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2010年2月28日 (日)

なにやらゆかし

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山路きて なにやらゆかし すみれ草  ばせう

017 濃い紫のスミレが山の斜面に咲きだした。午前中まで降っていた雨の名残を下唇のような花弁の先に残して、、、。

やはり、野に咲く花はたくましいと言うか、同じ仲間で店先のポットに入って売られているビオラよりは生気があって美しい。

もっとも、学名のビオラはスミレのことを言うとなると、区別はつきにくい話になる。

日本語の”すみれ”はスミレの花を横から見ると後ろに突き出している格好が、「墨壷」に似ているので付けられた、という説を植物学の権威、牧野博士が言ったそうだが、大工道具の墨壷は昔からあんな形をしていたのだろうか。

では、その前には名前が無かったのだろうか。あったとすればどんな名前だったのか。卵と鶏みたいな関係ではあるまいに、、、悩んでしまう。

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tunami」とは数少ない世界共通語になった日本語だが、この言葉がそうなった理由は過去に悲惨な災害が多かったことによると思えば、嬉しいことではない。

今日は朝からチリで起きた地震の津波予報でテレビは全てこれ一色。オリンピックも、のど自慢も、そのほか日ごろ楽しみにしていた番組も全て吹っ飛んでしまった。

しかし、50年前におきた三陸津波も同じ場所で起きた地震の災害と再来と思えば警戒をするに越したことが無い。とはいえ、どの局も同じ内容ことばかり、一部の局しか見られない地区があれば仕様が無いことかもしれないが、そんなところは無いはず。

当番制にでもして半分は通常番組、半分は津波番組を交代に放送するとか出来ないものだろうか。と思ってみていた。

津波が日本に到達したのは予想より少し遅れたが、早く来たよりは格段に良いことで、何よりも被害がほとんど無かったことが一番である。

以前は、津波は突然来るもので50年前のときは地球の反対側の地震で被害が出るなど予想もしていなくて大惨事になったことを思えば、科学の進歩は大したものだと言わざるを得ない。

そして、科学の進歩に比べて記者会見の場で「何時警報が解除になるのか」と交代に同じ質問をする記者連中に進歩が見られないことが残念だった。

三月一日、朝のワイドショーで時間通りに来なかった。とコメンテーターが津波学者に聞いていたが。なんと馬鹿な質問をするのかとここでも失笑。

地球の裏側で起きた津波が計算どおりにくるわけが無い。飛行機だって気象条件によっていくらでも遅れるのに、、、それより、時間より早く来なくてよかった。と褒めるべきではないだろうか。

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2010年2月27日 (土)

花韮一厘

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花韮が一本スキッとした感じで立っている。

淡い青紫の入った白い花、六枚の花弁を精一杯広げて見せている姿は、この後次第に密集して咲かせるとまた別な印象がでてくるが、今日は一本、今年初めて見たせいか気品があるとか清楚とかが当てはまるような感じがしてならない。

名前の由来は、葉の形が似ているとか韮の匂いがするからと言うがそんなに似ていないし、匂いも感じない。

属も違うので命名者のとちりであろうか。ともあれ、遠い南アメリカが原産と言うこの花、すっかり定着して野山の花になりきっている。

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雨上がりの暗い空ながら気温も高く、花大根や地縛りも咲き出して麻機の山は花一厘 花一厘と春が近づき、すっかり定着したのかも、、、、。

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2010年2月26日 (金)

雨に打たれて (flakeとdrop) 

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時折強く降り出す雨でなかなか外には出られない。

しばらく空模様を見て腰を上げるとまたひとしきり、、、意味は違うかもしれないが「遣らずの雨」みたいな感じの降り方になってくる。

「ええいままよ」とばかり傘を持って出かければ、雨に打たれて鈴蘭水仙が咲いている。

下向きに釣り下がった花に小さな雨粒がひとつふたつ、、、。

英語では snow flakeと言い。雪がちらちらと降る様子と名付けらている。

花言葉は、慈愛 純潔といかにも乙女チックな言葉が並んでいるが、この草が持つガラタミンとか言う劇物が惚けに聞くかもしれないと期待されていると書かれていたが至急実用化されるのを祈っている。

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そして、帰りの道すがらよく似た花”スノードロップ”を見たが、こちらの花言葉は希望 慰めだという。

それにしても、よく似た花にフレークだのドロップだのと菓子を思わせる名前をつけて惑わしている。「両手に花というわけには行かないから、どちらを取る」と言われたら、、、ぼけ封じに期待しようか。

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2010年2月25日 (木)

霞に浮かぶ富士山

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此処しばらく初夏のような温かさの中で富士山も霞の中に消えかかっている。

昨日、山梨に向かうのに富士山の西側、芝川町から朝霧高原を廻って向かったが富士市の近くに入ってようやく富士山頂がしっかりと見えてきた。しかし、麓は霞でぼんやりとし、まるで中空に浮き上がったような感じで見える。

この調子で春になれば富士山ともしばしの別れとなるだろうが、「どっこいそうは問屋がおろさない」    また寒い北風が霞を何度か吹き払うことだろう。

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.朝霧高原最北部を越えて、山梨県富士ヶ嶺から望む富士山。

かって、この霞の下にオーム心理教の第6(?)サティアンがあり、その跡地に縛られた大きなガリバーが横たわっていたのも夢まぼろしのように消え去り、人間の諸行を笑うかのように静かに静まり返っている。

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2010年2月24日 (水)

春の儚い命 (節分草)

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ぽかぽか陽気に誘われて山梨は旧三珠町へ節分草を見に行ってきた。

旧三珠町は笛吹川支流の芦川沿いに連なる町で、県道のすぐ脇の家の裏の斜面に自生している。

静岡には節分草の自生地は聞いた事が無いので、近くでは此処と愛知県の鳳来寺の近くか秩父まで行くしかないとのことである。

031s この花は石灰質の土地にしか咲かない上、此処の節分草は渡部さんと言う個人の土地である。玄関で丁度出てきた奥さんにことわって見せてもらったが、小さな花なので目が慣れるまで花の所在が分からなかった。

しかし、よく見ると栗の枯葉の間に白い雪を散らしたように点々と散らばっており、「あっこんな所にも あそこにも、、、」と言っていたがそのうちそこらじゅうにというくらい、、、斜面全体に花咲爺さんが灰を撒き散らしたように咲いていた。

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節分草は高さ10センチに満たない小さな花で、文字通り節分の頃から咲き出すようで、この家の外壁にに貼ってあった写真も二月の始めの日付のものがあった。

花の形は写真でも分かるように同じ金鳳花科のアネモネを小さくしたような花と葉をしており、学名のエランシスはギリシャ語の「春の花」と言う意味だそうだ。

また、片栗などとよく似ていて冬葉が落ちて、日差しが差し込む土地で芽を出し花を咲かせ、早々に消えてしまう。と言うことからスプリングエフェラメル”春の儚い命”とも言うそうで、この時期だけの可愛らしい花。そして、可愛らしいだけに盗掘で絶滅危惧種に指定されるほど減っていると言うことだが、、、、、

        なんともはや

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2010年2月23日 (火)

引き立て役に

004 半袖の肌着の上にセーターを着ただけで外に出た。

二月も末になって来たが、古来から如月と呼ばれ、語源は”着更着”と言って着ている物の上にさらに重ね着をする季節と言うのが通説だそうで、この説から言うと昨日今日は異常ということになり、今日の散歩は普段着ている防寒着を一枚脱いで出かけてみた。

昨日も後半は上着を脱いでしまったが、セーターの隙間から入る風が心地よいほど暖かい陽気の下、周りの山も霞み、いかにも春といった感じがする一日になった。

先日の小寒い気候の中で花びらを閉じていたオオイヌフグリが青い宝石を撒き散らしたように花を広げ、タンポポや姫踊子草の引き立て役を演じているようだ。

左、姫踊子草と                 右、ホトケノザと

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2010年2月22日 (月)

青空に映えて

015 十日ほど前から咲き出していたのだが、先週の寒さで足止めを食っていた銀葉アカシアが一斉に花を開かせてきた。

011 花を開かせると言っても、細かい花で木全体が黄色に包まれた感じ。一つ一つは5ミリに満たないようなボンボンを寄せ集めてようで見分けがつかないほど小さい雄しべを突き出している。

この花には、青空が似合う。タンポポなどもそうだが黄色い花は温かい感じがし、気分もそれに釣られて浮き立つ思いがする。

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今日二月二十二日は二が続く日だそうでニャンニャンの日。つまり猫の日というそうだ。テレビや新聞の片隅ではあるが自慢の猫の写真が載っていて、その思い入れが書いてあった。

たしかにどの写真も、画面も可愛い猫である。しかし、そのどちらも自分の周りには影響が無いからそう思えるのであって、先日も書いたが近所の猫ばあさん家を思うとそうも言っていられない。

本人は飼っていないと否定しているが、飼っているらしい猫が何匹かとその周りをうろつく野良猫が何匹かいて、糞公害とこの季節特有の鳴き声で堪ったものではない。

犬を飼っている人もそうだが、世間が全て犬好き猫好き、、、(特に自分の飼っている動物)だと思っているところに間違いがある。

そして、”しつけ”と言うものができていない人ほどそう思っている節があり、あちこちに「糞を持って帰って下さい」「此処はトイレではありません」などと書いた紙が張ってあるが、効果はないそうだ。

、、、、、、、、、

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2010年2月21日 (日)

過ぎたるは

Img_0021 朝からボンボンと打ち上がる花火の音。しばらく考えてみると、愛宕山の祭りではないかと気がついた。

縁日は、二十四日のはずだが、いまの世の中勤め人がほとんどだし、神前で舞う巫女も中学生と来ると決まった日には行えない。

法事と一緒で早いに越したことは無いと言う考えから、、、。

で、以って今日の散歩は愛宕山に決めた。千代田の複雑な道を南下すると懐かしい匂いがかすかにし始めた。

Img_0023w  沈丁花が咲き出しているな、、、と、その先には満開に少し間のある花が咲きそろっていた。

止めれば良かったのだが花の先に鼻を持っていくとかなり強烈な臭い。”過ぎたるは及ばざる如し”秋の金木犀同様「ほのか」と言う程度を知らない花である。

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愛宕山の参道は山頂まで続く階段道。文字通り老若男女が三々五々登っていく。

この山は、今川氏の時代には駿府城の鬼門に当たる場所で、東海道を見下ろす絶好の地にある出城だったが、詳細は分からないと言い伝えられている。

しかし、最頂部の愛宕神社のある場所を本丸として周りの二の丸広場など城としての形態は想像できるくらいには残っているし、麓には今川義元の母親 寿桂尼の墓と伝えられるのも残っている。

ともあれ、二の丸広場と伝えらる場所では、例年のように接待所が設けられており、神社を参って降りてきたところで甘酒の接待を受けた。

この甘酒の甘いこと、よほど甘党の人が造ったのか、、、。それとも甘いものが得意でないためか、、、。

帰りは尾根伝いに西に向かい護国神社の上の来るころまで舌先に残り、文字通りの”甘い思い出”になりそう。

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2010年2月20日 (土)

春を引き戻す

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此処一週間ほど逆戻りしていた春を引き戻すかのような日和になってきた。

005 昨日、梅が島を囲む山の稜線を縁取る尾根には白い雪が綿毛のように輝いて見える。その雪を見て今日にもどこかへ出かけてみようかと思っていたが、どうも体調がいまひとつ、、、、こんな日は無理して不測の事態になれば物笑いの種。とばかりにまた布団にもぐりこむ。

日も当たり、穏やかに晴れ上がった空の下散歩に出かけたのはいつもの時間だった。

富士山は今年一番かと思えるような真っ白な姿を見せている。そして、早起きの蜜蜂や花アブ、それと名も知らぬもっと小さな羽虫が菜の花に群がって盛んに蜜を吸うため、あっちに飛びこっちに飛びと花を選んでいた。

自分には、蜜の匂いは判別できないが、菜の花の香りが馥郁として鼻をくすぐって”匂い淡し”

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オリンピックの女子カーリングを見た。

先日、中国戦は最後のほうしか見ていなかったので良く分からなかったが、今日の対イギリス戦は分からないながらも緊張し楽しく見られた。

それにしても良くあのストーン(石)を上手に操作できるものと感心する。滑っていくストーンの先をブラシみたいなものでこすって誘導するのだろうが、滑っていくスピードは押し出した人の手加減しかないように見える。

テレビを見ていて、初めは一組だけと思っていたら4レーン(?)もあってそれぞれが戦っている様子、と、なると他のチームに対する応援や奇声があり、そうした中で集中力をとぎらせず交互に先攻後攻を繰り返して、サークルの中にどれだけ残すか、、、、

見ていても疲れるのに、これから連日試合を続けなければならない。まことにご苦労様と言うしかない競技である。

それと、男子スケルトンというそり競技、頭を先にして時速100kmとか言っていたが、良くあんなに危険な競技をする気になるものと感心する。

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2010年2月19日 (金)

老人ホームもかくやと

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静岡の樹氷。カヤの木の葉にできた氷の幕。

022 梅が島の道端に敷かれていた水道管から漏れでた水しぶきで出来たものだが、暖かい静岡では滅多にできないものと写してきた。

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午前中日も当たって来てから、急に思い立って梅が島温泉に行って来た。

安倍川沿いに40kmほど、安倍峠への道は封鎖されていたので引き返して”黄金の湯”まで戻ってきたが駐車場には十台ほどの車が入っているだけ、あまり少ないので休業かと思い恐る恐る覗いてみると暖房費節約のため半分を使用禁止にして営業をしていた。

まずは温泉にと、30分ほどかけてゆっくりと入り十分に温まってから休憩場に入って、周りを見渡すと自分たちが一番若いくらいの年齢に見受けられるようす。

座り机を前にして冬季オリンピックの中継をテレビで見ているとまるで、行ったことは無いが老人ホームかデイサービスもかくやと思える雰囲気がただよっている。

耳の遠い人もいるらしく声高にテレビの解説をしている人はフイギュァーを良く知らないらしく、トンチンカンな説明に終始している。あまり長居をしているとこちらも、、、、、。

何かの都合でこういうところに入って生活しなければならなくなったとすると、どうなるんだろう。果たして慣れるものだろうか、それとも惚けてしまえば分からなくなるだろうか。自我が強いと認識している自分などは不自由でも自宅で頑張るのだろうか、などと考えさせられてしまった。

で、外に出て対岸の”ととの里”まで川の水が全然無いのを幸いにして砂漠のような河原を横断してみるが、こちらも人の気配が無く「営業中」の看板がむなしく揺れるのを見て引き返す。

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2010年2月18日 (木)

遅咲きの栄光

Img_0025_2 午後になって久しぶりの太陽が顔を出した。

家の隙間をぬって低い位置からの太陽光線は咲き遅れた山茶花にスポットライトを当てたように浮かび上がらせている。

さだめし、遅咲きに栄光といったところか、、、、。

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実際に中身を見ていないので言えた立場でないのかもしれないが、週刊新潮や週間文春の見出し広告にはいつものことながらいやになってしまう。

今回の特集は、金メダルは遥かなり、、と言う見出しで出場選手のあら捜しみたいなことばかりを組んでいるが、これから出場を控えてナーバスになっているであろう選手たちを、あることないことを取り上げてこき下ろす必要が何処にあるのだろうか。

それこそ、服装で問題になった国母選手より糾弾されてしかるべきものと思う。

何でもかんでも”美談に作り上げよ!”とは言わないが、もう少し配慮があってしかるべきものと思う。

どちらも日本を代表する出版社であるが、売れさえすればと、どぎついこと、あやふやなこと、人権侵害まがいなことに踏み込んでいけば、週刊誌全体の信用性も無くなり、読者離れが進んでいく。

自分も永いこと週刊誌を買ったことがないが、こんなことを続けていては低迷する出版界がますます本離れを起こすに違いない。とても、いい大人が編集長をやっている会社とは思えないが、潰れるまで反省をする気がないだろうな。

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2010年2月17日 (水)

踏ん切りがつかない

A 三寒四温の春も此処に来て足踏みをしている。

咲こうか咲くまいかと迷っていてとどまった花。「ええいままよ」とばかりに見切り発車をした花。

そのなかで、緋寒桜は踏ん切りがつかずまだ迷っていたが、下のほうから菜の花が「いい加減にしなさい!」とばかりに叱咤激励をしていた。

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2010年2月16日 (火)

イッコ ニコ サンコ(ン)

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此処しばらくの天候不順で咲き出していたこぶしの花も数を減らし春は少し後退したかに見えたが、足元の姫踊り子草が大丈夫だよとささやいていた。

姫踊り子草の群落を当初ホトケノザと見間違っていた。花の色葉の色ともに似ていたので、、、。

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そのむかし、”ニコヨン”と呼ばれる人たちがいた。戦後の不景気な中で仕事につけない人たちのため国が失業対策事業として、土木工事などに出た人たちに一日240円を支払った。つまり、百円札二枚と10円玉四個を意味している。

当時、百円は札の時代だったが、どうして紙幣を一個二個というのか不思議だった。そして、自分が昭和32年に初めて仕事して得た賃金が月6千円ほどで日割りにすると一日247円だったので、ニコヨンより少し良いだけと自嘲したことがある。

しかし、平成の大不況ではついに失業対策事業の復活も無く、負け組みに入ると救済される仕組みは無く、冷たい世の中になった。

ニコヨンという言葉があった頃は、1㌦が360円であり、一日働いて1㌦にならないという世界の最貧国のひとつであったことを知る人は少なくなってしまった。

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先日若者の話を聴くともなしに聞いていたら「あの人私よりイッコ年上なの、、、」と言っていた。そして、テレビの中でコメンテーターが「もうイッコ言わしていただければ、、」といっていた。

このごろこんな言葉をよく聞くが、どうしてこんなな使い方をするようになったのだろうかと、不思議な気持ちで聞いていた。

日本語は物を数える場合幾通りもの単位があって難しいのだが、何でもかんでもイッコ ニコ サンコ(ン)で片付けられては、古き昔が無くなっていくというより、日本語が無くなっていくような気がしてしまうこのごろ、、、、年寄りはつらいね。

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2010年2月15日 (月)

好評分譲中

007 空き室はあとひとつ

つい最近まで河川改修といえば、川の流れを真っ直ぐにし、水が流れやすいようにと両岸と川底をコンクリートで固めてしまう三面張りという工法が多かったが、どうも水の流れを直線的にしてしまうといろいろと弊害が見られるところから、流れを湾曲させたり出来ないところは草が生えたり生物が潜めたりできる場所を作るようになった。

それと知ってか知らずかカルガモが分譲住宅に入居しているように入り込んでいる。傍の水面にはまだいくつかの鴨が順番待ちのように遊弋してさまはひとっころの競争率が高かった時代を思わせるものがある。

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Img_0162 兼好忌

今日は”兼好忌”、「つれづれなるままに ひぐらしすずりにむかいて」で始まる徒然草を書いた吉田兼好が660年まえに亡くなった日だと言う。

高校生の頃、これも暗記の宿題に出され、三段くらいまでは今でもすらすらと言える。

一般に女性の源氏物語好きに対して、男性のほうは徒然草のほうを好む傾向にあり、自分もこちらのほうが好きである。

源氏物語や枕草子と違うのは、書き出しにある通り閑に任せて書いたものとしており、今風で言うブログやツイッ一ターに匹敵するものかもしれない。

ただ昔のことなので、書きっぱなしの反応なしと言うところか。

そのなかで、当時一番そうだなと思ったのは三十八段の名利にかかわりて、、や百九段の高名の木登り 百十七段 友とするに悪ろきもの、、そして、百三十七段の花は盛りと、、などが記憶にある。

高名の木登りは鉱山という危険業種ばかりでなく何事も最後の最後が一番油断をするときと言う意味で参考になったし、百十七段の後半に”よき友の第一は物をくれる友を上げており、出家した坊さんでも自分らと同じかと思い、にやにやっとした事も覚えている。

また、花の盛りは、、、後ほどまた書いてみようと思う項目でもある。

徒然草が書かれたころは、鎌倉幕府の末期から足利尊氏が室町幕府を創設した動乱期であり、いまなら面白い記事が世捨て人とはいえ一杯書くことが出来たはずだが、、書けない事情でもあったのだろうか、全体として無常観が漂っていると思うのは、こちらの解釈の仕方。

ともあれ、ものを書きだすとつぎからつぎへと飛び火し、時々止め処がなくなることがあるが、これこそ”あやしうこそ ものぐるほしく(物狂惜しく)”なるの意味なのであろう。

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2010年2月14日 (日)

ねこねこおんぼ

P1010042 猫柳の花のことを”ねこねこおんぼ”と言うのは飛騨だけらしい。

いかにも猫の尻尾のようで愛らしい名称から、何所でも使っていると思って検索してみたが他では使っていないようで出てこない。

この花も、昨日今日の寒さに戸惑っているのか、雄しべを開いている上の花穂は硬く閉じたままで差が大きい。

昨夜来の露をおいた淡い黄緑色はまさに”は~るよこい は~やくこい”と言ったところか。

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今日はバレンタインデー。スーパーの店頭には早くも売れ残った様相のチョコレートが無造作に置かれている。

バレンタインにチョコレートを贈る風習は、何時始まったのか知らないが最近は情勢が変わったとかで売れ行きも一時ほどではないそうだ。

その情勢とは、昔みたいにこの日を利用して愛を打ち明けると言う女の子が少なくなったことにあるという。

肉食女子が増えた結果、好きだと思ったら即座に告げるそうで、半年も一年も待っていたら他の子に取られてしまうとのこと。女の子も強くなりすぎると、いまに、草食系男子が女の子にチョコを送って愛を告白する日となるかもしれない。

ちなみに、当方には義理チョコも来なくなって幾とせか、、、。

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2010年2月13日 (土)

オリンピック開会式を見て

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Img_0101 まるで大きな西瓜に齧り付く子を思わせるかのようにメジロが椿の花からはなれない。

よほどその蜜が美味しいのだろうか。それとも、人が危害を加えないのを見て取っての行動か。

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今日はバンクーバーで冬季オリンピックが始まり、その開会式を見ていた。

華やかな舞台装置は毎回のことながら寒心する。今回は先住民を重視する舞台回しで盛り上げようとしていたが、出演していた人々の衣装は先住民だが自分の想像している先住民らしい顔つきの人はあまり見当たらなかった。

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式は順調に進んだが、自分の焦点は日本の入場行進。そして、その中にいま話題の国母選手がどんな格好でいるのかと言うことだった。

マイナーで新興のスポーツ競技とくれば、どんなにメダルが有望でも、いままでは無名の選手だった。

それが、服装と記者会見の「反省してま~す」などの態度で一躍有名選手になってしまった。連れ合いを含めて一般国民はマスコミの思惑通り一斉にブーイングを突きつける中、とうとう、選手村入村式をはじめ、入場行進にも参加させてもらえなかったと新聞は報じていた。

この後、彼はどんな態度に出るのだろうか。野次馬的興味はそちらに向く、、。もし、予想通りメダル、しかも、金メダルなどを取ったらどうマスコミは対応するのだろうかとか。また、そんなに騒がれるならと競技をボイコットして帰ってくるとかしたら、、、などなど。

前にも、柔道の石井選手のビックマウスのときのように、マスコミに誘導されていっせいに非難するコメンテーターや国民は自主性というものがないのか。まるで、一人離れるのが怖い鰯や鯵などの小魚みたいな習性を恥ずかしくないのだろうか。

いま流行のスノーボードを使った競技は歴史も浅く、多分コーチを含めても若い人主体の競技であり、当然、年をとって頭コチコチの役員もいない中であの服装や鼻ピアスは彼らの中では当たり前のことで、違和感のないのではなかっただろうか。

先日も、ズボンの下にシャツを入れるのは”おじん”だと言っていた若者は、ズボン(いまはこう言わない)を腰骨に引っ掛けるだけ、まるで股の間にうんこを溜めたような履きかたをし、しゃがむと背中は腰が切れて素肌が出ていたが、これは、自分を含めた”おじん”たちから言わせるとだらしがない風俗にしか見えない。

しかし、青少年にはこれが今様のスタイルなのかもしれない。とすると、頭ごなしに怒るだけでなしに論争することが必要なはず。自分たちだってマンボズボンだの、女性のような長髪をして当時の年寄りの顰蹙を買っていたことに気がつかねばならないし、さらに、それを批判した先人たちは”弊衣破帽”の服装でバンカラを主張していたではないか。

どうして、相手を認めると言う余裕が無くなってしまったのだろうか。自分がどれだけ聖人君子の積りになっているかと言いたい。時流に流され自分の意見をなくしてしまうと先が怖いよ。

こんなことを言う、自分って変なのだろうか?、、、

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2010年2月12日 (金)

フライイングを叱る

Img_0043 先日の記録的暑さに誘われて思わず蕾をほころばした桃の花、昨日からの寒さと雨におもわず「しまった」と思っていないだろうか。

陸上競技ならフライイング気味のスタートで、もう一回やったら失格だよと幹(部)のほうを叱り付けているに違いない。

Img_0038a その下で、盛りの過ぎた水仙。ペーパーホワイトと言われる白一色の水仙が本当の紙細工のように雨に濡れて向こうが透きとおるかのように咲いているのが哀れを誘う。

春に向けて新旧交代の役者たちだが、去り行くものはいずれも尾羽打ち枯らして静かに退場する、、、、。

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国民負担率は

昨日の新聞によると平成10年度の国民負担率が39%になると書いてあった。この数字、よく分からないのだが、税金のほか年金や健康保険など社会保障費を国民所得で割った100分比のことであるという説明があった。

この数字は、健康保険が国民に行き渡っていないアメリカより高いがヨーロッパ先進国より低いという。

この数字を聞いたとき、江戸時代の四公六民という制度を連想してしまった。百姓は”生かさず殺さず”の思想の下、小作の百姓は米を作りながら米が食べられないと言う時代であった。

そして、いま、世界に先駆けて高齢化社会に突入している日本。このまま、少子高齢化が進めば負担率はさらに上がり若い人の一揆が起こりかねない情勢になるだろう。

自分たちも好んで長生きしているわけではないが、この先若い人たちの一揆が起これば肩身のせまい生き方をしなければならなくなる。

さあ、どうするどうする。

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2010年2月11日 (木)

イ~チィ ニィ~ サァ~ン

007 降る降るといわれていた雨がようやく降ってきたと言う感じの朝。

出掛けは細かい雨で傘をさすほどの降り方ではなかったが、曇り空の下遠くの山も雲がかかりもやって見えるとなんだか気温以上に世の中が寒そうに見える。

018 あちこちに見かける木々には、椋鳥(写真左)、雀、そしてこちらの木には河原鶸と丸い団子のように群がって止まっている。まるで、黒い果実のように、、、

こんな風景はますます寒さを感じさせる。三寒四温と暖かくなるのに、、、もう少しやせ我慢をしなさいと言いたいね。

どれを写しても黒い塊の中、かろうじてカワラヒワのみが黄緑の羽根を浮かばせている。

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先日連れ合いが検査入院していたものだから様子を見に行った帰り、家の近くまで来ると一軒の家から幼児のたどたどしい声で「イ~チィ ニイ~ サァ~ン、、、」と大きな声で数を数える声がしてきた。

自分にも経験があって思わず頬がゆるむ。長風呂で汗だくだくになった子供が早く風呂からあがりたがっているのを、肩まで静めて「十まで数えたら出てもいいよ」と数えさせているのだろう。

あの頃はどうしてあんなに汗をかいたのだろう。今の自分を振り返ってみるに散歩で歩き回ると下着は汗で濡れることがあっても顔から汗をかくのはほとんどなくなった。

調べてみると、代謝機能の衰えだそうで気温などにて対応が出来にくくなっていることにあるようで、熱中症が老人に多いのはこのせいだと言う。

そして、最近の子供はエアコンの普及によって、汗腺が発達することなく成長するため汗をかいて体温を下げると言う機能が十分に出来なくなり老人同様、熱中症になりやすい子が多いと言う。

文明の利器はこんなところにも影響を与えている。「汗臭いのは嫌い!」という女性の要望もあり男はますますひ弱ななっていく、、、、。

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余談ではあるが、見舞いに行った病院の看護士(これでいいのかな?)さんによると、風呂で倒れるのは上がってから少ししてからで、汗を拭いて着替えをしている頃が多いそうだ。原因としては風呂に入って開いた血管が外気に当たって急に細くなったときに起きるのではないかということだった。

また、熱い風呂に首まで浸かるのは良くないとも言われたが、、、これがまた好きなのでなかなか止められないのだ。しかし、救急車でたらい回しにされないためにも、、、。

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2010年2月10日 (水)

満作 咲き初めて

016 018 豊年だ満作だ、、、と言う歌があったがその先どんな歌詞だったのかは覚えていない。

青空の下、静岡では珍しい花のうちに入る満作を見つけた。黄色い貧相な花であるが、近寄ってみるとリボン状の4枚の花びらから出来上がっており、その真ん中には赤みがかった雌しべが四粒(?)黄色く見える。

しかし、この木の花は故郷飛騨で見たものとどこか違うような気がする。雪が解けたばかりの山で見かけたのは、もっと明るい黄色で花びらが長かったように思うのだが、、、

ともあれ、春の飛騨ではほかの花に先駆けて淡い黄色を振りまく花である。そして、この木は粘り強く、手で折ることは難しい木であり、その性質を利用して祭りの旗竿を立てる際、ロープ代わりに利用したことがあるが、山が荒れた近年は数を減らしていると聞いた。

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2010年2月 9日 (火)

蜜柑拾い

033 「今日は暑いですね」と言うのがすれ違う人との挨拶の枕詞だった。

気温は、二十二度を過ぎて日差しのあるところではもっと高かった。生暖かいと言った感じの風も時には激しく麻機の山を散歩しているときに一時台風並みの風に砂埃もあって前に進めなくなったこともあった。

009_3 037 左、ほころび出した緋寒桜                右、蜜蜂も春を感じて

しかし、この温かさに誘われてか、緋寒桜の花もほころび、紋黄蝶やヤマトシジミ、蜜蜂も飛び交っている。その中を今日は蜜柑拾い。

付近の農家が年末に採って貯蔵していたのが傷み始めたり皮が浮いてきたのを、農道脇に捨てるのが今頃になるとあちこちにある。見ていて「もったいない」とばかりに良いところを拾ってくる。

リックサックにレジ袋を入れてその中に7~8kgくらいは一箇所で拾える。

近頃餌もないのか、メジロが庭先に来てこちらを見ているので情に駆られての蜜柑拾い、、、。メジロもヒヨドリも丸のままでは食べられないようで捨てられた蜜柑にもほとんど傷がついていない。

帰ってから早速あちこちの庭木に突き刺した。

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2010年2月 8日 (月)

田んぼの春はレンゲから

003 田んぼの縁の陽だまりに淡い薄紫の蓮華の花が咲いている。

コンクリートの水路に沿って先月から咲いているのは、コンクリート水路が風除けになっているのか、それとも、コンクリートに貯まった余熱が夜の寒さを和らげているためかだろうか。

以前は、補助金もあって田んぼ一面蓮華畑になったが、此処しばらく種まきはしてないのだが、この時期に咲く蓮華は田んぼの縁などで代代息をつないできたものの子孫に違いない。

花も葉も可憐で頼り気がないが、結構しぶといところがあるようだ。

013 (左、二月二日のレンゲ)

先日までは、同じ咲いていても、花が下向きだったが今日当たりは空に向かって花を開かせている。「春だなぁ!」の感、ひとしきり。     田んぼの春はレンゲから

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2010年2月 7日 (日)

幸せの黄色い花

036 福寿草の花が咲き出した。めでたい名前を持つこの花”しあわせの黄色いハンカチ”並みに幸せを呼ぶと思われたか花言葉も幸福と言うそうだ。

そして、別名を元日草と呼ばれるのは旧正月の元日を意味しているらしい。となると、もう1週間あとのことになるのだが、、、。

034 陽だまりの中、太陽の光を浴びて艶々とした花びらは写しようによってはハレーションを起こして花びらのぶっ飛んだ写真になってしまう。

まだ寒いためか地面すれすれに花を開かせいるが、日がかげるとたちまち窄んでしまうところは花を長持ちさせる秘訣とか、虫の少ない季節柄花も効率を考えているのだ。

もう少し暖かい日が続けば茎を伸ばして風にそよぐほど伸びていくのだが、、。

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最近、マスコミの報道の仕方にかなり疑問を感じることが多い。

たとえば、昨年末ごろから鳥取と埼玉でほぼ同じような事件が起きたとしてワイドショーなどでがんがん放送してきた女性の周りで起きた不審死の問題で、鳥取県警は四人のうち三人は自殺や事故であると発表したことが二月二日の新聞に載っていた。

列車に引かれて死んだ新聞記者には本人の書いた遺書があり、生前に出来た傷の有無から自殺と判断し、日本海で水死した会社員も目撃情報から事故だとし、首をつった警察官も現場に続く雪の上の足跡が本人のものしかなく、前後の言動から自殺と断定したなどと詳しく説明があった。

推理小説では、それぞれにトリックがあって他殺かもしれないが、その可能性はほとんどないようだ。となると、あれほど騒いで煽っておいて後は知らん顔。とはチョットいけずではないだろうか。

自分たちが考えた筋書き以外はとりあげず、マスコミだけが正義だと、もっともらしい顔をして解説していた連中は日ごろ口にしている人権を何所においてきたのだろうか。と思う。

同様に、大相撲の朝青竜の問題にしても不に落ちない面が多い。たとえば被害者と言われる知人男性が「頑張ってください」と言ったことになぜそんなに腹を立てたのか、鼻の骨を折るなど暴行をしたという車に鼻血などの血痕がなかったと理事は言っているし、暴行を受けたけれど訴えはしないと言う不思議さ。

そして、マスコミの一方的報道だけを参考にして、ろくに調べもせずに辞職勧告を決議した横綱審議会。これでは朝青竜が嫌になってやめても仕方がないような気がする。と思うがどうだろう。

その証拠と言えないかも知れないが、ハワイに出かけた朝青竜はマスコミのマイクには無視をしているのに、一般人には笑顔や握手で応対しているそうな。

そのむかし、佐藤栄作首相が辞めるとき、記者会見を拒否しテレビに向かって話をしたように不信感を抱かせるような行き過ぎた報道は、将来「人々から信用されなくなる」と言う禍根を残すことになると思うのだが、、、。

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2010年2月 6日 (土)

熱海梅園の春

008 昨日熱海の梅園に行ってきた。

空に雲もなく晴れ渡った空を見上げていたら急にどこかへ出かけてみたい気持ちになり、先日行った岩本山公園からの富士山か、今盛りだと思う熱海梅園かと迷ったがしばらく行っていないので熱海にしようと言うことになった。

途中富士山のかなり下まで白くなっているのを見て中腹まで登って雪景色の富士山を見るのもいいかなという誘惑にも駆られたがひとまず目的地にと向かう。

014 (いかにも清らかな梅、、を思わせる白梅)

熱海梅園に着いたのは十一時過ぎだった。平日にもかかわらず駐車場は満車なのでほかの駐車場に廻ってくれとスピーカーで怒鳴っている係員がいたのでそこを避けて知り合いの家の駐車場に入れる。そして、梅園最上部から入ることにした。

梅園の中の混雑は青空に誘われたか平日にしては今までにない混雑(休日に行ったことが無いので、、、)ぶり、庭園内も前回に比べて橋が二つも架かっていて趣きもだいぶ違う印象を受けた。

目的の梅もさることながら、足元に咲く水仙やスノードロップ、に目を奪われ、ほかの人が空を仰いでいるのにこちらは下向いての散策になってしまった。

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左、熱海桜                  右、黄色ラッパ水仙

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左、スノードロップ              右、水仙と梅

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2010年2月 5日 (金)

金波銀波を押しのけて

004kinnpa 005_2 夕焼けの空を映して水面は赤く染まる。その太陽に向かって数羽の鴨がねぐら探しに向かっていく。

金波銀波を押し分けてただひたすらに ただひたすらに

ちなみに金波とは夕日に輝く波を言い、銀波は月の光で輝く水面を言う。

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「自動車で一番大切なことは確実に止まれることだ」と言う言葉を聞いたのは、何時のことだったか忘れてしまったが、当然なことながら”目からうろこ”みたいな感じがしたことを覚えている。

確かに言われてみればそのとおりであり、当然、どの車もそこを一番大事に作られているものだった思い込んでいた。

ところが、品質に厳格なはずの「トヨタ」がそうでなかったことが報道されている。発端は、アメリカで昨年来起きていたが、そのときは部品を現地生産で作ったものを使用していたからと責任転嫁する報道がされていたが、日本でもそんな事故が起きていたのに運転技術のせいにしてリコールをしないでいたようだ。

半世紀前の「トヨタ」は世界の中では三流以下の自動車会社だったが、その後、故障しない、品質がよいなど高い評価を得、アメリカの自動車業界の没落を横目に見ながら世界一の名を得るまでになったが、その期間が余りにも短かったことになる。

これで、ふたたび信用を回復するのは何時のことになるのだろうか。

”日はまた昇る”の逆で”日はまた沈む”。なんだか、上の写真の鴨のように金波に向かって突き進むように見えて仕様が無い。

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2010年2月 4日 (木)

春一番のむかっ腹

008春は名のみの 風の寒さや 谷のうぐいす 歌は思えど

時にはあらずと声もたてずに 時にあらずと声も立てずに

 

今日は立春。まさに、早春賦の歌を思わせる冷え込みだったようだ。

通りかかった駿府公園でも鳩が石垣に掴まって動かずにいるのがなんだか寒さを象徴しているようで、、、。

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014 今日は税務署に半ば怒鳴り込みに行ってきた。

発端は、毎年送られてくる確定申告の封筒が送られて来ないことにあった。初めは税務署に電話すれば分かることと思って、昨年の封筒に書いてある電話を指定されるとおり③ ①と回して出てきた係員らしき男と話しをしたが、緑色の手紙が来たか問われ「来ていない」と返事すると、今年から方式が変わってという。

話が分からないので、さらに聞くと所轄の税務署に行ってください。私では分かりません。とのこと、自分は静岡の税務署に電話している積りなもんだから、「あんたは何処にいるの?」と聞くと「コールセンター」だという。

そこでいつもことだが、やたらとむかっ腹が立ってきた。感情的には”春一番”と言ったところか、、。

税務署では、運よく、受付脇に国税局の苦情などを処理する担当官がいて事情を説明して調べてもらったところ、手違いがあって発送されていなかったのでその処理をしてもらったが、民間のコールセンターとの違いを言って余りにも程度が悪い。もし、受付に話しの分かる人がいなかったら、玄関先で大声を出していたところだと、苦情を言ってきた。

帰りは駿府公園周りできたしたが、先日満開だった寒桜は花も散り、若葉が赤い色をして芽を吹き出し、変わって梅が満開に近い状態で匂いを撒き散らしていた。

なかでも、桃色したその色は柔らかく心を和ませるものがあり、出かけるときの気持ちも穏やかになっているのが良く分かった。

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2010年2月 3日 (水)

鬼に見送られて

024 北国では遠くの山が白くなると冬が間近まで来ているというが、静岡では千㍍と少しの高さを持つ「竜爪山が三回白くなると春が来る」と言われている。つまり、北国とは逆の現象が起きると言うことになるが、これは、風の流れにも関係があることと思う。

そして、今朝方の山はうっすらと白くなっていたが、初めてではないとようだから”春近し”の兆しだろうか。

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022 今日は節分。午前中は風もなく穏やかな春を思わせる陽気になり、午後には臨済寺の豆まきに出かけた。

昨年もこの寺で、節分の厄除け、、、実際は豆撒きに来ているので二年も続けばリピーターといったところか。

今年は、参詣者昨年に比べればかなり多く、広い本堂が一杯になり窮屈な感じだったが、天気も良く温かなところから障子を開け放っての法事になった。

式次第は、昨年とほぼ同じ経過で進み恒例の豆まきで終わったが、昨年に比べて多数の幼児が赤青黒の鬼たちに怯える子供も少ないように感じたが、これも保育園などで事前に免疫を受けてきたためだろうか、中には握手している子さえいたのには驚いた。

昨年は、早々に帰ってきたので知らなかったが、臨済寺の鬼は山門まで見送りに来るそうで、、、送り狼ならぬ”送り鬼”は吉となるのだろうか、、、考えながらの家路となった。

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2010年2月 2日 (火)

つぐみの訪問

007 鶫(つぐみ)が庭先に捨てておいた腐りかけの林檎を三日がかりで平らげていった。ヒヨドリとほぼ同じ大きさの身体を持っている割には小食なようで、そんなに騒ぎ立てることもないので静かに見守っている。

この鳥は、冬になると日本に渡ってくる鳥で、その昔、焼き鳥と言えばこの鳥のことだったことがあるくらいで高級な店では、隠れてかなり遅くまでの料理として出されていたときいている。

つぐみ猟はかなり早くから捕獲禁止がされていたにもかかわらず、北陸方面を中心に霞み網猟で大量に獲られその数を減らしていた時期がある。

それから半世紀以上たった今、あの頃のように数を戻しているのだろうか、静岡に来るまでに散りじりになっているのか空一杯に何百羽となく飛ぶ光景は見たことがない。

そしていま、少年時代に蛋白源のひとつとして捕まえた鶫の味はどんなだったか忘れてしまい、庭先の鶫を見て食べたいとか捕まえたいとかいう気にならないのは、十分に食足りているからだけではないのだが、、、。

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この年頃になると親戚の中でも年寄株になってしまい、法事などの後に行われる食事の時にはお寺さんの接待などと称して和尚の隣に座らされることが多くなった。

耳が遠くなったためもあるが、大声で遠慮なくしゃべるために体のよい爪弾きかも知れない、と思いつつ四方山話になる。

先日も四十代の副住職と隣り合わせの席での話しのなかで、食べ物が出てきて本山での修行中は、いわゆる精進料理で過ごすのだが栄養が偏っているため少しすると足が浮腫んで指で押さえると凹んだままになる時期がある。しかし、三ヶ月もすると今度は身体が対応するのかそれがなくなり、身体の調子がよくなるという話や、別の寺に行ったとき大きな窯で炊いた御飯が甘くて美味かったことが話題になった。

そうなると、自分も黙っていられない。戦後の食糧難は精進料理どころではなかったとか、雑炊の底をさらうと一番米の密度が高いので美味いなどの自慢話になってしまう。

そして、自分たちは食うや食わずの食糧難から次第に食べ物の質が向上した社会に遭遇したおかげで食べ物に不満はないが、坊さんのように飽食の時代を経験した人が肉や魚、酒などのない精進料理の生活に入るのは大変であると言う話になったが、それを見た親類連中は、次回もそんな話を聞いてくれる出家の隣にするんだろうな。

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2010年2月 1日 (月)

連翹の花 まばらに

005 連翹の花がまばらながら咲き出していた。黄色い四弁の花びらはいかにも春を思わせる。

ただ、花の咲く季節はまだ先のことなので、かずが少なくまばらなところに盛花と違ったわびしさを見る。

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此処二日岐阜のほうに行ってきて昨夜帰ってきたのだが、久しぶりの雨降り夜道は運転していても危険を感じた。

ライトが黒い舗装に吸収されて、場所によっては消えたのではなかろうか、と思わせることもあり、前車のしぶきでワイパーをかなり早く動化さなければならない場面もあり、普段なら途中で位置しか休憩を取らないのだが食事を含めて三度までも休んでの帰宅。

今日の雨は身体安めには最適な一日だった。

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