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2010年3月18日 (木)

花よりほかに知る人もなし

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もろともに あはれと思え山桜

  花よりほかに 知る人もなし  大僧正行尊

またも百人一首から、今日の情景をあらわすような風景が見られた。、

庶民を奴隷のように扱い、その上がりでのうのうと暮らしている律令国家の貴族と言うものをはもともと好きな人種ではないが、子供のころからなれ親しんできた百人一首の句は、何かの折に出てくる。

この山桜、静岡市の西外れにある舟川という谷沿いに咲いているものだが、まわりの竹や杉などの常緑樹に混じって一本だけ咲いている。

園芸種の染井吉野などと違って人の手で植林されることのない山桜は、鳥によって運ばれ、その糞などに混じってこの地に落とされて生きて来たに違いない。

周りの木々に伍して生きて花咲かせるには一波乱も二波乱も有ったに違いなく、自分の人生を写してみる思いがする。(自分の花はろくに咲かなったけれど、、、。)

025 あけびの花をおともにして

自分で育つ地を選ぶことが出来ない植物にとって、花を咲かせられるかどうかは運しだいと言ったところがある。

山桜は、日本人の気性に良くあっているのか「敷島の大和心と人問わば 朝日に匂う山桜かな」と戦時中はもてはやされ、沢山の人が死んでいったがこちらはごめん蒙りたい。

今日は、静岡県の学校の卒業式があちこちで行われたようで、午前中は制服の小学生が着飾った母親を従え、午後からは近くの高校を卒業した振袖にはかま姿の娘さんが若作りをして友達のような母親と連れ立って学校前の通りを歩いているのが見られた。

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