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2008年10月31日 (金)

声きくときぞ あきは悲しき (青笹山 1,650m)

Img_0037 ”ケイッ~ン”と鹿の啼く声が聞えた。声は大きくは無いが良く通る甲高い音で伝わってきたが、一回だけ。後は風が吹き渡り、下のほうから谷の音が強弱不規則に聞えるだけだった。

思わず百人一首にある猿丸太夫が「鹿のなくを聞きて」と題してつくった

”おくやまに もみじ踏み分け なく鹿の 

        声きくときぞ あきは 悲しき”

と、同じ情景なんだなと思いながら、紅いカーペットのようになった落紅葉を踏みしめて登る。

今日は、青笹山(1,550m)に登ってみようと葵高原まで自動車で来た。いつもは正木峠まで行って地蔵峠経由で登るのだが、何年か前に出来た新道を使い頂上を目指し、帰りは尾根伝いに地蔵峠を廻って降るという周遊コースを取ることにした。

この道は、いままで何度もこの山に来たことがあるのに、なんだか縁が無くて使ったことが一度も無いので楽しみに登る。

舗装された道を少し登った後、山葵田の縁を廻り20分ほどで細島峠と新道との分かれ道に来たが獣除けらしい網が、道をふさいでいる。前に細島峠に登った時には無かったので、道がなくなっているのだろうかと心配になったが「新道」という矢印はあるものの、「立ち入り禁止」という表示はない。

なんだか分からないが、その先に少し前に歩いた足跡があったので、網を支えている鉄棒をよけて通る。

Img_0036 道は、結構しっかり付いているし、古びているので新道らしくない。もっとも自分がこの道の存在を知ってからでもかなりの年数がたっているので、、、、と、思っていたら途中三カ所に炭焼き窯の後を見た。

見た感じ石垣だけになっているところから五十年以上経っていると見たが、、、いや、百年以上か、、、分からないが炭焼きの道としてあったに違いない。とすると、新道と言われる部分は”風穴”と言われる部分から上の、、、いや、もっと上なのかもしれない。

”風穴”はこちらという看板につられて寄ってみたが、気温のせいか風は感じられなかった。ただ、この下に階段状の場所が八段ほど続いているところを見るとここから水が出ていたんではないかという想像をした。

炭焼き窯があるのは、大抵谷の水が傍まで引ける所なのだが、ここまで見てきた窯跡には水が無かった。風穴から水が出ていたとすれば納得できるし、階段状の場所は山葵田ではなかったかと思う。

そのほか気づいたのは、ときどき路傍に立てられている数字を書いた板がどうも不思議だったことである。尾根道に到るまでを2から9まで書いてあるところを見ると、2合目、3合目かと思っていたが、間隔がばらばらで最後の9から先の長いこと、、、なんなのだろうな?といったところ。

二時間少しで、頂上に着いた。静岡側はそれでも薄日の差す天気だったが、山梨側は深い霧の中、丁度尾根を境に両側から上がってくる風がぶつかり合っているようで寒さを感じる。

おかげで、長居が出来ず予定に従って、県境の尾根を歩き仏谷山を目指す。

Img_0070 細島峠を過ぎ、一番快適な仏谷山の尾根当たりで、隈笹が繁る藪に入って茸を探すが痕跡すらない。仕方ないので何年か前からここに来た時には取っている”サルナシ”を土産にすることにした。

来てみると、長年サルナシに寄りかかられた木はかなり傷んでいて量も少なくなっている、、、そこで、手の届く場所にある実を半分ほど分けてもらうことにした。

というのも、そこに来た時何かがいるらしく笹ががさがさと揺れていたので、分け前を残しておかなくちゃ悪いなという気がしたからである。

そんなこんなで、茸が無いか、なんかないかと正木峠に下ってきたのは午後一時、三時間も尾根で遊んでいたことになる。さらに、葵高原まで林道を降ってきたがその途中の竜胆がまた綺麗に咲き誇っていた。

葵高原にもあったが、花の量と綺麗さは比べ物にはならない。自動車で走っていたら気が付かなかったかもしれないと思うと、あまり便利とか楽を追求していると良いものを見落としてしまうの典型だと思った。

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今日の花。

竜胆とアキノタムラソウ

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2008年10月30日 (木)

一世風靡の花も

Img_0015_2 今、麻機周りの田んぼはほとんど稲刈りも済み、残った田んぼはわずかになった。

かわって、人が入っているのは蓮田である。大抵は3~40㌢くらいの深さだが、中には腰くらいの深さまで掘って掘りあげている所あり、見るからに大変な作業である。

Img_0036 先日まで人の背丈を越すくらいにまで成長した葉は茎と共に枯れ、一世を風靡した優雅な花も済み、種も抜け落ちた額(?)も、いまは首が折れたように暗褐色の塊となってを風に身を任せている。

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Img_0008 その下では、オモダカやクワイが三角に別れ、尖った葉を青々とさせ季節遅れの花を開かせているが、いずれ近いうちに、蓮掘りの邪魔とばかり抜き捨てられるのだろうか、それまでに次世代につなぐ種を実らせておかないと、、、。絶滅危惧種の責任は重く、生息場所での肩身は狭い。

さて、この蓮根だが自分の独断と偏向によれば、ピーマンと共に男性はあまり好きな食べものじゃでいように思う。

そのためもあってか、めったに口にしないので評価刷るのはおこまがしいが、狭い静岡市内だけにかぎってもうちの蓮根はほかより味が良いという自慢をそれぞれの耕作者がいう。

いわゆる手前味噌だが、、、、。

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2008年10月29日 (水)

小春日和にボケーッと

Img_0059 ザッバン  ザザザーと時おり大きくなる波の音を聞きながら、次第に目蓋が重くなってくる。

沼津市千本浜海岸の階段状堤防に腰掛け右手には昨日登った双子山を含む富士山を松原越しに見。沖合いを通るかすんだ貨物船やその先の伊豆半島西浦から小瀬崎あたりを眺めていると、小春日和の暖かいそよ風が、「眠れ眠~れ」と催眠術をかけているように感じてしまう。

おりからお腹は先ほど食べた寿司で満腹。カメラのシャッターもいい加減で切ったため焦点ボケのまま、しばしの眠り、、、、、、

グググッ  ザッパ~ン

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昨夜沼津の知り合いから「ちょっと相談に乗ってくれないか」という電話があったので朝早く出かけてみた。

心配して駆けつけた割には案外簡単なことで、午前中に用済み。折角来てくれたのだからとのことで、沼津の魚市場近くの食堂でご馳走してくれるとのこと。

時間も少し早かったせいか、いつも行列をなしている「丸天」という店が三組ほどしか客がいないので、何処がそんなに評判が良いのかと入ってみた。

細長い食堂の中は、十脚ほどのテーブルと座敷があるらしい。その一つに腰掛けて私は”近海握り寿司”知人は”刺身定食”を注文した。

共に1,200~1,300円のものだったが、どうも自分が注文した寿司の魚の色つやや見栄えが悪く感じた。これは貧乏人の性(サガ)だろうか、相手のほうが自分のより良く見えるのは、、、、。

そこで、年寄りのずうずうしさから聞いてみたが、相手も自分のほうが良いように見える。と言うことだったので、この店は何回も来て自分に合った物を憶えなくちゃならんところだなということに落ち着いた。

さて、店の印象としては、いかにも大衆食堂といった雰囲気。これが好きか嫌いかはその人の好みによるが、味のほうも私としては、行列を作ってまで待つ程のものではなかった。良く雑誌やテレビで絶賛したところで食べても美味くないことがあるが、これも好みである以上仕方がない。

ただ、評判につられるお客もそうだが、ブームに酔いしれていると、、、、、

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2008年10月28日 (火)

台風が来てないのに (双子山)

Img_0016 今朝の富士山は、静岡から見ると雲ひとつ無い空を背景に黒く墨絵のように浮かび上がっていた。

七時少し前、自宅を出て富士宮で渋滞に巻き込まれたが太郎坊の駐車場には八時半ころ到着した。ここは、八月始めの富士登山駅伝の中継地として良く知られ、その少し前から車だらけになるため近寄る気がしない場所である。

かわって、今日の駐車場はガラガラ、着いた時には広い駐車場に三台あるだけ、、、。

途中の西臼塚の駐車場までは綺麗に見えた富士山も、太郎坊ではではすっぽりと霧の中。この時期にここに来たのは毎年のように双子山散策を兼ねて茸採りにきているためであり、今日も去年より一日早いだけであるが、いつも見えている富士の天辺が見えないためなんだか肩透かしを食らったような気分で支度を始めた。

Img_0028 今年は台風が一個も上陸していないので、紅葉が綺麗という新聞報道があったが、この場所はいつもより早かったのか富士薊もほとんど終わり、紅葉もなんだか臼呆けているように感じたのは天気のせいだけではないようだ。

江戸時代、宝永火山の噴火で降った大量のスコリアで道はいまだに細かい砂利状態。こんなところを走って上がる競技を考え付いたのは誰なんだろうなんて考えながら、なるべく固い所を選んで双子山に向かって登る。

Img_0032 約40分ほどで標高1,800mほどの双子山山頂に着く、先年この辺りから見た草が濃いうすいを取り混ぜ、黄色を主体にして紅葉していたので、加賀友禅の裾模様なんて書いた覚えがあるが、今回は「茶色くなっていけません」と言ったところ。

一旦下った後、御殿庭に向かう道をとり途中から、幕岩に下り森林帯を 2kmゆるやかに横切って元の場所を目指す。

道の上下の藪、朽木をを見ながら茸の気配を探り、ときどき道をはずして山中に向かうが、ここでも目当ての茸は見当たらない。

先客に取られた様子もないので、今年は駄目なのかと思っていたところようやく一箇所でクリタケを味噌汁の具できるくらい(約3kg300g)を収穫して何とか面目を保つことができた。

もし、これが無ければ”釣りの帰り、魚屋に立ち寄って帰る”と同じようなことをしなければならないかと一時は考えたものだった。

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2008年10月27日 (月)

見てござる

Img_0023 田んぼ たなかの かかしどんは

   いつもいばって 見てござる

 ちゅんちゅん ばたばた 雀ども

   お米をあらしに 来はせぬか

  お肩をいからし 見てござる

              見てござる

Img_0082 今日は朝から良い天気。昨日コンバインで刈り取ったもち米の稲をまとめて乾燥させるためまとめて縛る作業をした。

普段の散歩では、近寄ってこない鳥も稲束の間に隠れている虫の魅力に敵わないと見えて、すぐそばに来て目を凝らしている。

隣の田んぼは旧来の乾燥をしているので、此方はハサに賭かかった米を狙う椋鳥が群れを成している。

人間にさえ怖がらない鳥たちには、肩を怒らせても案山子は怖くない。まして笑っていては、、、

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号外にまでなった今日の株価。経済、金融については評論家といわれる人も識者といわれる人も先行きは皆目分からないようだ。

石油が最高値を示したとき、1バレル200ドルを今年中に突破すると予測した有名評論家がいた。自民党総裁選挙の際、与謝野前財務大臣は「日本は大丈夫、蜂に指された程度」と言っていたが、先進国といわれる国の中で株価の下落率は本元のアメリカよりずっと大きい。

それにしても、アメリカではグリースパン氏が、「金融派生商品の規制をしなかったことが誤りだった」と認め、その権威は地に落ちたがここまで来るともうどうしようもない状態だ。

そのなかで、日本は円高による不況も加わったと大騒ぎしているが、円高で輸入品が安くなっていいはずなのにならない。一番象徴的なのはガソリンであろう。

石油が一時の半値、円は二割ほど高くなっているので本来なら100円程度まで下がっていいはずではないだろうか、それなのに石油精製所から遠くない静岡が全国平均より高いとは、、、、どうなっているんだろう。

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2008年10月26日 (日)

砂上の楼閣

Img_0053 昨日に引き続き厚い雲に覆われ、ときどき冷たい風を載せた風が吹きすぎていく。

麻機の沼にもマガモやヒドリガモなどの冬鳥が渡ってきて年中ここにいるカルガモと一緒になって遊弋している。しかし、新参のかもたちは人間に対する警戒心が強く、垣間見ただけで飛び立ってしまい、それにつられてかカルガモも一緒になって飛び散ってしまう。

もう少しして、人馴れするか、餌を持ってくる小母さんに馴つけば側によっても怖がらず写真に入ることだろう。それまでの辛抱。

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Img_0076 道端の野の草も今年最後の顔見世と思ってか、露草、ミゾソバ、野紺菊、そして姫女苑、エノコログサ、背高泡立ち草とブーケのように集まって饗宴。蝶や蜜蜂、花虻などを誘っているが、今日の寒さは虫たちの防寒休みらしく見当たらない。

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Img_0050 前にも書いたが、昭和32年ころまだ建設中の東京タワーをバスの窓から見た。

その時は、なかなか天辺まで見えず、「どえらいものを建てている」とびっくりしたものだが、その高さは今でも日本一の高さを誇っているはずである。

一方人が入るビルデイングと言えばしばらくは十階を越えるものが無かったのは、浅草にあった通称十二階が関東大震災で崩壊してから、日本には高層建築は建てられないと言う神話が残り、このころの最高建築はニューヨークのエンパイアステートビルが世界一高いことで有名だった。

それが、経済復興を遂げた日本でも建築技術が進み高いものが立てられる自信が付いて現在ではサンシャイン60が240mの高さを誇っている。

そんな日本でも、90年代のバブル期には1,000mを超えるビルが計画されたそうだが、泡と消えてしまった。

先日新聞にサウジアラビアの王子が運営する会社が1,600mに及ぶビルを計画したと乗っていた。これは、同じ中東のクエートで1,000mをを越すビルを建てる計画に対向してのもののようだが、この記事が乗ってからまもなく、金融恐慌がはじまり、石油の値段が史上最高から半値にまで下がってしまった。

なんだかこんな話を聞くと、”バベルの塔”ではないが、神様が上から見ていて人間がこんな考えを持つと妨害しているように見えるのだがどうなんだろう。

ちなみに、”塔”という字の語源は、サンスクリット語のストウパーからきているそうで、日本で言うところの”卒塔婆”にあたるそうだ。

となると、1,000mの卒塔婆はいかにも人類の墓場みたいに聞えるのは、洋の東西を問わず、建てるべきものではないようだ。

それに、そんなところに住むなりオフイスがあっては、行き帰りも大変だがエレべーターが止まりでもしたらどうするの、、、、、。

広い砂漠という土地があるのだから文字通り”砂上の楼閣”になりかねないし、低層の集合住宅でよいような気がするんだけど、、、「えっ それでは阿房宮だって、、、どっちみち、そんなこと考えるようでは阿呆ですよ」

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2008年10月25日 (土)

見栄えに騙されて

Img_0024 昨日の天気予報では快晴になるはずだった空は一面の曇り空のまま終わった。

晴れれば、土曜日の人込みの山は嫌だが、きのこ採りを兼ねてと思っていたが、あえなくなく沈没。またしても麻機周りの散歩でお茶を濁したが、此方も最近になって行動半径が制限されるようになった。

原因は、ひっつきむし。沼の土手をはじめ舗装してないところはなべて栴檀草の仲間と、盗人萩、猪子槌などでズボンの裾はもとより、上着にまでくっついて、帰る途中どこかに腰掛けて根気にむしり取らなければ家に入れてもらえない。

それにしても、これだけの種をばら撒けば、”下手な鉄砲数打ちゃ当たる”でないが繁殖しても無理ないと思う。

Img_0016 静岡市は、麻機沼の雑草は野焼きせず刈り取って焼却することにしているそうだが、先月末に刈り取った背高泡立ち草の多い場所では、まだ背丈が30㌢ほどしか伸びていないのに先端に花を咲かせている。この生命力の強さが日本の秋を制覇するのではないかと怖れられる原因にもなっている。

Img_0017 しかし、この景色は、何もしなかった場所に比べると緑が新鮮だし、程よく混じった黄色とあいまって印象派の絵のようにホンワカトした気分にさせてくれるから不思議である。

他の雑草が一度刈られた隙を見てさらに生息場所を広げるしたたかさ、”外見に騙されるな”と気を引き締めた。

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社会保険庁の悪巧みは、日を追って収まることがない。何処までいくのか底が見えないのは、現在の金融不安と良く似ている。

平成22年1月には、社会保険庁も解体され日本年金機構として再発足することになるのだが、舛添大臣はこの際不祥事を起こした人は次の職場に採用しないとしている。

しかし、蜥蜴の尻尾きりのように一番下っ端だけを切り捨て、ほとんどの幹部と職員を再雇用してはたして変われるのか。やる気が無くて何にもしなかった人はどうするの、不祥事をを指導した幹部やすでに辞めてしまった幹部はどうするのか何にも言っていない。

かの人は人気取りが上手く人々を騙している。今までも、「悪いことをした人は牢屋に入ってもらう」「一年後までには解決する」「後期高齢者保険は廃止する」などと出だしは勇ましいのだが、常に丸められてうやむやに終わらせる人という印象しかなく「竜頭蛇尾」を絵にかいたような人でしかない。

本当にこの国の官僚は、背高泡立ち草ではないが、何をされても必ず復活し美味しい所を取っていく、それを、われわれは見せかけの花に騙されて、、、、、

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2008年10月24日 (金)

高嶺ルビーの蕎麦の花

Img_0155 昨日に続いて今日も日中雨が降り続いた。お陰で何処にも行けずむかし読んだ文庫本を引っ張り出して、読んでみたが「根気がなくなったなぁ」を再認識。

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Img_0152 先日長野に行った時、一面赤い田んぼを見つけたので近寄ってみると蕎麦の花であった。今まで少し紅いと言った程度のものは見たことがあるが、こんなに赤いとは、、、

そばの人に聞いたら、ネパールから持ってきて品種改良をした”高嶺ルビー”という品種だそうで、「風味が強く コシが強い、おまけに色合いが良いので休耕田に植えて観光用にもよい」と3拍子揃った作物だという。

と、なるとこれからはこの品種が普及されて、蕎麦畑といえばマッカッカになりかねない。

信州信濃の新蕎麦よりも、、、わたしゃ高嶺のルビーちゃん

おりしも、あちこちの蕎麦屋さんの軒先に「新蕎麦入荷しました」という旗が立てられている。

一度味わって、確かめたいものだが、さてどこに、、、、。

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2008年10月23日 (木)

つなぎのホトトギス

Img_0046 気がつけばいつの間にか小さな庭の片隅で鳴いていたコオロギの声が無くなって秋もいよいよ終わりに近づいているようだ。

暦の上でも今日は”霜降”    しかし、最低気温17度の静岡ではまだまだ先の話で実感がわかない。おなじ霜降りなら肉のほうが良いなんて言いかねない、、、、

終日小雨気味の空は暗く五時前から電気をつけるほどで散歩も近場で済ませた。

知り合いの長野の林檎屋さんのブログ”果樹園の毎日”には、菊の花の写真が満載されていたが、此方の菊は”蕾いまだ固し”の状況。それまでのつなぎの花というべきか、ホトトギスがあちこちで花を咲かせている。

このホトトギスは、十年ほど前、相良町の山で仕事していたとき、現場にあったもので、足場の下にして潰すのも可哀そうと思って一株持ってきたものだが、やはり、野性の品種は力強く、あちこちに種を飛ばし、以後、毎年花を咲かせ、今では所々雑草として引き抜かねばならないくらい繁殖している。

対生する葉の付根から花芽が出ているところから品種としては、ただの「ホトトギス」というらしい。径2cmほどの花に明るい紫の濃い斑点をちりばめ、鳥の不如帰の胸に似た斑点になぞえられて付けられた名前と言われるが、どっちが真似をしたのか当人たちは関心ないだろう。

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静岡県が威信をかけ、強制代執行までして完成を急いでいた空港がここに来てまた頓挫を始めたようだ。

強制代執行をして土地を取り上げて以来、マスコミも世論とはべつに県内での批判をするのをひかえ協力的な記事や期待をあおる記事がおおくなり、順調に進むのかと思ったら、立ち木や地形が障害になるのが一年前から分かっていたそうだが、交渉が上手く行かず間際になって開港が遅れる気配である。

部外者に近い自分(多額の税金を使っているんだが、、?)にはあまり分からないが、地権者に対する圧力は田舎だけに近所を含めて相当のものがあり、余計に意固地(?)なっているに違いない。

成田空港でもそうだが、一度こじれた関係はそう上手く修復は出来ない。県としてはまた、強制的に処置しようとしているとも報じられているが、ケチの付いた空港の前途はいかがなものだろう。

最近、各地に飛行機の来ない空港が増えている中で、乗りかかった舟のような新規空港は”進むも地獄 戻るも地獄”の様相が見え始めている、、、、、

「知事さん、大変なものを作ったものだね」

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2008年10月22日 (水)

いとしのロビンフットは

Img_0040 Img_0053                                      「蓼食う虫も好きずき」と言う場合の蓼は柳蓼のこという。

蓼の種類はかなりあるが、辛い味がするのは柳蓼や犬蓼など僅かであり、ほかの蓼は咬んでみたのは少ないがほとんどない、、、たぶん、、と思う。

しかし、花となると柳蓼のばあい、桜蓼やミゾソバなどのような華やかさは無く、一房に垂れ下がっている中で二つ三つ咲いていれば良いほうでその花も地味で、写真にはしにくい。

しかし、良く見るとしっとりとした雰囲気があり、この柄を入れた着物はかなり大人と言った感じの人でないと似合わないと見受けたがどうだろう。

名前の由来は、葉の形が細く柳を思わせる所からと言う。

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ロビンフットがイギリスのシャーウッドの森に潜んで、大金持ちや役人から金銀財宝を取り上げ、庶民に配る物語を痛快なことだと夢膨らませながら読んだことがあり、当時流行ったターザンの映画も相からまって、山の大木に小屋を造ったりしたことがある。

この物語は実際あった事でなく、14世紀から吟遊詩人などが語り伝えているうちにいろいろと膨らんで16世紀になって一つの物語になったといわれている。もちろん、素材らしきものはあったに違いないが、、、、。

普段威張っている大金持ち、商人、官僚に虐げられてきた庶民のささやかな希望でもあり、溜飲を下げる話で、世界各国にこれに似た話は数多くある。

中国の水滸伝、フランスのアルセーヌルパン、日本では鼠小僧次郎吉など、これらの主人公を実在した、しないを別にして義賊と呼んで囃し立て待望した。

ところが、先日ポルトガルで”ロビンフット税”なるものを国会が可決したそうだ。内容は石油価格の暴騰で大儲けした企業の税金を上げようというものだった。また、七月の段階でイタリアでも同様に企業所得税を27,5%から33%に引き上げようと検討していた(その後どうなったか知らないが)。

スウェーデンの同名の税法は、自治体によって格差のある税収を均して行こうという制度だと言うが、住む土地によって保険料が違うなどサービスが偏らないようにということらしい。

日本でも本社機能がある東京に税金が集中し地方財政がいびつになっているが、そういうのを少なくしようとする制度と見てよいかもしれない。

しかし、この制度はお上がするだけに、いわゆる水戸黄門的で庶民の溜飲と言う所にまでは行かない。

ここ何年か史上最高の収益を上げた日本の大企業を大事にした挙句、今度の金融恐慌ではアメリカの銀行に何千億という資本注入できるまでの育った日本の銀行からなんの見返りを取ろうとしなかった政府。

愛しのロビンフットは遠い日本にはなかなか来れないようだ。

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今日の花。蓼の仲間。

左、犬蓼、通称”あかまんま”として子どもの玩具になった。良く見る大犬蓼との違いは、花が直立して垂れ下がらないところ。 右、矢の根草。つる性の蓼で地面を這いまわる。葉の形が矢のように見えることからという。

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2008年10月21日 (火)

山茶花も咲きだして

Img_0014 冬の花のさきがけ、庭の山茶花が咲きだした。

この花は特に早咲きなのかもしれないが、九月の始めに毛虫がついて、気がついたときには葉っぱのほとんどが食べられたあとだった。

こういう非常時には植物の防衛本能なのか季節をかまわずの花を付けることがあるので、、、、。

Img_0015 濃いピンクの蕾から満開になると周りだけが紅く中心部は白くなる種類で、葉っぱの無い枝先にポツンポツンと咲かせている様は、なんだか虫退治をしてくれなかったことを抗議しているように見えるのは、此方の僻目か。

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Img_0012 知り合いの田んぼの脱穀した後の稲束が散乱しているのを片付ける作業で今日一日が過ぎた。

この家の小型コンバインは、籾だけを脱穀する機種である。

残った稲束は、山の茶畑に敷くためのものと、酪農家に渡して代わりに堆肥を貰うためのものとに仕分けるのだが、酪農家に渡すのは、天日でカラカラに乾燥させなければいけないためくくり方が違う。

ようやく作業が終わったのは午後三時半。稲の穂先を結んだ縄で稲束をつくったり、田んぼの中でバランスの悪い一輪車押しなど、日ごろやっていない仕事は足腰に来て心地良い疲れをすこし通り越したところであるが、久し振りに美味しい晩酌のもとになった。

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2008年10月20日 (月)

きのこ食べたし命は惜しし

                                                Img_0093                      杉平茸

生まれ育ったところが飛騨の山奥とだったため当地では”コケ”と言った茸は、親が採ってきた物を味噌汁の具にしたり、焼いたりして味を覚え、その姿を見て小学生の頃から自分でも採ってきたものだった。

ところが、静岡に来てからは、山の様子が随分と違う。飛騨の山は、落葉樹が多くて舞茸からモタセという小さな茸まで数多くあったが、静岡では杉や桧の植林と蜜柑など照葉樹林で昼なを暗い山ばかり、知っている茸も少なかった。

その中で、杉平茸(スギヒラタケ)だけが唯一と言って言いぐらいの食用茸だったが、それも四~五年まえに東北のほうで死者まで出す中毒が起きてから、食べられなくなった。

昔から安全と言われていたのに、この変化はどうしたことだろう。突然変異?。まだはっきりしたことが分かっていないようだが、これが原因でないかといわれると手が出にくい。

,月夜茸

Photo そして、今年も月夜茸で中毒が出たとの記事があった。この茸は一見美味そうに見えるし、自分らはモクダイ(木大?)という名で憶えているヒラタケと良く似ているので知らなかったり、間違えて口にするようだ。

先日登った八紘嶺でも小さなものを残して掻きとった後があったがどうしたのか少し気になっている。

月夜茸は名前のとおり夜光るそうだが、この時期夜の山に行ったことが無いし、わざわざ採ってきて見たことが無いので知らない。

Img_0144左、八紘嶺の山道に落ちていた月夜茸)自分なりの見分け方としては、出てくる時期が違う。今どきはほとんど月夜茸と見て間違いないだろう。平茸はもっと寒くなり雪の降るころに出る。そして、木についた部分が絞れて短いながらも茎があれば月夜茸と思っている。

茸は、土地により名前が違うし、同じ茸でも食べる土地と食べられないとする土地もあって分からないことだらけだが、、、、、

全国的に認知されていた杉平茸の味がこれから味わえないのかと思うと、、、、そのうち、「河豚は食い足し命は惜しし」と言われる河豚でも調理の仕方で食べられるように、この茸も食べ方が分かるかも知れない。

まあ、何時のこと分からないが、命を賭けてまで食べるものでもないか。

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静岡で見た食べられる茸。

左上、鼠茸、先っぽが鼠の足のようなところから、大きいものはサッカーボールくらいにもなる。右、栗茸、味噌汁の具に最適、肉質が締まっていて美味い、似た茸にニガクリタケがあり有毒とのこと。

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下左、楢茸、私たちはサワモタセと呼んでいたが、味噌汁の具にはクリタケ同様味も良く最高だった。 下右、アカゴケといい、もろくて壊れやすいので漬物にして食べた。飛騨の”しな漬け”には欠かせない茸だった。本名は毒紅茸という怖ろしい名前だがそのままでは辛味が強いためだろうか。

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2008年10月19日 (日)

五時のチャイムで日が沈む

Img_0047 日中は買物のお供であちこちを回って過ごしていたが、夕方になって富士山も見えていたので、久し振りに梶原山からの夕日を見に行こうと出かけてみた。

公園下の駐車場に来てみると、十台を越す自動車が駐車している。一瞬嫌な予感がしたが、ここまで来て引き換えすのもなんだなと思い登っていく、、。

今日は、気温も高くピクニックに良かったと見えて山頂一帯にあるテーブル付きベンチには子連れの団体さん、家族連れ、友達同士と言ったグループがそれぞれの場所を占拠している。

Img_0050 後30分ほどで日の入り時刻を迎える西側の空は、太陽を中心に赤くそまり、その下の山々を墨絵で書いたように手前を黒く奥にいくに従って明るいねずみ色に染め分けている。

Img_0049 後方の富士山は、山頂の積雪部分をいくらか紅くしているものの、霞のため薄ぼんやりとしている。

写真を何枚も映して見るが、まだ気温が高く靄が邪魔をして思ったような場面にはならない。せめて、西空に雲があればもう少し違うのだがと思いつつ五時のチャイムと共に太陽は「ほな 今日の授業はこれまで」というように安倍城址の後の隠れた。(今日の日の入りは五時丁度)

ただこれを映しながら、来なきゃよかったと思っていたのは、テーブルの上に靴をはいたまま乗っている若者と犬をテーブルの上で遊ばせている家族連れが気になったことだった。   日が悪かった。

自分の家でならこんなことは絶対しないはず、子どもの前で注意するのもどうかと思い、我慢したのだが、、、、ストレスがたまる~。

知らなきゃどうってことないのだから、ひとの多い山は行きたくない理由がここにある。

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今日の花。

左、駐車場傍の桜、毎年のように狂い咲いている。 右、ヒキオコシ、関屋の秋の丁子(セキヤノアキノチョウジ)此方は典型的な秋の花。

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つるぼさんのご指摘どおりです。薄暗くて傍に行けなかったのと思い込みでした。下の写真は、昨年八高山で写した”関屋の秋の丁子”です。

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2008年10月18日 (土)

蜜柑のにおい

Img_0039 朝からボンボンと花火が上がり、何か行事があるのかなと思っていたら、近所のヘリポートで恒例の祭りをやっているらしく、ヘリコプターがひっきりなしに飛び出した。

特に、自宅の上空が遊覧飛行のコースに当たるらしく、重低音で圧迫して行き来する。

昨日に引き続いて今日もよい天気、予定では岡部町の”龍勢花火”を見に行くつもりだったが、人ごみを考えたらつい億劫になって行きそびれ、麻機の山を一巡りして帰ってきた。

秋も一段と進み、アケビの実も口を開き、中身を小鳥などに食べられているのが多い。

自分たちが子どものころは口を開ける前に採ってこなくては他人に取られてしまう。そのため、早めに採って熟れるのを待ったので、こんな光景は見ることが無かった。

農道脇に停めてある軽自動車の荷台からは、早生の蜜柑の甘い香りが漂い"駿河路や 花たちばなも 茶のにおい”(芭蕉)でなく今の時期は、”蜜柑のにおい”と改めなければなんて考えながら降りてきた。

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麻機まわりの田んぼは九月の終わりから始まった稲刈りもいまが真っ盛り。

最近ではコンバイン(?)も入って、稲藁を細かく切断しながら籾だけを刈り取っていく。付近を歩くと、青草が乾燥始めたころのような匂いがあたり一面に漂い心地よい。

しかし、この農法はかなり荒っぽいためか、倒れた稲をそのまま踏みにじっていった場所や、籾をトラックに移す際だと思うが道路に籾がこぼれたままになっている。

戦争が終わってまもなくのころだが、鉱山へ物資を運ぶロコ(機関車)を追いかけたことがある。食糧難の時代、運送途中で米俵から米を抜かれた後、その傷口から僅かづつこぼしていく米を拾って食べ、茶碗や御釜に残った御飯粒はお茶や水でかき集め洗って食べた身にとってモッタイナイことに思えて仕様がない。

ロコの軌道を半道(一里の半分、約2km)も追いかけて軌道敷きのバラスの間から拾った米は子ども手で一握りしかならなかったが、それでも、手柄顔をして帰ってきたのを覚えている。

飽食の時代、米あまりの時代と言いながら、食料自給率40%に満たない、お金を持っていても食料の変えない時代が来ると聞けば、いつあの時代が再現しないでもない。

昔から「食べものを粗末にすると罰が当たる」と言われ、そう思っている世代にとってはおとましい事この上も無し、、。

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2008年10月17日 (金)

五葉紅葉 八紘嶺(1,918m)

                                                                           Img_0149

家から50km、安倍奥の湯ヶ島温泉から身延へ抜ける林道の途中に車を入れたのが八時を少し廻っていた。

Img_0064_2 朝起きてみると最近にない快晴、予想はしていたが昨日より雲が無く、ほとんどピーカン状態。早速支度して向かったのだが、安倍川を上流に向かって車を走らせながら登る山を決めかねていた。

結局決めかねているうちに、最上流部に来てしまったという感じで決まった山になってしまった。安倍峠の駐車場は次の日曜日に身延町との交流があるらしく、大型テントを張りに来ている工事の車でいっぱいなので使えない。結局、下の登山道と林道の出会いにある駐車場に車を停めた。

Img_0075 支度して登り出したが、来る途中見かけた満月に近い月を背景に写真が撮れないかと気が逸っていたせいか、安倍峠から来る道との出会いで息が切れ、一休みしなければならなかった。おかげで、ここからはマイペースに戻すことが出来た。

少し高みに出て振り返れば安倍川左岸の山々、手前から大光山、十枚山、青笹山、、、竜爪山までが霞みながらも遠望できる。

この道は05年11月以来のことだから、三年ぶりになるか。それにしてはあまり変わった感じも無いので勝手知ったる道といっていいようだ。花はないか、キノコはないかと、あっち見こっち見の山登りは、単独ならではのこと、、、。

Img_0071 岩シャジン 写真左)、竜胆、野路菊などに見とれ、もみじ、イタヤメイゲツ、タムシバに混じって一番色づいていたのが五葉ツツジ(別名シロヤシオ)青空から降り注いでくる太陽の光を透かして見ると、キラキラと輝いているさまは陽の光を反射しているより綺麗に見え、実態以上(?)という感じ。

Img_0171 駐車場には一番乗りだったので、人に出会うこともなし、音の無い世界をのんびりと一人旅。しかし、このコース、一昨年だったと思うが行方不明のままの男性がいるので道下に急な傾斜があると思わず覗き込んでしまう。当時の捜索で危うい所は調べ済みなことぐらい分かっているのだが、、、。

Img_0162 頂上には二時間足らず、前回登った時に比べるとあっけない感じで到着してしまった。頂上の展望は利かず、富士山は途中で一回見えるだけだったが、ここしばらく厚い雲の中で綿帽子をかぶっていると思っていたら、化粧をしていたようで恥ずかしそうに靄を通して白い顔をのぞかせていた。

右の写真は、下ってきた時のものだが、今日はキノコも少なく、もっぱら紅葉見物の山登りになってしまった。

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2008年10月16日 (木)

合器蔓は蓋つき

Img_0054 麻機沼の植物にゴキヅルというものがある。

水辺を好むのでここでも繁殖しているらしいが、物に掴まらなければ立ち上がって行けない無いため、木橋の欄干などに群がっている。

漢字で書くと”合器蔓”となり、合器とは蓋のついた茶碗や碁石を入れる器を言う。ちなみにゴキブリは御器噛(ゴキカブリ)から来たというのだが。合器と御器 蓋のあるなしだけなのか。

Img_0055 ともあれ、この実が熟れてくると下半分が触っただけでポトンと落ちる。丸い平べったい種が、その中に入ったまま。  まるで、印籠みたいな仕組みで面白く、見つけるとぺたぺたと触ってしまうのが常、、、。

.ハーメルンの鼠のように

いま株式市場がおもしろい。こんなこと言えるのも株式投資には全然興味がないためと興味が無いので持っていないので他人事のような目で見られるせいであろう。

昨日千円余上がったかと思ったら、今日は同じくらい下がったという。

この辺が読めない素人のデイトレーダーは、下がったので慌てて売り、上がったから慌てて買戻し、両方で損をしたのではないだろうか。

それにしても、機関投資家といわれる、株の売り買いで大儲けをしている人は実体経済は重視しないで、ちょっとしたきっかけを見つけては先の先まで予想して手を打ち株価を操作しようとする。

それに釣られて付和雷同的に雪崩を打っていく様は、グリム童話の”ハーメルンの笛吹き男”にある鼠のようで「ばかだな~」と思う。

それが図に当たるかどうか、先のことは分からない、”ケセラセラ”と、。

これらを数値化して、ノーベル賞を貰った人がいたそうだが、その人のいた会社が倒産したというのも皮肉であり、平和賞同様、成果がまだ定まらないうちに慌てて出しすぎた事になる。

なんでも、「お金お金」と言う浅ましい風潮がこういう時代を作ったのだが、それに超越出来ないのも、これ、じっとしていたら、お先真っ暗な世の中のため。

もがいて借金を作るよりましかな。借金も大きくなればだが、貸してくれるところも無い。 

なんだかんだと纏まりがつかない、、、経済学者ではないのだから仕様がないか。もっともかの先だって先のことは分からないはず、、、ナントカして~な

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2008年10月15日 (水)

羽衣縷紅草

Img_0010 Img_0012 羽衣縷紅草(ハゴロモルコウソウ)という。縷紅草(ルコウソウ)と丸葉縷紅草(マルバルコウソウ)を交配して出来たという。

どちらが雄しべでどちらが雌しべか知らないが、、、

花の形は、どちらも似ているが少し大きいようで差渡し1.5センチぐらいか。そして、葉が両方の間を取ったらしく、丸葉に切れ目が入って紅葉のようになっている。

遺伝子のなせる業だろうが、もともとは同根なので交配できたとなると、元の姿はどうだったんだろう。  なんて考えてしまう。

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今日本では、民法の規定に従って離婚後300日以内に出産した子どもは前夫の子どもになるため、それを嫌って無国籍になった子どもが127人以上いると言われている。

ひと昔前ならいざ知らず、DNA鑑定がこれほど定着した世の中。この法律は時代遅れの感があるのだが、保守的な議員の中には”不倫の子”意識があってなかなか修正できないらしい。

離婚に到るまで心の葛藤や意地など、いろいろな事情もあってなかなか離婚に同意できない人も多い中で300日規定は、医学の発達で早産の子も助かるようになってますます合わなくなってきているのだが、、、。

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ノートンのアンチウイルスで時間を取られてしまい。

散歩にも出れず、金物を処理場に持って行っただけで一日が済んでしまった。

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今日の花。

左、鏤紅草 右、丸葉鏤紅草

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2008年10月14日 (火)

新米とどく

Img_0051 秋アカネも長い避暑生活を終え、山から下りてきて次世代に命をつなぐため刈り取った稲藁の先っちょにとまって相手を探している。

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待ちに待った新米が長野から今日届いた。「今年はどんなかな~」早速精米して戴くことにした。

ほっこりとした食感と香り。何にもまして美味い。一週間ほど前に当面のつなぎにと近所の店から買ってきた米も”新米”だと書いてあったが格段に味が違う。

「日本に生まれてよかったなぁ」と思うひととき。戦後の食糧難のときこんな時代が来るとは思えなかった。

この米の味も国によって違い、南米で仕事したときに、ほとんど手をつけていないカルフォルニア米の弁当を現地採用の作業者に味見してもらったら、歯の間に詰まって美味くないとのことだった。

自分たちにしてみれば、あちらの米はインデアカ米、いわゆる外米はパサパサして食べられないので、アメリカから取り寄せた米でご飯にしたのだが、、、

あちらでは白い御飯、(arroz de blanco アロス デ ブロンコ)はまず食べない、いわゆるオリーブオイルでいためた五目チャーハン風かパエリャ(paella)のように生米を他の具と一緒にして鍋で料理するのが普通で、そのためにはパサパサの米が合うようだった。

白い米の文化。銀シャリの時代が何時までも(私の生きているうちだけでも)続くことを祈る。

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2008年10月13日 (月)

晴天の旅行者

Img_0010 このもの”土栗(ツチグリ)”という。別名を”土柿”とか”分福茶釜”などとも言い、子どものころから見つけると玩具にして遊んだものの一つであるが、いかにも本当の栗や未熟の柿が地に落ちているようで面白い。

遊び方は、結構固いので蹴飛ばして飛ばしっこしたり、摘まんで煙を吹かせたりした。早い時期なら食べれると聞いたことがあるが、まだ食したことは無い。(美味いそうだ)

麻機の山に登りかけたたところに落ちていた土栗は、キノコの一種で幼い時期には土の中にいるが、成長し地表に顔を出すと、表面の皮が一皮捲れたように開き、名前のように栗や柿や茶釜を思わせる格好になる。

このめくれ帰った皮の部分が湿気を感じて、閉じたり開いたり、そっくり返ってたりしているうちに地下の菌糸と縁を切れ、転がって道端に落ちてきたりして見つかる場合が多い。

そのため、「晴天の旅行者」とかイギリスでは「星型の湿度計」なんて面白い代名詞が付くと言う愛嬌物。

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きのう、アメリカが北朝鮮を「テロ支援国家指定」から解除したそうだ。そのことを三十分前に知らされた首相は苦言も言わずに理解を示したと、報道されている。

就任以来何の成果も上げらず、”史上最低の大統領”というレッテルをはられかねないブッシュ大統領が最後のチャンスとばかりにやったことだが、同盟国と思っている日本にはなんの相談もなく決めてしまった。

何を言われても、唯々諾々と従う。インド洋での燃料補給。日米地位協定、思いやり予算、基地問題などどれをとってもこれが独立国のすることかと思われるほど言いなりになった挙句がこの体たらく。

せめて日本国民のことを思うなら、”強い遺憾の意を表す”くらいの言葉が欲しかったのだが、何をされてもポチのように尻尾を振っていく態度は、他の国から侮られ、ますます国威を低下させてしまうだけであろう。

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今日の花。

左、タンポポの蜜は美味いかな、 右、紐鶏頭、ギリシャ語でしぼまない花というそうだが、、、

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2008年10月12日 (日)

可憐な色合いの疣草

Img_0219 先日見た桜蓼のの傍にイボクサが小さな花をひっそりと咲かせていた。

うす紫がかった差渡し1cmほどの小さな花を、、花顎が三枚、花弁が三枚、そして雄しべが三本と三の好きな花と見受けた。花は露草の中まで、花の形は常盤露草に一番似ていると思う。

名前の由来は、疣を取るのに使ったと聞くが、実際の薬効は分からないそうだ。自分たちが使った疣とり草は竹煮草だったがこれもやはり効果は分からないとのことで、何かの拍子で取れたことから付けられた名前だと思う。

湿地を好むこの草も、見るには良いが例のごとく田んぼにあっては余計な草として嫌われている。

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疑惑の人、三浦和義社長が自殺し疑惑を残したまま事件は終着してしまった。

彼が何時までたっても疑惑を残していたのは、明快に説明し切れなかったことにあり、その理由の一つとして、あまりにも芝居気たっぷりだったため、マスコミにいい餌食にされた可能性がある。

なんの証拠もなくて、書いてはいけないのかもしれないが、この芝居っ気たっぷりな行動から、ひょっとしてこの自殺も真似をして裁判を遅らせようとしたのが失敗したのではないかと勘ぐらせるものがある。

それにしても、不思議なのは何故何時までたっても”元社長”の肩書きが着くのだろうか、それ以外肩書きの付けようの無い、、、だったのか。

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2008年10月11日 (土)

焼酎伴に栗名月

Img_0091 あれほど野山を真っ赤に染めていた彼岸花もすっかり影を潜め、かわって、背高泡立草がいたるところ黄色い花を付け出した。

Img_0202 泡立ち草、名前のとおり近寄って見れば小さな花が密集していて、いかにも真っ黄色の花弁とオシベが沸き立っているように見える。

一時は、ブタクサと間違われ花粉症の元凶と言われたり、繁殖力の旺盛さと、根から毒素を出して、他の植物を駆逐するので引っこ抜かれたりしたが、しぶとく生き残り、今では日本の秋の草として認めざるを得ない状況になってきた感がある。

午前中は雨の影響があって、山の木々も濡れているだろうから、午後になって今年最後の栗拾いに付き合ってくれないかと電話があった。

なんでも、このごろ栗山に猪が出没する上、それを追って先日は鉄砲を持った一団が山から下りてきたので一人で行くと気味が悪いとのことであった。

ちょうど、今夜は”栗名月”少し分けてもらえれば願ってもないことなので、喜んで同伴を承諾した。しかし、行ってみると本当に最後の栗拾いにふさわしく、栗はイガの山の下に潜り込んでいて見つからない。上っ面のイガを蹴っ飛ばしながらの栗拾いになってしまった。

帰ってきてから虫食いなど跳ね除けててから、お供え用にと二升ほど分けてもらう。

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旧暦の八月十五日が中秋の名月というのに対して、九月十三日を後見の月とか栗名月というが、此方のほうが薄の穂も出揃い、空も澄み渡たって輝く月見が出来ることが多い。

そして、写真を写しに出た夕方までは薄曇を通してぼんやりとしていたが、夜半になって煌煌と輝きだしたが、こんな時間に一人カメラを持ってうろうろしては怪しまれるので外出は控えた。

しかし、なぜ、八月は満月なのに”後見の月”は十三日なのだろう。あまり、くっきりとした月を見たくないのか。それとも、完全なものより少し欠点のあるほうに、美を見出してきたせいか。

「月見の宴は日本独特のもの」と聞いたことがあり、月の満ち欠けによって十三夜とか十六夜(イザヨイ) 二十三夜などと月に名前を与えて愛でてきた。

私も、その影響を受けてか夜半になって縁側に出て小さな庭にすだく虫の声を聞き、貰ってきた栗を食べ、わずかばかりの焼酎を伴に栗に似た月を見上げたが、二つ三つと蚊に刺されると意気地無く、焼酎瓶を抱え、月を愛でるのをやめてしまった。

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2008年10月10日 (金)

ポカポカ日和に雉を見る

Img_0057 巴川の向こう岸に雉が二羽ひそんでいるのを見つけた。

距離にして30mはあろうか。見られているのに気づいているようでしばらくは動こうともしなかったが、そのうち此方の手が届かないことを知ってか対岸の歩行者には注意しながら、草の間を動き回りはじめた。

みると、二羽とも雄である。普通なら雄同士が一緒にいることが無いはずなのにと思っていたが、どうも今年生まれの兄弟のようであることが分かった。

Img_0044 自分の目やカメラでははっきり確認が出来ない距離だが、身体の大きさ、顔の赤い模様、尾羽根は長くなって成鳥同様になってはいるものの、首筋にまだ幼さが残っている。

この冬を越せばお互い縄張りを巡って骨肉の争いをしなければならないのだが、野性の本能というものは何処で目ざめるのだろうか。

ポカポカ日和のひと時。しばらく手すりに掴まって眺めていた。

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先日長野で新聞を見ていたら、自民党が全省庁に「野党から資料要求があった場合、事前に自民党国対に報告するよう求めていた」と書いてあった。

そしてこの問題を追及されると、麻生首相は「全く問題ない」と答弁してたが、これってどうなんだろう。多分省庁から報告が上がれば「これは都合が悪いから伏せておけ」ぐらいの指示や命令(?)ぐらいはありそうだ。

前にも、否定はしたがNHKの番組で放送まえに自民党に報告し変更があった問題があったが、これと同根の問題と見るべきであろう。

一つの党が長年政権の座に着くと、国民の知らない所で情報制限が沢山行なわれているに違いない。お隣の中国や北朝鮮を笑えない事態である。

この蛮行を早急に改めなければ、自民党が野党になった場合、しっぺ返しで逆に情報が入るらない状態になるのだが、、、、、一番の問題は野党もそうかもしれないが、国民の知る権利が奪われることにあり、もっと怒らなくてはいけないことだと思う。

官僚が国民奉仕者と言うことを忘れて(いまでもわすれているが、、、)、政権政党と癒着してますますのさばって行くのが目に見えるようでこわい。

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2008年10月 9日 (木)

特養老人ホームを見て

Img_0214 麻機沼の一角にいま桜蓼が満開になり、桜色に染まっている。

Img_0212 桜蓼、名前のとおり桜色と花の形から来ている名前だが、下から見上げる桜と違って、見下ろす桜蓼は花も小さく、近づいて見なければ名前の由来が分からない。

小さいながら、オシベを跳ねだしどこかの学校の校章にこんなのがあったなと思わせる端正な顔立ちならぬ”花立ち”は気品さえ感じられるものがある。

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今日午後になって知人から、「市外の特別養護老人ホームに”介護5”になった母親を一人ではとても見きれなくなったので、入所させる申し込みに行ってくる。ついては、良く分からないので一緒に行ってくれないか」という電話があり自分も介護のことは分からなくて、力になれないがと思いながらも付いて行ってきた。

今年出来たばかりだという建物は、全て個室であり、至れり尽くせりと言った感じの設備もあり、こんなところなら自分が入っても良いのではと思わせるものがある。

しかし、施設がどんなに良くても、介護というものは結局の所マンパワーに頼る所が大きく、介護する職員の気質、態度が一番問題になるのだが、その辺ががどうなのか。短時間では分からない。

最近の報道によると、介護の仕事は、きつい、汚いなど労力の割には賃金が低くて、定着が少ないそうで、海外にまで人材を求めていると聞く。

まだ発足間もない業種だけに試行錯誤は保険を扱う国にもあると思うが、働く人がこの職業に生涯をかけられないほどの賃金だとしたら、ボランティアでは無いのだから、被害は入所者に来てしまう。

また、公共工事の減などから建設会社など畑違いからのからの参入も多いと聞く。この施設もその一つだそうだが、業種がまったく違うだけに経営者の理念が儲かる仕事としてみてないかなど、異業種に感覚が付いていけるかどうかがこれからの問題になってくる。

いずれにしろ、施設が足りないいま、この人の母親もどこかに入所させなければ、子ども一人での二十四時間介護は、最近よく聞く”老老介護”の悲劇が起きかねない。

「周りから母親を放り出した」という非難を気にしながら、、、、介護するほうが先に参ってしまいかねない、、、、、また、入所費用や他の施設はどうなのか、、、などと迷いながらもきめ切れず、仮契約をして少しの間、部屋を抑えて置くしかなかった。

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2008年10月 8日 (水)

秋なわすれそ

Img_0197 そろそろ金木犀の花が開き、においだした。

におうという字には、匂うと臭うがあるが、前者は気持ちを心地よく刺激するが、後者は鼻が曲がるのを言うと思う。

花には全然においを感じさせないものがあるが、ほとんどの花は大なり小なりにおいを放つ。

そうした中で、金木犀はにおいの強いものの一つで大きな木の傍では臭いといったほうが似合う花であろう。

Img_0194 花の構造はいたって簡単。この花もふるい昔に日本に来たそうで雄と雌の株があるそうだが、日本には雄株しか入ってこなかったそうでどんなにがんばっても実がならないそうだ。そのためか、遠い異国の地に住む雌をしたって匂いが強烈になったのだろうか。

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菅原道真の梅の花ではないが、

東風吹かば 臭いおこせよ金木犀  

   相手なしとて 秋なわすれそ

と言ったところか、そうなら仕方のないことだが、こんな時代なのだから、誰か早く雌の木を持ってきて喜ばせてやる人がいないのかね。

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昨夜、久し振りに日本人のノーベル賞物理学で三人の受賞者がでたと思っていたら先ほど、化学でもまた一人の受賞者が出たという知らせがテレビのテロップで流れた。

一夜にしてスターになった受賞者は、報道陣にもみくちゃにされ、今朝も早くからワイドショーに引っ張り出されていたが、また一人とは目出度いことである。

科学者にとって最高の栄誉は、平和賞や文学賞と比べて政治的、人為的操作が少ないように見受けて「えっ、あの人が、、」という面が少ないように感じる。

ただ、昨日受賞した”素粒子物理”は何度聞いてもちっともわからず、なんの役に立つのか、、、とにかく、なんだか分からないことに取り組んでいる人がいるもんだと言うことだけが分かった。という始末、、、、。

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今日の蝶。

褄黒豹紋蝶の左雌と右雄。羽の端っこが黒くて豹柄の模様があるといういたって明快な名前を持つ蝶。昆虫にしては珍しく雌のほうが綺麗に見えるが、昆虫の目から見るとまた違うのかも。

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2008年10月 7日 (火)

今日は鬱の日

Img_0025 上の写真はまだ一ヶ月先の収穫を目指して”玉回し"をしている林檎

昨日夜通しの雨は明け方になって小止みになった。

シナノゴールドを一箱作ってもらい、静岡に帰ってきた。

霧の野辺山、泥んこ道。

びっくり市に車を入れて外回りを見ると恥ずかしくなるほど汚れていた。

雨は、甲府盆地に入って上がり、車の流れに従って順調に帰って来たが、佐久の食べ物屋で知人は「帰ってから二~三日で異常が出たら稲刈りのせいだよ、年齢とると疲れの出が遅いからね」と言っていたが、家に着いてからの安心感もあってか、今日は一日”引きこもり”で過ごした。

テレビは、世界同時株安、国会中継ほかで騒いでいたが、こんな時には批判する気にもなれない。

        したがって今日は鬱の日

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2008年10月 6日 (月)

これも万治の石仏

Img_0008 昨日は山から下りてきたのが、十時を半ば回った時間。

田んぼは既に片付いてすることもないということでいつも林檎を買っている近所の農園に顔を出すと、最近長野県農協推奨の「シナノゴールド」という品種の林檎の取り入れ時期だとかで選別しているのに出くわした。

一見他の林檎とは素人目には区別しかねるが、”省き”と言われる規格外の林檎を貰い食べてみる。十一月に収穫になる富士に比べると甘味は少ないが、ジュース分が多いように思う。採りたて直後のためもあってか、サクサクと歯切れが良い、ここしばらく林檎を食べていなかったので大きなのを一個丸ごと食べてしまった。

午後になって、望月町の「万治の石仏」を見に行くため元の役場によって石仏の地図を貰ってくる。

信濃は一帯に石仏や歌碑の多いところだが、望月町にも三千体にもなるという石仏があるといわれ、その中で”万治の石仏”は諏訪の同じ名前のの石仏を見てから知ったものなので是非と思っていた。

三千体とも言われる石仏の中、古さから言えば鎌倉時代からのも沢山あるというので江戸時代に入ってからの石仏は古いほうではないが、それでも400年くらいになる。

地図を見て場所が分かった。よく泊まる義妹の家の近くで散歩にも来たことがあるところだった。しかし、来てみると何処にあるのか分からない。案内板が無いのだ、もともとここにあったのではなく、何処からか持ってきて古墳の上に乗っけたという話も聞いていたので、簡単に見つかるかと思っていたが、古墳さえ分からない。

Img_0007 ようやく探し当てたのは、15分ほどそこらを歩き回った末、墓地の間に何本か木が生えている根方ぽつんと言った感じで鎮座していた。傍に「万治の石仏」と書いた小さな標柱が無ければ、周りの墓地の石仏と区別がつきにくいほど、、、。

石仏は高さは1㍍に満たない小さな大日如来像で、諏訪の物とは比べようも無いこじんまりとした物であるが、諏訪の石仏のような異様さは無く、少し頭が大きいかなと思ったのと半眼に瞑った優しい顔は、良くある野仏顔と違って、どこかで見た人という感じがした。

昔から、諏訪湖の向う、高遠には石工が多く一帯の仏像を制作したというが、これほど数多くの石仏を信濃の人はどんな気持ちで作ったのだろうか。

諏訪の万治の石仏は頭と胴の制作年代が違うということらしいが、万治という時代はどんな時代だったのだろう。

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夕方になって雨が振り出した。知人が飲み放題の店があるというので、佐久市まで出かける。創作料理を出す店で味もかなり良かったが、五人のうち酒を受け付けないのが二人。このごろ富みに弱くなった私は勧められても生ビール三杯が限度。

あんまりお得ではなかったね。といいながらの御帰館。

でも楽しかったから、、、。

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2008年10月 5日 (日)

湯の丸山(2,101m)は紅葉盛り

Img_0143 写真上;ツツジ平から見る湯の丸山

昨夜、あまり早く寝てしまったので、五時に目が醒めてしまった。

もぞもぞしていたら、「後片付けは少しだから山に行ってきては、、、」というやさしいお言葉。予ねてこんなこともあろうかと靴だけは自動車に積んできていたので、湯の丸山(2,101m)に行ってきま~す。と飛び出てきた。

佐久平名物の霧も今日は薄いのでそんなに良い天気はには恵まれないと思いつつ、コンビニでおにぎりほかを買い求め、千曲川を渡って地蔵峠に向かった。

名前は地蔵峠だが、登る坂道には観音さまの石像が多分三十三体、ところどころに据えてある。上部の方ではローリング族のしわざと思えるタイヤ痕が無数あり、もし、対向車があれば肝を冷やしそうな情景が見て取れる。こんなときを観音様はどう見ているのだろう。真夜中の安眠妨害で罰を与えるのか。それとも、こんな輩でも救うのか?

六時半、日曜日だと言うのに誰もいない峠の駐車場に着く。湯の丸山は春先の蓮華ツツジが有名で全山真っ赤に染まると聞いたことがあるが、この時期は紅葉も良いというので来て見た。初めて登る山なのと、「はいはい」と二つ返事で来ては見たものの農作業のことも気がかりなので、本当なら烏帽子岳(2,066m)も登りたかったがどちらか一つにすることにした。

支度をして、さてと、売店の裏に来てみたが湯の丸山の上り口が見当たらない。仕方ないので烏帽子岳の矢印に従ってキャンプ場の未舗装道路を進むことにする。

Img_0140 この辺では、夏は遠い昔になっていて、花はほとんどが枯れているなか、竜胆だけが濃い紫の蕾を空に向けている。白山風路は葉を赤く紅葉させ、ちょっと見には小さいもみじかと思わせる風情を醸している。

15分ほどでキャンプ場、湿原があり、ドウダンツツジの多いところがあるという案内板もあるが、この辺は次に取っておこう。

落葉松林、熊笹の下草の中竜胆が顔を出している。そこを過ぎると烏帽子岳と湯の丸山に分かれる分岐に到着。躊躇することなく湯の丸山に向かう。

ここから少し登ると、地蔵峠からの道と合流し、正面に赤い斑点をまとった湯の丸山が出現した。

山に向かって左側には蓮華ツツジのころには賑いそうなツツジ平があり、人一人がやっと通れる狭い通路と有刺鉄線で仕切られている。

Img_0083 パイプの煙か浅間山

ここから道は、傾斜を幾分きつくする。ドウダンツツジが一番あかく、ついでナナカマド、楓は黄色を増している。振り返れば一直線に地蔵峠に道が伸びている気配。三方ヶ峰の後に顔をのぞかせてきた浅間山はパイプの煙のような噴煙を音も無く噴き上げている様子。

Img_0098 湯の丸山から望む烏帽子岳

あちこちを眺め、人っ子一人いない山を独占しながら登れば、八時前に山頂に到着。小さな岩を敷き詰めたようで広くて見晴らしがよさそうな頂上だが、すぐ近くの烏帽子岳、浅間山、根子岳、四阿山辺りが限界、その先は雲の中。

そうした中、湯の丸山の北峰が大きな岩を積み上げて「おいでおいで」と手招きしている。僅かに下ってまた登る、その間に咲き遅れた松虫草が一輪二輪。

Img_0099 湯の丸山北峰

10分ほどで、着いた北峰で朝飯のおにぎりにありつく。風も出てきて汗をかいた下着が冷たく感じる中、烏帽子岳の紅葉を眺めて、冷たいお茶でおにぎりを流し込む、、、。

食べ終わって、下山にかかるこの当たり一帯イワインチンが自生しているとかでロープが張り巡らしてあるので、また時期を選んで来てみようと思いながら中腹まで来た時初めて登山者とすれ違う。

上から見た、地蔵峠へまっすぐに下る道をとって行くと、スキー用のロープウエイの終点に到着、ゲレンデを下る。これで登り口がやっと分かると言う不思議な山登りをした。

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今日の紅葉。

左、白山風路の紅葉。 右、ドウダンツツジ 何れも赤く色づいて、、、

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2008年10月 4日 (土)

黄金色に染まった田んぼ

Img_0016 昨日、長野に着いて午後になって田んぼに入った。「天気が良いので」と、すでに義弟は一枚の田んぼの稲刈りをほぼ済ませていたので、稲の稲架の手伝いからになった。

黄金色に染まった田んぼの中を軽快に稲刈機は進み結束しては放り出していく、その後からキャタビラー運搬機で稲を集めて運び、稲架に架けるのだが、所変わればやり方も違う。

去年やったのをすっかり忘れて、また一から指導される。長野では稲束を片方は一握りしてまたがると言うより、鉄棒に足をかけたような格好にし交互に架けて、さらにその上にまた一段架けていくと言うのが普通のようで他の田もそんな架け方をしてあった。

仕事が済んだのは日没で五時だったから三時間弱だったが、その後の歓迎会で散々のお呼ばれで、布団に入ったらバタンキューでお終い。

そこで、本日は、朝八時からの作業開始。午前中は昨日の残りの稲架かけ。一つの穂に米が120粒以上付いていたとか、この調子なら反当り十表は軽いねという話で、上々の出来とかで気持ちよく作業が出来る。

また、田んぼの景色が静岡とは違う感じだったので、何かなと、思っていたら稲の穂だけで無しに葉も黄色く染まっているため田んぼ全体が黄金色になって陽の光が当たるとそれこそ綺麗に反射している光景だった。

朝夕の気温差が大きいため、暖かい静岡と違って葉が黄葉化し、文字通り黄金色の秋を迎えている。

Img_0049 そんなこんなでやっていたら、隣の田んぼには大型のコンバインが入りエンジンの音も勇ましく刈りだした。

その光景は、以前にNHKのテレビで見た「鉄と鎌」?という題名だったと思うが、中国の麦畑を鎌一丁であちこちの麦を刈り回る農民とコンバインを持ち込んで大量に刈り取る人が価格の競争をしている様が思い出された。

義弟によると、自分たちがやっている大きさの田んぼだと、刈り入れ、脱穀乾燥などで八万円程請求されるそうだ。今のところ自然乾燥、人手の脱穀という旧来の方法に比べれば品質に差があり、よほど忙しくなければ頼めないとのことであった。

午後になって、応援も来てくれたので大体のところ目途がついて日没終了となった。こんなに長時間働いたのは久し振り、疲れは足にはそれほど来なかったが、体全体、特に手首に来てしまった。

夜は、近くの日帰り温泉に出かけ、ポテトチップスを肴に生ビールにカツカレーでめでたく出来上がり、八時過ぎにこれまた寝床に潜る。

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今日の花。土手に咲く花

左、吾亦紅(ワレモコウ)細い茎の先に小さな花が密集して咲く。吾木香、我吾紅などいろいろな漢字が当てはめられるが、私も紅いという字が一番かな。  右、釣鐘人参、小さい雌しべをぶら下げて西洋の鐘のような形が面白い。

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2008年10月 3日 (金)

鶏頭となるも???

Img_0025 いかにも鶏のとさかに似せた鶏頭が咲いていた。

真っ赤な鶏頭を前にして「鶏頭となるも牛後となる無かれ、、か」と声に出して言ってみた。すぐさま、何か突っこみがあるかと思ったが誰も何も言わなかった。

多分、知ったかぶっていても意外と浅いな、、、。と思われたか。あの人に何か言っても、、、。と思われていたか定かでないが、慌てて「鶏口だよ」って言ってみたものの、なんだか間が悪い。冗談と言うものは難しいものである。

間違って覚えた言葉はなかなか気づくのが難しい。世間ずれしていなかった中学のころ、女先生が「評定」という字の振り仮名を”ヒョウテイ”が正解だと言ったので×印を付けられた自分が反論し、国語の大きな辞書を図書室から持ってきて、同級生がいる中で”ヒョウジョウ”はあるが”ヒョウテイ”はないとやったことがある。

丁度、そのころ文部省は「勤務評定」という言葉で先生を評価すると騒いでいた時期だったので、女先生はそれを採ったが、辞書にはまだ採用されていなかった。今から考えるともう少し何とか方法は無かったものかと、、、、、

それからしばらくして、確か20代中ごろのことと思うが、別の元学校の先生をしていた婦人が「アキの宮島と言うから秋が綺麗なんでしょうね」といったときは、アキは広島県の国の名「安芸」である、と訂正を口にすることが出来なかった。

確かに宮島の秋は綺麗だが、”飛騨の高山”と同じで何時行っても”安芸の宮島”であるはず。そして、ここで恥をかかせても、と思いながら内心は別なことを考えていた。 

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今日は、長野に来てこのブログを作成中。アルコールのまわりが早くてこれで失礼。

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2008年10月 2日 (木)

立つ鳥後を濁して

Img_0142 朝から秋らしい空模様と快適な涼しさは、一昨日当たりから台風による雨風を予想していたものとしてアッケに取られるくらいの状況になった。

こんなに良い天気ならどこぞの山にでもと普段なら考えるが、明日から長野に行って稲刈りの手伝いとなれば、そういう訳にはいかない。

でも、歩き出したら止まらなくなって、”歩け 歩け”とばかりに流通の山から南沼上の霊園を廻ってきたから、およそ10kmくらいになるか、とかく気持ちの良い散策になった。これからしばらくはこんな調子がつづくといいなぁ。

Img_0138 帰り道、カルガモが川の水草を啄ばんでいたが水面に光をキラキラとちりばめていたので、そっと近寄ってカメラを向けたらビックリしたように飛び立ったが、その様は「たつ鳥後を濁さず」ではなかった。

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昨日、書こうかどうしようかと迷っていたことがある。

麻機沼の外周道路で野球帽を目深に冠り、自転車に乗った男が此方をじっと見ているのに気づいたのが初めだった。その後、あちこちの野花を見るたびにその男が付いてくるのが見えた。

こちらが止まればあちらも止まる、幾分見えないようにしているが物陰に隠れているわけでもないので、いかにも付いているぞ、というのが分かる付け方だった。

住宅街に入って、一区画を一周してみたが相変わらずだったので、角に隠れて待ち伏せをし近寄った所で飛び出しハンドルを押さえて「どういう気だ!」と怒鳴りつけると大げさに倒れて「自転車が壊れたから修理せよ」と言い出した。

帽子は相変わらず目深のままで素顔を見せたがらないし、自転車のブレーキワイヤは切れたままの錆びだらけ、修理せよと言う籠も錆で何時壊れたとも分からないもの「嫌がらせにも程がある、交番へ行って話をつけよう」と誘ったがなんだかだと避ける。

その話の中で感じたのは、人を付け回わすことで相手が怖がって逃げるのが面白かったようだ。それが嵩じて私にまで及んだのと少しでも金になればというのが目的だったようで、最終的には500円でもいい、とまで言って来た。

此方も魂胆が分かったので、「交番へ行こう」の一点張りで歩き出したらしばらく後から「自転車を直せ」などとブツブツ言いながら付いてきたものの、唐瀬街道を出たところで急に自転車に乗り走り去った。

それにしても、女の人や子ども、男でも非力な人でただ逃げることしか出来ない人ならつらいことだとおもう。良くストーカーの話を聞くが、これ以上に付け狙われるとしたらノイローゼになっても仕方ない。と強く感じた。

娘に話したら「じいじ 刃物を持ってたらどうするの」と叱られたが、世の中怖いおじさんがいることを教えとかないと、ますますエスカレートして次は何を仕出かすかと、、、。言い訳。

しかし、後味の悪い結末だった。

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今日の花。

左、秋明菊(シュウメイギク)いろいろな色が有って何れも綺麗だがこのくらい紅くなると”貴船菊ということになるかも、、、右、ジンジャー、生姜の仲間だが根は辛くなようだ。

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2008年10月 1日 (水)

強い男がいたもんだ

Img_0128 今日十月一日は”衣替えの日”となる。

「暑さ寒さも彼岸まで」というが、良くしたものでこの間まで暑さにうだっていたのが嘘みたいに涼しくなってきた。とくに、ここ二日は台風の影響もあって空には雨をとなった低い雲がたちこめ、気温は20度に達しないとか、、、。

と、いうわけで、今日の散歩には始めて長袖のジャージーを来て出かけてみた。しかし、これは失敗、歩き始めてまもなく暑くなり夏場のように汗だらけにはならなかったものの、たちまち脱いで腰に巻きつけてしまった。

Img_0133 細かい水滴がポツポツと当たる中、百舌が木の天辺でしきりに縄張り宣言なのか、チュッチュッキリキリりッと鳴いている。

青空の下でなら遠くまで聞えるのだろうが、霧ごんだ空の下ではなんだか甲高い囀りも無音室にいるようで吸い込まれてしまい、むなしい感じだけがが残る。それでも、食糧確保ひいては雌を獲得するには鳴き続けなければならないのだろう。

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先日、他の人のブログを見ていたところ、知った人の名前も出てきたので、コメントを入れてみたら、返ってきた返事の中に「マムシに強いあの人ですか?」という返事が来た。マムシはこれまで何度も捉まえてマムシ酒にしたり、食べた記憶があるが、特別強いとは思っていなかった。

それで、その理由を聞いたところ「指の間に何匹も挟んで、、、」ということを言った人がいたのでその印象が強くてとのことだった。

大変な間違いをいった人もいるもんだ。想像すると手のひらから何本も紐をぶら下げているようで、、、、、自分でもいやらしい感じがする。でもそんな人がいたら”強い男の歌”ではないがマムシのほうからご機嫌伺いに来るのではないだろうか。と思うと、片頬をつい緩めてしまいそう。

ちなみに三好鉄生の歌、”強い男の唄”の一節をもじって、、、

強い男がいたもんだ  

山でばったり出会ったら

マムシがすりすりにじりよる 

ビールを回せ 底まで呑もう

随分と涼しくなったけどね。

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