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2010年12月12日 (日)

茂田井 間の宿

045 .この道を「下に~下に~」と行列が練ったのだろうか

見舞いに行った連れ合いの叔母の病院と義弟の家の間に中山道茂田井の間の宿がある。

間の宿とは、正式な宿場町であった芦田と望月の間にあって普段は通り道にそう農家の集落であるが、大きな行列などで、これらの宿場に止まりきれない場合に使われる宿である。

049 .自動車がなければ丁髷の人が出てきそうな雰囲気

当然、江戸時代には本陣もなかったのだが、良い米が取れるとのことで豪農がいたことであろう。明治になって中山道が今で言うバイパス工事で平らな道を作り、この集落を迂回したため、当時の建物と道路が残って面影を忍ばせている。

いまでは、武重酒造と大澤酒造と言う二軒の造り酒屋が少しの空き地を隔てて並んでいるが、いずれも白壁の土蔵造りで、この前の細い道路を「下に~下に~」と大名行列が通り過ぎたことが容易に思い起こされる。

中山道は、東海道に比べて大きな川もなく険しい山も少ないため姫街道とも呼ばれていて、江戸時代末期に皇女和宮が東下した際にはこの道を使ったそうで、お弁当を出したと言う記録があるそうだが、ゆるいとは言えこの坂道を駕籠で行くのは担ぐ人もだが、乗っている人も大変だったことが想像される。

034 また、明治になって若山牧水がこの地に逗留しいくつもの歌を詠んだようで、大きな岩に三首の歌がはめ込んだ碑がある。

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一つには、       しらたまの歯にしみとおる秋の風

                          酒はしずかに 飲むべかりけり

.二つには、       ひとの世にたのしみ多し然れども

               酒なしにしてなにのたのしみ

そして、三つ目はこの酒造家の酒をうたいこんだもので、

              よき酒といふなる御園竹                                                            われもけふ飲みつ よしと思へり

いかにも酒好きだった牧水の真骨頂と見た。

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閻魔様のいうとおり

さて、昨日につづき今日も見舞ってきたが、呼吸停止の状態で入院したため、自分たちがこの病院に来たときには意識もなく生命維持装置の管につながれていた。

この装置のお陰だろうが、呼吸も規則正しく、血圧も低いながら安定していて、十一日の夜が山場だと言う医者の言葉どおり、これからしばらくは安定期に入ったのではないかと思わせる雰囲気になった。

ただ、この生命維持装置は、先年聞いたところによると、一度つけたら回復するまで外せないそうで、高齢で呼吸停止だった患者が回復することは万が一もあるかどうかと思う。

自分の知り合いも、末期の病人を抱えたいたとき、医者からどっちにするか聞かれて困惑し、相談を受けたときがあるが返事に窮してしまった覚えがあるので、多分この叔母も入院したとき、気が動転した娘が生命維持装置の装着を承諾したのではないかと思われる。

科学の進歩は、完全ではないが人の寿命まで操作するところに来ている。果たしてこれが良いことかどうか。

自分の場合は閻魔様の言うとおりにするよう、延命処置はとらないでと、家族に言ってある。

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コメント

おばさま

名所旧跡とはいえ、ウイークデーはひと気もなく、映画のセットのように静まり返っています。
それだけに、幻想的な感じになってしまうのでしょうね。こしここに、派手派手の衣装を着たレキジョがたむろして屋敷の中を出入りしていたら、また変わった印象を持つことになると思います。

延命装置については、ほかの二人へのコメントで察してください。

投稿: オラケタル | 2010年12月14日 (火) 22時07分

慶さんもそんな経験がありましたか。とっさのときは「おねがいします」って言いそうですね。
付けないと言えば、周りから薄情者と言われかねませんし、、、、、
結局のところ、持病がなくても周りに付けませんと言っておくしかないでしょうね。ついでに、葬式の仕方も含めて、、、、、
この歳になれば、いつ閻魔様の使いがきてもいいようにし、向こうに行ってから遅刻をとがめられないようにしたいと思っています。

投稿: オラケタル | 2010年12月14日 (火) 22時01分

TOMOKOさま
とっさのときどうするか、日ごろから周りに希望を言っておくことしか無いと思います。
それでも、家族のものは躊躇することでしょうが、延命装置が必ずしも苦痛を和らげるもので無いとすれば、苦痛を長引かせることになるのでは無いでしょうか。

投稿: オラケタル | 2010年12月14日 (火) 21時50分

タイムスリップしたような、さびのある風景。
好きです。本当にお殿様行列でも出てきそうな
素晴らしい風景に、うっとり。

延命装置・・・・難しい問題ですが、人は一度は
選択する道かもしれませんね。
拒否することは、裏を返せば
どうぞ、このまま死なせて・・・とも受け取られそう。
殺人とも受け取られそう。怖いなあ。
天命を全うするって、大変なこと。
生きているって、死への準備期間。
考えさせられました。素晴らしいテーマに感謝です。

投稿: おばさん | 2010年12月14日 (火) 21時28分

難しい問題ですね。その時に直面すれば、「お願いします」となってしまうでしょう。付けないと言えば、それまでなので、「いいです」とは言いにくいですよね。
父親の時は、どうしますかもなく、日曜日の夜に入る時で、人出がなかったのか、そのままになったので、それはそれで、もうちょっと何とかできなかったのかとも思いましたし、今まで苦しんだので楽になったのだと自分に言い聞かせましたが、せめて、もうちょっと…との気持ちはありました。でも友達は呼吸器を付けてしまったら、声を出すことが出来なくって、意識が戻った時に母親が声を出したかったようですが、声が出せず、辛かったそうです。付けなければ意識が戻ることもなかったでしょうが。結局はそのまま声を出せずにそのまま涙だけが頬に流れて最後になったそうです。
 それでも、誰にもみとられずにということを思えば、最後までそばにいられるのは幸せなことかもしれませんね。

投稿: | 2010年12月14日 (火) 18時06分

おはようございます。
延命措置には、私自身もお断り…したいのですが、
とっさの時にきっと、医者の云うことに同意してしまうのでしょうか?
義母の最期が・・・沢山の管に繋がれた可哀そうな…
見るに耐えない状態でした。 これを見るのが辛くて
お見舞いの足が遠のく感じがありました。

投稿: tomoko | 2010年12月14日 (火) 05時11分

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