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2009年3月24日 (火)

花よりほかに知る人もなし

Img_0025 麻機の山道を歩けば足元に丸い花びらが点々と落ちている。仰ぎ見れば葉桜になりかかった山桜が一本。

もろ共に哀れと思え 山さくら 

花よりほかに 知る人もなし

という歌が百人一首にある。そして、この木も見渡す限りのおいて、ほか桜の花は見当たらない。

そんな中で読んで歌なのだろうが「お互いの憂いを判りあえるのは花であるお前しかいない」と言った意味とおもう。

今日は務めを終えてはらはらと舞い散るさまを自分になぞらえて、見届けてやるのも風流なものだ。としばらく立ち止まれば、下界のあちこちからスピーカーを通した雑音が上がってくる。

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アメリカに十七年蝉と言う蝉がいて、十七年ごとに大発生しその喧しいことこの上もないそうだ。しかし、蝉の例に漏れず僅かな期間で卵を産み遺し消えていく。

いま静岡では、市会議員選挙の運動期間で街中のあちこちをスピーカーで名前を連呼しがなりたてその喧しいことといったらない。地方議会では途中で解散と言うこともまずなく、当選すれば四年間は御安泰の身。後は鳴かず飛ばず、議会の報告もなければ、市の提案にひたすら賛成するだけで、どこにいるのやら、ひょっとして会議場で居眠りをしているのかも、、、、と言った所は蝉と良く似ている。

(本来は自分たちの代表であり、代弁者で尊敬されるべき立場の人たちであるはずだが、いまくらい、議員と言うものに信用の置けない社会も困ったものだ)

今日も、スーパーの向かいに街宣車を停め「地元の○○です」と言っていたが、帰って公報を見るとかなりはなれた場所が住所であり、何期もやっているのに初めて聞く名前だった。

さらに、候補者らしき男がスーパーの入り口に立って握手を強要し出入りの邪魔をしている。街宣車は更に言う「忙しい中、わざわざ駆けつけてくれて有難うございます」と、、、ここまで図々しく、自分の都合に良いように解釈出来なければ立候補する資格がないのだろうか。

今度の日曜日に結果が出て、また静けさが戻る。選挙中あれほど名前を連呼したのに、散る桜を見て「花よりほかに知る人もなし」という人が何人か出てくるなかに、先ほど見た候補者も入っていれば良いのになんて、、、、、。

                 ヤツアタリ?

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