今日も過ぐ

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2008年7月28日 (月)

一つ笠は雨の前触れ

Img_0026 昨日の雨が靄を払ってくれたようで、久し振りに青い空が甦った。遠くには真っ黒な富士も顔を出している。

今日も暑くなるとの予報だったので、朝七時から散歩に出かけた。ここしばらく空は晴れていたが、静岡のシンボル”竜爪山”はいつも雲がかかっていて山頂を見ることが出来なかった。しかし、今日は笠雲をかぶってはいるものの、全体を見ることが出来た。

笠雲といえば富士山が有名で、「一つ笠は雨が降り、二つ笠は雨風が強い」なんて聞いたことがある。というのは、山の斜面を登っていった暖かい空気が上空の寒気に触れ、急に冷えることから山の上に丸い笠のような雲が出来、上空の風に流されて次々と島のようにできるためだそうだ。

だが、竜爪のような低い山でもかかるんだろうか。その周りにそんなに高い山が無いので、、、と考えてしまった。

その後、雲が全天にかかってきて笠雲も分からなくなったが、午後には僅かだが雨が降り。テレビを入れたら石川、富山などでかなりの豪雨があったと伝えていたが、あちらの方ではどうだったのだろう。

.アア ヤンナチャッタ

何時だったか、ウクレレ漫談の牧伸二がテレビで最近のお笑いは学芸会みたい、、、といい、権力に対して風刺するとか、おちょくると言うことも無くなった。言っていたが、おもわず「そのとおり!」と声をかけたいほど共感してしまった。

漫才なんかを見ていても、早口で何を言っているか分からない所が多いし、分かっても何がそんなに面白いのか分からない。

前に、ダンディ何とかもそうだったが、世界のなんとか、などを含めて芸というものが感じられない人がかなりいる。

そして、少し売れると本業でなしにトーク番組やクイズのほうに精を出す。(名前を利用した放送局の姿勢によるのだろうが、、、)したがって、お笑いに出てくる芸人は常に新人で、素人に毛が生えた程度の連中が入れ替わり立ち代わり出ては消えていく、つまり、学芸会とは良く言ったものである。

落語の古典と言われるものには、大名や大家さん、物知り顔の隠居さんをからかったものが多いし、以前の漫才には沢山の風刺を話題にする組があった。

もっとベテランの「さすが」と言われる人たちの芸を見聞きしたいものだけれど、僅か五分程度で出演時間では聞きようもないし、若い人たちには”落ち”も分からないらしい。

放送局も、若い人迎合の似たような番組ばかり作っていると、日本から話芸というものは、歌番組同様近い将来廃れてしまうだろうとおもう。

アア ヤンナチャッタ ア~ア~ア~オドロイタ  と、くらあ~

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今日の花。ミニトマトとニガウリ。最近になって栽培されだしたもので、子どもの時は見たことが無かった。

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2008年7月27日 (日)

列車のようになが~い雷

Img_0008 朝の気温が26度だったから夕べは多分熱帯夜だったと思う。

昼のニュースではすでに32度。名古屋を中心に35度程と言っていたからかなりの猛暑が今年は続いているようだ。

と、思っていたら、午後に入って貨物列車が通過するような長~い音の雷が轟き、大粒の雨を伴って降ってきた。

貨物列車の音のたとえたのは、音の長さもそうだが、荷の重い貨車と軽い貨車をの立てる音の違いとでも言うか、低音で大きくのいかにも重そうな音がところどころに重圧感を持って入るなど、さまざまな音の雷がかなり長い時間鳴り響いた。

昼のせいか、家の中にいたので稲光は感じることが出来なかった。多分高い雲の上で火花を散らしていたのだろうか。

お陰さまの天然クーラーは気温を27度まで下げ、久々の雨で野良の草木も生き返ったように水分を葉先まで行き渡らせ先端を持ち上げていた。

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Img_0002 「昔はえかった」というと年寄りの繰言になるが、今思うとそれこそなんにつけてもそういう言葉が出てくる。オリンピックの顔と顔 それトトント トトント 顔と顔)

いま一番思うのは、あと二週間で始まるオリンピックではないだろうか。

四十年前、東京でオリンピックが行なわれた時私はまだ二十四歳。それこそ澄み切った青空の下行なわれた入場行進を買ったばかりのカラーテレビで見ていた。

戦後の復興から立ち直って、なんだか明るい未来が開けている感じが日本中をつつみ、三波春夫が歌う東京五輪音頭はなんの屈託もなくただ世界から人々が集い、技を競うことを喜んでいた。

待ちに待ってた 世界の祭り 西の国から 東から

北の空から 南の海も 越えて日本に どんと来た

、、、、、、、、、、  

この歌の文句の通り、警備は見物人と選手の軽いふれあいハプニングを防止する程度を予想していたくらいではなかっただろうか。そして、聖火リレーの妨害なんて思いもしなかった。

この間テレビを見ていたら、中国ではテロを警戒して、競技場の近くに対空ミサイルまで装備している。とあったが、それほどにまで環境が変わったのなら、オリンピックというものを一度やめて考え直す時期に入ったのではないだろうか。

古代オリンピックがどんな理由で無くなったのか知らないが、あまりにも変質した興行は存在理由がなくなるはず。

商業主義が蔓延し膨大な利権がうごめき、国威発揚の場と化したオリンピックを世界の祭りだと単純に喜んでいた時代にまで戻してみたいものだが、、、、

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2008年7月26日 (土)

何があろうと

Img_0051 「知り合いから夕食においで」と言う誘いがあって、出かけるため外に出たらアブラゼミが植木の添え木の天辺で脱皮をしていた。

午後の四時過ぎ、そこを見たときには気づかなかったので、それから二時間半程の間にここへ来て、脱皮したことになる。

まわり 3 ㍍程はコンクリートが打ってあるので、この鎧を着たような格好でここにたどり着き、さらに1,5 ㍍ の添え木を登ってきた事になる。

蝉の仲間は、7年間幼虫として土の中にいると聞いたが、その集大成である脱皮が一番危険なときである。

土の中から外が見えない以上、出たとこ勝負の世界が待っている。

Img_0052 この蝉も、一旦登りかけてから”止めた”って訳には行かず、天辺まで登りついたところで、羽化することになったのだと思う。一刻も早く脱皮し羽を乾かすまでの時間が決まっているわけだから、、、宿命とはいえその一途さに心打たれるものがある。

14~5度の暗い地下から、まだ気温が30度を越えている地表に出てきて、鎧の眼鏡越しの世界はどんな風に見えるのだろう。半透明の薄緑の羽が、風にあって透明で丈夫な羽になるまで何があろうが動くわけには行かない。

人間で言えば開き直ったその姿に、おもわず「ガンバレ!」とエールを送り、帰ってきたときにはすっかり忘れてみていなかったが、はたして結末はどうだったのか。

今朝方、添え木は抜け殻だけになっており、庭の木からバタバタと一匹の蝉が飛び出し行く気配がした。昨夜の彼であれば良いのだが、、、、、あと一週間、眩しくて暑い夏を謳歌せんことを祈る。

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Img_0067 今日は、静岡最大(?)の安倍川花火大会。ここ二年続けて招待席の桟敷で見せてもらったので、「今年はよからず」と出かけ無かったが、意外と近所からも見えることが分かり、帰りの混雑を考えると此方も良いなというのが感想。

ただ、光と音の時間差が、、、、

でも、”ドンと鳴った花火はきれいだね”

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2008年7月25日 (金)

几帳面な烏瓜

Img_0065 カラスウリのの花を見ていて不思議なことに気が付いた。

日が落ちるころから開き始めるのだが、あのレースを広げたような花には、どういう意味があるのだろう。

多分進化の過程で、選んだ咲き方だと思うが暗い夜に向けて虫たちにどんなメッセージを送っているのだろうか。それとも、少しでも花を大きく見せるためのレースなのだろうか。

もしそうだとすると、今流行のエコ何とかになるのかな。

Img_0110 もうひとつ、一夜花なので朝になるとしぼむのだが、一様にあれだけ拡げたレースの花弁を内側に巻き込んですぼめてしまう几帳面さ。これも何か意味するところがあるのだろうか。

写真、左側が今晩咲く蕾、右が昨夜咲いて綺麗に折りたたまれた花(すぼみ?)

Img_0100 花が済んで目的を達したのだから、月下美人のようにだらしなくしおれても良いように思うのだが、着物や浴衣を縫い目にしたがって、皺が出来ないようにきちんと折りたたんで箪笥にしまっている、昔の女の人(今でもいるのだが、、、)と脱ぎ捨てたまま、後は女中任せの裕福な家のお嬢さんの違いがあるような気がするが、如何だろう。

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.オリンピックに寄せて

まだ20代の頃、中国大陸で戦った復員兵の先輩が言っていた話の中で、中共(中国共産党)の兵士に”三大規律八項注意”というものがあり、人民のものには手をつけてはならないという規律が行きわたっているため、腐敗した国民党軍や、略奪の激しかった日本軍より好かれていたことが勝利した原因だと聞いた。

八項注意のなかには、寝る時に使った戸板や藁は整理せよ。話し方は丁寧に。売買はごまかし無く。借りたものは返せ。毀したものは弁償する。婦女をからかうな。などがあり、戦争中にこれをきちんと守れば誰だって味方したくなる。(イラクのアメリカ兵も例外ではない)

しかるに、それから五十年ほど経った現在の中国の報道を見ると、天安門事件をはじめ、共産党一党独裁の元、あちこちで民衆の意見や行動に対して弾圧し、都合の悪いことは外に漏らさないように押しつぶしている。と、しか見えないのはどうしたことだろう。

オリンピックを控えた今年。チベット以外にも暴動が頻発し、地方から上京してくる陳情団は、地方政府の不満を中央政府に訴える前に拘束するという弾圧政治が行われているという報道もある。

”三大規律八項注意”というのはやはり見せ掛けに過ぎなかったのだろうか。

弱肉強食、強いものはますます強くなる仕組みの資本主義も嫌だが、一党独裁の社会主義もこれまた嫌なもんだ。しかし、今の中国はその両方を兼ね備えているように見え、最低の国のようにも聞えるが、報道だけの知識。どこまでがどうなのやら、、、、。

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今日の花。左、酔芙蓉、朝方白い花も夕方になると赤くなる所から酒に酔ったようだと名付けられた。右、紅葉葵、芙蓉の仲間、何れも大柄な花で夏らしい花(あつくるしい?)

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2008年7月24日 (木)

ギース チョンッ

Img_0157 ”ギース チョンッ”と叢の中で懐かしいギスの声を聞く。(写真は1月ほど前のもの)

子どものころ、この虫と鬼ヤンマを捕まえることがステータスで虫かごに入れて見せびらかしたものである。

と、いうのも、傍に行くと鳴き止み、その色の保護色もあって捕まえるのはなかなか難しい虫であったから、、、。

(捕まえるのが難しいのは鬼ヤンマも同様)

捉まえるには、小さな缶詰の空き缶に煮干などを入れ、土を掘って半ば埋めて置くと他の虫とともに入っていることがあり、そんなことでしか捉まえられなかった。

胡瓜などの餌で、育てられやすかったこともあり、夏中”ギース チョンッ”と歯切れのよい声?で鳴き続けてくれ、その当時の名は"ギス”だった。

キリギリスという名はイソップ物語の「ありとキリギリス」を読むまで知らなかったが、この本を読んでいて、働き者の蟻が正しいとは思いながら、、、、、。

蟻は長生きしてこその幸せだけど、長生きが出来るのだろうか。とか、、、近所の年寄りを見ていると、若いとき一所懸命働いたと言うが、みんな腰が曲がって裕福な暮らしをしていると思う人が少なかったので、、、、。

ともあれ、キリギリスは暑い夏中を楽しませてくれた。

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今日は土用の丑の日。江戸時代平賀源内という人の言いふらしで、日本は鰻の大量虐殺の日となっている。

今年は土用の間に丑の日が二度あることになっているから、それだけ量が増えるのか、それとも、値上がりや偽装問題で減るのか後ほどマスコミは詳細に報告してくれると思うが、蒲焼を出す店では揃って国産の鰻を出していると言っていし、食べるほうもそう信じて高い物を食べているようだった。

しかし、今市場に出回っている鰻は、ほとんどが中国と台湾産で国産は2割を少し超えるだけ、それも里帰りや一日でも長く日本に居たものを除くと純粋と言えるのはもっと少なくなるそうだ。

大体が、夏場食欲が衰えて体力が無くなった時期の栄養剤的食べものだったのだから、飽食の時代には関係のないものである。

それを、みんなが食べるから食べなければと思う心のいじましさが、テレビで放送されるのに、うな重をガツガツと食べる人を見ていて感じた。

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今日の花。左、ガウラ 右、デュランタ、何れも外来種。ガウラは高い草の先端がゆらゆら揺れて蝶に見えるところから和名を白蝶草といい、デュランタはなぜか台湾連翹という。原産地はアメリカ、連翹とはかなりかけ離れた花の色と木なんだけど。

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2008年7月23日 (水)

夏眠に入りたい

Img_0040 ハグロソウ。唇を開いたように上下二枚の花抱を突き出しているので小さい花ながら目立つ存在である。

ハグロソウというので、羽黒山に関係のある"羽黒”か唇に関係してお歯黒の”歯黒”かと思ったら「葉黒」と書くそうで、名前の由来は葉っぱが黒いことから来ているという。

折角特異な形の花なのだから、もう一工夫した名前が欲しかったね。

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今日も、朝から暑い太陽が霞んだ空から昇ってきた。足任せにしていたら川合山から高積展望台(竹に囲まれて見通しの全然きかない展望台?)から尾根歩きをし、流通センターを廻って、全身汗ビッチョりになって帰ってきた。

途中、蕨を二握り程収穫したので、いつも持参している小さなレジ袋に入れ、麦藁帽をかぶり、腰にはタオルをぶら下げて、いかにも、農家のおっさん然といういでたちで歩いていると、それに安心したのか途中、自転車に乗った見知らぬ小母さんから「もうそんなのが出たの?」と聞かれたので「遅すぎるんだよ」というと、「このごろ足が悪いんで行っていないもんだから、、、」という。

蕨が、春一番の山菜ということが、、、、ええい 説明するのも面倒くさい。これも暑さのせいなのか。

「心頭滅却すれば火もまた涼し」という心境に達したわけでもないが、ここしばらく続く暑さにも慣れたのか、炎天下を歩き回っても、家でじっとしているのに比べればそんなに苦にならない。

あいかし、食欲も落ちないし、当然体重も減らないと思っていたが、なんだか日中眠くて仕様がない。

今月いっぱいこんな天気が続くようじゃ堪らんと思いながらも、水仙なんかのように、人間も夏眠に入らなければならない時代が来るのではないだろうか。と思う今日この頃である。

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2008年7月22日 (火)

丑三つ時は真昼間に変更

Img_0027_2 (写真、麻機山の農道から見た静岡東側の市街地の夜景)

「草木も眠る丑三つ時」を現代の時間に直すと午前二時ころ。

この表現を使っていたころは、月明かりが無ければ鼻をつままれても分からないくらい夜は暗く、幽霊が出てくるか、新撰組が剣戟の音を上げる以外、全てが眠っている時間帯であった。

さらに、家までが寝たらしく、軒先が三寸下がるほど熟睡したという。

今日は、”大暑”  一年で一番暑い日であり、その言葉に従ってか朝から猛暑の気配濃厚で、庭の草も葉っぱをダランと下げてしおたれかえっている。

午後に入ると風も止み、子どもの声も聞えず、全てが寝入っているのではないかと思えるほど暑くてけだるい静けさが満ち満ちてきたので、扇風機を掛け自分も昼寝で暑さをやり過ごした。

近年一晩中 消えない水銀灯や営業している店もある中で、人々は夜遅くまで起きている。これでは幽霊の出る幕もなく、草木も眠るのは真昼間に変わって来ているのかもしれない。

サミットの期間に、エコ何とかで東京タワーの照明を消したり、コンビニの営業に難癖つけたりしていたが、あれは何だったのだろう。

エコを問題にするならもっとほかにあるのではないかと思う。

たとえば、自動車レース。ガソリンをがぶ飲みする自動車を無駄に走らせることにどんな意義があるのか。冷えすぎるデパートや電車の冷房。季節外れの果物を作るための燃料など、、、、他にもいっぱいないだろうか。

最近、田んぼの中を散歩しているときに出会うエンジン掛けっぱなしの自動車を見ていて「モッタイナイ」と思うのは、貧乏人の僻みか、、、。

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今日の花。

左、駒繋(コマツナギ)萩に良く似た花を咲かせる小低木。引っ張ってもなかなか千切れないため馬を繋いで置けるという意味と、馬の好物なので放っておいてもよそには行かないと言う説があるそうな。 右、屁糞蔓(ヘクソカズラ)綺麗な花なのに匂いだけで嫌われる。ただし、これは人間だけのことで、虫には好評なようである。

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2008年7月21日 (月)

ホドイモ?とは

Img_0086 少しばかり異様な花を見つけた。

マメ科の植物らしいが、痰きり豆にしては時期が早いしということで調べてみたらアビオス、日本名をアメリカホドイモというそうだ。

下に出来る薯状の根っこは数珠のようにところどころが膨らむところから塊の芋と書いてホドイモというそうだ。

そして、中国では掘れば鈴の如し、、、と言って、その植物を”馬鈴薯”という字を当てていたのを、日本人はじゃが芋のことだと解釈したと言う説がある。

原産地アメリカでは栄養価が高くて、インディアンは戦いの前に食べたと言われているそうだから、闘争心も燃えてくるのかな思ってしまう。

余談だが、台湾でもじゃが芋を”馬鈴薯”と言うそうだが、これは、戦前に日本が持ち込んだ名前らしく、漢字の国に逆輸出したようで面白い。

また、日本には、仲間の塊芋と言うのがあるが、花が地味であちこち探してみているがこの近辺ではまだ見つかっていない。

秋にでもなったら、掘って食べてみたいような気がするが、多分その頃は忘れているだろうな、、、。

今日は、”海の日”とかで休みだったそうだ。というのは、現役の時無かった祝日?には興味がないのか、はたまた根が山人のせいか。ただ、連休にしたいために作ったと言う”こじつけ休日”にはありがたみが無い。

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今日の出会い。

左、蝶豆(チョウマメ)東南アジアが原産とか、花の形から付けられたようだが、くっきりとした花の色は爽やかな感じ。同時に沢山花をつけないのが残念。 右、細葉の擬宝珠(ホソバノギボシ)、文字通り葉が細く、花も小さい。蕾の形がふっくらとして橋の欄干などの装飾に似ているところから。

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2008年7月20日 (日)

黒いアゲハが群れ成して

Img_0028 蒸し暑い一日。梅雨も明けたというのに太陽は雲の中、格別に暑いわけでないが湿度が高く、散歩は汗でグッチャリという状態だった。

先日、子ども病院の裏手の道で令法(リョウブ)の花にアゲハ蝶が群がっていたのでカメラを向けて写して見たが、かなり高い所なので逆光になったり、手ブレなどであまり物にならなかった。

Img_0024 それで、リベンジを兼ねて行ってみると、今日も群れを成して集まっていた。ごくたまに青筋アゲハがいたものの、ほとんどがモンキアゲハとナガサキアゲハを主体とし、背中を青びかりさせているクロアゲハ、カラスアゲハ、など黒いアゲハ蝶ばかりで、知らない人には皆同じ種類のように見えることと思う。100mほどの区間に100に近いアゲハが群がっていて壮観だった。

Img_0032 これほど大量にアゲハチョウが集まっているのは初めてだが、ナベショーさんによると、リョウブは何年かに一回大量に蜜を出すとのことなので、今年はその時期なのだろうか。

それにしても、アゲハ蝶に圧倒されたのか、蜜蜂や他の昆虫の少ないこと、まるで、常連ばかりで余所者が入りにくい酒場のように見える。

その木の下で道普請をしていた老人によると、これらの蝶は、温州みかんより、夏みかん系統に卵を産みつけるのだがどうしてだろうかと言っていた。

自分にとって見れば、可愛いだけなのだが、畑を持っている人には害虫でしかないよう、、、である。

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2008年7月19日 (土)

全国いっせいに梅雨明け

Img_0011 南西からボチボチと明けていた梅雨も、今日、残りの日本全部一斉に梅雨明け宣言が出され、蝉の声までツユアケツユアケと唱えるように姦しく聞こえる。

裏の川でも、午後になって小学校高学年と見える子どもたちがタモを持って川に入り、大きな声で騒ぎたて川の中の生き物を追い掛け回している。

近年この川に入っている子を見なくなっただけに、川の汚れはどうなのかと心配になった。下水道が整備され見た目には汚れは少なくなったが、相変わらずいろんなものを放り込む人がいるようで、自転車などの金物が気にかかる。

ともあれ、梅雨が明けたということは、これから二ヶ月ほどの間、猛暑に耐えて行かねばならないのだが、諸物価の急騰も合わせてどう乗り越えるかが課題。

まず手近なところでは、今日から入った土用のうなぎ。これはパスしよう。

いつまでも、江戸時代の”言いふらし”についていくほどのことはあるまい。クーラーをひかえ扇風機に戻し、冷たいシャワーで火照りをとり、ビールは舐める程度。

そして、ガソリンの使用を少しでも減らすため、宮沢賢治の”アメニモマケズ”をもじって、日照りの夏もオロオロと歩き、、、、、熱射病をはじめ病気にならないよう丈夫な身体を保持しよう。

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先日、燃料の高騰に抗議して漁船の一斉休業が報道されていた。その前に行なわれたイカ釣り船の休業に続くもので漁師がストライキをするというのは前代未聞の出来事といってよいのではないだろうか。

漁師のことについては何も知らないが事情は分かる。しかし、分かるけれど、漁師たちが要求する補助金を出したり、燃料を安くするというのは難しいのではないだろうか。

燃料を初めとする石油製品の高騰に苦しんでいる職種は他にも沢山ある。食料だからといって漁師にだけという訳には行かないだろう。

テレビなど報道関係は感情的に同情していたけれど、補助金を出して解決するようなものではないはず、、、漁業者や漁船の数、流通経路などにメスを入れ何処なら消費者が納得するかなどを勘案せずにやってしまうとまたぞろ族議員とか何とか公団などと言ういやしいハゲタカのはびこる所になってしまう。

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今日の出会い。左、折鶴蘭(オリヅルラン)長いランナーの先に可愛らしい花を二つ三つ、はかなげに咲いているがこれが意外としぶとく増えていく。 右、鳳仙花、葉の陰に鈴なりに咲いている。今に小さな袋から種を勢い良く飛ばして見せようぞと、、

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2008年7月18日 (金)

美人を傍に侍らせて

Img_0048 小雨が一時的に上がった様子だったので、ちょっとそこら周りだけでもと思っているうちに麻機の山に上がってしまっていた。

市街地中心部、県庁周りから駿河湾のほうにかけて薄くぼやけている、多分細かい雨が降っているんだろうな、「降られても知らないぞ」と自分に言い聞かせながら農道を歩く。

どうも、身体と気持ちが違うようだが、精神分裂症ではないだろうな。道すがら藪冥加が咲き山百合がまだ少ないながらも花開いている。

立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花、、、と言う文句を思い出している。

Img_0058 この場合の百合の花といえばやっぱり山百合なのではないだろうか。庭先で見る園芸品種はいかにも造花的だし、真っ赤な鬼百合(小鬼百合)はカルメンを想像させる。車百合、笹百合は芍薬や牡丹に比べると貫禄負けしてしまいそう。(写真は小鬼百合)

で、私はかってに山百合とさせてもらうことにした。

実は、百合という漢字。何故そう読ませるのかと植物図鑑を見たことがある。百合の根はもともとを生薬として中国から持ち込まれたようで、薬としてその球根を使うとき”百合”と書いて”ヒャクゴウ”と呼ばせ、婦人病の乳腺炎などに用いるとあった。それなら納得できるが、じゃぁ花はなんと言うのだろうか、”ゆらり”から変化した説もあるやに聞くが、、、。

また、芍薬は冷え性に、牡丹は月経不順の生薬に、と来るとこれらの花は全て婦人科系の薬であることが分かる。

と、なると、花が綺麗なので美人に見立てたのかと思ったが、生薬の方から見ると、立てば冷え性 座れば不順 歩く姿は乳腺炎 と解釈でき女の人の悩みの種を治す薬だったことになる。

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少し前、12日の新聞を見ていたら、アメリカの環境保護局は「温室効果ガスの排出を規制するのは不適当」という見解を出したそうだ。

これは、昨年四月に連邦最高裁が出した判決を、ブッシュ政権が事実上拒絶した事になるという。世界一温室ガスを排出している国の責任をどう考えているのだろうか。

しかし、この報道に改めて驚いたのは、民主主義というのは三権分立が基本であると思っていたからである。その点から言うと、司法判断を行政が一方的に無視したり拒絶をすることが出来ないと思っていたが国によって民主主義もずいぶんと違うようだ。

日本の憲法はアメリカによって押付けられたという人がいるが、その伝で行くとアメリカの三権分立は日本の見本だということになるし、アメリカは民主主義の先生だと自負していたのではなかったのか。

日本で、最高裁の判決を政府が無視するといったら大騒動になるのは間違いない。都知事がアメリカの雑誌だったかのインタビューで「アメリカは自分勝手な国だ。」と言ったという。彼の普段の言動には共鳴できない部分が多いが、日本の首相もアメリカを同盟国と思っているなら、ご機嫌取りばかりでなく、サミットの時これくらいのことを言い、諌めるくらいの気概が必要であったろう。

それにしても、アメリカはよその国ながら拙い人を大統領に選んだものだと思う。

Img_0099 今日も月下美人が咲いている。昨年挿し木して初めて花を咲かせる木は無視するのも可哀そうとパソコンを打っているところに持ち込んだ。

美人はよい香りを小さな部屋に充満させて、傍に侍っている。他の二鉢は入れてもらえず。

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今日の出会い。左 金柑。香りもよいが蜜も多いらしく蜜蜂やセセリチョウが沢山きていた。 右、芹の花。セリ科というものがあるくらいだから、本家本元になるか。

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2008年7月17日 (木)

ばんたび出てこなきゃ

Img_0132 ここ麻機周りのあちこちで親子のカルガモの群れが目立つようになった。

Img_0108 もう、ほとんど親と変わらない大きさに育ってはいるため、カラス等の天敵にも襲われなくなったと判断したのか、まだ保護下にあるのだが、雛のほうが勝手にあちこちに出歩くためなのか、それとも親のほうが子離れできずにいるのか、かたまったまま移動している。

今日は七十二候の「鷹 技を習う」だが鷹もこのころから餌のとり方を憶えるそうだが、カルガモのほうも一人立ちの技を覚えているのだろう。それにしても、生まれて二ヶ月やそこらで自活するための訓練に入るとは、、、、。

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最近、また振り込め詐欺が急増しているそうだ。次から次へと新手を考えてぼろもうけをたくらんでいるようだが、一方で昔ながらの子どもを装って、「会社の金を使い込んだので、、」のような電話に、まんまと引っかかっている人も多いそうで、人は、なかなか学習できないもんだと思ってしまう。

警察や銀行のほうでも、ATMの傍では携帯電話を使わないように、サングラスなど変装具を使わないように、振り込み金額の小額化と手を打ちかけているが、いずれも後手後手になる。これは、むこうが次々と新手を考える以上仕方がないことである。願わくば検挙を多くし、偽札つくりのように刑を重くして割に合わないと認めさせるしかない。

先日、番組途中のテレビを見ていたら、周りが気づいて止めようとしてもそれを振り切って送金する人が四割もいると言っていた。こうなると、同情を通り越して「もう勝手にして、、」となる。

身内の一大事と聞くと、頭に血が上って、考える余裕のなくする人なんだろうけど、人情が厚いと言うのか、子離れの出来ないというのかは知らないが、自分の子どもでも自分のしたことは自分で始末をさせる。という覚悟が必要ではないだろうか。

何時までも面倒を見るわけには行かないはず、こんなことではあの世に行ってもオチオチ出来ず、ばんたび(静岡山梨方面の方言で”いつもかも”という意味)、両手を下げて出てこなきゃならない。(夏場はまだしも冬になると辛いよ。)

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2008年7月16日 (水)

絶滅危惧種だって

Img_0023 よそ様の庭に桔梗が咲いていた。

秋の七草の一つとして日本人には好かれてきた花の一つだが、最近、山で自生しているのを見ないと思ったら、絶滅危惧種に入っているそうだ。

咲いた花も綺麗だが、蕾の時にふっくらとした感じ、摘まむとぽんと音を立ててはじけそうなところがよい。

花言葉は、誠実、友情、変わらぬ愛。というが人柄ならぬ花柄から付けられたものようだ。しかし、同じ桔梗でもトルコ桔梗はバタ臭くてそんな感じは無い様に思う。

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”ききょう”といえばそういう名の刻み煙草があったのをおもいだす。

明治生まれの父親がポンという音を立てて煙管入れからキセルを出し、刻み煙草を雁首に詰めて火をつけ、一口二口で吸いきってしまい、ポンとはたきだした煙草盆の吸殻に次の煙草を詰めた雁首を近づけ火を移す仕草や、時には手のひらに火のまだある吸殻をコロコロと転がしているさまは、格好よかったし子供心に大人になると火が熱くなくなるのかと興味を持って見たことがある。

”ききょう”は紙巻煙草が主流となって煙管で吸う人が少なくなった昭和54年に廃止されたそうだが、そのころから花の桔梗も大柄な園芸種ばかりになって野生種はみることが少なくなったような気がする。

囲炉裏を囲んで、大人(子どもの目から見ると文字通りの大尽ばかり)が煙管をくわえ、酒を飲み交わしていたのは、幻の世界のことになってしまった。

日本の刻み煙草はちいさな雁首に詰めやすいように細かく柔らかに刻んであったそうだ。幸いというか不幸というか刻み煙草は扱ったことが無いのでこの部分は聞き語り、、、。

そしていま、煙草飲みは辛い時代に入ったようで、公共の場はおろか、気の休まる場所であった家庭のおいても吸わせてもらえず外に出ている。

さらに、税金、健康問題や嫌煙権も絡んで一箱千円説まで浮上しているが、もしそうなれば据えなくなった挙句、煙草そのものも消滅しかねない。

その時には、何が絶滅危惧種になるのだろうか、禁煙歴五十年近い自分としては興味津々といった所。

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今日の出会い。左、長崎揚羽、もともと長崎で発見されて名付けられたが温暖化のためか次第に北上しているそうだ。羽根の一番後ろに尾びれのようなものが無いのが特徴。 右、黒揚羽(クロアゲハ)アゲハチョウの中で一番地味な色合いの蝶

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2008年7月15日 (火)

八方美人の布袋葵は

Img_0008 麻機沼で今布袋葵(ホテイアオイ)が大繁殖中である。

布袋葵は南アメリカが原産でウォーターヒヤシンスという上品な名前を持っている。冬の寒さに弱く枯れてしまう植物であるが、めったに氷点下にならない静岡では容易に冬越しをし、その繁殖力の強さでたちまち水面を覆ってしまう。

二年ほど前にも、市で人を入れて沼の大掃除をしたが、たちまち回復している。花は涼しげで綺麗だ。一株で一本の茎を立てその周りに何十と無く水色の花を咲かせるので、どちらから見てもそのほうに顔を向けているさまは、八方美人といった所だが、、、、、その美しさの陰に困った問題が潜んでいる。

水面を覆いつくすことで他の生物に影響を与え、枯れて腐った残骸は水質を悪くすることから、世界の外来侵入種ワースト100に入り、”青い悪魔”(blue devel)なんて恐ろしい別名まで与えられているのはあまり知られていなくて、今日も金魚屋の店先に可愛らしげに浮かんでいる。

.お岩さんの三歩手前

長野で目蓋が食べた(丁度またたきした時何かが入り込んだ)とおぼしき小さな虫らしいもののせいで、目頭が赤く充血していた。当座以外に別に傷みも無いのでほうっておいたら今朝がたから、腫れてきてお岩さんの三歩ほど手前になっていた。

いくら、お化けの季節でもちょっと困る。

目蓋が重いような、感じもするので医者に行って見てもらったが、いつもの悪いくせで「痛くはない。目やには無い。見ることに障害は無い。医者に行けと追い出されたので、、」と病状を軽め軽めにして問診に答えたためか、あごを乗せる器械に顔を据え、あちこちからライトを当てて調べた結果「そのようですね。目薬を出しておきますから良くならなかったら一週間後にまた来てください」と返された。

いまに、人生の最後の時も同じように「症状は軽いんだけど、家のものが行って来いというので、仕方ないから来た」と行っているうちの御仕舞いになるような気がする。(両親ともそれに近い状態だったためもあるので、、、)

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2008年7月14日 (月)

雷を伴って大降り

Img_0021 今日も暑くなりそうな気配だったので、朝早く散歩に出かけた。

どんよりとした空に霞んだような太陽が、さも眠たげに昇っている。「最近は朝が早いんでたまらんよ。夕べも寝つきが悪くってね」と言わんばかりに、、、、。

その天気も、午後三時過ぎ雷を伴って激しく降り出した。しかし、雨自体が暖かいのか気温はそんなに下がった気配もなく、湿気ばかりがやたらに強く感じられる。

ともあれ、庭の草ぐさには恵みの雨だったらしくしおたれた茄子もいっぺんにしゃっきりと背筋を立てている。

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いま世間を騒がしている話題は大分県教育委員会の汚職事件。

採用試験に誤魔化しがあった。校長、教頭、教育委員会人事がお金や口利きで左右されていたというのだ。

それも、政治家の口利きにまで広がっているらしく何処まで広がるのか今のところ底なしの様相。

一体に、この手の話は他の県でも前から噂されていたし、そんなことを嘯く地方の教育委員を見たことがあるので上から下まで全国的な話しだと思っている。

こうなると、親 子 孫と先生をしている教育一家なんてものは怪しいと睨んでおく方が良いのか、、、と思ってしまうが、そんなによい家業なんだろうか。

同様に、県や自治体の職員にもそんな噂は聞いたことがある。日本では江戸時代に入ってから武士階級のお役人のほうが偉いという意識があり、それが、今の公務員に変わっただけのようで、いろんなコネを利用して安定した就職口を得たい、またはさせたいという親心が絡んで、助長させているのだろう。

その結果、自分たちに都合の良い村社会(学閥を含めて)を作り、それを守ろうと計る。そこには一般の人に奉仕する「公僕」の精神は希薄と言ってよい。つまり、最近の不祥事を見ればそれが良く現れている。

先日も、ドミニカ移民の問題で、現地の大使館に訴えに行ったら「大使は天皇の御名代だからそんなに簡単には会えません」と門前払いを食ったと言っていたが、そんな感覚がお役人といわれる人にあるのではないだろうか。

とにかく、今のままでは「公務員とは悪いことをする人」というイメージが定着しそう。

余計なことかも知れないが、その元には大臣という名前がある。大臣とはお上に仕える人で人民のお世話をする人ではない。内閣改造のたびに「大臣病患者」が列を成すというが、他所の民主国家並みに長官になぜ変更できないのかと、いつも思っている。

天下り規制法一つとってもなかなか国民が思っているようにはならないこの国、いつか雷を伴って”ピッカラジャッカラドンガラリン”とは行かないだろうかね。

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今日の出会い。左、爆蘭(ハゼラン)ごく小さな花にこんな大げさな名前を何故つけたのか、また、蘭でもない草にランという字を当てたのか最初に名前をつけた人を見てみたい。 右、銀梅花、白い花が密集して咲いているのはきれいであるがそれよりオシベがこんなに目立つ花も少ないような気がする。葉に香油あり。

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2008年7月13日 (日)

岩積み上げて 蓼科山(2,530m)

Img_0084 (縞枯れ帯を隔てた向うに見える八ヶ岳)

下界に降るにしたがって気温はどんどん上昇した。

蓼科の鈴蘭峠で20度が山梨で35度、静岡に入ったら36度を車載の温度計は示していたこれでは身体がついていかない。

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昨日掘って収穫したじゃがいもを車の後ろに満載し、蓼科山の登り口である鈴蘭峠についたのが朝の六時だった。

すでに、先客らしい車が四台駐車しており、その脇に並べて止めた。支度しているのは一人だけ、後は出発して見えない。「しめしめ、この調子だと露払いをしてくれているだろうな」と思いながら横綱?は登りだすと、昨日の雷を伴った雨で笹の葉には露がいっぱい付いている、それをステッキで払いながら登っているのにズボンは腰から下が濡れてくる「露払いはどうした?」

少し登った所で、物音がしたので振り返ると、自分が着いたとき支度していた一人がゆっくりと付いてくる。「先客が露払いならこの男は太刀持ちか」と思いながらもぴったりと付かれるのは苦痛である。

この人、最後まで自分を追い越すことなくこちらが写真を撮ったり、休むと必ずその下のほうで一休みしていた)

道は、急斜面に加えて岩の表面が濡れているので滑りやすい。「慎重にあせらないで あせらないで」と自分に言い聞かせながら歩を運ぶ。

このルートは、巨岩が多く斜面が急。ほとんど登り一方なので足を動かした分だけ登っていくことになるのでそのへんは楽しみと言えばそうなるのだが、大小いろいろな岩のため歩きにくい。

2,100m付近で三人組に追いつく、若い連中ばかりだがかなりへばっている様子。聞けば、かなり早く上がったようで、さらに先客三人グループがいる。とのこと。

さらに、標高で2,300m付近の縞枯れ帯に入るとその三人グループがいて、雲間から見える八ヶ岳に見とれていた。この当たりでようやく周りに立ち込めていた霧も完全に拭い去られ、日の光が差し込んで、霧とともにの登りから開放された。

ここで長休憩に入り、最後の難関、岩を積み上げたような山頂直下のルートをペンキの目印を頼りに登る。この山、反対側の将軍平からもそうだが、山頂付近はどちらから来ても大きな岩だけで作られているのがわかる。

とくに、此方側は草木も無く何処でも登れそうなのだが、ペンキから外れた場合、岩の安定や穴ぼこなどからかなり危険な場所もあるように見受けられる。

矢印は山頂小屋に続き折れ曲がってすぐに三角点に到着する。時間は八時十五分。山頂は直径300mくらいのなだらかな岩の平原のような状態で中央が少し窪んでいて、ここが火口の中心部。そこに小さな鉄の鳥居を持つ祠がある。

ここで朝飯にする。山頂からの見晴らしは、上空は青く澄んでいるが、前回 大河原峠から登ったの時のようにはいかず、南北アルプスをはじめ富士、御岳、乗鞍、志賀高原など全てがそれぞれに巻きつけた雲の中、一番近い八ヶ岳さえときどきかすかに見える程度。

Img_0088_2 火口をへだてた反対側から三角点を見る)

今日は土曜日だけあって、人出が多い上、傍若無人なグループもいたので、反対側に移動していたがこれ以上晴れる気配もないので、あまり長居をすることなしに降ることにした。

花も、このルートは少なく写真もあまり写さなかったが、岩が多いせいか、かなり時間を要し、登りとあまり違わない時間を掛けての降りとなった。

Img_0117 ズボンの裾に掴まりミネラル?を獲る山黄斑日影

登山口近くまで下ってきたとき、”山黄斑ヒカゲ”と”黒ヒカゲモドキ”が、自分に纏わりついてはなれない、不思議の思って停まると手や帽子などに止まった。

丁度下から上がってきた若いペアに「蜜でもあるんでしょうか」と聞かれたんで「多分ミネラルと思っているんではないでしょうかね。それ