« 寿命が延びた | トップページ | さながら”古木鳴鵙図” »

2009年2月23日 (月)

去るもの日々に疎し

Img_0031_2 やはり太陽が出ないと寒さが身に沁みる。

Img_0030 気温はそれでも10℃を越えているのだから、”氷雨”という状態から程遠いのだが気分的な面もあるかもしれなく、窓越しに南天を見ていると細かい雨が降る時は連なっている水滴は殆んど動かないが、雨粒が大きくなったり降りようが激しくなるとツツツーッと移動し隣の水滴と合わさって幹に流れる。

それぞれの水滴には向うの景色が写り込み、おなじ家が同じように逆さにぶら下がっていることに気がついた。   閑だね~

確定申告に手を付けなければならないのだが、気が乗らない。昨年のを写せばいいだけだから「まあ いいかっ」と見向きもしない、自堕落な爺様。

.

自分の親たちはこんなことしなかったな。と思っていたら今日は父親の命日だったのを思い出した。

夜勤から帰ってきたら、病状が急変したから大至急病院へ、、、というので凍り付いた道路をチェンを着けたオートバイで走り、除雪した病院のコンクリートの坂に張っていた氷で転んでしたたか腕を叩きつけた、、、

あれは、昭和42年。すると今年は何年目になるのかな、と考えたたがとっさには分からない。キリスト教に紀元する西暦も好きではないが、日本の年号はこんなとき不便だ。  「去るもの日々に疎し」自分の父親でもこんなことになってしまった。

映画「おくりびと」がアカデミー賞の外国語部門を受章したとのニュースがあった。映画も見ていないのでどんな物語かは知らないが葬式にかかわる人の話だという。つまり、葬儀社の社員ということになるのだろうか。変わった職種の映画ができたものだ。

父親のころは、葬儀社が田舎にも出来始めたころだったが、かなりの部分隣組や親戚の世話になった。親戚は米や山菜を背負って、雪深い山の中から何時間もかけてこざいてきた。(”こざく”とは雪を掻き分けて、今で言うラッセル)

いまから見ると飾り物つくりなどほとんどが手作りの葬儀で、二十代後半だった自分は、あれこれと指図する親戚の長老や次々に訪れる父親の友人という初対面の人らに分けもわからず挨拶するばかり、、、、

それに比べて、最近の葬儀は葬儀社に全て任せた状態で、何も手出しをすることもなく、町内会や親戚は壁の花状態。

先日行った長野の葬式も形式化してしまい、ことさら泣かせようとする演出に違和感を覚えたと書いたが、葬儀場の入り口には○○セレモニーホールと書いてあった。

暗い空から降る雨に、地生えの八重の椿は重たげにうなだれている。そうセレモニーなんだセレモニー

|

« 寿命が延びた | トップページ | さながら”古木鳴鵙図” »

コメント

またまたつたない写真を褒めていただいてありがとうございます。

星さんはダイヤモンドを迎えられますかすごい事ですね。
さぞかし光輝くダイヤモンドだと思います。その間、誰でもでしょうが平凡に過ぎたわけではなく、押し合いへしあいで柔らかい金では傷つき変形したことでしょうが、ダイヤモンドでは相手がダイヤモンド以外では傷がつかないわけですから、、、、
これからも光り輝く事と思います。

どうも、送られる側も覚悟が要りますね。折角の気持ちがこじれる元になるとは、、、、
私の場合は親が僅かなものしか残してくれなかったので、兄弟はこれからの法事や本家(?)としての付き合いもあるからといって気持ちよくハンコを押してくれました。
おかげで、毎年兄弟夫婦揃っての林檎狩りのほかお互いの家に行ったり来たりの付き合いが出来ています。
お互いの連れ合いの理解もありますが、子孫の為に美田を遺さなかったことも大きいのだと思います。


投稿: オラケタル | 2009年2月24日 (火) 16時01分

水滴がツツーとまでは何気なくよく見ますが、風景が逆さまにまで見る人は 恐らく いないでしょう。観察眼の鋭さ、目の付けどころが違う。またまた脱帽。
星も ダイヤモンド婚はあと4年。お葬式とどちらが先か駈け比べ状態。山田風太郎の「人間臨終図鑑」に数多の有名人の最期の様子が描かれ、面白いのは周囲の人々で、慶さんの体験されたみたいなのもいくつかあり、その多くは遺産があることによるのが多いようです。美田を遺さず遣いきるのがよろしいようで、、、
私は父も母も身内で清めました。最近はこんなド田舎でも葬儀屋がやることが まま あるようです。

投稿: 星 | 2009年2月24日 (火) 09時33分

慶さん
今年に入ってなんだかこの種の記事が多くなったような気がします。、、、、近くなったせいかな。
私は、父親と伯父さんの二度湯灌をしていますが、やはり近親者でないと出来ないことです。
ただ素人がすることですから、”おくりびと”のようなわけには行かず、長老の指図で形ばかりのものでしたけど、、、、しかし、病院での処置もあったりして母親の場合は娘が口紅を指してやるのを見ているだけで、手を出せずにいました。
なんだかんだと言っても、男にとって母親は特別な存在だと気付くかさせられる時ですね。

投稿: オラケタル | 2009年2月24日 (火) 09時05分

今日は寒かったですね。若い息子でさえ今日は冷えたと言っていました。我が家でもこの送り人のことが話題になりました。慶も見に行きたかったんですけどね、一人で行く度胸もなく、早くTVでやってほしいなあなんて思っています。慶の父親の時もこの「送り人」なる人にお世話になったのですが、まだ若い人でしたが、本当にきれいにして安らかな穏やかな顔になって(癌で苦しんでなくなったのであちこちに紫の跡があったし、顔もどす黒くなってしまっていたのにです)ありがたかったです。いわゆる湯灌をし、死化粧と装束を着けてくれたのですが、音もさせずお湯などの始末もきれいにしてくれて感心しました。それこそいまどきの若者が…の年齢の人がです。こういう仕事をいやな顔もせずやってくれる人がいることがありがたかったです。お葬式もいいお葬式ができました。全く問題がなかったわけではありませんがね。一番悲しい(亡くなった人に対して悲しいではなく)お葬式は親族で全く口をきかず凍りついたようなお葬式の手伝いをした時でした。受付を手伝ってお金をお預かりする役をしたのですが、送り出す故人よりさきに地獄を見た感じでしたよ。お金のかかったお葬式なのにね。ああいう家族にはなりたくないと思いましたね。娘も一人参列しませんでしたしね。やり方でもめるぐらいはかわいいもんです。ある意味みんないい形で送り出したいという気持ちなわけですから。人に任せるとかという以前の問題ですものね。

投稿: | 2009年2月23日 (月) 23時05分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90605/44152947

この記事へのトラックバック一覧です: 去るもの日々に疎し:

« 寿命が延びた | トップページ | さながら”古木鳴鵙図” »