九十翁の蜜柑植え
知り合いの家の九十歳になるおじいさんが蜜柑の木を植えに行くというので、手伝いに行くことにした。
午後から雨だという予報なので、午前中に行こうということになり山で落ち合うことにして行けば、まだ入り口には来ていないので、付近の農道を歩いてみた。
境界代わりの生垣の奥に若芽を少しばかり芽生えさせた蔓に三つ葉アケビの花が濃い紫の花を咲かせている。
この花、先端の粒々が雌しべ後の大きいひらひらと花びらをつけたのが雄しべとなんだか花の分業をやっているようで面白い。ただこれでは花粉の受粉が難しいのではないかと思うが、どんな魂胆があってのことだろうか。
「今年はなんでも早いもんだな」と思いさらに付近を捜してみると、普通のアケビは提灯のように蕾を膨らませ「ちょっとまってね」といわんばかりの風情をしめしている。
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九十翁も三年ほど前までは、田んぼの作業を全てこなし、機械も全て自分が操作しないと気がすまない人だったが、さすがこのごろではその頃に比べると格段に気力体力に衰えが来たようすで、農作業には殆んど出てこなくなった。
それでも、蜜柑畑の中の様子が気になり、この木とあの木の間が空きすぎているとか、この木が駄目だから植え直すとかいって、購入した苗を持ってそわそわしていると連絡が入ったのは、朝早く「とても山を自由に動き回れないし、力もないので穴掘りもおぼつかないと思うので、、、」とのこと。
九十翁の指差す場所に場所に穴を掘り何本か植えた後、それでも一本だけは手植え蜜柑を作ろうと一番平らな場所で穴掘りから土かけまで全てをしてもらったが、本人は納得の出来ではなかったようす。しかし、これもまたこれで、、、。と終了した。
九十翁の蜜柑植え。 杉や檜と違って孫子の代の遺産というほどスパンの長いものではないがそれでも収穫できるのは何年も先の話、さらに、最近の情勢から言って蜜柑が儲かる果実だったのは随分と昔のことだった。
周りの山には放棄されて荒れ放題になっているところも随分ある中で、翁の気持ちを聞いてみたい気もしただ、ここは自分の想像にしまっておいたほうが物語りになるな、という気がして口に出さないほうを選んだ。
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コメント
星さま
やはりそうでしょうね。
ラジオと同様、聞いて答えをだされるより、ああなんだろうか、こうなんだろうかといろいろ道筋、ストーリーを自分勝手に考え、想像するのは、此方にとっても面白いような気がして聞かなかったのですが、、、
野ばらにばらの接木ですか、新品種が出来ると面白いですね。期待しています。
そういえば、蜜柑は枳殻の木を土台にして入るそうですが、このほうが丈夫なんだと聞きました。
野生の血は、、、、、
投稿: オラケタル | 2009年3月14日 (土) 22時22分
口に出さなかったのが正解ではないでしょうか。老人の心境は、なってみないと理解できない所が多いものです。まあ当たり前にことですけど。 老人ホームなんかで呆然としている方を見かけますが、あれはボンヤリしていることもあるでしょうし、その人なりの思索に耽けっている場合が多いのだと実感する昨今です。私の母は97歳で亡くなるまで野菜と花を作るのが好きで 満中陰には、母の播いた豆が特別料理として出されていました。かくいう私も傘寿を過ぎたのに 過日有田川で野茨を採ってきて挿し木をしました。バラの接ぎ木に挑戦します。うまくいくかどうか、うまくいっても咲くまで自分がもつか、もたなかったらバラを供えて貰う。とげがある花は供えないとか?、、、大丈夫 故人はとげだらけだったから、、、など茫然としながら考えています。
投稿: 星 | 2009年3月14日 (土) 09時18分