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2010年2月15日 (月)

好評分譲中

007 空き室はあとひとつ

つい最近まで河川改修といえば、川の流れを真っ直ぐにし、水が流れやすいようにと両岸と川底をコンクリートで固めてしまう三面張りという工法が多かったが、どうも水の流れを直線的にしてしまうといろいろと弊害が見られるところから、流れを湾曲させたり出来ないところは草が生えたり生物が潜めたりできる場所を作るようになった。

それと知ってか知らずかカルガモが分譲住宅に入居しているように入り込んでいる。傍の水面にはまだいくつかの鴨が順番待ちのように遊弋してさまはひとっころの競争率が高かった時代を思わせるものがある。

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Img_0162 兼好忌

今日は”兼好忌”、「つれづれなるままに ひぐらしすずりにむかいて」で始まる徒然草を書いた吉田兼好が660年まえに亡くなった日だと言う。

高校生の頃、これも暗記の宿題に出され、三段くらいまでは今でもすらすらと言える。

一般に女性の源氏物語好きに対して、男性のほうは徒然草のほうを好む傾向にあり、自分もこちらのほうが好きである。

源氏物語や枕草子と違うのは、書き出しにある通り閑に任せて書いたものとしており、今風で言うブログやツイッ一ターに匹敵するものかもしれない。

ただ昔のことなので、書きっぱなしの反応なしと言うところか。

そのなかで、当時一番そうだなと思ったのは三十八段の名利にかかわりて、、や百九段の高名の木登り 百十七段 友とするに悪ろきもの、、そして、百三十七段の花は盛りと、、などが記憶にある。

高名の木登りは鉱山という危険業種ばかりでなく何事も最後の最後が一番油断をするときと言う意味で参考になったし、百十七段の後半に”よき友の第一は物をくれる友を上げており、出家した坊さんでも自分らと同じかと思い、にやにやっとした事も覚えている。

また、花の盛りは、、、後ほどまた書いてみようと思う項目でもある。

徒然草が書かれたころは、鎌倉幕府の末期から足利尊氏が室町幕府を創設した動乱期であり、いまなら面白い記事が世捨て人とはいえ一杯書くことが出来たはずだが、、書けない事情でもあったのだろうか、全体として無常観が漂っていると思うのは、こちらの解釈の仕方。

ともあれ、ものを書きだすとつぎからつぎへと飛び火し、時々止め処がなくなることがあるが、これこそ”あやしうこそ ものぐるほしく(物狂惜しく)”なるの意味なのであろう。

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