この罰当たりが、、、
小判草がいよいよ黄色く熟れて本当の小判らしくなってきた。これが本物だったらどんなにか、、、、
一見草鞋のようだろも言われるこの種は、これからしばらく黄色く熟れて、下のほうからちぎれるようにして種を落とす。
地味な稲科の草の中で、この実は比較的目立つ草で縁起物として鉢などに入れて育てる人もいるが、結構繁殖力が強くて鉢から飛び出しそこらじゅうに繁って困ったという話しも聞く。
麻機まわりの田んぼでも今日辺りが田植えの時期になり、先日来湖のようになって、カルガモらの遊び場になっていた田んぼに大小の田植え機動き回り、田植え機が苦手の田んぼの隅はむかしながらの菅笠をかぶった老人が手植えをしていた。
茜襷に菅の笠の早乙女ならば、華やいだ雰囲気をかもし出すのだが、それは、浅間神社の儀式にしかいない。
田んぼ周りに集まっている人は似ても似つかない老人ばかり、日本の将来が目に見えているようで、美しい風景もなんだか悲しい。
今朝のテレビで、いままで廃棄物として燃やしていた食料品を豚の餌として加工していると自慢げに話している再処理工場の人を映していたが、そこに運び込まれるフランスパンの山を見て「日本はなんてことをしているんだ!」と思ってしまった。
このときのパンはデパートから来ているそうで、前の日に売れ残ったもの。店ではお客さんに焼き立てを出したいので毎日これくらいの処分品が出ると言っていた。「賞味期限どころではない」食料自給率が40%を切っている国のすることか。そして、この無駄分はほかの商品に転嫁されているのであろう。
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先日、会津にバス旅行で行った際、一人の老婦人がガイドに「会津磐梯山の歌の中に”笹に黄金がなりさがる」というところがあるがどういう意味ですか」と聞いていた。ガイドも正確なことが分からなかったらしく、次の観光地で客を降ろしたあと聞いてきてその人に話していたが、「食うに困ったことのない静岡の人だな」とおもわず思ってしまった。
飛騨で育った自分、説明されるまでもなく知っていた。江戸時代たびたびの飢饉にあった東北をはじめ寒冷地では稲が実らず飢饉食として笹の実を食べ、飢えをしのいだという昔話を聞いていたからだ。
今の世のこのパンを見たら先祖様はどう言うだろうか。アフリカ諸国をはじめ飢えで苦しんでいる人たちはどういうだろう。
「この罰当たりが、閻魔様の前でなんと申し開きをするつもりだ。」
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今日の花。笹の花、稲科の植物だけに良く似た花をつける。しかし、実は粗末なものでとても腹の足しになりそうもないが、先祖はこれで飢えをしのぎ生き延びた。
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