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2009年11月26日 (木)

珠なす露は

004 小さな草むらをぐるりと廻れば、そこに宝石を散りばめたように変化する。

秋口に草刈をしてまだ他の草が大きくなっていないところに生えているスギナ。その幹と言わず葉というべきか枝と言うべきか細い棒の部分に小さな水玉が無数についていて、それが太陽の光を虹のように反射している。

太陽に背中を向けて初めて分かったことなのだが、どうしてこんなに小さな水玉が付くのだろうか。周りの広い葉っぱには、水滴がなかった。

009珠なす露は薄に満つ 思えば遠し故郷のそら、、っってのがあったな。

そんなことを思わせる初冬の麻機沼は風もなく、陽だまりは暖かい。

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そのむかし、中国の魏の時代と言うから三世紀のころ、日本では卑弥呼の時代

竹林の七賢人といわれる人々がいた。その後、日本では名前のために非常に好かれたようで狩野派の絵の題材に使われ、竹林を流れる小川のほとりに思い思いの格好でゆったりと過ごしている図柄の屏風などを見たことがある。

実際は同じ場所で語りあったこともなくいそうだが、見てくれのよい形にこだわった政治(儒教)に嫌気が差して、飲酒奇功をくりかえすことで政治を批判していた人たちだった。

しかし、この当時は政治に批判的な行動、言論は命が懸かっていただけに酒に紛らわして言うしかなかったのだろうが、これが、日本にきて一番儒教的だった江戸時代にもてはやされたのはこれまた不思議なこと。

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先日来世間をにぎわし、喝采を受けている事業仕分けで次世代スーパーコンピューターの開発費がばっさりと切られたことに対して、誰かが後ろから焚きつけたのか、日本人のノーベル賞を受賞した先生方が怒りの声を上げているのがテレビで放映された。

それを見ていて感じたのは、あまり居猛々になって物を言うとかえって反発を感じさせる典型のように思えたが、これも世間知らず、自分のいうことは何でも通ると言う学者先生の日ごろの習性が出てきたのか。

とにかくいまどきの七賢人(?)は、、、、、、

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