« 木偏に冬と書いて | トップページ | 二番穂に雀 »

2010年11月14日 (日)

落書きも芸術だ

018 .

今日の空は、昨日に続いて黄砂が舞い、太陽の周りがうすらぼんやりと明るくなっているだけ、、、、気分はなんとなく憂鬱で身体が重い。

そんな気分出かけた散歩道。すっきりさせてくれたのが路上に書かれた落書き。

何歳ぐらいの子供が書いた画だろうか。一見、宇宙人に見える人らしき像。その横にあるのは船? 鳩? 買い物籠? なんだか楽しくなってくる。

チョークで書かれたこの落書き、何を意味しているか?と、詮索することそのものが、既定観念に取りこめられた大人の曇った心ではないだろうか。

017 もし、これが有名な作家の画だ、デザインだといえばたちまち、お金に換算し、、、、

左の絵の絶妙な配置。無心でなければなかな描けない構図であり、現代アートに見えてくる。

こんな画を見ていると、現代の前衛作家といわれる人たちの慣性は子供の心をもっている人たちだということになるのではないかと思う。

.

.

046 .

上の画を見てから調子が出てきて少し麻機の山道を歩き出した。

気温も、20度ほどになり上着を脱いでも汗ばむほどの陽気になる、帰りを気にせず気の向くままに前へ進む。

足元には、たぶん山ラッキョウと思うが、紫の花が咲いている。

誰かが植えたとしたら、、、、、でも、こんなところに植えるはずはないだろう、と勝手に決めておく。

050 .

024 左の花が近所の畑に植えられているラッキョウ

山ラッキョウとラッキョウの違いは、見た目でほとんど変わらないが、花の数の多さと、地下の鱗茎が大きくならない。ということだそうだが、掘ってまで確かめようという気がない以上、此方の気分で決めさせてもらうことにする。

すでに受粉したのか、こういう花の構造なのか雌しべの下は大きく膨らんでいる。

弱いながら、逆光で花を写してみると、薄い紫の花びらが透けて上品な色合いをしている。

さて、そろそろ山を下って家に帰らなければ、、、と考え出したときには、すでに予定を越えて遠くに来過ぎていた。

帰り道を考えて出かければよいのだが、、、、そして、いつも思うのだけど、短い散歩でも最後の500mほどがとても疲れる。

気分的に、家に帰りたくないのだろうか。      心当たりはないが

|

« 木偏に冬と書いて | トップページ | 二番穂に雀 »

コメント

おばさま
描いている現場に行き会えなかったことが残念でしたが、このほかにもあちこちに、年の差を感じさせる絵があったところを見ると数人の子供が寄って騒いでいたに違いないと思います。
街中を歩いていても、子供の数がすくなくなりましたね。

投稿: オラケタル | 2010年11月16日 (火) 06時56分

落書き・・・最近は見かけなくなり、一抹の
寂しさもありますよ。外で遊ばず家の中でゲーム
はたまた塾通いか・・子供の元気な声が聞こえる
情景は嬉しいものです。

投稿: おばさん | 2010年11月15日 (月) 23時42分

tomokoさま
小さな頃から図画は下手でコンプレックスを持っていただけに、こんな絵を見るとうらやましくなってしまいます。
何処の子が書いたのか分かりませんが、雨が降ればたちどころに消えてしまう名画。
いつまで残っているのやら、、、、

投稿: オラケタル | 2010年11月15日 (月) 21時47分

路上の落書き、有名画家のものと云われれば、素直に
そうかと思えますね!
こういう画って、真似て描くことは簡単だけれど、自分の感性で描くのは、まず無理ですね!
子供の頃、ロウセキで遊んだ思い出があるものの、一体何を書いていたのかが、思い出せません。逆光の山ラキョウの花がきれいですね。

投稿: tomoko | 2010年11月15日 (月) 08時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90605/50026355

この記事へのトラックバック一覧です: 落書きも芸術だ:

« 木偏に冬と書いて | トップページ | 二番穂に雀 »