« アケビの花 | トップページ | ほろほろと »

2010年4月14日 (水)

この紋所が、、

036_2 .

「この紋所が目に入らぬか!」で知らぬものがいない三つ葉葵の家紋。

その元になったと言われる双葉葵の花を駿府公園へ見に行ってきた。

双葉葵がここに植えられたのは、徳川家康の隠居所というか、影の統制者として住まった駿府城に家紋の草を、、という人たちが一昨年のことだったろうか、京都は下賀茂神社にお願いして移植したものと思っている。

その植えられたところに行って見ると、草の勢いはまだまだのようでポツンポツンと生えているだけの状態で寂しげな風情がある。

こんな状態で花が咲いているのだろうかと近寄ってみたが、どの株にも見当たらない。

027 何箇所か目を凝らして探した結果、ようやく見つけたのが上の花だった。先月写したカンアオイに比べると格段に小さく花の径は1センチに満たない大きさ、これは株が小さくて貧弱からではないようだが、、、。

紫がかった小さい花は地面のすぐ傍で二股に別れた付け根に咲いているため地面すれすれ、いや、触れていて分かりにくいが、雄しべも見えて花の形をしているこの調子では虫媒花なのだろうか、カンアオイがナメクジではないか言われいるそうだが、、、とにかくじみな花である。

かの草の葉を家紋にしたというのは何処にあるのだろうか。双葉葵というのは字のとおり葉が付け根で二つに別れるためであり、これを三つ葉葵としたのはどんな意味があってのことか。

先年、徳川家の発祥の地といわれる、三河松平の時代には使っていなかったと聞いた。と、すると、家康がある程度勢力を拡大したときに、由緒ある京都の神社の紋所を使い箔を付けるのに利用した可能性がある。

さらに、三つ葉葵の紋所が徳川将軍家の独占と規定したのは吉宗の時代だったと聞くと、それよりかなり前の時代に「この紋所が、、、」と言っても、示されたほうでは「へへい」と恐れ入らず、きょとんとしていたに違いない。

もっとも、黄門様は諸国行脚は一度もしなさらなかったそうだから、目くじらを立てるまでもないのだが、、、。

|

« アケビの花 | トップページ | ほろほろと »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90605/48085167

この記事へのトラックバック一覧です: この紋所が、、:

« アケビの花 | トップページ | ほろほろと »