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2009年2月 3日 (火)

臨済寺の鬼たち

Img_0037 春は名のみの風の寒さや、、、、早春賦の出だしだが、今日の節分は今年に限ってなのか、静岡に限ってなのかは分からないが曇っているのに温かかった。

この日は各地で豆撒きがあるのでいままであちこちと、野次馬根性も手伝って見てきたが、今年は大岩の臨済寺でも行っていると言うので聞いた時から決めていた。

Img_0014 予定時間の三時少し前に到着すると、山門前で頭を青々と剃り揚げた修行僧が待っていて、「檀家ではないのだけど、、、」というと丁寧に案内してくれた。最近、有髪の坊さんが多い中で清清しい感じを受け第一の好印象。

この寺は、今川義元の父が出家した義元(栴岳承芳)のため建てた寺で、その後、戦火で焼けたが、徳川家康が再建した由緒ある寺だそうで、現在は修行僧の専門道場ということになっていて、自分たちはなにかの行事のあるときでないと境内までしか立ち入ることが出来ない寺である。

今日は、その行事の一つということで、本堂の中を初めて見ることが出来た。

外見からも大きな本堂なので中も想像していたとおりだったが、思ったより質素で柱も太くなく、天井にもそれらしい天井画とか天蓋もなかった。修行が第一の目的ならコケオドシの装飾は必要ないという証明だろう。

入るとき、打ち鳴らされていた鐘楼の鐘の音もやみ、版木の音が代わって響く、墨染めの衣に太い縄のような帯を締めた若い僧たちが着席すると、廊下を踏み鳴らす激しい音がして、赤、青、黒それぞれ二人づつの鬼が乱入してきて、両側に分かれて座る。

その後読経が始まり、居座り続ける鬼をお経で威圧すれば、鬼たちは苦しそうに身を揉む、そして、読経が済むと豆で鬼を追い散らすという流れになる。

他の豆撒きと違って、年男とかスターもいない豆撒きは面白く好感が持てる。参加している人も高齢者が多く、豆を撒いても人を押しのけてまでという浅ましい格好が見えないのが良い。

Img_0021 鬼は豆を打つ僧に追われ、あちこちに逃げ惑い、そのたびに豆の入った袋がが飛び散り幾人かいた子どもが、歓声を上げて豆を拾う。

こんな豆撒きなら来年も、、、と思いながら外に出ると、お守りの札と白南天で作った箸を渡され、さらに自家用手作り味噌まで頂くと言う至れり尽くせりの接待を受けて、うきうきとした気分で帰途につく。

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コメント

つるばさん
そうですか、檀家さんでしたか。
私は、同じ禅宗でも永平寺の末寺ですから、曹洞宗で臨済寺とは関係ないものですが、何も言われずに通されました。
このほか、何回か入れる行事があるようなので、出かけてみてはいかがですか。
青々と剃り揚げた頭や、大声でお経を唱える姿は魅力的なことと思います。

投稿: オラケタル | 2009年2月 4日 (水) 07時39分

 臨済寺の節分祭は檀家なのに行ったことがありませんでした。石段を上がった所の本堂は国宝になっているので一般の人は入れないと思っていました。本堂の奥へ進むと徳川家康が幼少の頃勉強した部屋があり、机や文箱などが残ってます。父のお葬式の時、見せて頂きました。このお寺は観光化されていないのがいいですね。

投稿: つるぼ | 2009年2月 4日 (水) 03時57分

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