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2009年4月30日 (木)

カラスとスズメ

P1010012 植物にはかなりの数で頭に動物の名前が付くものがある。

上の写真は、カラスノエンドウとスズメノエンドウであるが、どちらもマメ科の植物で良く似た葉と花を咲かせている。

Img_0030 カラスを頭にいだく植物にはカラスビシャク(写真、左)などがあるが、何れも人の用にならないもので小さいと言う意味もあるようだが、スズメが付くものはもっと小さいものを意味するようだ。

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世間は昨日辺りからゴールデンウイークに入り、サラリーマンを中心に大型連休に入っているようだが、この景気の悪さからいって人出は今ひとつのようで折角自動車道の料金値下げが実施されているのに、渋滞情報は聞かれない。

自分は、車の混雑を嫌ったのと、種芋の芽が伸びすぎないうちにと先週、長旅をしてきたのでここしばらくは「じっと我慢の子」で通そうと思っていたが、静岡での農作業が出てきたので「晴耕雨読」ならぬ「晴耕雨引きこもり」になりそうで、今日は長野で買ってきた信州鍬で土寄せををおこなったが静岡の短くて小さな鍬に比べて扱いやすく効率が良い。

しかし、この小さな鍬に慣れている此方の人の評判はいまひとつだった。ところ変われば品変わる。

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2009年4月29日 (水)

姉夫婦きたる

Img_0084 紅花車輪梅が淡い桃色の上品な花を咲かせている。

鉢植えにして二十年近い月日が経つのだが手入れが悪いのか茎がちっとも大きくならない、名前の由来が三椏のように枝を外に向かって車輪のスポークのように突き出すところから来ているというが、まさにその通り。

花の間だけ牢獄から出るように、日当たりの良い場所に出してくるのは気の毒だとは思っているが、鉢から降ろす場所がない。

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ゴールデンウイークと言うわけでもなかったのだが、と言いながら姉夫婦が久し振りに静岡に来た。

明日、箱根に泊まるのでとのこと。話を聞くとやはり今の不況で仕事が減り辞めて貰いたいといわれ、今月末で退職し、その疲れ休みと言うか、、、

歳も今度の誕生日から後期高齢者だと言われれば、良く働いたほうで仕様がないな、と言ったところらしい。

お互い酒にも弱くなってしまったが、話しに実が入って夜更かしをしてしまった。

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2009年4月28日 (火)

みかんの花が咲いていた~

Img_0053 麻機の山の農道周りの蜜柑畑はいま濃密な香りに包まれている。

県庁などがかたまっている市街地の向うには海が幾分霞んで見え、その向うには貨物船らしい黒い船が殆んど泊まっていうように見えるさまは#みかんの花が咲いている 思い出の道、、、、お船が遠く霞んでる~と童謡の”蜜柑の花咲く丘”の世界。

花は、五弁の白い花びらを広げまるでどこかの学校の校章のように清楚な感じで開ききっているが、その香りは、柑橘類には程遠く、あま~いかおりを強烈に贈ってくる。

まさに、濃艶な女性を思わせる雰囲気だが、不思議と蜜蜂の姿を見かけない。

蜜蜂を惹きつける香りでないのか、それとも最近蜜蜂が少なくなって、こっちのほうまで来る余裕がなくなったのか。

かわって、卵を蜜柑の葉に産みつけようと、アゲハチョウの仲間が忙しそうに飛び交っていた。

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衆議院議員の選挙が近くなって、世襲議員の問題が報道で賑っている。

世襲総理が二人続けて任期中に政権を投げ出したことから「お坊っちゃん議員では駄目だ」が発端らしいが、自民党議員の三分の一が世襲ではちょっとこの国はどうなのかなと思ってしまう。

歌舞伎にしろ、花、茶道など能力を別にした日本古来の世襲制と言うものは、自分は強い反感を持っている。あれは、「甘い汁を吸うための機構ではないか」、、、と

個人商店ではあるまいに、政治家が家業というのはどう考えてもおかしい。今回の話しも公務員改革と同様やる気がないが、選挙前のリップサービスと言って差し支えないだろうと思う。たぶん選挙が終わればこんな話はあったのかと言うほど消え去っているに違いないだろう。

民主主義国家なのだから変えたいと思えば世襲議員などなくなるはず、それが出来ないのは、「この程度の国民はこの程度の政治家しか選べない」ということを如実に表している。

議員の周りに甘い汁を吸っている人が、影響力を残すためにその議員の親族を次の議員に立てる。そのことは仕方がないだろう。

しかし、頼まれたから、知っている名前だからといって投票する人を何人も見て来た。そして、長くやっている人は政治力があるからといって問題のある人を全然考慮せずに投票している。

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2009年4月25日 (土)

いずれが豚か鶏か

Img_0025 (写真左は昨年の無量寿寺)

その昔、在原業平が東国に下った折、かきつばた(杜若)を五七五七七の句の頭に据えて、旅の心を歌にするよう友人に言われて作った句が

らころも きつつなれにし つましあれば

はるばるきぬる たびをぞしのぶ

とは国語の時間に習った覚えがある。昨日、南信濃から弟の住む豊田市に来て泊まったものの雨が降って外に出られないでいた。

それでもと、案内されたのが知立の無量寿寺。ここがその歌を作った八橋だといい、これが縁(?)で愛知県の花となっているとのことであった。

こんな近くにむかし憶えた歌の場所があったとは知らなかった。昔の東海道がここを通っていたのだろうか。

花は、まだ早くてところどころにしか咲いていない上、駐車場も閉鎖されいたが、傘を差して園内を回るのもちと風流な気がした。そして、杜若姫という人がここまで業平を追いかけてきて、業平がなびかないのを苦にして死んだと言う伝説があり、その供養塔(墓?)まであった。

Img_0020 ”いずれがアヤメかカキツバタ”と言われるように遠目ではなかなか判定が難しいが、花の付根に綾目があるかどうかで見分けるコツだと聞いた。

上の写真は、アヤメ。花びらの付根に縦横の筋が入って綾目に見える。が入っている。

また、綾目が文目になったり、アヤメで検索すると菖蒲の字が出てくるのはこれまた如何。

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冬の間中、空気が乾いているとインフルエンザが流行し今年は期間が長かったようだと三月の新聞で読んだ。三月半ばになると気温もあがり湿気も入って、「やれやれこの冬も予防注射無しで乗り切れたわい」と思っていたら、今度はメキシコ発で豚インフルエンザが人から人へ感染するタイプになり、その対策で世界中がテンヤワンヤになりそうな雰囲気になってきた。

やっと先ごろまでは鳥インフルエンザが流行したら大変なことになると大騒ぎし、感染した鶏が出ると近辺を含めて大量の殺傷処分にしてきた。しかるに、豚と言うのを全然聞きかなかったのはなぜなのだろう。

そして、メキシコで豚の処分はしてないようだし、政府は加熱処理をすれば害はないと繰り返し発表しているが、違いは何処にあるのだろうか。

とにかく見えない細菌だけに厄介な話で、「いずれが豚かニワトリか、はたまた香港か」と、、、、とにかく、人ごみだけは避けておこう。

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2009年4月24日 (金)

一枚のチラシで

Img_0100 一枚のチラシで予定を変更してしまった。当初は、八ヶ岳山麓の横谷峡をゆっくり散策して、と思っていたのだが、高遠の桜、小彼岸桜は少し開花時期が遅くていつもは五月初旬まで咲いていますとあった。

「横谷峡はこの次にして、今の時期で見られるものなら」と方向変換して茅野から杖突峠を越えて高遠にはいることにした。急な坂を曲がりくねって車は登る。

この峠、武田信玄が攻め込み、その子勝頼の代になって織田の軍勢に追われて逃げ帰った道であり、峠近くの見晴台から下の町並みを見て落ち武者が「ほっ!」と吐息をついたのが感じられる峠であった。(勿論当時の道ではなかろうが)

杖突峠からの下り道の両側に桜も結構咲いていたが、次第に葉桜になり高遠城址の下に着いた時には完璧な葉桜だった。

それでも、交通整理の人がいて道を案内してくれ、駐車場で「400円」と料金を言われた時になって「桜は?」と聞くと「もうとっくに終わりました!」とのこと。

「桜なくて、なんのおのれが高遠城址」Uターンをして元に戻る。下のみやげ物店に入り聞いてみると、「今年はメチャクチャ早かった」そうで「つまんなかったね」とのこと。

さて、ここまで来れば「天竜くだりか、木曽駒ケ岳か」と考えた末。木曽駒ヶ岳にしようと伊那市をとおり駒ヶ根市の駒ヶ根高原に車を入れ、少し高いと思ったが駐車場で3,800円を払ってバスの人になる。

曲がりくねって、すれ違いも大変な山道をバスが走る。絶えず無線で連絡を取り先にすれ違い場所に入ったほうが待つという方式で16km、しらび平に到着。

そこから2,612mの千畳敷まで登れば一面の雪、宝剣岳を中心とした千畳敷カールが広がっていた。

夏場なら千畳敷カール内を散策できるが、今の時期仕度もなしに入るわけにも行かず、その夜のテレビでスイスアルプスのホルンで開山式を行なったと言っていたが、我々が行った時にはその気配も全然なく、「外ずしたな」というのが感想。

Img_0107 ケーブルカー終点から出られないので、40分後のロープウエイに乗って下山、すぐさまバスが待っていたので乗り込み同じ道を下る。その途中またしてもカモシカと猿の群れに出会う。

こんな年も珍しいものだ。四月に入って四匹目、バスの運転手が見つけて停めたのだが今回は我関せずといった様子で黙々と草を食べていた。

駐車場に戻ってお腹がすいているのに気づいた。時間を見れば午後一時になろうとしている。きけば、この辺の名物は”ソースカツ丼”だといい、駒ヶ根市に三十六軒もあってイラストマップまで用意してあった。

Img_0120 名古屋の”味噌カツ丼”は好きで何度も食べたが、ソースカツ丼はない。静岡では富士宮焼きそばがあるように、ここの名物だとしたら食べないわけにはいかない。

さっそく、農産物売り場の小母さんに聞いて美味い店をいくつか教えてもらい「東右衛門」という店が近いので食べに入ったが、ソースの具合がウスター系に隠し味があるようで「なるほど」と言った感じ、味噌カツに比べるとあっさり風味かな、量が多くやっと完食できた。

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2009年4月23日 (木)

早春の女神湖 座禅草も咲いて

Img_0034 信濃の春はいまようやく菜の花盛り、浅間の山を遠望する。下は林檎の花。

Img_0036 昨日に続いての好天で畑の土は軽くなって耕しやすくなっていた。

おかげで、25kgのじゃが芋も順調に植え終わることが出来、午後三時には峠に向かって車を走らせることが出来、女神湖で一休み。

時間も宿に入るには少し早いと思ったので、久し振りに一周して見ることにした。

Img_0057 Img_0048 畑を出かけるときには、林檎の花もほころんでいたが、標高1,600m近くのこのあたりはまだ早春。花の数は少ないが、水芭蕉や、座禅草はいまが盛り、穏やかな水面に映しこんだ蓼科山とともに絵葉書のような風景が広がる。

五時近くになって、野焼きで真っ黒になった車山の裾を回って、車山リゾックスというホテルに入る。

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Img_0070 暮れなずむ八ヶ岳を正面に見ながら食事をする。左に信州富士と言われる蓼科山、八ヶ岳の裾には日ごろ見慣れている富士山を遠望し、一番右には南アルプス甲斐駒ケ岳と続く展望は優雅な気分にさせるひと時である。

六時からの食事は我々だけ、このあと、外国人団体が入るのも知らず「こんなにたくさん作ってもったいない」と言いながらバイキング形式の料理をとり放題にお替りする。

食堂の支配人に一番展望の良い席をあてがわれ、あすの朝日の出る場所を聞くと、その説明した後、何かと話しかけてき、此方も載せられて話す。

しかし、ホテルの常だろうが食事には浴衣ですることが出来ない。そのたびに着替えるのも面倒だと食事までそのままの服装でいて、アルコールの入った食後に温泉入浴した後は何処にも行くことが出来ず。早々にお休みとなった。

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2009年4月22日 (水)

竜岡五稜郭を見て

Img_0015写真*大手門前の橋)

国道141号線を野辺山から降って元臼田町に入ったところで、龍岡五稜郭と言う字を前から見て気になっていたので寄って見ることにした。

パンフレットには、幾何学的な五角形の城は函館とここしかないとのことだったので期待して向かうが、後0,5kmと書いた標識があってからもそれらしきものが見当たらない。

Img_0021 ようやく駐車場に車を入れて、そこに立っている案内板を見てビックリ。すぐ目の前にある小さな水路が掘りだと言う。

幅四間というから8mに足りない堀、向うの土手が此方より2mとは高くない。いくら塀を作ったとしても、攻められればひとたまりもないといった感じである。

幕末になって、二万石に満たない大名が慌てて作ったものだろうが、大砲や鉄砲にはなんの効果もないような気がする。堀の外周に沿ってゆっくり歩いてみたがおよそ十五分で巡り終えた。

Img_0025 城内は、御台所といわれる建物が一つ、後は小学校とお宮さんだけで平らにならしてある。また惜しいことには桜の花も殆んど散り終わり、堀の中は花びらで真っ白になり、大手門近くの掘りに葉を広げだした睡蓮の葉を取り囲むようにして花びらがまとわりついていたのが印象的だった。

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2009年4月21日 (火)

あめあめ降れ降れかあさんが

Img_0072 Img_0079 朝からのシトシト降りだした雨も午後になって一時激しくなった。

そんな中、少し用事があって外に出てみたが、アヤメの濃い紺色が鮮やかに感じた。尾形光琳書くところの屏風絵図の雰囲気があり雨を忘れて見入ってしまった。

用事も済んで帰り道、ブルーの合羽にブルーの傘、さらに、更に靴まで同系色でコーデネィートした保育園帰りと見られる子どもが可愛らしく傘を揺らしながら歩いていた。

歩く早さのちがいもあって、距離が縮まり子どもと付き添いに追いつくと、歩道の脇に避けてくれたので「どうもすみません」と言って傘を傾け追い抜こうとした時。子どもに付き添う母親らしき人も「すみませんでした」と挨拶を返した。

追い越してから、聞くともなしに子どもが「どうしてすみません。すみませんって言うの?」と聞いている。その先は聞えなかったが、多分社会常識を教えていたことと思う。

雨の中ながら足取りも軽くなり、これぞ現代版”あめあめ降れ降れかあさんが  蛇の目でお迎え嬉しいな、、、、、”ってとこだな、と、ニンマリ。

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昨年に続いて今年も早めのゴールデンウイークを明日から取ることにした。勤め人ではないので、ゴールデンウイークもないものだが、やはり、木の芽が吹き出し”山笑う季節”には気持ちが浮かれてくるのが分かる。

ひとつには、長野で作ったじゃが芋が好評で、注文が多くまたしても植え付けに行かなければならない雰囲気になってきたからである。種芋は買って貰っているし、畑も耕してもらっているので天皇の植樹祭的雰囲気なのだが、行かなければなるまいと言った感じ。

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2009年4月20日 (月)

権兵衛が種まきゃ

Img_0026 紫シジミ。翅(ハネ)の表が青紫に輝き南アメリカのモルフォ蝶を思わせる金属光沢があり、シジミチョウの中では奇麗なうちに入る。

Img_0023 シジミチョウの中では大きいほうに入り、翅を広げると3cm以上あるのではないだろうか、人には割りと敏感なのか一箇所でなかなか落ち着いてくれないので写しにくい蝶の一つであり、そのためもあってか羽を広げて休まないと来ては、折角の奇麗な羽が見えず、裏側の茶色っぽい部分しか映せないことが多い。

この蝶は成蝶のまま越冬するので春先は翅がぼろぼろのものが多いそうだが、写真のものは擦り切れておらず、今年になってのものだろうか、それにしては早すぎるようにも思うし、  はて?

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今日は穀雨。雨が多くなり田畑が潤って、穀物が発芽始める時期だと言う。

前から、今年はとうもろこしを作ってみようと思って先日種を買っていたが、なかなか植える機会が作れないでいた。明日、雨が予想され、降ればまた先に伸びてしまうので、この際やってしまえと強行することにした。

とはいうものの、草取りだけで約二時間。耕運機で耕し畝つくりで午前中が済んでしまった。久し振りに耕かされる土地からはみみずや蛙、そして螻蛄(オケラ)などの虫が飛び出してくる。

それを狙ってカラスが、椋鳥が後を付いてきた。こんなときは人間が手出しをしないと学習しているようで、手を伸ばせば届くくらいの距離まで近寄って土くれを突付いている。

おもわず、”ゴンベが種播きゃカラスがほじくる”ってのがあったが、とうもろこしを播いてもこの調子じゃ危ないのだろうか。

結局、とうもろこし六十粒、チンゲン菜一袋を播いて今日の農作業は終了した。今年の夏は買わなくて済むかな?「獲らぬ狸の皮算用!」にしないためにも、せいぜい、目を配るとしよう。

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2009年4月19日 (日)

カモシカが人馴れすると (高山716m)

Img_0004 今日は全国的に晴れて暑い一日であり、静岡もご多分に漏れず夏日を越えたようだ。

そこで、今日は市内の西側にある高山に水芭蕉をを見に行ってみた。高山という名の山は全国あちこちにあるが、静岡市にも三つはあり今日の山は水見色と足久保に挟まれた標高716mの山である。

この山最近になって、”高山自然の森”という名の下に道路が出来、手が加えられて標高500mくらいまで自動車で行けるようになり、公園化してしまった。

先日、会津に行って来たおり白川インターから奥羽山脈越えするとき、道端の雪が解けたばかりの湿地に水芭蕉が咲いていたので、此方の山ではもう遅いだろうと思ってはいたが、行ってみると疎らではあるが咲いていた。それも丁度計ったように、、、。

Img_0005 ただ、草丈が大きい、まるで別種のような気がするが、、、ひょっとするとこの池の主だった竜神にかかわりあってのことだろうか。

言い伝えによると、むかし、この麓の長者の娘のところに夜な夜な通ってくる若者がいたのを不審に思った母親が着物の裾に糸を付け、たどって行くとこの池に消えていたそうだ。

怒った親たちは、この池に焼けた石を放り込んだところ、この池の竜神がたまらず10kmほどはなれた鯨が池に逃げ込んだという。夜這い伝説は各地にあるが相手の竜神を追っ払ったというのは珍しく、その後の祟りはなかったのだろうか。そこまでは話しが続いていないようなので、中途半端みたいな気がするが、、、、

Img_0008 そして、帰り道今年三匹目のカモシカに遭遇する。こんなに逢うようではかなり数が増えているのだろうか、今度のは敏捷に逃げて行ったので「かなり人馴れしているな」「人馴れしていれば逃げないのでは?」の質問に「人馴れしていないのは人が珍しく、観察しようと立ち止まるけど、何度も見たのはこれは危ないと逃げるのさ、、」と迷回答。

それでも探したら、藪の影から窺がっていた。

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今日の花。

左、房桜、フサザクラと言っても桜の仲間ではない。花弁も額もなくただオシベと雌しべがぶら下がったいる、今で言う”省エネか。 右、麓菫、葉っぱに艶があって花びらが白っぽい可愛らしい花。ほかの菫に比べてひと回り小さい。

Img_0011 Img_0027

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2009年4月17日 (金)

南 鶴ヶ城をのぞめば~

Img_0114 東山温泉の大きな旅館(20階建て)の七階では雨の音も聞えなかったが、気配は伝わってくる。窓を開ければ夕べ見えていた市街地は見えず周囲の山々に動きの少ない霧がかかって水墨画を思わせる風景が広がっていた。

同室の人が、霧が立ち上っているから、、、というので、良く見るとどうも露天風呂の方角であり、温泉の湯煙ではないかということになった。

八時半、”小原庄助さんのように「朝寝 朝酒 朝湯」を楽しむゆとりもなく、団体旅行にしては朝早い出立になり、乗ったと思ったらすぐに会津藩家老の復元屋敷というものに案内された。

Img_0104 広大な屋敷と豪壮な建物。復元というにはかなり古びている所を見ると屋敷が残っていたのか、かなり前に立てられたのか分からないが、千七百石取りの武家の権威、屋敷がこんなに大きいものとは知らなかった。

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Img_0117 ついで、白虎隊で有名な飯盛山にむかった。ここで城が燃えていると状況判断を見誤った今で言う中高校生くらいの年の上級士族の息子たちが自刃したことで、その後有名な山になったが、まさか、自分たちの行動が後の観光名所になるなどとは彼らも思わなかったに違いない。

このあたりで、雨もかなり激しくなり、彼らが見て絶望したという鶴ヶ城も霞んでしまい(中央やや左)桜の花の間に霞んでしまって、それらしく見えるだけ。

当時の天気はどうだったのか、案内板には3km弱とあったが、見誤ったとすればまさにこんな感じだったのか”みなみ 鶴ヶ城をのぞめば~ 砲煙あがる~”とおりしも、同じくらいの年頃の男の子が奇声をあげて走っているのを見て、、、、「このくらいの子どもまで引っ張り出しての戦争は、残酷、、、、昭和の世界大戦にも少年兵を戦争に駆り立てたのを思い出させる」と同室だった83歳が言う。

そして、会津の地を十一時ころに離れ、帰路もあちこちで休憩をしながら予定時間に到着した。

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2009年4月16日 (木)

アラウンド古希

Img_0077 ”アラウンド古希”の祝いに行ってらっしゃいと会津若松へのバス旅行券を渡された。

いやぁ~、会津若松は遠かった。朝六時半に出発したバスは、運良く渋滞にぶつからなかったのに、途中四回の休憩と食事タイムを入れて鶴ヶ城に着いたのが午後二時半だった。

久し振りのバス旅行。周り中見知らぬ人ばかり、グループで来た人たちのテンションは上がりあたりかまわず、そして、狭い座席で自由は利かず、着いた時にはホッとした。

駐車場で出迎えた現地ガイドの先導で桜満開の城内を、あちこちで止まり名調子で説明を受ける。しかし、説明すればすぐ次の場所へと移動し、普段のように興味のあるところ、景色の良いところでの立ち止まりは許されない。

お城のほうも、戦後になって再建されたというが鉄筋コンクリート城では趣がなくなんだか玩具といった感じが拭えないのと、古い石垣を遺してその上にのっかているのはどうなのかなどと、ついガイドの説明にないことを考えてしまう。

やっぱり自分には団体行動は向いていないのだなと再認識させられた。別な言い方をすれば”わがまま”なんだろうけど、、、、、。

Img_0085 宿は”小原庄助さん”が身上を潰したといわれる東山温泉。部屋割りがあり、四人一室の相部屋。

どんな人なのか心配していたが、部屋に入ったとたん、雲の僅かな隙間から差し込む夕陽のように、すぐ打ち解けて以後は何処に行くのもいっしょに行動できたのは良かった。

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2009年4月15日 (水)

寄り添って春

Img_0006 Img_0011 最低気温が十五度だと言われると朝からの蒸し暑さが分かる。

今日は今年初めての半そで散歩。長いこと日にあっていなかった肌はやけに生っ白く感じられる。

Img_0037 しかし、生き物の世界では好機到来と感じているようで、川の鯉は身体を寄せ合って恋の語らい。

紅しじみも、人目を気にせず雌の尻を追い掛け回している。雌のほうでもまんざらでもないらしく、草の葉から葉へと渡り歩いている。この恋成就するかどうか最後まで見守っているのはあほらしくなり、また散歩に戻る。

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「人生はここまで来ても5段階」という句があるそうだ。

多分、介護老人の面倒を見ている人が作ったものと思うが、要支援1,2と要介護一から五までにに分けられていることを皮肉ったものであろう。

いま介護の世界で混乱が起き、増添厚労大臣が少し前に決めた介護基準を当面前のままで施行することにした。と記者会見をしていた。

ありがたいことに近辺に介護する人もいないのでのほほんとし、介護のことにも知識が薄いので間違っているかもしれないが、寝たきりの人は歩く必要がないので一段下げる。食事を自分で取れない人はなんとかで、、、と介護費用を少しでも切り詰めるため、常識では考えられない机上の空論がまかり通っているとのこと。

今日の報道で、厚生年金の加入者がこの状態で行くと、支給金額がかなり落ち込んでしまうそうだ。老後の介護はどうなるか分からないし、厚生年金だって将来の展望がないといわれると、お先真っ暗!!

世界同時不況の影響とかで、人々の購買欲が落ち込み、外食産業や、デパートなどが軒並み赤字を計上しているとマスコミは報道しているが、世の中の先行きがこんなに暗くては、無駄な買物はすこしでもしないで置こうという気になるのは不思議ないだろう。

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2009年4月14日 (火)

疲れとりの雨

Img_0043 昨日午後になってトマトの苗を植え付け、ビニールシートの覆いかけ、別な場所の畝つくりと慣れない農作業を手伝ったのが響いて、今日は腰が痛い!。

始める前から少し違和感があった、そのためもあったのだが、やはり使わない筋肉に力をかけ過ぎたのが響いていたようだ。

さいわい今日は雨。その疲れとりを兼ねてとばかりのんべんだらり寝転がっていたが、よる年並み、ちっとも良くならないで夜を迎えている。

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そこで、昨日の畝つくりの前に映した雑草”紫鷺苔”

この草、我が家の庭の片すみに同じものが咲いているが、いつも、人に踏まれる所にあるため、地面すれすれの位置に小さく咲き、見つけ次第引っこ抜かれるため大きくなりえない。

Img_0039 それが、三~四ヶ月放っておかれるとこんなに育つ。もともとは小さな草ではなかったんだ。草丈も10㌢を越え、花の大きさも1㌢はあり、トキワハゼ(写真左)を思わせる雰囲気にまで育っていた。

地面すれすれを見ていた人が苔の仲間と思って名付けたのだろうか。サギゴケは白い花びらが鷺が羽を広げて飛んでいる形に見たてて付いたのだろうが、鷺草の前ではゴメンナサイというしかないか。

栄養たっぷりで柔らな土で育った紫鷺苔、最近の若者のようだと思いつつ、写真撮影の後、耕耘機を入れてたっぷりかき回してきたが、この草たちも今日の雨に、復活をかけて再チャレンジを計っているに違いない。

ようし、見ていろよ!

大量得票で前回惜敗した千葉県知事の座を射止めた森田健作氏が、市民団体から告発されたそうだ。原因は完全無所属を謳って選挙運動をしたのに、東京2区で自民党の支部長をしていたこと。そして、そこから本人の政治団体に高額の資金が寄付されていたことにあるという。

森田知事は「そんなことはない」といっているが、具体的な説明はない。この人もやはり政治家の金銭感覚しかないのだろうか。

選挙公報などで、いままでに出てもいない大学の名前などを記載して、当選直後に涙を飲んだ人が何人かいるが、逆にしたこと、していることを書かないのは学歴詐欺同様な気がするがどうなんだろう。(もっとも詐欺をしました。盗みをしましたとは書けないだろうけど)

その場面だけ取り上げて映すテレビにも問題があるかもしれないが、記者会見の応答の仕方を見ていると、爽やかさで売ってきたにしては、不遜な態度が過ぎるように思い。首相や都知事との会見場面でも過剰演出でとても、政府に物申す知事にはなれないような気がするが、この先お楽しみの一つ、、、、。

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2009年4月13日 (月)

花籠に月いれて

Img_0028 随分むかしに買った本を引っ張り出して見ると、その当時と全然違った趣を感じることがある。中には、中身を全然忘れてしまって新しい本を読むような感じさえするものまであり、「閑吟集」という本などはどうしてこんな本を買っていたのか覚えがなかった。

出だしにこう書いてある。「ここに世捨て人あり、富士の遠望をたよりに庵を結んで十余歳 雪を積む、、」と、   この閑吟集は1518年というから室町時代の本であり解釈付きでなければ読めないが、色事の多い本で、生活は自分と同じ、、いや、もっと優雅な暮らしだった向きらしい。

幾つかあるうちにいまに時季にもっとも合っていると思うのは、”何せうぞ(しようぞ)くすんで 一期は夢よ ただ狂え”  真面目くさってなんになろう 人生は夢よ ただ面白おかしく遊んでいこう。というところは自分も同感である。

そして、こんなのがある。

花籠に月を入れて 漏らさじこれを 

        曇らさじと 持つが大事な

解釈では、月が男 花が女とし、 二人の間のことを外に漏らすまい、曇らすまいとしっかり女の愛で男をつつみ、大事に持つが肝要。と、まことに男にとって嬉しい状況が長持ちの秘訣。いうことで、最近簡単に破綻するのは、、、、

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まだ夜明けに間のある時間だったが、小の方の用事で目が覚めた。

Img_0020 外は霞みながらも18日、下弦の春の月。その光が隣の”イッペの花”越しに見える。この花はブラジルの国花と言われるほどの花で黄色い花がラッパ状に放射した派手な花だが、地球の反対側まで連れてこられて、この月をどう眺めているのだろうと想像してしまった。

そんなことを考えてしばらく見ているうちに眠気が取れてしまい寝床に入っても寝付かれなくなったので、白々と明け初めた外にカメラを持って自転車で出かけた。

Img_0023 行く先は、八重桜咲きだしている十二双川のほとり。ここから花越しの月を写そうと思って、、、。

犬連れで散歩している人からは、「いいのが撮れますか」なんて声かけられるが、朧月夜に三脚無しではなかなか難しい。でも、”下手な鉄砲数撃ちゃ当たる”で、こんなとこ。

月が呆けてるのは霞みのせいにし、一期の夢に狂って朝遊び。

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2009年4月12日 (日)

萌えに埋もれる御衣黄桜

Img_0013gyoikou 今日が日曜日だということも忘れて安倍川右岸の”千代みどりの森”へ行った。二輪草とホウチャクソウなどが見られれば、というのが理由。

案の定行ってみると、車が五台ほど好きなように止められており、厳重な足ごしらえとリュックを担いだ高齢者が十人ほどとリーダーらしき中年の人がいて、右往左往していたので、自分の車を止める場所をと、すこし見ていたが、後日にまた来ることにし、車に全然注意を払わない高齢者に注意をしながらUターンをして引き返す。

Img_0015 その後、折角ここまで来たのだからと慈悲の尾の増善寺に向かう。この寺は門前に書かれている説明によると、いまから1,300年以上前からこの地にあり、500年ほど前、駿河の国主、今川氏親が再建し、菩提寺になっているそうで、先日登った安倍城址の登り口のひとつになっている。

ここに、普賢桜、鬱金(ウコン)桜とともに御衣黄桜があると、「つるぼさん」のコメントにあった。御衣黄とは天皇の近くに侍る人たちが着る萌黄色衣服に似ていることから付けれらた名前だというが、古くは浅葱桜とも言われたようだが、下賎で食欲の強い自分はキャベツに見えて仕様がなかったから、自分が名付け親ならキャベツ桜とでも下に違いない。

Img_0010 駐車場すぐ脇に、目指す御衣黄が一本、萌え出した周りの木々に囲まれてなんとも目立たない風情で立っている。反対側に枝垂桜の若木が晴れやかないでたちで花咲かせているのに比べると、黄緑色の花はいかにも地味でお婆さんの帯のようだ。

先着の四人連れの話しを聞くとも無しの聞いていると、あまり、桜に興味のない男同士は、名札が下がっているが、青い桜の区別がつかない様子。余計なお節介もする気がないので、なるべく離れた所に移動する。

同じような色をした、御衣黄桜と鬱金桜の最大の違いはおしべの構造か、こんな花で虫が寄ってくるのだろうかと、下のほうに咲いている花に鼻先を持って行っても殆んど匂わない。聞くところによると、この花次第に赤くなり、最後は椿の花と同様に花ごとぽたりと落ちるそうで、実を付けなさそう、花としては困ったものだ。これも、人間がいじりすぎた結果?

読経の声が聞える本堂周りは鬱金(ウコン)桜、その奥にすでに花の時季を終えようとしている椿の花が少し、これは絵になると写してみたが焦点の違いで片方がぼける。

山門から外に出てみると、寅さんの映画に出てくる佐藤蛾次郎演じる”源公”のような小柄な人が箒で道路の落ち葉を掃いていたのが印象的だった。

鬱金桜と椿。どちらが主役?。

Img_0002 Img_0003

Img_0054 そうそう、普賢象桜について、札が下がっているので判明したが、桜の種類が多すぎて、八重桜の一種、色がやわらかい赤、ピンクという程度。この色合いも気候や日当たり、土質などで多少の変化があるとなると、、、頭が混乱して

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2009年4月11日 (土)

色は匂えど散りぬるを

Img_0155 学校で”いろは”を教えなくなくなってどのくらいになるのだろうか。

かって”いろは”は国民全てが知っている読み順でことわざも沢山あった。「もののいろはも知らないで」とか「いの一番に」なんてのがあった。

そういえば、飛騨ばかりではなかったと思うが、大工が家を立てる際、柱の臍孔(ホゾアナ)に番号を書いた。前列から順番にいろは、向かって左から一二三と漢数字でしるし、材木を見ればどこに使われる材料か一目で分かった。玄関の左の柱が”いの一番”などとね。

四十年ほども前になるが、そのころでも廃れていたようで、大工の棟梁が「今での若い者は、いろはを知らんので、、、」とこぼしていたのを思い出した。

また、西洋音楽が入ってきた当時、楽譜は”いろは”で呼んだため、ドレミファソラシドと歌うのを、ハニホヘトイロハと読み、いまだに、ハ長調、イ短調なんて呼び方で通っているのは面白い。

ドレミの歌なんかこれで作ったらまた面白いかなと思った時期もあったがこれは難しかった。

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Img_0147 今日も暖かなよい天気だったので、駿府の城に久し振りに寄ってみた。桜はすでに落花さかんを通り過ぎたようで堀の中は散った花びらでいっぱいだった。

まさに、”色は匂えど散りぬるを”と言ったところ。

そして、むかしはこんな状況を”花いかだ”なんて風流な表現をしたが、水面を全て覆うほどに密集すると、その趣はない。去年はこんなになる前に小船を出して掬っている人がいたが、今年は経費節約?

そんな水面を眺めていた自分にグランドゴルフの道具を背負ったお婆さんが寄ってきて「お堀の上を歩いていけそうだね」と話しかけてきた。

内堀の上に回り道をして、掘りの水際に降りてみるとこちらは花びらの数も少なく、背景にまだ芽吹きをしていない欅が写りこみ、花びらが品良く連なっていた、これが本当の”花筏”で蟻んこでも乗っていれば木曽の中乗りさんの歌でも歌ってあげたい心境だった。

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さらに、”いろは”に関しては、昭和四十年代の若いころ職場の宴会などで呼んだ芸者遊びのなかに”いろはのいの字はどう書くの”という囃しの後の「こうしてこうしてこう書くの」 ”いろはのろの字はどうかくの”、、、と、踊った尻踊りがあったが、普段見慣れている年増芸者も、顔が見えないと人が違ったように、艶かしさが増してきたのを憶えている。

古きよき時代、昭和はすでに遠い昔になった。

今日は、いろはについて

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2009年4月10日 (金)

春爛漫の鬱金色

Img_0076 新聞によると、護国神社の鬱金(ウコン)桜が開花しているとのことなので、それを見るため沓ヶ谷霊園を回り、谷津山越えで帰ってきた。

Img_0090 昭和十六年ころ北番町からこの地に持ってきたということで、広大な敷地を持っている。軍部が一番力を持っていた時期だけに、スムースに手に入ったようで古い写真では農地であり、山林であったようだが、それから七十年静岡の木として植林した広葉樹林が成長し、武蔵野の面影を再来させた明治神宮などとともに貴重なむかしの森を再現したことになる。

いま、神社の裏山はそれらの木が芽吹きだし、さまざまな色で萌えだしている。

鬱金(Img_0079 ウコン)桜は社務所前に一本、枝ぶりは10mにもなろうか、鬱金(ウコン)色の桜というから黄緑の八重の花びらを密集させて重たげに咲き、その重たさを支えるため支柱が何本か立てられている。

ひと気の少ない神社の桜の下で、二人の後年女性が何か語らっている。良く似た桜に御衣黄というのがあるそうだが、その区別は知らないので、ウコン桜という名札がかかっていれば「そうですね」というしかない。

Img_0110 その後裏山に上り、峠から愛宕砦と名付けられた子どもたち用の遊具のある場所に上がってみたが、先客が一人。ご同輩と見えてカメラを片手に「今日はいいですね」という此方独特の挨拶を残してそそくさと立ち去る。

年に何回も来るこの山なみ。今日は小さな子供もいなくて静寂そのもの、満開の桜は散り始めて、遠くに霞む富士の山。花の中に入れてながめれば、     まさに   春爛漫の花の色

時おり柔らかな風が吹けば誘われるようにして花びらが舞い散るが、デジカメでは花びらに焦点が合わずいつもピンボケ。花びらが写らない。

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2009年4月 9日 (木)

狩野氏の落ちた道?(安倍城址 435m)

Img_0015 (写真上、二輪草)

予定していたタケノコ掘りを一日延ばしたいと言うので、急遽どこかの山がないかと考えたのが、九時ころ。

この時間には山の麓には着いていたい時間なので行く先は限られる。

テレビは「朝から空がすっきりと晴れ、富士山が久し振りにきれいの見えます」って言うものだから、近場の安倍城址(435m)へ登ることにした。

どうせ登るなら、行ったことがないところからと、北側の内牧から登ることにし、迷いながら内牧の墓地の駐車場に車をいれる。Img_0060

農道はこの先少し続いているが駐車する余裕がないようなので、支度して歩き出せばすぐ傍の木立の中からウグイスが啼き、足元には射干(シャガ)、延胡索(エンゴサク)そして二輪草が咲いて見送ってくれる。

やっと先日まで、花の色が数えるほどしかなかったのに、と思いながら農道を気持ちよくあるき、尽きたところで木橋を渡れば、いきなり急斜面をジグザクと登りだす。

ここは、最近公孫樹の木を植えたようで、斜面の日当たりも良く、シャガの花、金鳳花が多く、何れも日の光を反射して、写真にすると色が飛んでしまう。

また、その上の蜜柑畑では皮があちこちに散らばっていたが、これは猿の仕業ではないだろうか、と、あたりを見渡したがその気配は感じられなかった。

その上からは例によって、杉の木の多い山道になる。道は尾根に近いところを登るためかなりの急登になるが、良く踏まれており、それだけ高度を稼げるので気持ちがよい。

先日読んだ、静岡の歴史にはこの城は内牧に住んでいた狩野氏の持ち城だったようだが、南北朝のあと今川氏によって攻められたさいこの城によって戦って負け、少し上流の牛妻にあった湯島城で滅んだとあったが、その際の逃げ道になったのだろうか。大げさに書かれた戦国時代の戦いのように、何処からどう攻められたか分からない以上、案外状況だけで引いたの可能性もあるが、その当時この道を急ぎ足で上り下りしたのだろうな、と思いつつ歩けばまた違った味わいがある。

やがて、牧ヶ谷から来る道、増善寺から登る道を合わせると山頂はすぐそこ。歩き出して、七十分で到着した。

Img_0036それまで、全然見えなかった富士山も予報どおりにかおをだしていたが、全体としては春の気象でもやっており、足元の安倍川やその先の市街地までが視界で、伊豆半島は霞の彼方に、、、。

一休みの後、元来た道を下れば昼前に駐車場。普段の散歩程度の感じしかしなかった。

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2009年4月 8日 (水)

去年の実を付けたまま

Img_0013 鉢植えの姫林檎、今年もきれいな花を咲かせ始めた。

赤いつぼみ、開きだすと白く清楚な花に変化し、赤い実はりんごと言うには程遠く、酸っぱい味らしいが果物好きの自分もまだ口にしたことがない。

木につけたままにしておけば、鳥たちの冬の餌になるかと思っていたが、どうやらあの大食いのヒヨドリにも嫌われたのか、花の下にミイラのようになった実が二つ。

花がきれいな(美人)だけに寄ってくる虫も多く、その分実も成るのだが、食べてもらえないじゃ、最終目的が達成しない。

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2009年4月 7日 (火)

流れ落ちる枝垂れ桜

Img_0040totizawa2 昨日登った安倍川筋、そして、カモシカを見て降った藁科川筋。何れも川の両岸のかなりの高さ(4~500m)まで桜前線は登っているようで、赤っぽい若葉をともなった山桜の花があちこちの山に島状の斑点を付けたように見える。

杉 桧などの常緑針葉樹の多い中で桜だけが花を咲かせているのは、桜好きの日本人だからだろうか。それとも何かほかに理由でもあってのことか知らないが、、、。

湯の島温泉から10分ほど降った大川地区から直角に左岸の山に登る。ここは突先山に登る道の一つ、前にも利用したことがあるが、桜の時期ではなかったのでこの枝垂れ桜を見るのは今回が初めてである。

2km弱登って道脇の駐車場に車を止めて歩く。先着一台のみでひと気もないところからもっと先まで持って行っても邪魔にならないと思ったが、少しくらい歩くのもまた気持ちの良い天気。

Img_0037 聖一国師の生家といわれる家の脇の斜面にある桜の大木。樹齢は450年とも600年ととも言われており、天辺が平らな感じの老木で幹が傷んできているようだ。

昨日の茶会で利用したらしい杉の切り株を片付け中の御主人らしい人が居たので挨拶をして見せてもらった。

花の盛りはもう過ぎたとのこと、咲き初めは赤いそうだが次第に白くなると言う。

遠くから見た感じでは白っぽい笠のような感じだったが、下に行って空を眺めると青い空をバックに小粒の花が赤から白といろいろな色を交えて垂れ下がっている。下の枝に桜の花が水しぶきのように流れ落ちてくる感じがする。(上の写真をクリックして見てください)

さすが、名木といわれるものには貫禄がある。若木の枝垂桜の桃色が強い木には「奇麗だね」という一言で次の桜に移るが、この水しぶきのような感じはしばらくその下から離さない。

枝垂桜で有名な身延山とはまた違って、ひと気のない場所で桜に対面する、、、。また感情移入が始まる。

帰り、道端のエンゴサクが可愛らしい桃色をして咲き、春蘭が丁度いまを盛んとして咲いていていたが、幸いと摘み取られた後もなかった。昨日来たと言う300人の茶会の人の関心は野の草に向けられなかったのだろうか。それとも何人が目に留め、愛でていったのだろうか。

今日の花。

左、ヤマエンゴサク、漢字で書くと”山延胡索”となる。難しい字だが薬草として名付けられたといえば納得するしかない。紫華曼の仲間。  右、春蘭。春明るい草刈場などで良く見られる。地味だけど好きな花。

Img_0036 Img_0061

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2009年4月 6日 (月)

大間の山のカモシカは

Img_0007 孫たち二人の高校入学式にご招待がなかったのを拗ねたわけではないが、温かそうな天気だったので、行き当たりばったりのドライブにいってきた。 

はじめはそれでも行く先を決めていたのだが、井川に通じる富士見峠で南アルプスが見えなかったことに原因がある。これじゃ行っても仕様がないとばかりUターンをして藁科川の上流にある”湯の島温泉”に向かう。

その途中、黒い塊が前を横切って山に入った。「カモシカだ!」すぐに車を止めてカメラを持ち入ったあたりに向かえば、藪の中に一頭。

早速、カモシカ踊りをして近づく。   カモシカ踊りとは、、、、カモシカはほかの動物と違って人間を見たからといって一目散に逃げ出すと言うことはない。人間が変な身振り。たとえば身体を大げさに動かしたり、手を上げ下げするなどすると、カモシカは、じぃっと立ち止まってみるので、その隙に少しづつ近寄れば、かなり近くまで寄れることがある。勿論全てがそうでなく、それぞれの個性があってのことだが、、、。

相手が藪の中にいるので、なかなか近寄れないがそれでも十㍍以内にまで近寄らせてくれた、ただ、逆光だったのが恨めしい。

Img_001400ma そのあと、降って大間の近くでまた一頭強は良く見られる日だ。今度は草地にいたので、やはり踊りながら近づいたが、障害物がないためか近寄らせない。大きな尻を振りながら逃げていった。

思わず青森県の大間の沖で取れる鮪が有名だが、静岡 大間の山のカモシカはどうなんだろうと、相手が野生の動物だけにいつも出るとはいえないが、名物に出来ないものかなんて、ふざけた言葉を考え付いた。

Img_0018 さらに降って”湯の島温泉”ここの風呂から見る向こう岸に山桜が一本、これが絵になる。銭湯の壁みたいな感じだったので二度目はカメラを持って入ったのが左の写真。男に生まれてよかったと感じた瞬間。

もしこれが、女湯だったら痴漢扱いにされ”逮捕され新聞種”って言うところだろうに一緒に入っていた見知らぬ人が「邪魔になります?」って逆に気を使ってくれる。    男はいいよなぁ

そこでの話し。昨日栃沢で花見の茶会があったと聞き、「栃沢って、枝垂れ桜の下でやったの?、で、桜の具合は?」   となると、我慢できなくて湯船から上がり、御飯もそこそこに栃沢に向かう。

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2009年4月 5日 (日)

桜が白く見えるのは

Img_0061 雨は明け方に終わったものの、高曇りの空を通して太陽を直視できるほど雲が厚い。そのため、桜がやたらと白く見えると思っていたら、すれ違ったグループの年長者らしい人が「年をとると桜が段々白く見えるんだって」という。

傍に同伴していた女性が「染井吉野は大体が白いんですよ」ととりなしていたが、年をとって白内障などで水晶体が濁ればそんなこともあるんだろうか。

今日は浅間神社の廿日会祭の最終日で県の無形文化財に指定されている「稚児舞」があると聞いたので時間を確かめに散歩がてら歩いて行った。

午後三時半から、ということを確認した後、駿府公園を回るのもなんだしと思い、下から見て桜が満開らしい尾根を上り賎機山経由で帰ることにした。

ここの桜、以前はもっと花の量が多くそれこそ”霞か雲か匂いぞいずる”の状態で奇麗だったと思っていたのだが、今回は久し振りの満開時に登ったのに木が年をとったためかやけに薄くて白くなった気がしているとき、最初の声を聞いた。

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Img_0097 午後、今度は自転車で向かう。三時過ぎに到着したが、思ったより見物の人が少ない。そうした中、プロだかアマチュアだか知らないが大型ビデオカメラや高級カメラを持った人が舞台周りの一番よい位置に張り付いている。

人のことは言えないが、この頃こうしたカメラマンがかなり我儘な行動を見せる。(後ほどだったが腰掛けている人の後ろで、ときどき写真を撮っていたら、自分の前に入ってカメラを構えた○○に所属しているカメラマンが割り込んできたので叱りつけたが、、)

時間がきて、まず舞い始めに四方を清める舞が始まった。鉾を振るうと書いて「振鉾」というそうだが、小学校六年生の少年が落ち着いて舞い始めたが、良く憶えたものと感心した。普通は囃しや太鼓に合わせて身体を動かすのだが、どうも囃しが明確でない。最近の子どもたちはラップなどに合わせて上手に踊れても、言っては悪いが間延びした太鼓ではかなり難しいのではないだろうか。

Img_0076 次の舞台からは、少しずつ拍子が取れるようになったものの、合計で五番の舞いは上手に演じられた。パンフレットやスピーカーから舞いの解説があったが、最後に演じられた”太平楽”は中国三国志に出てくる、劉備と項羽の会見で劉備が辛くも逃げおおせた剣舞を模したものだとということを初めて知った。

「勉強になりました」

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2009年4月 4日 (土)

やり直しの多い一日

Img_0096 この花を見た人は”勿忘草”と思う人が多いと思う。ムラサキ科という仲間に属している近縁種なので良く似ているが、「山瑠璃草(ヤマルリソウ)」なんて奇麗な名前を貰っている。

Img_0095 この花や勿忘草を見てムラサキ科の花は全て紫色をしているように見えるが、本家、ムラサキの花は白い。

変わりに根が紫色をして染料になる所から付けられたと聞くと、  フ~ムと唸ってしまう。

先日登った竜爪山の中腹幾分湿気の多い森の中に自生しており、葉に小さな棘が付いていることで分かる。花も幾分小さめで色も勿忘草ほど濃くはない。

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身近なムラサキ科の花。

左、勿忘草。近所の庭に咲いている。園芸品種だけに艶やかに。右、胡瓜草。道端の脇に小さな花を咲かす、踏まれても刈られても絶えやせん。

Img_0062 Img_0025

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今日はやり直しの多い日だった。まず、近所の病院で先日採取した血液の検査結果が出るので、「四日に来てください」とのことだったので、出かけてみたら休診の看板。なにか事情があってのことかと思って帰ってきたら、昼の十二時十五分、NHKのお笑い番組を見ようとテレビを入れたら「北朝鮮がミサイルを打ち上げた」と放送。内容が何もなかったらしく同じことの繰り返しなのでテレビを切って、少し昼寝をし一時過ぎに入れたら誤報だったと放送。

ついで、静岡祭りを一度くらい見に行こうと出かけたら、途中から雨が降り出したので引き返す。と何をしても完遂できない日だと言うことを知った。

今日は大安、この日に結婚した人は、、、、、あんまりいえないね。

病院と祭りは個人的なことなのでどうしても今日でなければならないと言うほどのことではないが、北朝鮮のミサイル問題は困るよね。

自由の国ニッポンでは、新聞テレビで大騒ぎしている有様が世界に知れ渡ってしまったが、一番面白がっているのは”キム ジョンイル”だろうな。

「俺の気持ち一つで日本中がオロオロしている」と、そして、アメリカ政府は日本の自衛隊の慌てぶりを見て苦虫を噛み潰し「あんな連中と一緒にやっていけるんかい」なんていっているに違いない。

夕刊によると、このほかに秋田県では十一時少し前にやはり自衛隊員が「ミサイルが発射された」と言い、県職員が全市町村担当者に連絡し、防災無線で放送したと言う。

県の対策本部にいた以上、平の隊員ではなかったと思うがこの慌てぶりはなんなのだろう。

日ごろの訓練をしていたのだろうか。「思い違いと独断」先の大戦でもこれが横行して深みにはまり被害を大きくした、ということを聞いた。

防衛庁では、守屋次官の接待漬け、政府統一見解に真っ向反する田母神論文のほかイージス艦衝突事故、護衛艦”さわゆき”の放火事件。餞別格闘技で死亡事故などここ最近だけでも不祥事が続発し、士気のたるみが言われている中で今回の不始末は恥を世界にさらしたことになり、相手に見くびられる要素になったことは間違いないだろう。

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2009年4月 3日 (金)

だからあんたは嫌われるっ!

Img_0033 今日は風もなく、気温も十時ころには十五度にもなり、暖かいを通り越して暑ささえ感じる気候になり桜や桃をはじめいくつかの花も満開の様子で山のあちこちに白い斑点がポツポツと散らばっている。

富士山も春霞の彼方、薄ぼんやりと眠そうな感じで山の端から顔をのぞかせている。

抗がん剤を使っている友人が今日からまた酒が飲めるというので、差し入れとして野蒜の塩昆布和えを作るため、麻機の山に登っていくと花をいくつもつけた桜がふわふわと左右に揺れながら落ちてきた。

Img_0009 上を見あげると、花の中にヒヨドリが一羽満開の桜の枝をあちこちと渡り歩いている。きっとこれだ落としたのだろうと見ていると、近寄ってきたメジロを追っ払いそのついでに私が見上げているのに気づいてか、大きな声で鳴いて飛び去った。

満開で花だらけの木を独り占めにしなくてもよさそうなのに、メジロを追っ払う。花の蜜を一輪ずつでは効率が悪いと思ってか、花ごとむしり取るようにして落花させるヒヨドリ。    「だから、あんたはカラスとともに嫌われるっ!ての」

近所の鳥好きな小父さんが、鳥籠の中に蜜柑を入れて木に吊るしていた。「メジロでもとるのですか?」ときくとメジロにだけやりたいので、籠の入り口は針金で縛り付けているとのこと。

こうしておくと、メジロは籠に入って食べていくが、ヒヨドリは入れなくて、離れた木の枝で恨めしそうに見ているのが面白い、とつづける。良いことを聞いたとばかり、それ以来我が家でも、メジロだけがくぐれる餌台を作って蜜柑の輪切りを載せて置くが、それが気に入らないらしくメジロが近づくと大きな声で威嚇している。

Img_0014 野蒜のほうは以前から目を付けていたのでなんなくて採れることが出来たが、そばに、碇草が一株これも満開の花を咲かせていた。

静岡では、あまり見かけない花なので嬉しくなって、あちこちからカメラを向けて写してみたが、こんな時に限ってあまり出来が良くない。

Img_0016 イカリソウ、花の形が碇のように見えるところから名付けられた、下向きに咲いた花びらを四方に突き出し、和船の碇に似たところから名付けられたとのことで、花言葉は「あなたを放さない」というそうだが、こんな花を貰ってストーカー行為をされたらどんな気がするだろう。

また、民間薬として全草乾燥させて使えば、滋養強壮、強精薬、おまけに高血圧にも良いそうで、我々中高年には魅力的な草だがこんなに少なくてはもったいなくて刈り取るわけにはいかない。

来年の花見のためにもそうっとしておこうと、、、、。

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2009年4月 2日 (木)

旬の筍

Img_0143 ”万緑叢中紅一点”

詠柘榴という漢詩の一部だが日本では紅一点だけが取り上げられ、男性群の中に女性が一人という状況を言うようになった。

最近では、関西独立リーグの吉田えり選手辺りが、その代表ではなかろうか。

もともとは、題名にもあるように緑の草むらに柘榴の真っ赤な花が咲いているという情景を歌ったものだが、写真のように竹林の中に山桜が一本花咲かせているこの情景はどうだろう。紅というには少し淡いがそこはそれいかにも日本的中間色ということで、、、

知人の山も、もともとが桧を植林したのだが、両側の竹林から根が侵入してきてあっという間に、桧を枯れ死にさせたそうで、今でも直径10センチ以上はある株が残っている。

それに比べるとこの山桜の根性は見事。紅一点はなまなかなことでは達成できないことである。きっと地下では、竹の根と壮烈な戦いを続けながら毎年花咲かせているのだと思う。

吉田えり選手も同様頑張ってもらいたい。女の子といって甘やかさせる社会ではないだけに、、、、一方男のほうでも水面下での意地悪は避けてもらいたいものだと思うんだけど、、。

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Img_0002 今日は、知人の竹林で筍掘り。筍という漢字は竹冠に旬と書いて筍と呼ばせる。とはあちこちに書いてあるが、先日まではサツマイモより少し大きいものでハシリと言うそうだが、今日辺りから直径10センチを越えるものが出てきて、柔らかく食べ応えのあるものが取れだした。これが旬の筍ではないだろうか。

ハシリの筍は少ないので刺身にして食べたが、今回は30kgほどの収穫の中から大きいもの三本貰ってきたので、まずは具沢山のタケノコ御飯にし、旬を満喫した。

ところで、先日のテレビで(何処だったか忘れた)タケノコを食べるのは日本人と中国人だけだと言っていた。四つ足は机以内何でも食べると言う中国人は分かるにしても、竹ダンスをするフイリッピンや竹の楽器があるなど、竹が沢山生える東南アジアの人が食べないと言うのはおかしくないだろうか。

以前に、蛸を食べるのはやはり日本人と中国人と言っていたのを信用していたら、イタリアもスペインも沢山食べるそうで、このごろテレビは裏づけ調査不十分の話を流しすぎると思うが、、、、いかが。(こんな話で社長が退任するはずもないけどね)

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2009年4月 1日 (水)

さっきのは嘘だよ

P1010004 今日は早いもので四月一日。日本では四月を切れ目として新社会人が生まれ、公共機関では新しい会計年度に入る。

一方で、エイプリルフールと言うことで嘘をついても良い日だなんていうが、普段から嘘の多い国会議員や振り込め詐欺を商売にしている人などはこの日ぐらいと言うべきか、、

人を傷つけない嘘。なかなか難しいものがある。それこそ前置きにこれは嘘だけど、、と言わないと頬っぺたを張られかねない。変わって空模様が午後になってから雷を伴って激しく降ったが、夕方には青空も出て、「さっきのは嘘だよ」って言わんばかりの青空を見せていた。

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午前中、雲が多いながらも日差しがあり、賎機山の麓。写真のバイパス裏に菜の花、大根の花を従えて咲く紅白二本の桜を見たあと、天徳院、臨済寺、城北公園桜の花を求めて回ってきた。桜の花もここに来て咲きそろい春爛漫の、、と言ったところか。

P1010038kouenn もっとも、早く咲いたものは散り始めて、春の日差しの中ではらはらと風もないのに散る風情はこれまた良いものがある。

紀友則の歌に、

ひさかたの ひかりのどけき 

            春の日に

  しず心なく 花の散るらむ  というのがあった。

一人公園のベンチに座って桜を楽しむ、頭の上に覆いかぶさる薄い灰色が刈った感じの桜並木の下で携帯電話を空に向けている人、指差して幼児に何か語りかけてる若い母親などが、次々と現れては去っていく、のどかに時間がたっていくのをただボ~っとしているのもこれまた幸せなひととき

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