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2008年12月31日 (水)

霜鬢 明朝又一年

Img_0050senngenn 朝、神棚の掃除を済ませた後浅間神社まで散歩を兼ねてお札を受けに行った。

ひと気のほとんど無い、中庭の池の噴水にだけ朝日が当たり、水しぶきが眩しく見えた。

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雲ひとつ無い北東の空へどんどんと落下するように日が沈みんでいく、いつもの情景と違わないのだが、これで今年も最後かと思うとなんだか手を合わせたくなるから不思議である。

日が暮れだした五時半には、全て支度も済んで(済まなかったものは見ぬ振りをして、、、)灯明を上げ、年越しの鰤の塩焼きと刺身をツマに、お神酒のお裾分け酒を呑み始めれば今年もお終い。

社会の重大ニュースはさておいて、我が家の重大ニュースをと考えればなにがあったのか分からない始末。

まず第一は健康に感謝。歯の治療にはずーッと行ったものの、これ以上悪くなるのを遅らせるといったもので、これは、歯が全て抜け去るか寿命が尽きるまでの付き合いと思っている。

第二は、これも健康と関係あるのだろうが、富士山や浅間山など山歩きが出来たこと。

第三は、ひょっとしてこれが一番かも知れないが、身内に不幸せが無かったこと、つまり”家内安全”

株もやっていないし、振り込め詐欺にもあっていない。簡単に言うと「沈香も焚かず 屁もこかず」ごくごく平凡に過ごしたことになるがこれが一番なのかもしれない。と、いうことで「今年も上々のうちに暮れた方でしょう」ということに落ち着いた。

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霜鬢 明朝又一年  とは唐の詩人高適の除夜作という詩の最後にあるが、白髪はそんなに苦労をしなくても増えていくものである。

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2008年12月30日 (火)

返り咲きの花も見ゆ

Img_0012 昨日笠雲をかぶっていた富士山も今日は霞の向うに少しぼんやりとしながらも雲の無い空を背景に浮かんでいる。

Img_0045 ”笠雲をかぶれば雨”も今回ははずれ、風も無く、市街地の中心、更にその先も霞み、海と空の境界線は定かでなく、ポカポカと暖かい一日になった。

そして、ここしばらく続いた小春日和に誘われてか、皐月の花が咲きだした。

春に咲く花に比べると幾分小ぶりだが、色合いは数少ないせいか清清しく感じる。もっとも花のほうに言わせると慌てて咲かせたものの、朝夕の寒さに震え上がり、「しまった」とぼやいているのかもしれないが、、、、、

小学唱歌の「冬景色」に、こんなのがあったっけな。

げにこはるびの のどけしや

かえりざきの はなもみゆ

また餅つき

昨日、餅を配った所でまた二升の注文があった。「縁起物のものだから二十九日はだめだよ」と言って今朝からまた餅つき(?)をする。

一度片付けたシートをまた敷き直して伸し餅つくりの用意をする。これも返り咲きか。

お陰で今朝がた来ると言っていたもう一組の孫たちに「餅つきが終わるまで」と、足止めしたが、予定が狂って彼らも中途半端の時間つぶしに困ったようだ。

まるで、システム障害を起こしてダイヤが乱れた新幹線の帰省客ののように、、、、

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2008年12月29日 (月)

気忙しくなってきた

Img_0036 「今度の正月は最低限のことで済まそう。年越しの魚と餅があればそれでよかないか」と決めたが、なんだか世間につられて気ぜわしくなってきた。

格好だけだが大掃除をし、餅を切り配達、昨日掘った蓮根も宅急便で送り、孫たちにあげるお年玉を両替する(万札はようやらないので、、、)

午後になって、ふと目を富士山に向けたら笠雲をかぶっていた。此方の言い習わしでは”富士に笠雲は雨の前触れ”と言うのがあるので、その通りなら明日は雨になる。

空気中に水蒸気が多いのか青空ながら幾分かすんで見える。

それを知ってか、近所の小母さんが「めったにしない洗車を私がするんで、きっと、明日は雨だよ」って笑っていた。

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2008年12月28日 (日)

花餅は正月飾り

Img_0033 昨日の午後に引き続いて朝から蓮根掘り。正月をひかえて注文が多いので手伝っている。

蓮根掘りも今回で四度目、となれば幾分自信が着いて来たが、それがかえって悪く、慎重さが薄れ失敗作も出てくる。どんな仕事でも少し馴れたときが危ないの見本だ。

午後になって餅つき。といっても昔ながらの臼と杵でなく電動の餅つき機でやるのだが、頼まれ物を含めて伸し餅が四升、豆餅が一升、お鏡と孫たちが食べるためにと一升を作るとなるとかなり時間がかかる。

孫たちは夕食を兼ねてくるというので、その時間の餅で半分は四軒分の小さなお鏡を取り、残りから”花餅”とそのまま食べるものに分ける。

孫たちは食事前に熱い餅を木の枝に巻き付ける。飛騨の正月飾りの風習だ、と説明したことから始まったのだが、これで五回目くらいになるか。前のように付きっ切りで世話をしなくても良い年頃になったが、今度はいつ面倒くさいなんて言い出すのだろうか。

短冊などの飾りは残して一応の完成を見たあと食事に入るが、餅の冷えぬ間にと、お鏡を作りながら叱咤激励、眼の廻るようなひとときだった。

飛騨にいたころの花餅と言えば、欅か楓の切り株から細い枝を何本も釣竿のようにつけた株を使ったもので、秋口から探すのが子どもの仕事だった。しかし、此方ではそんな都合の良いものがないので、柳で代用している。

残った約四合の餅は、大根おろしを付けながら食べるとたちまちなくなり、小学4年の孫まで、うどんをどんぶりで食べ、重い腹と大きいほうの花餅を持って意気揚々と引き上げて行ったのは九時近くなってからのことだった。

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2008年12月27日 (土)

寒紅は無情の風に誘われて

Img_0025 バイパス脇の側道の植え込みに「寒椿」という立て札があり、小さい山茶花のような花が咲いていた。

江戸時代、飛騨の百姓一揆で扇動した罪に問われて沢山の犠牲者が出たがそのうちの一人、本郷村善九郎という十七歳の青年が打ち首になる前に歌った辞世の句に

寒紅は 無常の風にさそわれて つぼみし花の いまぞ散りゆく

の寒紅はこれだと聞いたことがある。

図鑑によると、花の散り方は椿と違って花全てがポロリと落ちることは無く、限りなく山茶花に近いとあった。特徴としては木丈が高くならないで50センチ程度で花も小さいとあるからこの花は”寒椿”そのものであるらしく、想像していた花とは大分違っていた。

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Img_0026 Img_0011 昨夜は日本の中でも暖かいところとして知られている静岡でも氷点下に下がったと見え沼や池など動かない水面が凍っていた。

プラスチックのバケツでは厚さが1センチ近くもあり、月下美人など寒さに弱い植物が気になる。症状が出てくるのは少し先になるが何とか無事であってほしいものだ。

この寒さをどこでやり過ごしたのか、百舌が朝から良く通る声で縄張りの宣言に急がしい。あっちの枝でないたかと思うと、こっちの葦の茎に掴まって尻尾を振りながら四方を睥睨している。

彼らには”師走”という定義が無いはずだが、、、、、、

そうそう、師走と言えば、静岡中央市場(流通センター)に隣接する店に行ってきたが、市内の小売店が正月向けの食料品を買い付けに来ていて、何台もの台車にいろいろな食料品が入った段ボールを積み、レジを通るのに時間をかけ、いかにも慌しい雰囲気をかもし、素人の自分たちが二~三品の買物をするのが気恥ずかしい感じだった。

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2008年12月26日 (金)

どこで嗅ぎつけたか

Img_0003 昨日の夕方になっていつものように蜜柑を二つに割って山茶花の枝に差しておいたところ、さっそく、つがいのメジロが来て突付いていた。

この冬になって見たことが無かったので、まだ山にいるのかと思っていたが、色で見分けるのか、匂いがするのか知らないが早速嗅ぎつけて来たのはさすがである。

久し振りの冷たい木枯らしの中、寒さに震えるように蜜柑の傍にいるもののあまり熱心に突っつくようなそぶりも無く三十分ほどじっとしていた。

去年も来て慣れているのか、人怖じもしないで4~5mくらいの所に近寄っても動こうともしない。

同じ鳥でもヒヨドリのように意地汚くけたたましい声でないのと色合いのよさから、人からいじめられることの少ない鳥である。

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1,991年ソ連が崩壊したときにマスコミはいっせいに社会主義はだめで、資本主義こそが正しい政治のあり方だと喧伝した。

それから17年ほど経った現在。資本主義の総本山とも言うべきアメリカ発の大不況で世界はのたうちまわっている。

なんだか、”人間万事塞翁が馬””人生あざなえる縄の如し”を地で行っているようでどんな政治が一番良いのか、賢いことを言っているようで、いまだにどうするか分からないでいる人間と言うものも面白い生き物である。

ソ連をはじめ社会主義国が破綻したのは、一党独裁が人々の生活を束縛し、活力、想像力をなくしたことにあるが、思想そのものに原因があるのではなく、一部特権階級を作り官僚的政治を行なったことが原因だと今も思っている。

そして、いまの不況の原因は、経済と言うものをマネーゲーム化し、実体経済以上に架空のお金を枠外で流通させたことにある。

今世界のほとんどの国が”民主主義”だの"人民”だのとつけて民衆が主人公のようにうたっているが、ほとんどの国では一部の特権階級に大多数の人が奉仕する仕組みになっており、日本でも富は集中しており、それを優遇された官僚が取り仕切っている。

そのため、「勝ち組負け組み」に象徴される経済格差は、大多数の人を先行き不安を抱える世の中にしてしまった。この人たちが今後どういう態度を取るか。

ブッシュが叫んだ「テロとの戦い」の遠因がここにある以上、日本でも、いや世界中で大小のテロが頻発する時代になりかねないのではないだろうか。

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2008年12月25日 (木)

凧揚げを遠くから

Img_0059tako 午前中晴れ渡っていた青空も午後になって曇り空になり風も強く小雨が降ったりして薄い虹までかかるという変転きわまりのない空模様になり、雀の群れが吹き飛ばされるように舞い散っていく。

この風を待っていたかのように子どもが凧揚げをしているのを見た。昔自分たちが竹を削って和紙を張り下手な絵付けをし凧と違って最近の”カイト”と言われる凧は少しの風でも勢い良く揚る。

まだ、自信が無いのかこの子達はあんまり糸を繰り出せないでいるが、変な小父さんは教えることも近くによって声かけも出来ないで遠くで見守るしかない。

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昨日のクリスマスイブも、仕事を離れてから街中で夜呑むことも無くなり、家に大人しくとじこもっている身にとっては遠い昔の出来事、キリスト教徒でもないのに便乗して騒ぎ、イルミネーションで家を飾り立てるのにも「バカダナァ」と軽く思うだけ、、、、

それにしても、写真で見る最近のイルミネーションは青系統の色が多く、寒々とした感じがするのは自分だけなんだろうか。それとも、世の大不況のせいだろうか。

Img_0055 色によって感情が左右されるとすれば、昔習った暖色系の色は赤から橙色~黄色だと言うことであり、暖かさを求めるには、ひとり、大柄な椿の花を一輪挿しに生けてみようと手折る。

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2008年12月24日 (水)

霜柱とシモバシラ 長者が岳(1,336m)

Img_0034 霜柱、漢字で書くと自然現象。カタカナで書くと生物になる。

「分かりやすくていいじゃん。」と言いそうになるが、先人が漢字で名付けた時は何か理由があったはずなのだが、カタカナにしてしまうと意味が分からなくなってしまうものが多い。

Img_0008 Img_0011simobasira 植物のシモバシラは草が枯れた後も水を吸い上げているため、気温が氷点下を割ると中の水分が凍って表面に押しだされるように出てくる。持っている水分の量でいろいろな形になり一日限りの面白い造形が出来る。

夜明け前の空には、下弦の月が冴え冴えとかかり上空は風が強いのか星が瞬いている。気温は静岡でも三度しかなく、八時に着いた田貫湖の駐車場では零下三度だった。(さすがに冷え込んでいる)

しかし、空模様はここに来て高曇り。富士山は正面に見えるものの日の光は弱く、ちょっと陰気臭い感じになってきた。

また、先日、満観峰から見たときは富士山西側の山なみは白く雪化粧をしていたし、昨日は安倍川筋の山も白くなっていたのに来る道すがらの観測ではその気配が無い。

この冬初めての雪が積もった山を、、、と意気込んで、簡易アイゼンまで用意してきたのに、という思いは、山を前にしていささかがっかりしながらも支度した。

Img_0016 ここから登る山は長者ヶ岳。登りかければ足元は霜柱でザクザクと音を立てる。30分ほどかけて杉や桧の暗い林を上ると葉を落とした広葉樹林帯に入り足元は明るくなり、代わって植物のシモバシラがあちこちに目立つ。

自然のものだけに、それぞれいろんな形をしていて、カメラでどの個体を写そうか、どんな角度からが良いのかと、あちこち這いずり廻って写す。

二時間ほどかけて山頂に到達すれば、頂上付近に厚い雲がかかっており、雪はかけらもない。富士は見えないはでは、今日は失敗だったなとベンチに腰掛けていたら急に雲が動き出し、掻き分けるように顔を出してきた。

ここから見る富士は大沢崩れを正面に見るところで、富士山の一番恥ずかしい部分なのかもしれない。白粉をどんなに塗っても隠せない深い皺、、、「長い仲だもの、そんな所ぐらい知っているよ」と言っても見せたくなかったのかな。

10分ほど遅れて賑やかな夫婦らしき男女が上がってきた。聞けば、埼玉県から来たとかで昨日は雨ヶ岳を登り、昨夜は麓で泊まったと言う。

昨日は朝まで雪が降って、展望が利かなかったとのこと、とすれば、午後の天気ですっかり消えたのだろうか。一休みの後毛無山のほうに向かい途中から下山すると言って分かれた。

自分は前に登った時と同じように、天子ヶ岳を廻って下山することも考えていたが、足の具合が今ひとつなのと雪踏みが出来そうもないので、ここから引き返すことにし、代わりに途中からまだ歩いたことの無い休暇村方向に向かい下山した。

花は山茶花ぐらいしか咲いていない湖畔を歩き、駐車上に戻る。

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2008年12月23日 (火)

すすきは白く葦の穂黄金に

Img_0037asi 朝方残っていた雲も前線が奇麗に持ち去ってくれたようで、次第に日差しが戻ってきた。

しかし、前線の後の寒気が入ってきたため気温は十度ほどが最高で、昨日に比べればかなり低くい。それでも、空気は乾き、散歩には丁度よい加減である。

Img_0041 陽だまりではベニシジミが羽を拡げて陽の光を一杯に受け止め、人の気配にも動こうとしない。きっとこのまま冬を越す越冬隊なのだろう「がんばれ!」と声をかけてあげる。

Img_0043 風も時おり強く吹き、陽の光を通して見る薄は白く輝き、葦の穂は夕陽を受けて黄金色に染まり、右に伏したかと思うとすぐ起き上がりながら綿毛を飛ばす、、、。

木の葉もほとんど落ちて、、、いずこも おなじ秋の夕暮れ

といった状況。(秋ではなく冬も立冬を過ぎてしまったが、、)

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佐藤栄作元首相が、いざと言う時アメリカの核使用を要請したと言う文書が、このたび公表されて問題になっている。中国と戦争になった場合、海からの攻撃をしてほしいと言うものである。

沖縄返還の際の密約などとともに政府は今まで否定して来たが、国民に嘘をついていることはすでに分かっていることであり、そんなに驚かない。

いままで、日本に寄港した空母や潜水艦が日本に来るたびどこかで核を降ろして寄港するなんてことはない。と百も承知している。

それを、「作らず、使わず、持ち込ませず」という核の三原則があるからと言い張っても信用する人はよほどの御人好しであろう。

ここで不思議なのは、かの人、その後すぐにノーベル平和賞を受章していることである。

どんな選考過程だったかは知らないが、物理学や化学賞の場合、学会が追認し確定してからにかぎるため、何十年も前の研究や実績の対して送られるのだが、平和賞や経済学に対しては間をおかずに送られ、後で物議をかもしている。

不思議な、な、な、、、後で誰かが糸を引いて選考しているとしたら、世界最高の賞も権威が薄れる。

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2008年12月22日 (月)

まもってあげたい

Img_0034 空には濃い灰色の雲が一面に充満し、陽が差さないため薄暗く、電線は風を切ってうなり落ち葉が吹っ飛んでいく。

こんな情景を書けば、寒い北風がとなるはずだが意外と気温は高く十七度。上着にしたセーターの隙間から風が吹き込んでも、むしろ汗ばんだ身体には心地よく感じてしまう。

内陸部に前線がかかって、其処に吹き込む風のためだという。日本海側は今日も雪だろうか、、、、。

巴川の支流には寒気にやられて変色し、ボロボロになった紫陽花に花がついている。無理にこの時期、場違いな花を咲かせずとも、、、と思ってみるが、花のほうでは出てきた蕾を無事花咲かせようとするかのように、花束状に残った葉っぱで包み込んでいる。

いかにも「まもってあげたい」と言ってるかのように、、、。

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今年の流行語大賞に「アラフォー」と「グー」が選ばれ、世相を一字で表現すると「変」となったそうだ。

去年は偽装問題で「偽」という字は納得できたが、今年の「変」はいま一つしっくりとこないのは自分だけなのだろうか。清水寺管主の書く変という字最後をはねなかった時から思ってしまった。

「なんかへんだなぁ~」とアラフォーならぬ、”アラ セブ”は。

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2008年12月21日 (日)

さざんか さざんか

Img_0029sazannka さざんか さざんか 咲いた道

たきびだ たきびだ 落ち葉焚き

山茶花の咲いた垣根はあちこちにあるが、街中での焚き火はめっきり無くなった。というより出来なくなって、この歌も遠い幻になり、子どもには理解できない歌になる。   いや、歌そのものが消えていくのだろう。

ぶすぶすと燻っている焚き火から生焼けのさつま芋をを掘り出して齧る。なんてのはお爺さん世代で打ち止めになってしまった。

先月だったか、焼津から大井川町へ向けて狼煙のイベントを行なったら消防自動車が一般からの連絡で何台も集まってきたと主催者が嘆いていたと言う記事があった。

また、植木屋さんも刈り取った木の枝を燃やしてはいけないそうで、、、ただ、農家だけが田んぼの真ん中で燃やす分には良いということらしく、時々みかけることがあり、今日も麻機田んぼに煙が上がっていた。

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きょうは、我が家で知り合いと持ち寄りの忘年会?を行なった。別に忘れなきゃならんことも無いので年末の飲み会というだけであるが、自分を最年長に58歳までの五人、気心の知れたもの同士の宴会は楽しい。

飛騨には「ただ酒で酔っ払うな」という言葉があり、例え会費を払っても職場の宴会では醜態を見せられない。という緊張感があった。

男ばかりの職場で、酒に弱いというのはなんだか馬鹿にされるようで、一升酒を飲んでも平然としているのが”男だ"という気風がとれなかったが、最近ようやく裃がぬげる大人になった。

今日は冬至、夜は長い、しかし、酒量は昔の面影を微塵にも感じさせないので、、、、、、

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2008年12月20日 (土)

おもわず長距離散歩

Img_0007 昨日の蓮根掘りは、最近休ませていた筋肉を使ったせいで腰付近が朝になってもだるい感じが残っている。

そのため、今日の散歩は近回りでやめようと思っていたのに、歩き出したら調子に乗って13kmほども、、、

Img_0001 コースは静岡の人でないと分からないが、家を出てから南下し、千代田小学校の冬桜を見る。染井吉野と違って花弁がまばらな上、一枚一枚がいびつな形をし、ひ弱な感じがするが、これからの寒空に向かって毎年咲かせているのはかなり芯が強く、昔のかあさん像にかさね合わせてしまう。

ついで、愛宕霊園をつきぬけ、長沼駅から国道1号を陸橋で渡り、東静岡駅に上り新幹線と富士山と言うテーマで写真にしようとしたが、思ったようにはなかなかならない。

ふと下を見ると、駅周辺の開発計画に伴い出てきた古墳時代の田んぼの跡の遺跡を見学する日だとかで、人が群がっていた。小人数だったら参加するのだがざっと見に百人は居そう。

なんだか六畳間くらいの小さな田んぼがいくつも整然と並んでいるようで、珍しい出土のようだ。しかし、この人出は閑で考古学好きの同年輩の人ばかりだと敬遠せざるを得ない。

Img_0011 ついで、東海道線の線路沿いに道を歩けば、歩道に人の手形を焼きこんだプレートが点々と1,500枚ほど埋め込んだ道を歩く。5センチほどの幼児の手から大人と思われる大きな手形まで名前とともにある。

どんな理由でこうなったのか聞いて見たいと思ったが、人通りはまったくなし、なぞが残った。

ついで、柚木の交差点で国道1号を陸橋で渡り、護国神社から谷津山を越えて三松の寺を過ぎ、唐瀬街道を北上して帰る。   所要時間は三時間。

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また、首相の悪口になるのだろうか、それにしてもお坊ちゃんもここまで来ると国益を害しているとしか言いようが無い。

昨日のテレビで、職安に行き、若い人と応対していた中で「自分に合った仕事を探さないと、、、」といっていたが、いま年末をひかえてどんな仕事でもと探している人に、合った仕事をなんていっている余裕が無いことが分かっていないないらしい。

財閥のお坊ちゃんは豪邸に住み、国会議員として何千万の収入と、、(いやもっと多いだろう)例え落選しても悠悠と暮らせるだけの生活が確保できている人には理解できない、、、、というより、理解しようと言う姿勢がみられない。

今朝の新聞を見ると支持率は更に下落して16%というから、最近の株価同様であり、この辺恥ずかしさを感じないところは、お笑いタレント同様”羞恥心”はどこに行っているのやら、、、。

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2008年12月19日 (金)

気力体力 成果はこれだけ

Img_0088 真っ赤な薔薇一輪。歌劇カルメンでカルメンがハバネラを歌う前にくわえてきそうな色合いと言ったら大げさか。

カルメンと言えば、1960年代。自分がまだ20代だった頃”マリア カラス”のレコードを買ってきて良く聞いた記憶があり、このハバネラをはじめ彼女の美声を聞いて、カルメンを想像しカラスと重ね合わせ、妖艶な女性を思い浮かべていたものである。

ところが、晩年の彼女を映画のニュースで見て、その容貌から幻滅を感じがっかりしたが、最近60年代の彼女の写真を見る機会があり、当時は美人であったことを知った。   しかし、想像していたように妖艶の美女でなく、むしろ清楚な感じだったことから、これまた予想外れ。

Img_0086 バラ色といえば一般にピンクをいうことから、もともとはこの色だったものと想像するが、人に長い間弄られた結果それこそ多種多様な色を持ち、形も変えられ、花言葉も色によってかなり沢山あることを知った。

赤は情熱 美しい、そして貞節というのもあった。ピンクは上品、しとやかと印象を伝えており、黄色を始め他の色にもそれぞれに違った花言葉を当てはめてうっかり花束を渡すと頬を張られかねない。

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Img_0091 今日も、午後の暖かい気候に誘われて蓮根堀の手伝い。

静岡の蓮根は良くテレビで見る胸まであるゴムのズボンをはいて、水圧のかかったノズルから出る水で掘るのとは違い、三叉の短い柄の付いた鍬で根気に掘っていくもので、深さ50センチくらいまでの土をまるで動かさなければ採れないようになっている。

そして、中腰で二時間、泥土と格闘してみたが、気力、体力、寄る年波は容赦なくを感じさせる成果がこれだけ、、、、、、

この家の蓮根は、”無農薬、無肥料”  逆に言えばほったらかしで手入れせずのため立派なのが少ないが逆にそれが良いという時代にもなって、需要が多い。

しかし、掘る身になれば、畑が荒れていてやりにくいことこの上もなし、湧き出てくる泥水をはねだし、顔に飛沫をつけながらスーパーの店先の値段は当然という気がしてきたのは、これで三度目の蓮根堀をしてからのこと。

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2008年12月18日 (木)

これ もとは畑の野菜

Img_0067 田んぼのあぜ道に一本だけ黄色い花を咲かせている草があり、おりからの陽の光を受けてそこだけ妙な明るさを持って光輝いており、近寄ってみると”からし菜”だった。

痩せたからし菜は草丈50センチを越え、枝分かれした沢山の枝の先っちょに黄色い10字の花を疎らながら咲かせているので、遠目には黄色い花束のように見える。

栄養満点なのか太く大きい株はまだトウも分からないのに何故こんなに咲き急ぐのか、、、それも咲き出したばかりでない。すでに咲き終わって種の準備をし手いる部分が多くあり、花の少ない季節柄、蜜蜂が幾つか訪問していた。

からし菜、名前の由来はこの種から辛子を作るためだが、春先に花をつけるとうが立ってくると、おひたしや漬物にして春を楽しむため毎年どれだけか取ってくるのだが、その若葉にもほんのりと苦味があっていかにも野草といった感じがする。

しかし、この草はもともと野草だったのではなく、平安時代に中国から来たそうだから、当時は野菜だったに違いないし今でも辛子を作るため栽培されているのだが、生命力が旺盛なため此方では野草に混じってがんばっている。

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新聞によると、独立行政法人のうち、八つで「食事手当て」なるものが支給され5年間で13億円にもなっていることが分かり、会計検査院の指摘で廃止することになったそうだ。

この国のお役人はどこまで世間離れをしているのだろうか、「廃止します」ということは、「返納します」ということではないので、今まで貰った金はふところに入れたまま済ます、ということらしい。

テレビに出てくる、遠山の金さんならこんなことで、「一件落着!」とは言わないだろうと思うと、会計検査院もこれが限界なのだろうか。むかし、宿に泊まって仕事していたとき、税務署は食事代を必要経費に認めてくれなかったことがあるので余計に思う。

また、彼らの給料は国家公務員より2割ほど高いと来ると、税金を納めるのが嫌になってくる。それらを棚に上げて「三年後に消費税を上げる」と来ると一体何を考えて政治をしているのだろうか、、、。

おりしも、今日は参議院で野党が不況対策の法案を可決、衆議院に送ったが、与党はソッポを向くという従来の逆パターンになっている。

政府、与党は急に出されて拙速を欠くというが、年末をひかえて困っている人が続出している中では、おっとり刀でもいいから持って走るくらいの政策があってしかるべきではないだろうか。

せっかく、不況対策で解散を先送りしたのだから、、、、、。

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2008年12月17日 (水)

達磨さんがころんだ

Img_0051 朝から降りだした雨は一日中小止みをはさみながら降り続いた。

気温も上がらず、暗い一日は気が滅入る。春先の三寒四温の逆で暗い冬に向かって”四寒三温”はいまの不況と一緒で先行き暗い予想がそうさせるのだろうと思う。

そんな中、鮮やかな紅い色を持つヒヨドリジョウゴの実に着いた水滴が逆さ達磨のように見えて面白い。

霧雨のように細かい雨が降る時、少しづつ大きくなる水玉もあるが、中には茎を伝って阿弥陀くじのように流れ、実の先端に行き着きポトリ!と落ちる水滴もあり、全ての実に逆さ達磨が見られるのは難しく、何度もシャッターを押した。

こんな時は反応の遅いデジカメを恨めしく思う。

”達磨さんが転んだ””ダルマサンガコロンダ”と唱えて写していたら、缶蹴りを思い出した。

電柱にもたれかかって鬼が”ダルマサンガコロンダ”と唱えるうちに他の子が缶に近寄り、鬼が振り返ったとき静止し、近寄った子どもが缶を蹴って逃げ散り隠れる、、、、、、という遊びだった。

”ダルマサンガコロンダ”は一から十まで数をかぞえる代わりに唱えた呪文だった。缶を蹴った後、歓声を上げて逃げ散る子どもの声も足音も今では遠い昔の夢の中、、、。

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終日の雨で家に閉じ込められたのを幸いに、年賀葉書の準備にかかる。大掃除、畳の下から出てきた古新聞同様改めて眺めれば、亡くなった人のも出てきて、しみじみと筆跡を懐かしむ。

今日のテレビでもやっていたが、貰って嬉しくない年賀葉書の一つに「印刷のほかなにも書いていない」というのがあった。そうなると、仕事の付き合いだけでやり取りしていた年賀状が無くなった今、全ての年賀状になにか一言入れなきゃならないものばかり、、、、、。

デザインや印刷文字も毎年同じでは、と、とっかかりで嫌になってしまった。何とかあと一週間で目処をつけなきゃと言う気合を入れるに終始した一日。

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2008年12月16日 (火)

珊瑚玉のような冬苺

Img_0037 乾いた落ち葉がカサコソと風に揺れる下から艶々とした紅い実が珊瑚玉のような色合いを持って見え隠れする。

冬苺。  棘の生えた蔓は何から身を守っているのだろうか。丸い葉の陰には直径1㌢に満たない小さな実を密集させて種を運ぶ鳥なんかを待っているようだ。

ひとつふたつ摘まんで口に入れてみる、酸っぱみが強く固い種、その味は懐かしい感じと「はて、どこで食べたのだろう」かと記憶を探してみるが脳のどこの引き出しにも見当たらない。

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今日は、清水の河岸市場へ人を案内し、そのお礼といって海鮮丼をおごってもらった。バイパス沿いに行ったが、なんだか朝方に事故があったとかであちこちで交通渋滞が起きていて時間がかかった。

今年は、いままで減少していた犠牲者数が、昨年の年間トータルを追い越したと言う。ガソリンが一時かなり高かった時期には自動車離れがあり、交通量が減ったと聞いたことがあるが、、、、、、

増えた原因は何なんだろうか。

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2008年12月15日 (月)

またどこかで、、と  花沢山&満観峰

Img_0063 (写真。中央に安倍川が流れ、市街地左の黒い山は谷津山、その右が八幡山、その後が浜石岳など庵原山塊)

南アルプスの3,000m級の山から幾筋もの尾根を延ばしているが、その一本が焼津と静岡の境に沈みこむ最後の山”花沢山”(450m)。    読みようによっては花が沢山ともとれる優雅な?面白い?名前を持っている。

この山は、2,000万年位前に海底火山として噴火し、隆起した山で山麓には枕上溶岩という海底火山独特の岩が、それを物語っている。そして、いま大崩海岸は急激な崖を持ち、崩壊しやすい地質をもっていることで知られている。

今日はこの山を目指して、東名日本坂トンネルの傍の小坂の駐車場に車を入れた。

朝八時過ぎ、空には十六夜の残り月が、青い空をバックにまだ浮かんでいる。気温は静岡の平地でも三度まで下がる程冷え込んでいる。

準備をしたところで、この山だけではもったいないと思い、先に満観峰(470m)に上ることにし、北側の谷に向かって歩く。

Img_0032 まだ。赤い楓が残っている農道の途中から東側の谷沿いの道を選び、茶畑の間の急斜面を昇ると尾根に、更に登ると放置された茶畑の向うに山頂の杉木立が見えてくる。芝生を引き整備された頂上からは静岡市街地越しにぽっかりと富士山が浮かんでいる。

しばらく休んでいると、別ルートから先に登っていた二人組と逆川から登ってきた女性と、、、賑やかになったので立ち上がり尾根沿いに南下し、花沢山を目指す。

Img_0058 小さな瘤をアップダウンしながら日本坂の峠に着いたのは十時。この峠は、平安時代まで東海道として使われたようで、志太と静岡を結ぶ一番古い峠と言われ、”日本武尊”が通った道である。

その脇の祠には、一体の石像が石の祠に鎮座しているが、どう見ても祠の石より苔の付き具合からいって新しいもののように見受けられる所から、どこかで壊れるなどして、、、、しかし、詮索しても仕様がないところから挨拶をして、花沢山に向って登る。

道はほぼ尾根沿いに直登する形で急斜面を登る。展望はほとんど利かず、富士山も満観峰も木の間越しにたまに見える程度。

三十分余で到着したものの、山頂は三角点でかろうじて分かる程度。元鉄塔が建っていたらしい場所にベンチとテーブルがあるものの日当たりも悪いので、場所を電波反射板のあるところに移しておにぎりを食べる事にした。

弁当を広がかけたところに、焼津側から上ってきた小柄な老婦人がひとり、、、、同じ場所で弁当を拡げたので、話してみたところ、七十八歳だとのこと「この年になってねぇ~」というが、足腰がしっかりしている様子に驚かされる。

「パチンコやテレビで時間を潰すより、安上がりだし健康にも良い。これからも、、、」と話して約一時間。

結構本も読んでいるようで、自分の故郷の本「下下の女」や「野麦峠」で話も弾んでくると最初見たときより若返ってくるような印象を受けるから不思議だ。

「またどこかでお会いしましょう」とお互い名前も聞かずそれぞれ登って来た方向に分かれて帰途に着く。

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2008年12月13日 (土)

天に向かって

Img_0014 キダチアロエが天に向かって槍を突き上げているかのように円錐形の花房をたてている。

”医者いらず”なんて別名もあるくらいの植物で、胃腸病から火傷、切り傷、果てには癌にまで効くなどという効能書きもあるが、今ひとつ科学的な証明が無いようで、周りでは薬用でなく観賞用にしか利用されていない。

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サッカーのジュビロ磐田がやっとJ 1残留を決めた。

とりあえずは「よかったよかった」ということか。

ジュビロがこういう立場になったのは、かっての栄光が逆目になって、新しい選手を育てられなかったのか、伸びなかったのか。

とにかく、サッカーもこれだけ人気が出てくれば、全国各地に有能な人材が出てくるのは間違いない。とすれば、何時までも「静岡はサッカー王国」という看板は上げ続けて入られないということだろう。

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Img_0021

明日からまた天気が崩れるようで、上層の気流が安定していないらしく、夕焼け空に雲の向きは、放射されたように三方に広がっている。

まるで、夕陽がゴールキーパーで、雲がサッカー競技場で走り回る選手のように、、、、

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2008年12月12日 (金)

先祖のお陰で、、、と

Img_0001 今日も子どもたちの声が窪を一つ挟んだ近くの尾根から聞えてくる。

「今日はいままで一番高い所まで行って、、、富士山が見えるよ」という保母さんらしい声が聞え、赤や青の帽子が山に付けられた農道を登っていく。

けな気にも見えて、案外と小さいうちから足腰の丈夫そうなのに驚く。ふと、この子ら未来はどうなるのだろうと考えさせられた。

貧しくとも、未来に明るい予想や希望が見える世の中を失ってから随分と年月がすぎ、経済はもちろん地球温暖化などを考えると、暗い予想しか立たない。

”子孫の為に美田を遺さず”という言葉があるが、せめて、「先祖のお陰で、、、」と言われるようなことを、、出来ていない。いや、逆に恨まれる仕儀となって行くんでは無いだろうか。

むかし「なんであんな戦争に反対しなかったんだ」と親に言ったことがあるが、「いつの間にか次代に流され、気がついたときにはどうしようもなかった。自分たちの影響はごく僅かだし、仕方がなかったんだよ」とのへんじだった。そしていま、この子達にそう言われたとしたら、同じような返事しか出来ない。

化石燃料の膨大な消費にほんの僅かしか加担していないとしても、ほんの僅かしか享受していないとしても、、

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朝令暮改と言うが、少なくとも一国の総理大臣の言ったことが翌日否定される国などどこにあるんだろう。それも野党からでなく、身内の与党から、、、、

いま、”みぞうゆう”の危機に際して、何も決まらない。もし、自分なら「こんなことやってられるかい」と放り出してしまい、やっと二月前に圧倒的多数で選んでくれた”選挙の顔”で野党が迫っている総選挙に打って出るのだろうがそれもしない。

よほど、この椅子に未練があるのだろうと思う。つまり、国民より自分と言ったところ。他の代議士さんにおいてもしかり、、、、

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2008年12月11日 (木)

穏やかな日差しを受けて

Img_0085 高気圧の縁を廻ってくる風とやらで高曇りの空ながら気温は上がり、20度を越してきた。

近所の大輪の薔薇が霜の打たれでもしたか、咲きかけのまま黒く固まっているのに対して、庭に咲く一重の薔薇は柔らかな日差しの中何事間無かったように咲いていたので、モデルになってもらった。

その上に巣を架けている「ジョロウサン」相変わらず餌も無いためか大きくなれないで入るが、最近婿さんが出来たようで、片隅に小さな蜘蛛が真っ直ぐに足を伸ばしてひかえている。

身体の大きさは、花嫁の何十分の一ほどしかないようだが、何時の間に何処からここに来たのだろうか、なにしろ一つ間違えれば「ジョロウサン」の餌になってしまうのだから、、、、

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今日は今年のノーベル賞の授賞式の放送を各局でやっていたが、最近になく頬の緩むニュースだった。送るほうの司会者らしき人の拙いながら心のこもった日本語も良かった。

こんなニュースが数多くあればよいのだが、次の話題があちこちと揺れている総理大臣の話しになるとスイッチを切らざるを得ない。

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2008年12月10日 (水)

哀れなるかな紫式部

Img_0069 昨夜来の雨も上がって陽が差しかけてから出かけてみたが、日の光が路面に反射して眩しく、眼が疲れる。丁度春先の強い光が雪に反射して”雪眼”になるときの状況と一緒のような感じがした。

そんな中、ムラサキシキブの実を見かけた。先日の氷点下を経験したせいか、葉もすっかり落ちた枝にしがみ付いているような丸い小さな実は、少し萎びて哀れを誘うものがある。

この木の名前は、かの有名な女流小説家から名前を取ったものとばかり思っていたが、ムラサキシキミからという説もあるそうだ。

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ところで、彼女が書いた”源氏物語”女性の間ではかなり人気があるらしく、田辺聖子さんや瀬戸内寂聴さんをはじめ数多くの人がいろいろな解釈の仕方で物にしているが、私はあまり好きではない。

それと言うのも、当時世相は乱れ下々のものが食うや食わずの生活をしているのに、ここに出てくる人々は恋にうつつを抜かして、自堕落に暮らしている物語だからである。

時代は、もう少し後の情景だろうが、芥川龍之介の”羅生門”が庶民の生活をいみじくもかいているような気がする。

リストラされた下人が、死体の捨て場になっている羅生門で降り込められ一夜を明かす物語だが、まったくの想像だけではないと思うのは法然上人の書いたものなどから窺がえるからである。

今日も遅くなって眠くなり、中途半端ながら。。。、、

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2008年12月 9日 (火)

雨に打たれて~

Img_0012 天気予報では午前中は大丈夫と思って、城北公園付近まで行った時降りだしてきた。

すこし早めに引き返したつもりだったが、次第に激しくなり上着を通して濡れてくるのが分かる。ただ、静岡のありがたさ、氷雨というには今日の雨は暖かいのでそんなに苦にはならない。(外見はどうだかわからないが、、、)

そんななか、水路に一羽の小鷺がじっと水面を窺がっているのが見えた。この鳥たちも雨は苦にならないようだが、見た目は侘しく見える。

焦点の加減で雨を写そうとすると、鷺がボケ、鷺に焦点を合わすと雨が映らない。

まぁ、風邪をひいては元も子もないので、早々に帰ってきたもののあまり格好の良い図ではなかったようで叱られた。

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昨日、十二月八日は67年前ハワイの真珠湾に日本軍が攻撃を仕掛けて太平洋戦争が始まった日である。

アメリカでは今でもこの攻撃を「リメンバー パールハーバー」と言うこと言葉と共に記憶され、このことをもって日本人は卑怯だと言う認識を持っている人がいる。

一説によると、時の大統領はこの攻撃を暗号解読により、事前に知っていた。という話が残っている。

もし、そうなら、ルーズベルト大統領は第一次世界大戦の経験からモンロー主義で腰が引けていたアメリカ人を世界大戦に引き込むための犠牲が欲しかったのではないだろうか。その結果、ルーズベルトは職務怠慢で非難されることなく目的を達成することが出来た。

うがった言い方をすれば、ルーズベルトは国民の犠牲に対して何の痛みも持っていなかったことになり、目的のためには手段を選ばなかったことになる。

同じように、”9.11”でアメリカをイラクの泥沼戦争に引き込んだブッシュ大統領も歴史に名を刻む大統領を目指して、同じことを目論んだともいえないだろうか。

最近になってフセイン元大統領のイラクとあるカイダは関係なかった。イラクに各施設は無かったといっても無辜に殺された人は戻ってこない。アフガンで、イラクでアルカイダを何人殺したという新聞記事を見るが、はたして全てがアルカイダなのか、どうもそうではないらしいが、あの人たちの心は痛まないらしい。

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2008年12月 8日 (月)

予想に反して、、を期待して

Img_0004 少し遅すぎるとは、出発前から思っていたが予想通りなのでがっかりした。とは変な言い方になるか、、、。

本当のところ「予想に反して、、、」というのを期待していた。

場所は森町の遠州一の宮”小国神社”川の両岸を彩る楓はほとんど落葉し、僅かに水が流れる川を堰きとめるようにして積もっていた。

Img_0005 まさに、もみじのにしき、、から、”山川に 風のかけたるしがらみは 流れもあえぬ もみじなりけり”であり、今年の紅葉の見納めとなったようだ。

Img_0012ootadawa この後、久し振りに仕事で通ったことのある「大田川ダム」の現状を見に行った。

自分が行ったのは、もう何年前だったか忘れてしまったが、ダムで水没する道路の付け替え予定地に行ったことがある。

このころから、ダムを建設するには地質の悪い所だの、ダムが出来ても利用する市町村が無い、などのと噂を耳にすることがあったが、それらの反対や批判を退け、今年になってようやく完成した。しかし、ダムのコンクリートにかなりの数の亀裂が入っていることが分かり、その補修をした上で十月から湛水試験をするまでにこぎつけたと聞いていた。

立派な2車線道路を上り、トンネルを出ると見覚えのある場所に出、すぐに右折かわせみ橋を渡った駐車場から”彩り岬展望台”と言う東屋まで歩いてみた。

ここからダム本体の裏側を見えるのだが、十月から湛水した割には水位が低い。そういえばここに来る時、下流の谷に結構水が流れているのが見えたことを思い出した。

一体どうなっているんだろう。湛水を始めたとまでは新聞で見たが、その後の報道は聞いていない。今以上に水が堪った形勢も無いので、十月からこれだけしか堪らなかったのか。

ダムに亀裂が入っていると言うのも、伏せられていたことで、雑誌に指摘されてから議会で認めたように、いまの県政は飛行場の立ち木問題を見るまでも無く、都合の悪いことは隠して済まそうという傾向があるので、また何か有ったのではないかと勘ぐってしまった。

何百億円と使った工事、予想に反して上手く行ったとなればよいのだが、、、大丈夫なのかな。

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2008年12月 7日 (日)

夏の花がガンバッテ

Img_0001青から黄色、そして赤へと次第に変化していく艶々とした宝石を思わせるような実を付けたこの木はビヨウヤナギという。

Img_0091biyou 漢字で書くと”美容柳”とも”未央柳”とも書くと言われているが、何故そう書くのか分からない。雌しべが異様に長く目立つ所を睫毛に見立てたのだろうか。

また、後に付く柳は葉の形が細く長いことから言うらしく、ヤナギタデなんかと同じ使われ方のようだ。

金鳳花の仲間の花だといわれると、花の色、形、雌しべが目立つことから納得できるが、金鳳花科は種類も多く、トリカブトやサラシナショウマもそうだとなると、何がなんだか分からなくなってしまう。

今朝方、静岡でもこの冬一番の寒気が入り、初めて氷点下を記録したと気象台が発表し、水気の多い草は萎れている中で、夏の花がまだ頑張って少ないながらも花を咲かせていたのは面白い。

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Img_0025_2 今日も朝から快晴が続く中、真っ白な富士山があちこちで見えたが、夕方用事があって外に出てみたら、富士山が赤く染まって来はじめた。

慌てて家に戻ってカメラを持ってきたが、用事のほうも片付けなくてはならないし、日没まで時間もないので、見晴らしの良いところにはいけない。

したがって、近くの田んぼまで行って写したうちの一枚。

陽は西の山陰に入ってから、僅かな時間、次第に空まで赤く燃え始め、次第に暗く闇の中に消えていく。これから天気がよくて夕焼けになればこんな富士もチョイチョイと見られる季節になった。

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2008年12月 6日 (土)

C級の恒例行事

Img_0118 昨日の雷を伴った暴風雨も一夜開けて、冷たい風が吹くものの快晴の日本晴れとなった。

静岡では恒例の市町(村が無くなって)対抗の駅伝大会が行なわれることになって、家の周りぐるッと交通規制がしかれることになっている。そうならないうちにと早めに孫たちの学校に向かった。

今日は、瀬名にある中学生と小学生のマラソン大会が行なわれる、、、ということで、応援を兼ねた見物で此方のほうは我が家の恒例行事。

市町対抗駅伝が静岡のA 級なら、此方はさだめしB 級の下のC級といったところか。身体の都合が悪くないもの全てが楽しむということで、一般参加もあるらしいが、小学生の方は各学年ごとにコースが設定されていて、出発時間も10分間隔くらいに分けられて、号砲が次々と打ち鳴らされる。

出発する時間は別々なのだが、距離の違いや、先頭と最後尾が長くなるため、一箇所しかないゴールに一緒に入ってくることもあり、ときどきごっちゃになって走りこんできたり、小学生低学年のスタートを見ていると、ペース配分が分からないのか最初から猛スピードで飛び出す子ども、中学生女子辺りになるとはじめっから、ちんたらと走るのなど、それぞれの年頃の特色があって面白く見させてもらった。

孫の成績? 小学生のほうはまあまあ、ねぇちゃんはドべのほうで写真にはならなかった。     でもいいじゃない、走れるって事は、、、、。

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今日の新聞を見ていたら、世界的な不況を受けて、ホンダがF1 参戦を取りやめたとあった。

ファンや、鈴鹿サーキット周りの人は残念がっていたが、非常に良いことではないかと思う。

聞けば、年間500億円の費用がかかると言うが、その金以上に、今問題になっている地球温暖化という面から見るとガソリンを大量に撒き散らして走る図はマイナスイメージがかなり強いと前に書いたことがあり、ハイブリッドが主体になろうとしている現在、燃費も考えず高速で走る自動車の開発がどれだけ役に立つのかを考えると廃止して当然ではないかと思う。

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2008年12月 5日 (金)

暗い朝

Img_0102 西のほうから雨が降ってきはじめたと言うので、こちらも雨の降る前に一歩きと出かけてみた。

南のほう、海側は日差しがあるのか少し赤味がかっているものの、頭の上には黒い雲が垂れ込めていて暗い。

第二東名取り付け道路の工事が騒音を立て始めているのだから、八時を廻っているのに、、、、、思わず二十年近く前、宿から抜け出てパリの街に出たときのことを思い出した。

Img_0103 (宿近くのパンテオン)あのときは、クリスマス前の旅費が一番安い時期だったから丁度今頃になるか、。そして、同じような時間だったが、外はまだ電気がついているほど暗く、石で出来た建物の間を抜ける風の冷たいこと、花のパリと名ばかり、ただ、暗さばかりを感じさせられたものだった。

こんな所で、一冬過ごせば春が待ち遠しいのは当然のことである。

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アメリカ発の不況風は暗い年末を予想させる記事が目立つ。

姪っ子の一人が先々月出産したのでお祝いを上げ、そのお返しがあったので電話で話をしてみたが、この不況で先行きが心配だとのこと。

新聞などを見ていると、派遣社員やパートが真っ先に予告もなしに解雇され、寮の退去を命じられれば明日にもホームレスになりかねないと話していたし、正社員もIBMのように退職を強要されれば安閑としていられない。

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話は飛ぶが私が初めて就職した昭和32年、初任給は一日247円、月額にして6,000円にならかった。当時、失業対策事業というものがあり、職業安定所が支払う日雇い労働者の賃金を240円、いわゆる”ニコヨン”というものがあり、それより少し良いだけと言っていたことがある。

この法律は、昭和24年に始まり”ニコヨン”もその後変遷し賃金も上がったが、昭和41年に失対事業は打ち切られた。いまこの不況下にこういう制度残っていたら、これからの寒空の下、少なくともホームレスにはならなくて済むのではないだろうか。

先日起きた、厚生労働省元事務次官殺害事件でネットの書き込みには、かなり強烈な言葉での賛同意見があった。それは、日ごろから世の中の景気に左右されずぬくぬくと生活し、天下り、そして、失敗しても責任を取らなくて良く、高額な退職金を貰うなど、優遇される官僚に対して、社会の底辺で報われずまっ先に被害をこうむる、負け組みの反感があったと思われる。

どんなに努力しても報われない階層が社会に対して持つ閉塞感は、日本ばかりでなく世界全体に充満し、インドで起きたテロ事件もその一つではないかと言われているが、これからこんな事件が日本でも多発する可能性がありそうだ。

「経済の麻生」といった割には何の対策も打ち出せずただ経団連にお願いしても何の効果もない。道路財源を配った所で土木会社が儲けるだけ、給付金にしても困っている人には足りない額だし、高額所得者には鼻くそ程度の金額でしかない、もっと効果のある使い方があるはず。

そこで、失業対策事業を行い、失業しても働けば最低生活が保障されるようにならないと、人々が救済されない。

何か早急に方法を考えないとないとこの国は阿修羅の世界になりかねないと思うが、どうだろう。

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2008年12月 4日 (木)

証拠は棘ある種

Img_0137 最近良くみかける花にウインターコスモスというのがある。

赤、白、ピンクととりどりに咲くコスモスからワンテンポ遅れて咲く、白や黄色を主体にしたこの花は、コスモスに葉の形を含めて良く似ているので、コスモスの変種かと思っていたら、ひっつき虫で嫌がれている栴檀草の仲間だという。

それを確かめに、沢山咲いている近所の小学校に行ってみると写真のように栴檀草そっくりな棘を持った種がついていた。

Img_0080 ひたかくしに隠していたのかあまり沢山は見えないが、証拠はかくの如し。

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Img_0100

そして、右の花は、”小白の栴檀草”といって一般に栴檀草という小栴檀草の変種だという。粗末な花しか付けない栴檀草の中にあって、綺麗な花弁を見せているが、上のウインターコスモスそっくりな形をしている。

もっとも大きさでは、ウインターコスモスの三分の一ほどしかないのだが、、ねっ

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今日は天気も良く、気温も高いので頼まれた蓮根を掘りたいと言うので、再び蓮根掘りの手伝い。前回より上手くなったかと思ったが、傷つけたり折ったりなどで傷物を沢山だしてしまい、ガックリ!。

どの仕事も容易ではなく奥が深いものである。しかし、「年内にまた掘るので頼むと言われれば、、、」こんな腕で良ければ、と二つ返事で引き受けたが、、、、      今日は疲れた~

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2008年12月 3日 (水)

本栖湖は霧の底 竜ヶ岳(1,485m)

Img_0044 ここしばらく晴天が続き、どこかの山に行こうかなと思いながら、腰が上がらなかった。「気が乗らないのに行って怪我でもしたら後悔は倍ほどする」そんなことを言いながら過ごしていたが、朝起きてみると、満天の星。雲の気配はない。

早速支度をして、といっても、リュックの中を改めるだけのことで、ほとんどそのまま担いで行けるようになっているので、後はおにぎりとお茶だけ。

本栖湖に着いたのは六時少し過ぎ、ここに来るまで綺麗に晴れ上がり少し青味の出た空を背景に富士が暗く浮かび上がっていたが、湖の中は霧が充満し何も見えなくなっている。

出来れば、この時期になると富士山頂から太陽が昇るので、竜ヶ岳(1,485m)でご来光をと思っていたが、この時間ではとても無理と判断し湖尻で待ってみることにした。

Img_0033 気温は氷点下。落ち葉には霜がつき路面も一部凍っている。水のほうが温度が高いため発生した霧のようだが、四方を山に囲まれた本栖湖は盆地のように霧が蓋をしている状態になっていた。

それでも、日の出には山頂とかが見えたりして、神秘的な風景が浮かび上がるのではないかと期待したが、山頂が霧の間から少し見えただけで、日の出の時間には更に深い霧になってしまった。

あきらめて、本栖湖の南側のキャンプ場に車を停めて、帆足峠から竜ヶ岳に向かう道に入る。この辺りから、急勾配になる登り口までは落葉樹の葉も落ちきって、厚く積もり道がはっきりしないくらいになっている。

道は右に左に折り返し帆足峠まで一時間ほどかければ、汗ばんだ身体はヤッケを必要としなくなっている。下を見れば、本栖湖はまだ霧の中。

峠で身軽になった後更に頂上に向かうのだが、前回までは一直線に階段状の道が刻んであったのに、いつの間にかその左側に綺麗なジグザグ道が刻んである。個人でやった仕事ではないだろうが、、、

階段状の山道というのは、見ている分には良いのかもしれないが、実際には使いにくく、竜爪山もそうだがいつも階段のないところを歩いてしまうのは自分だけではないようだ。

そんなことを思いながら、休み休みで四十分、芝生を敷きベンチも備えた公園のような山頂に着く。下の案内板には二時間と書いてあったので、随分と早く歩いたことになる。

山頂には、丁度反対側から上ってきた夫婦連れらしき人がいたが、犬のリードをはずしていたのでこちらに向かって吠え掛かってきた。自分はもともと、犬があまり好きでないほうだが、最近ではあまり常識の無い人が多いので、犬よりその飼い主ほうががよほど嫌いである。      そんな気持ちが犬に伝わるのか、リードを外され興奮していたのか、、、、

飼い主を叱りつけリードをつけさせたものの、折角の気分が壊されてしまい。逆光でテラテラとした色合いで間近に迫って見える富士山や、雪で真っ白になった南アルプスや八ヶ岳も何割か削減されてしまった。

九時十分から二十分ほどベンチに腰掛けていたが、下山は音に聞く、石地蔵を見んものと、北側に下ることにした。

Img_0062 すぐに、本栖湖へ下る北斜面の道の分岐があるが、遠回りを承知で真っ直ぐに笹原の中を下る、大きな木がないだけに太陽の光がさんさんと降り注ぎ、富士山は朝霧高原を挟んで遮るもの無しに全容を延々と見せ、この時期に歩くには気持ちの良い道である。(夏は暑くてたまらないだろうと思う)

Img_0060 丁度中ほどに、格子に囲まれた屋根つきの石仏三体を入れたお堂(?)と見晴らし台がある場所に着く。石仏の謂われはわからないが、かなり古いもののようだ。

何組かの人とすれ違った後、青少年スポーツセンターというひと気の無い建物に着いたが、ここから駐車場までが長かった。

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2008年12月 2日 (火)

微妙な距離

Img_0014 今日は久し振りに鯨ヶ池まで足を伸ばしてみた。片道約一時間半、さすがにかなり遠くまで来たという感じがし、帰りが気になってきた。

鯨ヶ池は周囲2kmという小さな池で三方を山に囲まれている。周囲に流れ込む大きな谷も無く、湧水が水源で安倍川の伏流水と言うが、安倍川よりかなり水位も高く、もしそうならどんな地下水脈なのか知りたいような気がする。

この池は、以前から釣りのメッカで、浮き桟橋の釣り場が三ヶ所から伸び、いつも釣り人が竿を並べていて、休みの日にはかなりの人出になる。

池の深さは、2m前後とかなり深いらしく、鷺の仲間では池の中に立つことが出来ない、そのためもあって、魚を食べたい鷺は釣り人に寄り添って、獲物の分け前を、、、とねらっている、

また、常日頃用心深く人を寄せ付けない鷺が、これほど人のそばに近づくのは、人を選ぶ能力があるのか、、、といって完全に気を赦しているわけでもなくその微妙な間隔を保っているのが見てて面白かった。

Img_0016 対岸では、近く完成する第2東名の巨大な高架橋を写しこんで、小泉内閣の時に問題になった第二東名工事や道路公団の汚職など風化し、なんだか遠い昔の話のような趣がある。

おりしも、国会は景気対策を道路工事を含む公共工事で起こそう。と、巨額な予算をつぎ込む案も出し、落ちた支持率を回復しようとしている。

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2008年12月 1日 (月)

どんぐりごろごろ

Img_0036 どんぐりころころ どんぐりこ

おいけにはまって さあ たいへん

どじょうが出てきて こんにちが

 ぼっちゃんいっしょに遊びましょう

先日の雨で流れ下ってきたものらしいが、小さな淵の中に団栗が固まって沈んでいるのが見え、むかし聞いた童謡を思い出した。

上を泳いでいるのは、はやっこ(鮠の子)、  (4匹泳いでいるんだけど判るかな?)泥鰌ほど親切心が無いのかみんな知らん顔。団栗のほうもこれだけ集まっていればコロコロでなくゴロゴロと言ったところで「赤信号皆で渡れば怖くない」式でいるらしいが、、、、どこまで流れていくのやら、、、、。   そして、この団栗から芽が吹き、大木になることはないだろうな。

と、人の一生になぞらえて見るのが、お爺さんの特色。

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愛知県の新城市にある私立の高校が生徒用の喫煙室を作ったと言うことで、警察の手入れを受け、喫煙場所提供で関係者が書類送検を受けるそうだ。

喫煙は、麻薬同様、習慣化すると禁断症状も出てきて、なかなか止められないようで、見ていてもいじましいばかりの吸いかたをしているのを目撃する。

聞けばこの学校は、不登校や中退者を全国から受け入れている私立の高校だとのこと、この年で煙草が我慢できないとなると、粋がって吸う者だけでなく、それぞれ過去の理由があってこの道に逃げ込んだように思うのは同情のしすぎ(?)だろうか。

昨年ボヤ騒ぎがあって、禁止すれば山火事が心配なのでと、設置を決めたとのこと、、、関係者も悪いとは知ってのことだという。

法律は禁止。でも、こういう生徒ばかり(?)だとしたら、杓子定規に禁止して改善されるものだろうか。これからは、隠れて吸うか、見つかって退学させられ、二度目のはみ出し物にするか、、、、なら、いっそのこと、中国のように”一国二制度"とか”何とか特区”でも作って見たらどうか。と思うが、、、

スポーツでは特待生という制度もあることなんだから。治療を兼ねたカリキュラムを組んだ”喫煙特待生”ってのも、、、、、私立なんだからそのくらいの学校があってもいいんじゃない?。

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最近、公共の場所での禁煙は当たり前のようになってきて、煙草吸いには辛い時代になってきたようで、今日も、近所の高校の先生らしき人が外に出て川面に向かって煙草時間。

自分は、若いとき何の抵抗も無く止められて良かった。思う今日この頃、、、、。

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