« 惜敗を期して | トップページ | 人災だぁ »

2009年7月22日 (水)

生きていればね

009_2 先日以来大騒ぎをしていた皆既日食。朝方の大雨で「今日は駄目だな」、と思っていたら九時ころになって青空が見え出し、あわてて準備を始めたら、再び曇ってきて太陽を覆い隠してしまった。なんとも人騒がせな天気である。

それでも、十一時過ぎにはかなり暗くなってきて、この雲の上で部分日食が起きているためなのだろうか、雲が厚くなって暗くなっているのか分からない程度の暗さで終わった。

同じ静岡でも、海岸よりのほうはうす曇だったそうで、見られたらしいとのこと、同じ大騒ぎでもこちらのほうはうれしい騒ぎでよかった。

.

報道では四十六年ぶりの皆既日食だと言っていた。自分はこれまで皆既日食というものを一度も見たことが無く、子供のころにガラスに煤をつけて覗いたことが二度ほどあるように思っている(定かでないが、、)。

しかし、今回のようにそんな方法では駄目。網膜を傷めるので「市販の日食グラスをつけなさい」と、くどいほど注意されたのは初めてである。

いままでに、日食で目を傷めた人がどれだけいるのだろうか。今日のテレビでも、インドの日食風景では煤をつけたガラスなんて誰も持っていなかった。

かくいう自分も、むかし、太陽をまともに見た経験が二度三度とある。青い空に太陽も同じく青くなり、輪郭だけが赤く丸い輪をかいていたものだ。しかし、いまだに眼鏡の必要はないし、一緒に見た同級生もいまだに眼のほうは健在である。

まして、当時煤をつけたガラスで覗いた連中の中に眼鏡をかけているものはあったとしても、、、、どうなのだろう。

なんだか、日食眼鏡の売れ行きを伸ばし内需拡大か、なんて疑ってみる。そういえば新型インフルエンザではマスクの業界が大繁盛したそうだから、、、。

とりあえず、次の皆既日食は北陸から関東へ抜けるそうだから、そのときにまでとっておくように、、、生きていれば自分は九十六歳。眼鏡なしで見てやろうと思っている。     生きていればね。

|

« 惜敗を期して | トップページ | 人災だぁ »

コメント

慶さん
皆既日食でなければ結構見られるのですね。そして、この計算ができるのが素晴らしい。
ただ、電子計算機が使われる以前から予測していましたから、何か簡単な計算方法があるんでしょうか。

戦後の一時期、若い人が戦争で死んでしまって平均寿命が50歳ほどのころ、会社を定年になった人を見て、とても古希を迎えらるとは思っていなかったのですが、なってみると、周りにはそれ以上の人が沢山います。
それでも、、、九十六はね~  ガラスを用意しておきますか、、、

投稿: オラケタル | 2009年7月24日 (金) 11時21分

皆既日食、慶も見逃したのですが、日食のとき丁度雲が切れて三日月のような太陽が覗いたそうです。娘が買い物に行く途中城北高校の前で、高校生が騒いでいるので、振り返ったら、見えたそうです。前回の皆既日食のとき小1で、校庭で下敷きを通して見ました。でも色が薄いものだったからまぶしくて見えなかったのか、まだ意味が分かっていなかったからかよくわからなかったのを覚えています。暗くなったというのも覚えていなくって、先生が興奮しているのに、わからないって言うことができなくって、自分の心が曇ってしまったのを覚えています。太陽をじかに見たのは何度かあります。確かにマスクと同じ、買わせる為かもしれないですね。それともPL法で訴えられるのが困る?のかな?

投稿: | 2009年7月23日 (木) 22時49分

ガラスのかけらにローソクの炎を当てて煤をつけ見た記憶が子供のころと三十代とありますが、大丈夫です。ただ、煤の付いたほうで見るとまつ毛で煤が落ちて、あと目をこするとパンダみたいになります。問題は今ガラスに破片なんか見かけませんね。九十六歳の時お試しを。

投稿: 星 | 2009年7月23日 (木) 22時02分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90605/45711670

この記事へのトラックバック一覧です: 生きていればね:

« 惜敗を期して | トップページ | 人災だぁ »