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2009年8月31日 (月)

返り咲き?狂い咲き?

039 ひとっころ見えなくなっていたノカンゾウが再びあちこちで目にするようになった。

たしか、夏の初め六月ころに咲き出していたので、いま咲いているのは返り咲き?狂い咲き?それとも、、、。

009 ヤブカンゾウと違って一重の花はニッコウキスゲなどとともに可憐な感じがする。毎日入れ代わって咲く一日花は前日の萎れた花などがまだ付いていて全体を写しにくいところもある。

この花をみていて思うのは、若芽のとき良く摘んで食べてのを思い出す、あくも少なくシャキシャキとした歯ごたえはお浸しなどにもよかった。

ただ、最後に食べたのはいつだったか、、、、。考えれば遠い昔になるのかな。

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昨夜は、というより、今朝早くまで見ていた開票速報。興奮したのか床に入ってもなかなか眠れなかった。

各放送局とも、先を競って当確を出すものだから、チャンネルを変えると他局で当確が出たのにまだだったりして面白かった。

そうした中、次第に見る局が固定してきた。理由としては、解説するコメンティターによるものだった。とくにフジ系列はひどかった。

評論家の三宅久之の発言。前々から自民党の御用評論家だとは知っていたが、形勢が悪くなると民主党に対する悪口雑言が過ぎた。こんな人を出演させる放送局もこの傾向があるのだろうと思う。

日本人は一般的に相手を徹底的にやり込める、言い負かすと言うのを嫌う風習があるのではないかと思う。今回の選挙で自民党が負けた原因のひとつにネガティブキャンペーンもあったような気がする。

相手を非難するだけの広告、、、、いけない自分もそんなところがある。天に唾する行為だ。

そのほかに、政治体制がころっと変わり継続性がなくなることを心配するあまり、中選挙区制を口にする学者コメンテーターがいたり、、、。

今朝のテレビに出演した自民党議員が奇しくも言っていたが、自民党は森内閣で役目を終えていた。ただその後に小泉首相になって「自民党をぶっ壊す」と劇場型選挙で目くらまわしを食わせたため、思わぬ大勝利をしたが、、、。本当なら四年前にこうだったと、、、。

いずれにしろ、自民党は返り咲き、狂い咲きはさせないで、古い体質の議員が総退場しないと再生は難しくなるだろう。

新聞によるとやはりフジテレビの視聴率は一番悪く8%ほどで、日本テレビが25%ついでNHKが23%ほどだったとあるが、NHKも解説者を誤った感があるとおもう。

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2009年8月30日 (日)

総選挙の開票に目を奪われて

012 菱の花が広い水面に浮かぶ菱の葉の中心に白くポツンポツンと咲かせている。

花の大きさは1cmには満たないと思うが、近くで見ると透けて見えそうな感じは如何にも清楚。

菱の実は、古くから食べれていて、水栗なんて如何にも食感を表すような名前を盛っていたり、歌では”水藻草”という優雅な名前を与えられてきた。

しかし、最近では食べられることさえ知らない人が多くなって、場所によっては水面を覆いつくすほど茂ってくると邪魔者扱いにされる。

菱は水面下に実を結び、その両側に鋭いとげを持つ形から、菱形という言葉が生まれてとのことであるが、三菱や武田菱とは関係ないようだ。

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011 夏中飛び回って羽根がボロボロになった蝶蜻蛉、疲れ切ったのか傍によっても飛び立とうとしなかった)

総選挙の開票が始まって、各放送局は開票発表 0%の段階で早くも当確お墨付けを与えて、それにしたがって敗戦の辞を漏らす自民大物前議員もいた。

比例区も会って復活当選と言うこともあるだろうが、先日まで国会の中を肩で風切って歩いていた人が、尾羽打ち枯らして退場していくのはある種快感でもある。

とにかく、開票速報に目を奪われて、今夜は何時まで起きているのやら、、、。

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2009年8月29日 (土)

シードバンクで一眠り

Img_0027 水葵が青くすっきりとした感じの花を咲かせている。

Img_0031_2 傍の麻機沼にはこれの何倍も大きいホテイアオイが咲いているが、色のメリハリからいうとキリリッと引き締まった感じがし、さしづめ小またの切れ上がった日本女性(今ではみんな背が高くなってそんな感じ女性は少なくなったが、、、)を思わせる。

シードバンク(Seed Bank)と言う言葉がある。種の貯金箱と直訳できるが、水葵は種が地上にばら撒かれても、翌年必ず発芽するとはかぎらず、一部がそのまま土の中で眠っていて、何かの刺激があったときまで眠っていると言うか、貯金のようにしまってあるそうだ。

麻機沼でも以前にブルドーザを入れて土を搔き均した翌年に大量発芽し花畑状態になって世間を驚かせたことがあった。

以前は雑草扱いにされて引き抜かれ、農薬散布などでこの花も絶滅危惧種に指定されているくらい減っていたので、この花が沢山咲かせたのは驚きだったが、翌年から次第にシードバンクされたようで次第に減って小出しに預金が下ろされるような咲き方に戻ってしまい、今では所々にといった感じにしか咲かなくなった。

2,000年の眠りから覚めた大賀蓮といい、植物の世界には生きた化石見たいなものがあるが、これに比べると動物はかなりひ弱なのかな。

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Img_0146 今日で選挙運動もおしまい。闘いすんで日が暮れて一月遅れの安倍川花火は、そんなこと関係ないとばかりにドンドンと打ち上げられている。

走り回った人々は、このまま静かに眠りたいことだろうと察する。いっそのことこの先四年間、シードバンクに入っていたいのでは、、、。

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2009年8月28日 (金)

高い山~か~ら

002 高~い山から 谷底見ればよ~

瓜やなすびぃ~の 花盛り

        あれもよいよいよい 

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飛騨の民謡の一節だが、昨日安倍城址からの下る途中、下のほうから二台と思われる選挙カーからの連呼が聞こえてきた。

遠くになったり近くになったり、まるで蝶々がもつれるように行き交い飛び交いしているようにとみるか、茄子や瓜の花と見るか、いずれにしろ木が茂って見晴らしが利かないので下界の様子は分からない。

このクソ暑いさなか、国民のためにか、自分のためにか知らないが、ご苦労様なこと。

選挙戦を含めて40日以上走り回るのは、人並みはずれた体力気力が無ければできないことなのだが、公示当日に立ちくらみを起こした与謝野大臣以外にダウンした人はいないと聞くと、権力欲は並大抵のことではないと察しられ、自分なんかはとても我慢がならないから、入り口でご辞退申し上げるしかない。

もっとも誰も出てくれとは言わないのでその心配はする価値も無いのだが、、、

親の意見と茄子の花は

      千にひとつの無駄も無い

あとわずかで茄子を食べられるのは誰か、全国的には民主党の立候補者が優勢だというが、自分のところはどうだろう。知事選からこっち民主党のほうが勢いづいているように感じられるのだが、自分としては自民党も民主党の立候補者も人物的には好きではない。

しかし、解散直前、あれほど執行部を批判しながら自民党を離れた議員が一人しかいなかったことを考えると、人がらで選んでもどうしようもないような気がする。この際、党で選ぶしかないと思う。

その一方で、報道どおり民主党の大量当選は、いままでの自民党同様、奢り高ぶって暴走しないともいえないので、比例区は他の野党に微力ながら一票を投じることで暴走に少しでも歯止めがかけられたら、と思うのがゴマメの歯軋り的発想だ。

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2009年8月27日 (木)

久住川から安倍城址

001 015 (梅の枯れ木にまとい付く仙人草

またしばらく天気の悪い日が続くと言う天気予報を信じて、足慣らしを兼ねて久住川を訪ねてみることにした。

047 028 写真上左、金水引、右、風露草(フウロソウ)現の証拠にしては花が大きかったので

朝八時少し過ぎたころ、洞慶院の駐車場に車をいれ久住川に沿って歩き出す。細いけれど舗装された道は歩きやすい、花の少ない季節ながら足元にはキンミズヒキ、ハグロソウ、仙人草、フウロソウ、そして玉紫陽花と花茗荷がこぼれるように散らばっている。

川は細くて藪に覆われているところもあり、両岸の護岸工事が無ければ子供のころ岩魚や山女をを獲った故郷の川に似ている。藪の間から木の枝や葉に絡まないようにテグスの短い竿を、そーっと入れ、釣った魚は大きいものなら尺(30㌢)を越え大威張りで笹の葉に通して持って帰ったものだった。

食糧難のころ、いまのように”キャッチアンドリリース”なんて魚をいじめるだけの馬鹿なことはした事が無い。

016 安倍城址に登る道を過ぎるとフシグロセンノウが固まって咲いていた。そこであった人に「後 どのくらいこの道が続きます?」と聞くと、すぐそこで終わるよ。とのこと、、、。言われたとおり100mと行かないうちに高さ10mを越える砂防堤防で道は終わった。

この堤防を作るためここまで舗装したのだとわかったが、先ほどの人は赤線道路はもう少し下まで、ここは自分たちが作った私道だというのは、、、、、ねぇ~

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そこで引き返した後、安倍城址の登り口まで戻り、少し考えた後、体力がまだかなり残っていると判断して山道に入る。

安倍城跡には十時に到着、一休みの後ミンミンゼミが喧しく啼く久住砦址を通過して尾根伝いに洞慶院に戻れば十一時過ぎ。

水筒とカメラだけの軽装で登り、昼には家に戻れる計算どおりの山行きで終了。万歩計は14,356歩を示す。

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2009年8月26日 (水)

上下二枚の花びら

009 ハグロソウの花を写しに行った。

実はおととい、写しては見たのだが木の下の薄暗い場所だったので、露出を間違えシャッターを切ってみたものの手振れを起こしたため鮮明には写らなかったので再度写しに行ってみた。

ハグロソウ。漢字で書くと二通り、いや三通りもあってどれがどれだか定かではないが、私は”歯黒草”が本当かと思いたい

上下二枚の花びらと言うあまり類の無い形を唇とすれば、内側の暗い赤紫色の模様をお歯黒(鉄漿)に見たてて名付けたというものだ。

015 そう言われてみると、ちょっとばかし官能的だが、こんな唇で迫られたら逃げ出すに違いないと思うのだが、、、、。最近、舌にピアス?のようなものを付けている若い子がいるそうだが、わずかに見える雄しべは、なんだかこれに共通しているような気がしないでもない。

さて、他の二通りのひとつは”羽黒草”と言うのが綺麗だが、羽黒山とも特に関係が無いようだから、音から変化したものだろうし、もうひとつには、”葉黒草”というもので、、、、これは、あまり日当たりの良くない場所を選んで繁殖するため、幾分黒い葉っぱがさらに暗く見えるとこからだと思う。

さて、どの名前を取るか。そのときの気分で決めることにしよう。

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先日長野宿での話し、その宿の宿直の人と退屈紛れに話をしていたら、出身は静岡市の瀬名だと言う。

奥さんがいまの佐久市の出身だった関係で、こちらに住み着き、四十年になるそうで、「今ではすっかり長野県民よ」といっていたが気候風土に慣れるまで大変だったとのこと、、、。

その中で、なるほどな、と言うことのひとつに、受け入れ側の人の感情と言うものがあった。

集落の指導者やある程度裕福な?(と言って良いかどうか分からないが新参者に脅かされない)人はすぐに受け入れてくれるのだが、そうでない人がいつまでも嫌がらせをされた。

猿山によそから入ってくると、寄ってたかって一番下にしようとするのと一緒で、人間はいまだにこの習性を持っているものだと感じたという。

そういえば、自分も静岡の会社に来たとき「どこの馬の骨とも分からん奴に、、」と陰口を言われいたのは、その伝だったのかと、変なところで感心したのを覚えている。

そのむかし、百姓から四公六民とか言って、税金代わりに米などの生り物を収奪していた幕府は「お前たちより下の人間がいる」といって不満をそらすため”非人”と言う制度を作っていたが、人は自分が一番下でなければ安心するものだろうか。

話は途中で終わる。

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2009年8月25日 (火)

蝉も政権交代

034 ガガイモの毛深い花を見つけた。

ガガイモという珍らしい名前の由来は、鏡芋からきていると聞いた。なるほど「かがみいもかがみいも」と言っていればガガミイモとなりそうだが、なぜ、この芋に鏡とついたかとなると聞きそびれて分からなかった。

とにかく、虫さされの薬になるといって、葉っぱの揉んだものを蜂に刺されたとき付けてもらったが、それこそ「イタイノ イタイノ トンデケ~」のたぐいではなかったのかと思っていたら、漢方薬(民間薬?)の原料として使われているそうだ。

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今日は朝からめっきり涼しい風が入ってきて、気持ちの良い一日だった。月に一回、血圧の薬を貰いに血液センター横の道を歩いていたら、先日まで耳に痛いぐらいの音を立てていたクマゼミの声がぜんぜん聞こえず、アブラゼミもいるにはいるが、ひっそりと木につかまっているだけになった。

変わってツクツクボウシの出番。蝉の世界も政権交代と言ったところか。

ウイヨース ウイヨースと弾みをつけた後 チョコチョコ ウイッスと続ける。この啼き方からツクツク法師と聞きなしたようだが、”ウイッス”は今様であろう。

澄んだ空にこの声を聞けば、秋だな~と言う気にさせる。

午後は畑に出て耕運機で畝つくり、久しぶりに真夏日にならなかった一日は、暑さに慣れた身体に心地よかった。

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2009年8月24日 (月)

道もゆかさず

032 朝九時ころ、突然雨が降ってきて、それまで蒸し暑かった気温が一気に下がったのが分かった。やはり秋はそこまで来ているのだ。

麻機沼の周りに繁茂している葛の花も暗い紫色をして咲き始めている。小さい秋を見つけた、というところか。

葛という字は読みようによっては”かずら”とも読めるところから、つたのある草の本家的といってもよいだろう。

この草、繁殖力が激しく、立ち木に巻きついて登り、一体の森を瞬く間に覆ってしまうのは見ていて恐ろしいものがあり、麻機沼の堤防上の散歩道も同様である。

001kuzu 古歌にこんなのがあって、中学で習ったが誰の作か今では忘れてしまった。

(七月に草刈したばかりだが、葛の成長力は旺盛で、人に踏まれながらも”道をゆかさず”とばかりに)

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まねきとめ つなぎとどめて秋の野の

         尾花 葛花 道もゆかさず

また、高い木に登った大きな葉が風に揺れて裏側の白い部分が印象的なところから「裏見の草」と言われていたと言い、それが”恨み”に通じるとて歌に詠みこめられると言う話も聞いている。

そして、これはどうなのかな

葛の葉の 吹き返したる裏葉かな  高浜虚子

むかしから身近にあったため、人に利用されることが多く、葛根湯や葛湯、葛餅は大きな株の根からとった澱粉だし、今ではほとんど無くなったが、皮から作った葛布は掛川で今でもお土産用程度に作られている。

また、自分たちも使ったことがあるが、蔓を編んだ”ネコダ”はコケトリ(きのこ狩り)には欠かせなかったものだった。

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ベルリンで行われた国際陸上も女子マラソンを最後に終了した。

キャスターが嫌で男女のマラソン以外は、あまり見ることも無かったが、ニュース番組で見る限りでは100mと200mのウサインボルト選手に尽きるのではないかと思う。

中学校ぐらいまでの運動会ならいざ知らず、世界の強豪が集まってレースでよくあんなにも離してゴールできるものだと思う。

後続の選手が団子状態になって突っ込むのが従来の世界レベルのはず、おかげで、200m世界記録は「いくいく」なんていっぺんで覚えてしまった。でも、この記録もいつまでなのかな、、、。

また、男女マラソンで見た限りでは、アフリカ系の選手ののびのびとした走り方に見惚れていた。それに引き換え日本人選手の走り方はなんともチマチマして見栄えが悪い、何とか上位入賞はしたものの、あの走り方はいま流行の省エネ走法とでも言うのだろうか。

陸連とかコーチの指導が行き届いて、みんな同じ型にはまった走りをしているように見えて仕様が無い。この調子では他の競技も同様だと思うが、、、、もっと個人の特色を生かした走り方では駄目なのだろうか。

むかし、人間機関車と言われたザトベックとまでは行かないまでも、、、、。

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2009年8月23日 (日)

綿帽子の上に笠まで

002 005 (上、三階松のようにくもをかぶった富士山。横、給水等の脇に出た太陽、実際はもっと大きく感じた)

今日は”処暑” 酷暑の勢いも止まり涼風が吹き渡るころと言うのだが、夕べも蒸し暑く、途中でクーラーをかけたほどだった。

それでもって五時過ぎに起きだしてみれば、東の空が赤く染まっていたので、散歩代わりに田んぼのほうに出かけてみたが、夕べの余韻か、うっすらと霞がかかっている様子で、かすんだ富士山は綿帽子をかぶった上にさらに念をいれて笠雲をかぶせていた。

(綿帽子の上だから角隠しだろう、と言う意見もあった、そういえばそのほうが適切か。)

こんな日に山頂でご来光でもと思っている人は、自分たちだけが雲の中とは知るまいと思う。

昨年自分が登ったときは、幸いと雲海が現れて素晴らしい景色を見たものだが、そのとき、下界の人は一面の曇り空だったに違いない。

五時少し廻って、太陽が出てきたが、これがまたでっかいものだった、多分靄が大きく見せていたのだろうが、、、、、

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006 今日の新聞によると、今度の衆議院選挙では民主党が圧倒的な勢いで議席を獲得しそうな情勢だと言う。

前回の小泉郵政選挙の反動どころではない様相で、自民党の大物と言われた人も安穏としていられないようだとある。

この四年間の政治を見ていたら、貧富の格差は拡大し、強いものがさらに強くなるような政策ばかりだったようで、”勝ち組 負け組”なんて言葉まででてきた。

首相は「子供には夢を、若者には希望を、老年には安心を」と言っていたが、我々には今日の富士山のように、頭の上に重くのしかかる雲で、夢も希望もない鬱屈とした思いしかない。さらに、高齢者への負担は重くなり、この年金でどこまでやっていけるやら、ひとたび病気でもしたら自己破産でもと言う雰囲気しかないことをご存じないらしい。

しかし、選挙は水物と言われているので、今日の報道で決めかねている人がどっちに転ぶか、、、、

勝ち馬に乗るか 判官びいきになるか  さてさて

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2009年8月22日 (土)

可愛い顔して

042 道端に淡青色のツユクサによく似た花が咲いていた。

たぶん、花びらの形、葉っぱの特徴から”丸葉露草”と見たが違うだろうか。

丸葉露草は名前のとおり葉っぱが丸いので知られているが、この花関西を北限の野草であることからあまり見たことが無かった花で、長崎揚羽やクマゼミなどとともに地球温暖化で徐々に北上を続けているのだろうか。

この草の特徴は、土の下になっても実を結び繁殖するそうで、九州などの畑ではでは抜いてもなかなか絶えず、しぶとくて困り者の雑草だとあった。

こんなのに繁殖されたら、また、炎天下の草取りが長引くことになりそうで、可愛い顔してあの子は、、、って歌もあったっけ、なんていってられない。

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高校野球も準々決勝がおわり、大分絞られてきた。むかしから地元チームが敗退すれば興奮も一気に興味がしぼんでしまうものだが、自分のように途中から住所を変えたものには、住んでいるところのチームと故郷のチームがあるわけで、片一方が負けても、、、、というところがないでもない。

しかし、高校野球も感じる限りではむかしのような熱気はなくなったように思う。これは、自分の感じだけかも知れないが、あまりにも学校の宣伝に利用されすぎ、出場校のほとんどが私立高校になっているところにあるためではないだろうか。

そして、選手の側にもかなり計算高い思惑があるという。

金にあかせて有望選手をかき集めて作ったチームには、地元の子供がほとんどいないところさえあると言う。これで、地元チームと言ってもしらけるだけ。

そうした中で、県立岐阜商業が、並み居る私立名門校?を蹴散らして準決勝まで上がってきたのは、、、、「ガンバレガンバレ」と判官びいきの声援を送りたくなる。   

少なくとも中身はよその県からというのは無い、と信じて。

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2009年8月21日 (金)

ムームーとアッパッパー

Img_0040 ハイビスカス。芙蓉属の花であり、芙蓉やムクゲ、紅葉葵などの仲間であるが、日本でハイビスカスと言えば、熱帯や亜熱帯のいくつかの種類にかぎられている。

そのなかでも、真っ赤な花びらに黄色い雄しべ、そして、先端がまた真っ赤な雌しべが代表するように思える。

そのむかし、初めてハワイに行ったとき、ハイビスカスのレイを首にかけてもらい、髭が少し伸びた頬っぺたにチュッとしてもらったとき、こんなことなら髭をそっておくんだったと、もったいないやら恥ずかしいやら複雑な気がしたものだった。

しかし、かなり太目の小母さんはそんなことに慣れているらしく、にこっと笑って次に移っていったが、そのとき着ていたムームーを、戦中戦後の簡単服にそっくりだなと別なことに感心していた。

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戦後間もなく、あれもこれも無い無い尽くしころ、小学校の修学旅行に富山市まで一泊旅行に行った。

背中には貴重品の米、三合くらいを背負い、一里の山道を下り、炭で走る軽便ロコで猪谷、そこから高山線を蒸気機関車が引く列車に乗り換えて、子供心には六階建てだったと思うが大丸百貨店が聳える大都会に行った。

男の子はどんな服装をしたのか覚えていないが、女の子のほとんどは古着を仕立て直した”簡単服”なるものを着ていた。

仕立て直しとはいえ、普段の服に比べるとさっぱりとして綺麗に見え、はずかし気ななかにもツンと気取って見えたのを覚えていて、普段の同級生とは違って見えた。

そして、同じような仕立てながら、小母さんからお婆さんの場合は、これを”アッパッパーといい、薄い生地の仕立てだと、股下のところが透けて見えたりして子供心にも目のやり場が困ったものだが、井戸端会議のときなどは、そんなことものともせず、口角泡を飛ばしていた。

昭和の古きよき時代、井戸端会議のおおらかさが服装にも出ていた。

今日は、ハイビスカスから飛んだところに飛び火してしまった。

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ちなみに、”アッパッパー”は英語のUp a Parts から来ているというそうだが、そうなると原型はどこからきたのだろうか。簡単服と言う名称は戦争中にもあったようにおもうのだけど、、、、。

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2009年8月20日 (木)

 涼しげに咲く

Img_0026 Photo 暑い日差しの中、オモダカが白い花をいくつも付けて涼しげに水に浸かっている。

鏃のように鋭角の三角形をした葉が珍しいのか図案化されて武家の家紋に、歌舞伎の市川段四郎など屋号にに使われている。

花はの白色三弁花と珍しく、積み重ねてように咲かせ、上には黄色い雄しべを持った雄花。下のほうには青くて丸い珠を持った雌花を咲かせている。

薬用にされる種類もある中で、この草は田んぼの雑草として扱われただけに、抜かれたり、農薬をかけられたりで最近ではあまり見ることが出来なくなってしまった。

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2009年8月19日 (水)

今日はどこまで行ったやら

052 加賀千代女の句に「とんぼつり けふは どこまで行ったやら」というのがある。

子供を亡くした母親の心境だとも言うが、千代女が子供を持っていたのだろうか、、、想像なのか、後からの解釈なのか。

088 (止まっているのは蝶蜻蛉)

秋風に誘われて真っ赤なアキアカネが山から下ってくれば、野原一面にトンボが群れを成して遊弋するのも間近いと思うが、麻機の池周辺はいま蝶トンボと塩辛トンボが一番目立つ。

夏休みの、小学生がひとり。タモを持ってぎこちなく振り回しているがなかなか捕まらない。むかしなら、ガキ大将の振りをみて次第に覚えたものだが、今の子供にはそれが無いのだから、”自学自習”なかなか難しいものがありそうだ。

こうしたなかで、木の枝などに止まるトンボの採り方は比較的簡単に取れたものだが、大きくて綺麗な鬼ヤンマが一番難しく、これを捕まえるガキ大将が憧れの的だった。

そんなことを思いながら見ていたが、あまりの不器用さにたまりかね、つい手助けをしたかったが、いまの時代、、、、なかなか難しいこと、、。

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今日も朝からテレビのワイドショーは、麻薬で逮捕された酒井法子のことで話題沸騰。なんだか裏でかくまった元弁護士の親族が胡散臭く見えて仕様が無いと、、、。

その影で、銀座ホステスを死亡させた?押尾学容疑者は陰に隠れてしまった感がある。死人に口なしで、死亡した人から薬を進められて使ったにしたいのだろうか。

それに騙される警視庁ではないと思うが、報道ではちっとも取り上げていない。この問題の中でも、高級?マンションを好き勝手に使わせていた社長と言うものがいるが、なんだか闇の世界の底なしを垣間見ているようで、、、、。

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2009年8月18日 (火)

「へ」と「ち」の間だって

042 日中の気温は三十四度を指していたが、空気が乾燥しているのか、風が程よく吹いていたためか、畑の仕事もそんなに熱くは感じなかった。

(熱く感じなかったと言っても、上着は汗でびしょぬれ状態になったが、、、)

「風は、秋だね」と言いながら見上げる空にへちまの花が長い花茎を風に任せてゆれている。

カメラを向けてみると、黄色の花びらが太陽の光を跳ね返して、ハレーションをおこし、ベタ黄色。

へちまは、漢字で書くと糸瓜となるそうで、身体を洗うタワシしか想像できない者にとって、どうしてこんな漢字が当てはまるのか分からなかった。

その訳のひとつとしてこんなのがあった、初めは”いとうり”とそのまま読んだのだが、途中からいの字が落ちて、”とうり”と短縮され、さらに、”と”はいろはの順で行くと、「へ」と「ち」の間にあるから「へちま」になったという、とんち話。  

(でも、もし本当だったら日本のユーモアとして面白いのだが、、、。)

このほかにも、へちまは化粧水に使われることは昔から有名で「へちま水」と書いたビンを見たことがあり、肌に優しい化粧水だと聞いたことがあるが、なにせ、「男は化粧するものではない」という時代に育ってせいで使ったことがないし、匂いもかいだことが無い。

また、先日のテレビで、若い実を食べる。とやっていた。なんだか甘い味がするそうだ。しかし、こちらも、なんだか試してみるには少し抵抗感がある。

きゅうりと一緒なんだろうけどね。

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昼過ぎの畑の側を街宣車がボリュームを上げて通り過ぎた。

この熱いのに、、、、また、しばらくは騒がしいことになるんだろうな。

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2009年8月17日 (月)

いまごろになって

今頃になって夏が戻ってきたかという感じの天気予報。赤い太陽マークが延々と続いている。

風も無く蒸し暑い空の下、先日までいた長野は朝方の冷え込みは布団をかぶらずにはいられなかったのが懐かしいことのように思い出され、いくつか並べてみる。

112 まず、四葉ヒヨドリ。この花はあのけたたましく泣き叫ぶ鵯の胸の模様に似ていると見立てて名付けられた花だが、色合いが地味なのであまり好かれない。

しかし、虫たちにとってはこの花は魅力的なようで、よくたかっている。とくに、浅黄斑は人を認めていったん立ち去っても、じぃっとしていると戻ってくる。

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左、丸葉岳蕗  右、下野草

003 022

十一日の地震で崩壊した牧の原地区の東名下り線が機能回復した。

当初の予定より遅れたが、担当大臣が訪れるなどしたため、国の威信がかかっていた工事ではなかったろうか。

それにしても、予想外の問題が次々と発生したようでよく修復したものと現場関係者の苦労が察しられる。

それに比べると新幹線に障害がなかったのは、国鉄からJRに切り替わるとき、軟弱な場所には鋼矢板を打ち込みその先端をタイロットと言われる鋼線でつなぎ固めたためもあるのでなかろうか。

この工事に三年ほど、自分もボーリングマシーンを使って参加したので、いろいろな思い出があるが、国鉄の赤字を全て清算する事業団に移すのでこの際どれだけでもと、お金を使ったようだった。

しかるに、道路会社の場合、その余裕が無かったのか、それとも、知らなかったのか、、、。

いまごろになって、そんな事言っても仕様が無いか。

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2009年8月15日 (土)

転機

128 フシグロセンノウは漢字で節黒仙翁と書く。

関節のようにところどころで丸く膨らんだ部分が黒いことから付けられた名前のようで、少し薄暗い木立の中で朱色の花をことさら目立たせるように咲かせている。

その有様は、年老いた仙人というにはちと違う感じを持たせるものがあり、花言葉も”転機”と言うそうだが、陰に隠れて何か画策しているように見える花である。

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野辺山の二十六度を最低にして気温は一寸刻みに上がり、甲府盆地の韮崎に来たときには車載の温度計は三十五度になっていた。

六十四年前、”敗戦の日”正午によく似た感じの青空、あの日も暑い一日だった。雑音ばかりで何を言っているのか子供には理解できない声がラジオから流れてくる。

なんだか、虚脱感がただよっている人の声は「戦争が終わった」と聞こえ、プールから上がって裸のまま聞いたその声を母親に伝えた。

暗い納戸の戸棚の前で母親は「そうか」と一声。それが、あの日の記憶である。

先日、NHKのテレビで元海軍の幹部たちが「海軍反省会」と言うものを昭和55年から11年間のべ400回行なったそうで、そのテープを元に三夜連続で放送していたが、それを聴いていてむなしくなった。

一回目は「海軍あって国家なし」二回目は「「特攻 むなしき沈黙」最後は「戦争犯罪」であったが、統帥権を楯に海軍省や大臣の意見も聞かず一部の人の考え、それも勇ましい人の意見に引きずられて、大局観もなしに戦争に突っ込んで言った様子が見て取れ、そのため、無駄な死に追い込まれた人がどれだけいたことか、、、、、、、

今の役所同様「省益あって国家なし」の原点は何も解消していないように見える。

となると、敗戦から占領、独立の過程で国家組織は転機を身につけることができなかったようだ。

霧が峰の花。

左、メタカラコウ、右、棕櫚欄

045 047

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2009年8月14日 (金)

霧が峰は霧の中(車山1,925m)

012 (霧に包まれた八島ヶ原湿原)

霧が峰とはひとつの山でなく、1,925mの車山を最高峰にした溶岩台地であたり一体が湿原と草地で花の多い山で知られている。

そのため、観光客が多く駐車場に入れず長い行列を作っているのをいままでたびたび見ている。特に夏休みのこの時期、すごいものがる。

今回は、前日親戚の新盆があったので、地の利を生かして早起きをして七時に八島ヶ原湿原の駐車場に入れば先客は五台悠々と駐車できたが、なにせ和田峠からこっち名前のとおり濃い霧が巻いていて見通しはぜんぜん利かない。

それでも支度して、八島ヶ原湿原沿いの木橋を東に歩き車山を目指す。

007 019水滴をまとわりつかせたシシウドとツリガネニンジン。この花がこんなに綺麗に見えたのは初めて)木橋周辺にはシシウドやツリガネニンジン、シモツケソウなどが霧による水滴をしっとりとつけ霧の隙間から次々と現れる。

084 奥霧の小屋を過ぎて物見岩に登ったあたりから霧が晴れて草だけの山は明るく開けてきた。道は緩やかに登るため、他の山のぼりと違って結構早足で歩く1,836mの蝶々深山には約一時間で到着、ここも名前のとおりクロヒカゲ蝶や浅黄斑蝶、そして、四年ぶりくらいで孔雀蝶にお目にかかれた。

帰り道、すれ違った監視員と話す中でこの人は10年ほどこの仕事に携わっているがまだであったことが無いと言う。そして、浅黄斑は近くに群生地があるというので場所を内緒で聞くことができたが、ここはまた日を改めて、、、。

070 (蝶々深山から車山山頂、なだらかな草原が続く)

蝶々深山まで調子に登りすぎた付けが出て、気象観測ドームが建つ車山山頂には十時近くになってようやく到着。

蓼科山をはじめ周りの近い山を眺めて、どちらにしようかと迷った末もと来た道へ引き返すことにした。帰りは霧も晴れすれ違う人も多くなって、木橋を右に左にと人ごみを掻き分けながら駐車場に戻れば、駐車場に続く道路は長い長い駐車待ちの車列が続いていた。

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2009年8月12日 (水)

ミストサウナの山(竜爪山)

020kitune 038one 富士見峠から先のなだらかな尾根道は、二十㍍ほどしか先が見えない。

杉の植林の間を水っ気の多い霧がただよいミストサウナに入ったように上着を濡らす。

今日は、久しぶりに晴れの天気予報も出て、朝方日も差したので先日来行ってみようと思っていた竜爪山の”狐の剃刀”を見に出かけることにした。

先月の大谷崩れの失敗ですこし体力に自信をなくしていたので、今回は穂積神社まで車が上がらなければ断念する積りで行ったが、農道のほうは何の障害もなく上れたので、七時半には到着することが出来た。

穂積神社に到着すれば、先客のトラックがいて挨拶をされたので、しばらく話す。聞けばこのお宮さんの鳥居などを建てた石工さんで今日は神前の灯篭の先端が昨日の地震で転げ落ちたので修復したところだと言う。

しばらく話をした後、支度をして登りだす。道はところどころ雨による出水のため荒れてはいるがしっかりついており約40分で目的地に着く。

着いてみてしばらくは呆然、花の盛りは過ぎていたがそれよりも雨に打たれてほとんどの花がうつむいてしまい、例年に比べると花の数が少ない感じである。例えは悪いかもしれないが毛が薄くなって地肌の見える頭といったところ。

035 予想はしていたが、あきらめて帰ろうとしたら、地面を這う霧の中からゆったりとした感じでアゲハチョウがゆらゆらと躍り出てきて、あちこちの花につかまりながら移動していく。

これが、今日のハイライトなのかと思い、アゲハチョウが近くに来るよう念じて待てば、願いかなってカメラの射程距離に一瞬は入り飛び去る。

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それから、霧に包まれ歩くこと40分。勝手知ったる道なので、時おり現れる見覚えのある木や標識を目安に頂上に到着。

ここで次の目標のチャボホトトギスを探すが、まだ早いらしく数が少ない。

057 ようやく満開のものを写真にして、パソコンに入れて拡大してみると、光源が少なかったため手振れしたものが多く、使えるものはほんの少しであった。

帰りは、乗っ越しから穂積神社に下る道をとり、鉄製はしご段で滑らないよう慎重に下ってきた。

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2009年8月11日 (火)

地震が来たぁ

027sunpukouenn (地震で壊れた駿府城の石垣。静岡市内唯一、目に見える被害と言えるのではないか、)

朝五時少し過ぎ、眼が覚めて起き上がったところで地震が来た。

不思議なことに、横揺れが最初にきたような気がする。立ち上がった瞬間ゆらゆらと大きく揺れたのですごい立ちくらみかと思ったからだ。(立て揺れの振動(P波)のほうが速く伝わると聞いていたので)

最初、脳か循環器系統の病気かと考えた、次の瞬間ぐらぐらっとした立て揺れが来て地震と思えるようになり、病気ではなかったと言う安心感を地震の揺れの中で感じていた。

人間と言うものは不思議なもので、もう少し激しく揺れて建物が崩壊したら、何を考えていたのだろうか。よく、身の回りで地震や火事が起きたとき大事なものを放ったらかしにして、枕を大事に抱えて飛び出したと言うのはそんなところに起因があるのではないかと思う。

とにかく、テレビを入れてみたが、一番信用できると思われたNHKがオームのように同じことを繰り返してばかりいて役に立たないことだった。アナウンサーも出ず画面も動かない。

対して民放五局のほうが各地に電話したり取材に力を入れている。誤報を避けるために慎重に成っていたのは分かるが、中国の新華社通信がチベット報道を外国メディアに先を越され、一番遅れてしまったのに似ている。

そして、当たってもらいたくないと思うのだが、昨日のブログで地震のことを書いた予想がそのまま当たってしまった感があることだ。

気象庁は、横ずれ断層だから東海地震と関係ないというが、東海地震の震源域と今回の地震はほぼ一緒の深さにあることである。これが刺激にならないことを祈る。

とにかく今回の地震は、揺れの大きさに比して被害がほとんど無く、無いに等しいものだから、マスコミは探し回って大げさに報道しているが、生活に影響があるのは東名の土砂崩れくらいか。

とにかく良かった。運が良かった。というしかない。あとは、”que sera"といったところ

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2009年8月10日 (月)

過剰防衛に見えるんだけど

Img_0047 麻機沼の鬼蓮が花を開かせ始めた。大きな葉っぱで水面を埋め尽くした間から。

Img_0044 明るく濃い紫の花は、蓮の花のようにこんもりと開くことは無く、3~40度くらいの角度が精一杯のようでなんだか遠慮がちに咲いているといった感じである。

しかし、何におびえているのかすべてをとげで覆っている。花を包む苞やそれを支える茎はもちろん、薄くて破けやすい葉っぱ、そして、種までも、、、、。

蓮根と違って昔からこれを食べる風習はどこにも無かったようだし、水面に大きく広がった葉を見ても虫食いは見られない。なのになぜそこまで武装して身を守るのか。

そして、こんなに自己防衛をしながら絶滅危惧種で、人間が保護しなければならないのだという。

なんだか日本と言う国と似ているような気がしてしまった。世界でも有数の軍事費を使ってかなりの防衛力を持っていると聞くが、出生率は最低の部類に入って、平均で言うと一家族で1.3人の子供しかいないとのこと。

これは明らかに日本人が絶滅危惧種に入りかけているのではないだろうか。政府は、2,001年に少子化担当大臣を作って見せかけだけの保護政策をおこなったが、予算も人員もいなかったらしく、何の手も打てなくてさらに出生率は落ち、いまでは、14歳以下の人口が総人口の12.7%なのに対して65歳以上の人口はその倍に当たる25%だそうだ。

ご当地にも、少子化担当大臣の経験したとポスターに書いている人がいるが、歴代の大臣を含めて「あなたは一体何をしたのでしょうか?」と聞きたい。

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昨夜、八時少し前にゆっさゆっさと天井から下がっている電灯がゆれた。テレビのテロップは北関東を中心に震度四を記録したと報じていたので震源は向こうなのかと思っていたが、今朝の報道を見て驚いた。

震源は、東海道南方沖だと言うではないか。震源に近い静岡県より遠くのほうが揺れたと言うのは震源の深さが最今になく深いところにあり約320kmとか。

これだけ深いと、東海地震が想定されている15~30kmより深く上部マントルに入ると思うが、地殻を形成しているプレートもここまで入ると柔らかくなると習った。すると、何かの加減で軟化しなかった部分があったのだろうか。

今年は何かにつけて変な年だけに何かの前兆で無ければよいが、、、。

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2009年8月 9日 (日)

駿くんのこと

012 日本語では”花縮紗”という。英名ではジンジャーリリィー、つまり、生姜百合とでもいうのだろうか。

この花はもともとは白が基本だったそうだが、園芸用になって黄色から赤いのまである。

また、ふつう食用にする生姜と違ってこの花で自分の背丈より高いから1,8mほどもある。手元に引き寄せて匂いを嗅げば甘くて爽やかな感じの匂いがし、花の観賞とともに香料の原料に使われたのが分かる。

ところで、花生姜と言わず花縮紗としたのは、漢方薬のほうで使われる言葉だそうで、命名するときそちらのほうが高級な名前に思えたためだろうか。

花言葉は、豊かな心だそうだ。

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最近我が家に駿くんという二歳にならない子が訪れてくる。苗字はまだ聞いていない。

自分の孫にも同じ名前の子がいるのですぐ覚えたが、孫のほうは小学校五年生にもなれば分別くさくなって、可愛げが少しづつ消えていく。

自分のすむ町内は二十戸に満たない小さな班であり、そのうち七戸が借家であるが、所帯主の平均年齢はおそらく六十五歳をこえていることと思う。

所帯主がそのくらいになると、その子供は外に出ているため、ここしばらくは幼児の姿を見ることがなく、静かに静まりかえっていたが、最近になって入ったきた若い夫婦の子供がこの駿くんである。

この夫婦、いつこちらに来たのかは知らなかったが、幼児が外に出歩くようになったこの春ごろから、、、。

まだ言葉はほとんど話すことが出来ないが、子供の力はすごいなと思うのは、外に出歩くようになってから、暇(?)をもてあましていた、近所の女性?が取り囲みその中心になって話が盛り上がっている様子。

きっと、自分の子供がこれくらいのときを懐かしく思ってのことだろうか、自分はこの子が家の庭に入ってきたときだけ「蚊に刺されないように、、」と気遣っているが、もともとの子供好きもあってかなりメロメロ、、、、

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普段なら、挨拶だけで立ち話も減っていたのに、と思うと、、、、、

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2009年8月 8日 (土)

どのように見えている?

035 その翠の目には人間がどのように見えているのだろうか、針山地獄のような栗の毬は君にとってはどんな居場所なのだろうか。

蟷螂の幼虫を見ているとそんなことを聞いてみたい気がする。

昆虫は複眼と言って小さな目がいくつもあるそうなので、我々の単眼とはものを見る世界がちがう。簡単に言うと物をシャープに見ることは出来ないが、動体視力はピストルの弾が見えるのではないかと、聞いたことがあり、ハエやゴキブリが手で叩けないのはこの辺にありそうだ。

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今日は朝からよい天気で山にも行って見たいのだがあいにくの土曜日。多分人だらけなのではないかと思うと、二の足が出ない。

朝早く、と言っても七時過ぎだが畑に行って昨日作業途中で止めたトマトの支柱を片付けることにした。

気温は熱帯夜だったらしく、日が差している畑の下りた時点で二十七度。

支柱を繋ぎとめている鉄パイプをはずし、支柱を20本づつ抜いてまとめて縛って自動車に積み込むのだが、これが結構重労働。

約300本を抜き終わるころには、仕事着が汗でべちゃべちゃ状態。約三時間後精も根も尽き果てたと言うか日射病が心配になってきたので引き上げてきてシャワーを浴びる。

この後ビールになればよいのだが、まだ午前中ではそうも行かず、長い一日 陽が傾くまで”我慢我慢”のお爺であった。

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2009年8月 7日 (金)

ほのかな甘みと懐かしさ

046 今日は中秋。秋の始まりとされ、朝夕に秋の気配が感じられるころと言う。

梅雨明けが宣言されてからまだ一週間に満たないのに、しかし、野の花は秋の支度をしている。

麻機遊水地の”水木”(私たちはこれをイツキと呼んだ)の実も赤く熟れていまが食べごろ。誰もこれが食べられると知らないのか、手をつける人がいないので、私が代表して賞味することにした。

枝を引き下げてつまめば、程よく弾力も出てきて、「食べごろだよ」と訴えてくるものがある。

口中にほのかな甘みと舌触り、、、、、懐かしさを感じた後、用意したレジ袋に摘んで孫にも賞味させようと思う。(きっと親は「またそんなもの取ってきて、、」言うに違いないだろうが)

自分たちが子供のころ、この実を探して山の高いところの木に登り、赤い実の生っている木を探したものだ。

幼いころは、上級生に連れられて行ったが、良いところはなかなか貰えず。年長に成るにしたがって単独で探し回ったものだった。

赤から紫がかってくるころが一番美味いのだが、なかなかそれまで待てない。他人に取られるかもしれないというのもあるが、一番は腹が減って仕様の無い時期だった。

昭和30年ころまで、食糧難で飢えた山の子供はこのあと、アケビ、猿梨、マタタビ、山葡萄と渡り歩いて雪が降るまでの秋を味覚を楽しんだものだった。

そのころは、果物が”水菓子”などと上品な言葉で表現されることなど知らなかった。そしていま、山じゅう杉が植林されて木の実はなくなり、子供は木の実が食べられることなど知らなくなった。

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2009年8月 6日 (木)

擬とは似て非なるもの

011_2 擬(モドキ)とは”似て非なるものを言う。

この花を”サフラン擬”という。濃いピンク花びらと黄色い雄しべの先端がT字の形をしているのがデザイン的にはどうなのか知らないが良く目立ち、可愛らしい花である。

江戸時代日本に入ってきた来た時はサフランだと言われて来たが、明治に入ってサフランは別な花だと分かったので、別の名前を考えず後ろに”擬”を付けて命名したそうだ。

雨が降った後二~三日して咲くところから、別名をレインリリー(rain lily)と言うそうだがこちらのほうが可愛くて似合っているような気がする。

020 また、白い花”玉すだれ”が近い種類と言うが葉の形は似ているものの印象としてはかなり違うような気がする。

いずれにしろ擬がつくのは、梅もどき、揚羽モドキ、サソリモドキなど二流品扱いを受ける。ただし、ガンモドキはその名を卒業して”ガンモ”で通用するようになったのは例外であろうか。

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ここしばらく、芸能人が麻薬で逮捕され、その報道が過熱している。テレビで見ていると容疑者を乗せた車がカメラマンに囲まれて排除しなければ動けないような光景が映し出されていた。

真っ黒なフイルムを張ったり、カーテンを引いたりして、写るはずも無い自動車にカメラを押し付けて、、、、そこまでしなければならないのかと言う気持ちにさせられる。

そして、一人は奥さんが失踪したとかで身延町が報道陣で一杯だそうだし、もう一人は出入り自由と言われる他人名義の胡散臭い部屋に死人を残して逃げ出していたそうで、報道によると「死人に口なし」とばかりに責任回避しているようだ。

一方、今度初めて裁判員参加する裁判の容疑者は、素通しの自動車に乗せられまるっきり素顔が写されていた。この差は何なんだろう。

まだ容疑者の段階では、、、、と言うならこの人も写真に写らないようにするべきではなかったのか、テレビを見ていて納得の出来ない感じをもってしまった。

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2009年8月 5日 (水)

長雨のとばっちり

048kisuge 夕菅の花が涼しげに咲いている。

名前のとおり夕方に咲いて午前中には萎れるところから点けられた名前だが、そこが良かったのか歌の題材にも良く使われている。

もともとの名前は、色から言って”黄菅”と言うのだが、こちらのほうは”日光黄菅”が尾瀬で群生しているのが歌われてから有名になって、こちらにお株を取られてしまったと言うところか。

Img_0129 写真を比べても良く似ているがニッコウキスゲのほうがどうもしぶといと言う印象を自分は持っている。

同じような花なのに、花言葉は夕菅は「麗しき姿」日光黄菅は「日々新たにして」となるそうだ。そんなに印象が違うのかね。

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今日は曇り空の下、気温も高くないので久しぶりに畑に行ってみた。

ここ二~三日天気もよく土も乾いたようなので、久々に手入れをと思ってのこと。行ってみて吃驚。もともと水はけの悪い土地であるが、畑全体に腐敗臭が漂っている。雨降り前に抜いたり刈り倒していた草が水にしばらく浸かっていて腐ったためらしいのだ。

さらに、抜いていなかった雑草は生い茂り、先日植えて、5㌢くらいまでに育っていた大根、蕪などは草の中に埋もれて消滅していたし、直径5㌢以上に育っていたおろし大根は抜いてみると先端が腐っている。

流通市場に野菜が入ってこないと言うが、どこもこんな具合なのだろう。さいわい自家消費なので腐った部分は切って捨てたら美味しく食べられたが、市場には出せないもの、、、。

とんだ長雨被害のとばっちりを受けてしまった。畑はトマトも終わり支柱はずしを行ったが、蒸し暑さで作業ははかどらず。

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2009年8月 4日 (火)

そんなことどうでもいいじゃない

020 高齢者の自動車免許更新に際して、自動車学校で講習を受けよと言う通知が来たのでどんな具合なのか散歩がてら聞きに行った帰り、愛宕霊園の観音様がある丘を登ってみた。

ここも、地面にいくつもの孔が開いており、蝉が地上に這い出た様子がみえる。穴の調子では毎日たくさんの蝉が出ているようで、傍にある高いものに手当たりしだい這い上がって羽化して様子が見て取れた。

その中のひとつ、百合に這い登り、失敗したと思ったかどうは知らないが、行き場が無くなって花びらで間に合わせたようである。何とか無事にセーフと言った感じ。

ところで、この花、鉄砲百合か高砂百合なのかそれとも新鉄砲百合といわれるものか、聞くところによると、高砂百合は台湾が原産地であり、その生命力の強さから鉄砲百合を圧倒していると言われ、鉄砲百合との違いは花びらの外側が

に赤みがかった紫色がついており葉が細くて小さいとのことであるが、葉が小さいのかどうかは栄養の加減もあるので、分からない。

新鉄砲百合と言われるものは、鉄砲と高砂の交配種とか。するとこれは、、、

「そんなことどっちでもいいじゃない」とはキンチョールのコマーシャルでダンス教室の先生も腰を振りながら言っていたよな。

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天手力男命(アマノタヂカラオノミコト)が天岩戸をこじ開けるように日本の空から梅雨空を引き剥がし、天照大神を大空によみがえらせ東北地方を除いて”梅雨明け宣言”が出された。

しかし、これは、日本が得意とする本音と建前のようなもので以後の天気予報はすっきりした夏空ではないと言う。そして、天気予報といえば、四月の段階で今年の梅雨は短いと宣言して大外れ外してしまったのだが、このことに関しては反省の弁を聞いたことが無い。

信用して当てが外れたり、迷惑を蒙った人も沢山いただろうが、自然のことと文句が出ないのか、大型のコンピューターなど巨額の投資を行ったにしてはなんだかお粗末に過ぎるような気がするが、「そんなことどうでもいいじゃない」とは言って欲しくない。

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2009年8月 3日 (月)

やみくもの梅雨明け?

043 東海、近畿とようやく梅雨明けした。最も梅雨明けしたと言っても、明日からの天気予報は相変わらずの曇りや雨模様でありなんら変わることが無いのだが、今日の青空をもってやみくもに”梅雨明け”を宣言したように取られても仕方が無い。

そして、この晴れ間を待っていたかのように蝶々があちこちで乱舞していた。その中のひとつ大和蜆蝶。

ヤマトシジミというと、一般には味噌汁の具にする小さな二枚貝であるが、今回はシジミ蝶といわれる中の一種。

名前の由来は多分シジミ貝に似た羽を持つ蝶か、シジミ貝みたいにちっちゃい蝶という意味でなかろうかと思う。

048 この蝶は、羽の裏側に小さなハート模様をいくつか並べたように持っているのと、羽の表が光沢のある濃い青色をしているのが特徴。(羽の裏表は背中側を表と言うように決まっているらしい)

とにかく敏捷な蝶の上、なかなか一箇所にとどまることが無いので、羽の表はなかなか広げて見せてくれない。

034 雌を前にして自分の羽模様を見せている)

江戸時代、なんどか贅沢禁止令が出たが、金持ちは裏地や外から見ることが出来ないところにお金をかけることを”粋”と言って競ったそうだ。それに似たところがあるような雰囲気が感じ取られる。

しかし、雌にはここが勝負どころだから、ゆっくり閉じたり開いたりして光加減を見せている。

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法制審議会の部会が国民投票などで、選挙権が18歳からになること、世界の情勢かなどから、成人を18歳に引き下げるよう促したことが話題になっている。

しかし、肝心の18歳の連中はテレビなどを見る限り、まだ子供でいたいようであまり賛成意見は聞かないし、大人と言われる人たちもまだ早いと言う意見が多い。

たしか、自分が周りを見ても子供っぽい若者が多い。これは、自分たちの時には中学を卒業してすぐに勤めに出るもの、集団就職の”金の卵”が半数以上はいて、20歳には八割くらいが自分の生活費はおろか、親に仕送りさえしていた。

そのころに比べると格段の差が有ると思う。まして、この18歳は当事者の要求でなくお仕着せにちかく、法律が出来ても日本の民主主義と同じ自分が勝ち取ったと言う意識がない。

と言ってこのまま20歳まで子供扱いにすれば成りばかりはでかいが責任感の無いとっちゃん坊やが巷にあふれる。その一方でゴルフの石川選手のように大人顔負けの17歳がいる世の中。

段階的に、税金を納めている人に選挙権を与えると言うのはどうだろうか、昔は大人でもそういう制度があったではないか。

ついでに、税金を納めている外人にも、当然の権利として与えたいものだが、凝り固まった意識を持つ人に説得するのは難しいことだろうな。

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2009年8月 2日 (日)

雨宿り

020 夜半から降り続く雨はよほど厚い雲の下になるのか、朝を遅くし、夜明けから三時間はたっているはずなのに、居間の電気を点けなければ新聞が読めない。

昼になって少しは小止みになったもの、散歩に出かけるほどの晴れ間もなく、結局は家のなかで本を読んだり、テレビを見てグタグダと過ぎていく。

夕方になって、庭に一羽の蝶々(蝶は一頭二頭と数えるようだが、、、)が雨に打たれながら彷徨っている。羽の色形から、褄黒豹紋蝶の雄と見た。

063 この蝶なのかどうかは分からないが、昨日は庭の黄色コスモスの蜜を吸っていた褄黒豹紋蝶がいた。よほどお腹が空いていたのか、それとも、蜜が美味かったのか、人どころか傍に飛んできた雌にも目をくれずに花にしがみついていた。

燦燦と輝く太陽の下、明褐色の花に同じような色をした蝶が光をまぶしく反射していた。

その蝶が、今日は雨に濡れまいと一枚の小さな木の葉を楯にして羽を折りたたみぶら下がってしまった。

024 あれから五時間、いまだにその姿勢のまま夜を迎えている。

古川柳に”本降りになって出て行く雨宿り”というのがあったが、この蝶の辛抱強さに脱帽し、一夜の宿を邪魔をすることなく見守ってあげたいと思う。

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2009年8月 1日 (土)

田の実の節句

鹿の子百合。最も綺麗な花のひとつ、と言われている鹿の子百合は園芸品種かと思っていたら、四国や九州では自生しているそうだ。(もっとも。盗掘が激しくて減少気味だとか、どこも同じだね

029 今日八月一日は八朔という。もともとは旧暦の行事の一つだが、このころになると、早稲に実が入るので、農民の間では初穂を恩人に送る週間が古くからあったそうで、”田の実の節句”と言われている。

その”田の実”を頼みにかけて「おたのもうします」と京都の芸妓や舞妓さんが世話になっている置屋などを廻る風習が今に残っているそうだ。

百戦錬磨の芸妓が鬼百合なら、赤いべべ着た舞妓さんはさしずめ鹿の子百合と言ったところか。

鬼百合と鹿の子百合。もし、両方が「おたの申します」と言って来たらどうする。

夢のまた夢はわかっている、しかし、夢の中だけでも、そんな夢を見て身をよじらせて見たいものだ。

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008ine 「この調子で行くと、八月半ばで秋雨前線になり、梅雨明けは無いかもしれません」と気象予報士はテレビで言う。

そうすると、今年は「なつ~は来ぬ」では無く「夏は来ない」になっちゃうのかな。

静岡当たりでは、稲穂が出はじめ籾の間から白い雄しべが出始めているが、この季節日が当たらないと結実しない、と言うから心配だ。

豊葦原瑞穂の国も実が入らないでは、ただの葦原になりかねない。

民謡の文句に”そろう~た そろたよ 踊り子が揃うた 稲の出穂より なお揃うた”と言うのが有るが、田んぼ一枚ごとにみれば踊り子の比ではない。

010 一糸乱れず一様に穂を出し始めている。子供のころこの時期になると遠い山の向こうの雲のした、音も無くピカピカッと空が明るくなるのを指差して、年寄りが「あれは、稲に実が入る稲びかりというものだ」と教えてくれたのを思い出す。

あのころはまだ世の中に神秘と言うものが残っていて「狐の嫁入り」「火の玉」「河童の尻こだま抜き」、、、が信じられていた時代で、自然もいまのように竜巻だ、ゲリラ豪雨だ、ダウンバーストだなどと荒々しくなかった。

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