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2009年7月15日 (水)

霧にかこつけて

049

むかしの大谷崩れ、、現場の看板から

幸田露伴の次女で作家の幸田文がこの地を訪れたのは昭和五十一年の春、七十二歳の時だったと書いている。

先日古本屋に行って「崩れ」と言う題の本を読んでから、久しぶりに行って見ようと梅雨明けを待っていた。そして今日天気予報もあわせて現地に向かった。

自分は彼女の小説は読んだことがなかったが、この本は彼女が大谷崩れを見て、日本中の地すべり崩れの現場を見て歩き小説にするきっかけを作った場所であることは駐車場すぐ上の石碑で知っていた。

大谷崩れはかなり昔からあったようだが、約三百年ちょっとまえに大きな地震のため、日本三大崩れとまで称される大規模地すべり起こしたところで、その崩壊土砂が流れ出た規模の大きさはいまでも川岸に積み重なっている土砂の高さで分かる。

戦後になって本格的に始まった防災工事も、幸田文が来た当時はまだ崩れが植生で隠されていない時期だったらしく彼女はかなりの衝撃を受けたようで、その小説の中で何回も書いている。

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今朝の歩き出しは快調だった。崩れが集中した”扇の要”までは20分そこそこだった。そして、森林帯を過ぎ崩壊土砂が積もり、最後の水場を過ぎてから疲れが吹き出たように足のほうにも異常が来た。

026ooya_2 (この当たりからくたびれる)

その後、休む回数が増え”新窪乗越”直下で立ちくらみのような症状を経験した。「いけない、前に熱射病をやったときに似ている」と思い木の下に入り持っていた水を飲んで15分ほど座ってから乗越しまで上がったが、この時間になって霧が巻いてきた。

032ooyakiri 霧の湿度から言って、雨になるようなものでないと分かっていたが、後ろ頭の具合がすっきりしないので「今日はここが退きどき、、」とばかり下ることにした。

崩壊した土砂は、頁岩が多く割れて角張った石が多く、下手に転ぶと切り傷はもちろん骨折の可能性が考えられるのでそれこそ慎重な下山に心がけた。

工事は今も続いていて、今日歩いた斜面の反対側では削岩機らしいけたたましい音が響き、近くの木の上では春ゼミが軽やかな声で鳴いている。

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午後八時、まだ頭がもやもやし、後ろ頭に氷を乗っけている。「熱射病?脱水症?、馬鹿にしたらあきまへんで~」といったところ。

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コメント

つるぼさん

そうですか、どの辺に植林したのでしょうか。植えた木を見るのは楽しみでしょう。
防災工事の成果が出たのか最近は登山道も前ほど動いていません。前は大雨のあとどうコースを取ろうかと迷ったことがありました。
いまは、下から見て右側のほうを主体にやっているようで上のほうから機械音がします。
しかし、風化の激しい頁岩という地質状況から言って、東海地震の際には元の木阿弥にならないことを祈っています。

投稿: オラケタル | 2009年7月16日 (木) 21時54分

大谷崩れは好きで冬に良く登りました。岩が凍りついてるほうが安全ですので。でもいい所ですよね。ずーと前になりますが大谷崩れに木を植える運動があり主人も参加しその後も手入れに行った事があります。その木も大きくなった事でしょうね。

投稿: つるぼ | 2009年7月16日 (木) 06時36分

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