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2011年2月28日 (月)

桃の花に無情の、、、

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桃の節句にあわせて咲き揃おうとしていた花に無情の雨が、、、

三寒四温の季節の寒の部分に当たるのか、久しぶりの小寒い雨風が一日中振り込め散歩に出る機会を奪っている。

庭先には、餌が無いのかずぶ濡れのヒヨドリやメジロが蜜柑をついばみに来ては飛び去るが、すぐに新手の小鳥がやってきて餌を探して回る。

そんな雨にもめげず、といえばカッコイイがとにかく一日中家の中にいると気分が滅入るので傘をさして近回りの散歩。と、、、こんなときには人は来ないとばかり、カルガモが我がもの顔で歩き回っている。

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雨に閉じ込められてニュージランドの放送を見ていたら、つい、五十余年前の状況に浸り込んでいる自分に気がついた。

そのころ、鉱山では毎年のようにいろいろな事故で怪我はもとより死者が出ていた。そして、大きな事故が起きるとなんとなく雰囲気で伝わってくるものがあり、その時も重苦しい雰囲気が自分のいた独身者の寮にも伝わり、重苦しい気持ちで坑口のある方向を見つめていた。

しばらくして、同じ独身寮の自分のより二つ年上の上級生が、落盤事故で亡くなったとの知らせが入った。二人作業で親方のすぐ後ろを歩いていたら、2トンほどの岩が天磐から落ちてきて押しつぶされるようにして亡くなったそうで、前に歩いていた親方は間一髪で無傷だったそうだ。

翌日お通夜が行われたが、その土地ではお通夜の晩は参列者全員が一時間半ほどかけて、御詠歌を歌うことになっていたがそのあいだじゅう、亡くなった彼の母親が「あれは、わしの子ではない、わしの子はあんなに黒くない、人違いだろう」といって息子の死を受け入れられず、嘆く声が数十人で唱えるご詠歌にも消されることなく聞こえていたのを今でも憶えている。

彼の父親は早くに無くなっていてやっとここまで育てた子であると同時に、自分にとっては同じ学校の二級先輩という間柄であり、、、

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ニュージランドの地震から今日で一週間になるという。国際基準で犠牲者の発表は遅れ、148人の遺体に対して身元が判明した人は八人でその中には日本人はいないという。

相当、遺体が傷ついているのか、間違えてほかの人の遺体を渡してはならないということであろう。ことは分かる。しかし、いままでの日本で起きた事故に比べて、格段に遅いことに関係者は戸惑っている。

そして、あまり損傷が激しければ、「あれは自分の子供で無い」と嘆く親の声が聞こえそうだとダブってしまう。行方不明者の年のころも自分の二級先輩だった彼の年とあまり違わないことも関係したのか、、、雨は気を滅入らせる。

新聞は最近プライバシーとかで発表しなくなった氏名などを、いつになく行方不明者の顔写真を乗せている。

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2011年2月27日 (日)

蜜蜂じゃらし

024 .風にそよぐ猫の尻尾に振り回されて逆猫じゃらしのよう

川柳の花も満開になったらしく、長く伸びてきて猫の尾のようになってきた。

飛騨の方言「ねこねこおんぼ」とはよく言ったものだ。漢字で書けば「猫猫尾っぽ」とでも書くべきか。

030_2 .空中でホバーリングして品定めをしているような雰囲気

その尻尾にじらされるようにしてミツバチが周りを飛び回っている。

猫じゃらしならぬ”蜜蜂じゃらし”とでも言うかのように風に揺らぐ猫の尻尾を見定め、蜜を吸うためにしがみついている。

自分の目から見れば花びらが大きいわけもでもなく、綺麗な色をしているわけでもないが、どこか蜜蜂を引き付ける魅力的な物があるに違いない。

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2011年2月26日 (土)

何かいいことあるかな?

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007 今年はレンジャク(連雀)の当たり年。とは聞いていたが、実際に目にしたのは今日が始めて、、、。

麻機田んぼの電線に三十羽ほど連なっていた。遠目にはムクドリかと思っていたが、どうも雰囲気が違うのでレンズを通して拡大してみたら、特徴のある冠羽根と尾羽の色が赤いのと黄色いのから、どうもヒレンジャク(緋連雀)とキレンジャク(黄連雀)の合流部隊らしいことが分かる。

空を見上げてシャッターを切るのが異様だったのか、犬を連れて散歩していた人が、20mほど離れたところで止まったま動かないでいた。

006 赤い尻尾 黄色い尻尾仲良しさん  と

ヒレンジャク、キレンジャクとまるで子供の映画に出てくるキャラクターのような名前だが、シベリヤのほうから渡ってくる冬鳥で、その綺麗な羽で目立つのか、来る年と来ない年の差が大きいため、昔から吉凶を占う材料にされてきたようだし、今でもマニアの間で何処にいたとかの情報が交わされている。

あまり見上げていても、変化の無い写真ばかりになるため、どこかに移ってもらいたいと下で手を打ち合わせて音を立ててみたが、雀や烏などと違って人ずれしていないようで少しも動揺することなく鳥同士の話に夢中な様子、、、。

結局痺れを切らして動いたのは下でカメラを構えていた人間のほう、ともあれ、自分が見たのは何年かぶりだし、今年は何かいいことがある前兆ならば良いのだが、、、、

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いまから75年前の2月26日は、旧陸軍の将兵がクーデターを起こそうと決起した2,26事件の日であり、この後、日本は急速に軍国主義化にかたむき日中戦争から太平洋戦争につんのめって行ったきっかけになった日である。

言論弾圧を初めとする国民に声を上げさせない方向に持っていったのは、当時の新聞を初めとする雑誌などが国民を煽り立ったことも一因であるが、戦後にいたってそのことには口をつぐんで、知らぬ顔半兵衛を通してきた。

いま、アラブ諸国で長期政権打倒の波が起こっているが、これもどこかで煽っている勢力があるに違いない。

たしかに、一部の人が長年権力を握れば腐敗し、国民の意見には耳を貸さなくなる。しかし、イラクがそうであるように、その後の混乱を収拾できる人物が出てくるのだろうか。

インドの独立のときガンジーというリーダーに収斂していけた場合はよいが、短い期間で政権が崩壊した場合、とくに、インターネットでは顔が分からないため誰に託してよいのかでまた混乱が起きそうである。

今年は、アラブ諸国がどうなるか。民主化は良いことだが、、、、

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2011年2月25日 (金)

吹かれて帰る春一番

012 .地上に降り敷く花びらと残り少なくなった紅梅

午後になって風の勢いが増してきた。その風に便乗したかのように花粉も飛び散っているようで、確定申告のため税務署に行った帰り道、目がしょぼついて仕様が無かった。

花粉症でなくてもこの調子なのだから、花粉症の人は大変なのだろうなと、、、、もしかして、自分も花粉症だろうか?。

行きのルートを戻ってくるのも癪なので帰りは駿府公園で一休み。

どこかの保育園か、幼稚園の遠足と見えてバスで繰り込んできた子。歩いてきた子など何組かの赤い帽子や黄色、みどりの帽子があちこちでたむろしている。

011 伊東小室桜、日ごろ警戒心強いヒヨドリも来て

いま見ごろの桜は、小室桜とかで濃いピンクの花を咲かせていたが、若木なのでまだ樹高は低い。名前からして伊東の小室というのは分かるが、河津桜との違いはよく分からない。

一月半ばから咲いていた梅も、今日の風に煽られてか花を散らし、地面を染めて新旧花の交替を告げている。

テレビでは、今日の風が”春一番”だと報じ、温かい風を運んできたというが、気温も二十度を越えれば、同じ名前の歌にあるように「もうすぐ春ですね」どころでなく初夏の風といった感じ、、、、。

上着を脱ぎ(重くは無いが、、)、強い風に背中を押されるように吹かれれば、セーターの隙間を通して風が身体を透けて通るようで心地よい。

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2011年2月24日 (木)

月さま雨が、、、

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Img_0049 明け方まで激しく降っていた雨も日中には小降りになり、外を少し回ってみようかという頃には傘も必要ないくらいになっていた。

「月さま 雨が、、、」「春雨じゃ 濡れて参ろう」と月形半平太がいったそうだが、現代の月さまには誰も傘を進めてくれない。

庭の椿は雨に花粉をいっぱい溜めた雄しべを濡らさまいと下向いたまま見向きもせず、ムスカリはおちょぼ口にいっぱい露を含んだまま挨拶もなし、、。

それでも、少々業腹の月さま、履き古した靴で出かければ、半道と歩かないうちに靴下が濡れだし、、、、

面目なげに帰った来る。今日一日は長~い

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2011年2月23日 (水)

羅漢さんが笑った

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仏教界において羅漢とは、修行者が到達しうる最高位をよび、これ以上学ぶ必要のない者とされ、尊敬を受けるに相応しい聖者ということになっているそうだが、それでも釈迦が入滅するときにはこの先どうなるのかと嘆き悲しんだそうで、あちこちにその様を模した羅漢像がみられる。

そんな羅漢さんでも綺麗な花を見たときには嬉しいようで紅梅を前にして心から微笑んでいるように見えたのはこちらの思いすぎか。

これからしばらく、花の命が長い梅を前にして、、、、、、観てござる。

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昨日ニュージランドで大きな地震が有り、死者行方不明者が沢山出ている模様と、報じられている。

また、この地震では日本人も被害にあわれたようで安否が気遣われ、テレビの報道は前日までのパンダ騒ぎから一変している。

偏屈な見方から言えば、パンダが上野動物園に来るということで大騒ぎをしていたのは報道陣だけではなかったのかと思う。

お昼のワイドショーの司会者が「やっぱり 盛り上がるもんだね」といっていたがワイドショー的に難しい世界情勢や政治以外に盛り上がる材料がなかったので、意識的に盛り上げようとしていたのかもしれない。

幼い子供に、「パンダを見たいですか?」と聞いて「観たくない」という子供がいるわけは無い。上野の商店街の人に聞いたところ「客足が減っているのでパンダが来れば、、、」と人頼みの景気を期待している。(もっと努力しなさい)それを国民的要望というのはどうなのか。

和歌山県の白浜にあるアドベンチャーワールドでは、これまでに十一頭のパンダを繁殖させてきているが、上野動物園では僅かに一頭しか生まれていなくて何度も中国から送ってもらっている。

石原都知事はその年間八千万円というレンタル料の多さからしぶしぶ認めたそうだが、もし短期で死亡させた場合どうなるのだろうか。

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ちなみに、清見寺の羅漢さんは、、、、歴史の古さを物語るかのように苔むしてござる、

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2011年2月22日 (火)

月は西

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与謝蕪村の有名な句に菜の花や 月は東に 日は西に というのがあり、春の夕方、西の空に日が沈むころ、東の空に朧月が昇ってくる情景をうたったものだが、今朝の状況はまったくその反対である。

朝起きてみると、窓から十九日の半欠けの月が雲ひとつない空に浮かんでいる。

こういう景色はどう歌ったらよいのだろうか。「菜の花や月は西に 日は東」なのだが字余りに加えて落ち着きが悪い。

しかも、朝の冷気は雲ひとつない空をすっきりとさせすぎている。

日の出までにはまだ少し間があるので、大急ぎで菜の花が咲いている場所に行き写してみたが、焦点距離に違いが有りすぎてうまく行かない。

019a_2 ようやく写し終え、放射冷却で霜が一面降りた田んぼの間を歩けば、ホトケノザが葉に霜を乗せながらもけなげに咲いている。

折からの日の出に赤く染められながら霜を溶かしていく様子を見れば、昨日まで悪口を言っていた花が妙に美しい花に見えてくるから不思議である。

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042 そして、ここまで来たのならとばかり流通センターまで足を伸ばせば、沼に立ち込めた霧の中に鵜が泳ぎ、自分の気配を感じた鷺が警戒の鳴き声とともに霧に溶け込んでいく、、、。

日の光が当たるまでの短い時間、、、霧は次第に雲散霧消、、、、、、、世はこともなく今日の一日が始まる。

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霧に溶け込む鷺

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2011年2月21日 (月)

マンサクの花

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マンサクの花が開いているのをみた。

005 花の大きさに似ず細い紐のような花びらはとても綺麗とはいえないが、三ケ日蜜柑で有名な三ケ日が南限だそうで、こちらではごく珍しい花になり目立っている。

この木は、粘り強いため、飛騨では”ねっそ”と呼び、合掌造りの木組みなどはこの木を捻じって締め付けるのに使い、祭りの幟なども台木に沿わせて締めるときなどにも使っていた。

そのため、半人前の男を「ねっそもねじれない」などといったものだった。

そのため、マンサクの木は花としてみるのではなく、ねっその木としか見ていなかったが、珍しいといわれれば雄しべ雌しべと花の奥までまで覗きこんでしまう。

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中国古代の思想家 老子の書に小国寡民という言葉がある。

国が小さくても、人を大事にする社会を理想として書いたもので、文明の利器があっても使用せず、武器があっても使わず、衣食住に満足があれば持って理想の国であるというものである。

先日来、日本が中国に国民総生産で抜かれ、世界三位になった報じていたが、日本が世界二位になったとき抜かれたドイツはそんなに騒いでいたのだろうか。

中国は人口13億人とも言われる大国である。その国が日本より国民総生産が多くたって当たり前で、日本の13倍になって初めて抜かれたといえる。

先の事業仕分けのとき、コンピューター関連の予算のとき「二位では駄目なんですか?」と質問されたとき、返事に窮した学者先生が反論できない場を借りて批判していたが、日本の国力というものを考えた場合、二位三位でも仕様が無いのではないだろうか。

いつまでも、トップにこだわることのプライドは捨てたほうがよいし、国連分担金などもそのように下げた方が良い。

2,009年イギリスのシンクタンクが世界で一番幸せな国として、生活の満足度、環境汚染などから発表した国で一位がコスタリカ、二位はドミニカなどと続き日本は七十五位だったそうだ。

これが本当なら、まさに、小国寡民を地でいっていると見るべきか。

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2011年2月20日 (日)

守らにゃならん

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草むらに赤いものが点々と

近寄ってみればホウズキの実。

昨年の春に花を付けそのままは放っておかれたものらしく、赤い実を包んでいた袋状の額が雨に打たれ、太陽にさらされして筋だけになって中身が透けて見える。

しかし、忠義の袋は自分がどうなるとも「守らにゃならん」とばかりに潰れたり凹んだりせずにしっかりと空間を作っている。

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先日、民主党に会派離脱を申し入れた新人議員16人は、一見小沢元代表を守らにゃならんと行動したように見えるが、その動機の裏には、自分の身可愛さが目立って仕様が無い。

このまま解散しては、次の選挙には見込みが無いし、もし、小沢元代表が復権すればあの時動いたという実績が残る。

つまり、遊んでいても高給がもらえる身分を何とか継続したいだけの考えでしかないと見るがどうだろう。

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2011年2月19日 (土)

騙されまいぞ 流されまいぞ

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今日も春を探して麻機めぐり、、

007 遠目で見る柳の木は縁取りが黄緑の色が分かる程度に萌え、足元の姫踊子草も枯れた稲藁の下でぬくぬくと育っていたようで頭をもたげてきていた。

今日も気温は十五度になり、四月上旬の気温だとテレビは言っていたが、姫踊子草もこの気温に騙されて様子見の花を咲かせてみたのだろうか、、、。

赤紫の唇形の花を咲かせてはいるが、むき出しの部分は葉っぱも寒さにやられてしもやけ状の色をしているものが多い。

一方で年中咲いているホトケノザでは、春を感じなくなってしまった自分が居てかなしい。

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今日は水周りのことで世話になっている水道屋さんの依頼で展示会に行ってきた。

最近トイレのほうが少し調子が悪く、そろそろ手を入れなくては、と、思っていたときだけに、最新のものはどうなっているのかを見たいと思っていたので「渡りに船」といった感じで行くことにした。

風呂やキッチン周りの展示も合ったが、目的はトイレット。

見ると、人の気配を感じて自動的に便器の蓋が開き、腰を上げると蓋が閉まり流してくれる装置つきで安くて17万円~ ~百何十万円というのもあって、そんな高いものなのかと驚いた。

これからの認知症になる人を抱えた家ではこういう装置が必要だそうで、義妹の家でも七年ほど前に設置したのを見ていたが、更に進化して至れり尽くせりの感がある。

傍に書いてある説明によると、「水の使用量が一回4リットルでよいそうなので、一年に一万数千円安くなります」とあったが、これをどう見るか

一番安いので水道代の元を取るのに十年ほど高いものに変えたら死ぬまで無理じゃないか、、、

水を使わないエコのためには、このくらいの覚悟が必要なのか、、、同じようなことを昨年自動車補助のときにも言っていた、、、、、

燃費の安い新車を買って、古い自動車を廃車にすればガソリン代が浮きますというものだったが、使える自動車を捨てて本当にエコ?って聞きたかった。

頭にエコさえ付ければ何でも通る今の風潮

バブルのさなか、捨てることは良いことだ。とか、外国製品を買いましょう。と当時の中曽根首相が言っていたときも、しっくりこなかったが、今になってみれば、、、、、、、ハハ~ンってとこ

眉につばつけて、、、、、、、、騙されまいぞ 流されまいぞ

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2011年2月18日 (金)

水玉のシャンデリア

016 .雨に打たれた花にも早速蜜吸いが

昨夜激しく屋根を叩いた雨も朝になって上がり、青空が広がってきた。

近くの大岩に植えられている河津桜、まだつぼみが多いもののちらほらと咲き染めている。

開いた花びらは、雨に打たれてセロハン紙細工の造花のように透き通ったようになって哀れな状態だったが早くも花虻が蜜を吸いに来ていた。

「その蜜、水っぽくない?」と聞いてみたが返事はなし、よほど腹が減っていたのか張り付いたように動かない。

023 .背景の白い円は後の花につく水玉

その隣の木は、つぼみが膨らんで間もなく開花という状態だったが丁度日が当たりかけてみると、蕾についた水玉が日の光を受けシャンデリアのように木を輝かしている。

しかし、写真にしようとすると、カメラはどれに焦点を合わせてよいのか分からないらしく、シャッターボタンを押してもボヤケ、、、、、、、、

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午後になって久しぶりに静岡言葉で言う「おまち」に行ってデパートめぐりをしてきた。

気温は20度を越したとかで、少し歩いただけで肌シャツが汗で湿っぽくなったのが分かる。肌シャツにセーター、上にジャンバーを羽織って出かけたのだがとても着ていられず、脱いでしまったが手に持って歩くには邪魔臭いし、女性のようにハンドバックもない身にとって不都合な天気であった。

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2011年2月17日 (木)

泥パックの効果は

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今日も麻機沼をまわって一万歩。

一番西側が、沼底に溜まった。というより、溜めたダイオキシンの除去作業で散歩道の一部にトラックが走り、泥だまりがあちこちに出来ている。

その泥だまりにキジバトが一羽浸かっている。まるで、泥パックをしているかのように、、、、、そして、丹念に何度も身を震わせて、、、

雌雄の別は分からないが、これから迎える恋の季節に向けて、丹念に磨き上げようという気らしいが、効果があるのだろうか。

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2011年2月16日 (水)

こぶしの春

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020 先日来ぽつぽつと咲いていた辛夷の花。

寒さを感じるたびに身をすくめていたようだが昨日今日と暖かくなった気配を感じて一気に花びらを開かせていた。

傷つきやすい花だけに、長持ちはしないが蜂や蝶のほとんどいないこの時期少しでも長く花を咲かせていないと受粉できない。

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今日から確定申告の受付が始まったそうで、そろそろ自分のも初めなければらないようだ。

税金といっても年金生活なので僅かなものだけれど、喜んで納めようという気にはなれない。

いくら僅かでも、なんだか無駄遣いがされているような気持ちは、国会議員を初め公務員の給料や人数の多さ、そして、毎年行われる会計検査院の無駄遣い指摘にたいして、改善が見られないこと、、、。

いわば、やらずぼったくりみたいな気持ちが払拭できないからである。

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2011年2月15日 (火)

バレンタインの横流し

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昨日はセントバレンタインデー

ここしばらくは義理チョコも無いので、今年もと思っていたら今日になって三箱も届いた。

いや、自分に来たものではなく、もらったチョコが食べきれないという息子をもつ母親がこちらに流してくれたもの、、、それも、フランス、スイス、サイパンと全て外国製の箱に入って、、、

持つべきものは色男の友達、、、といっても、甘党ではないのでこんなに貰っても、、、虫歯にならないよう。溶けてしまわないようどこかに片付けて、、、と

それにしても不思議なことが習慣になってしまったようだ。

義理チョコにいたっては日本独自なものでガラパゴス化の一つだと新聞に書いてあり、チョコレート会社にうまうまと乗せられてしまう節操のなさは、女性同士でも贈り合うまでになったとか、、、

それでも、本命チョコをそっと送るうちはまだ良いほうで、最近では肉食系女子などと言われる人は相手を押し倒して目的を達成すると言うのを聞くと、男の不甲斐なさを嘆くとともに、何処まで積極的になっていくのかと、昔かたぎの親父は横流しのチョコにも買収されずに思ってしまう。

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海の幸湯の幸を堪能

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078 昨夜は海の幸と温泉を堪能し久しぶりに酒も進み酔いしれた。

この宿は三十年近くまえから使っている宿で、久しぶりの訪問を歓迎してくれて船盛りに伊豆土肥桜を散らしてくれたのが嬉しかった。

窓のそと、土肥桜ごしに月までが覗き込み、うらやましそうに、、、、、

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.菜の花畠で

113o.

朝、ここからは同宿の夫婦と行く先を別にすることにし、自分たちは海岸伝いに沼津に向かうことにした。

102 駿河湾をへだてて望む富士山は何層にも重なるかさ雲をまとい天気の悪化を教えてくれる。

戸田の漁業組合の売店で買いたいものがあるのと、井田の菜の花ばたけ、、、、、そして、何よりも富士山のかさ雲が天気の悪化を示していたからである。

井田の菜の花畑。例年、道路沿いから見下ろすと黄色い菜の花の絨毯のなかに大きく井田と書かれているのに今年は見当たらない。

更に面積が小さくなったように見えたが、それでも道の両側に咲き出した桜をみながら降ってみると菜の花が真っ盛りで花粉の匂いが紛々として上でいだいた感想を打ち消してくれる。

天気も下り坂、連休も済んだためか、ひと気もなくこの絨毯を独り占めするが、これだけ人がいないとまた寂しい気がする。と贅沢なくりごとをいう。

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2011年2月13日 (日)

ぎんぎんぎらぎら  と

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ぎんぎんぎらぎら 夕日が沈む

ぎんぎんぎらぎら 日が沈む

まかっかっか 空の雲

、、、、、、、、、、

歌の文句のような夕陽を求めて、土肥の海岸を歩き回った。

昨日の天気が嘘のように暖かくて雲もほとんど無い。三時早々に宿に入ったあと四人でビールを飲んだため自動車の運転が出来ないので、徒歩で海岸に行くしかない。

宿は、土肥市街から南に下った八木沢という集落の奥まったところにあるため、海岸まで曲がりくねって500mほど、、、、、、、

051 .丸山城址の中腹から

出ては見たが山影に日が沈むようなので、高台になっている丸山城址に登るがここも適切な場所ではないため、また降ってようやく夕日の沈むのが見られる場所にたどり着く。

日は水平線上二個分ほど上にあり、富士山の頂上はすでに日没のようで薄墨に隠れようとしている。「不思議だな こちらより日没が遅いと思っていたけれど」

076 .

それから、しばらく待って期待通りの沈む夕陽を見た。ただ、天気が好すぎて雲の無いのが欠点なのと、海に沈む太陽と思っていたのに、写真をよく見るとと鉄塔が写っている、、、、牧の原台地に沈んでいたんだぁ~

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樹上の春

040q .

今日は、土肥の宿に泊まるために修善寺から船原峠を越えて向かうことにし、朝十時頃家を出た。昨日の道路情報では積雪のため船原峠はチエーン規制になっていたが、朝から快晴の空の下午後になれば路上の雪も消えることだろうと予想して出かけた。

ほかのルートもあったが、いつも行くと立ち寄って食べる、修善寺の蕎麦屋さんと梅林の梅が咲いているというので船原峠越えを選んだ次第。

ところが、ここに来てみると”土肥桜”がいま満開だとのことなので、急遽梅林はおあずけにする。

走路も、予想以上に雪がなく早めに到着して桜見物に入る。

018q 024q .上の桜、左が伊豆土肥桜。右が土肥桜。下左は河津桜?

039q ここでいま咲いている桜は、真っ赤な”伊豆土肥桜”という種類と、白っぽい”土肥桜”で中にはどう見ても河津桜ではないかいな、と思われるのもある。

さらに、紅梅白梅とり乱れて、樹上は”春が来た春が来た”といった状態の土肥だある。

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2011年2月12日 (土)

雪見と温泉

009s .白く縁取りされた赤水の大滝

テレビを見ていたら駿府公園近辺では朝早く雪が舞ったそうで画面にも紛々たる雪が写っていた。

同じ頃、麻機周辺では氷雨状態だったので、距離にして3kmとは離れていないのに随分と状況が違っていたことになる。

自分も静岡に来て三十年余。かなり静岡人になったと見えて寒さが応えたのと、静岡人もすなる雪見を兼ねて安倍川上流の梅が島温泉に行ってあたたまってくることにした。

044s .

川沿いの山を白くしている雪は上流に行くにしたがって、道路に近くなり降りようもはげしくなり、梅が島中学の当たりから道路わきを白くするようになる。

温泉手前にある、市営の日帰り温泉辺りから路面にも白くなって、除雪の重機二台とすれ違う。

昨夜来の雪は、水分も多いと見えて松など常緑樹は重たげに枝を垂らし、落葉樹の枝にも団子状に雪を積み上げている。

027 温泉に入り、ゆっくりと温まっている間にも雪は止まず、、、、雪見風呂はビールなどを浮かべてたしなみたい雰囲気だったが昨今の情勢はそんなことを許すべくもなく、、、、、、、、、

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2011年2月11日 (金)

軌を一(いつ)にする

Img_0066 .08年1月の竜爪山 明日はこんな景色が見られるだろうか

静岡では竜爪山に三回雪が来ると春になるといわれている。

つまり、西高東低のもっともきびしい季節から気圧配置が崩れだし南方海上に低気圧が出来始める時期になると、北の寒気を引き込んで雪が降るという仕掛けである。

その一回目が今日だったようで、静岡のみならず関東地方にも雪が降っているとのことだった。

ただ、今日は一日中竜爪山は雲の中に隠れ、麓からは見えないので明日当たり久しぶりの雪景色が見られるのではないだろうか。

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022 「軌を一にする」とは秦の始皇帝が、天下を統一したときに車輪の幅を同じにしたことから出た言葉だと聞いている。

軌を一にすることによって、道路は轍のあとが同じ幅なのでレールのように同じところに溝が出来、轍の幅がいろいろあるより走りやすくなる。

同じことは、イタリアの古代ローマ道のアッピア街道でも石畳の同じところが凹んでいるのを見たことがあるが、馬車が発達していた国では古代からこのように軌を一にすることが当たり前だったのかもしれない。

昭和四十年代くらいまで、土木機械の普及が充分でなかった頃、雪国では大雪のあとトラックの轍が深く刻まれ、凍りついたときなど乗用車で走ると轍の違いから片方のタイヤをトラックの轍にいれると片車輪が踏まれていないところにかかるため、自動車を傾けて走らせたことがあるが、、、、、、運転しにくいものだった。

軌は一にする、、、、聞きようによっては「機は何時にする」とも聞き取れないでもない。

機を逃すと、、、、

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ちなみに、「前車の轍を踏む」という言葉もあって、前の失敗を反省もなしにふたたび犯すことを言い、轍に嵌まって行きたいところに行けないことを言うのだろうが、、、、。

「軌を一にする」と、なんだか反対の意味にも取れそうな言葉だが、出どころは分からない。

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2011年2月10日 (木)

これも春

P1010052 .

春の岸辺にふきのとうが一つ

暗い草むらに埋もれるようにして、昨日までの温かさも一段落したので、次に続くものが様子を窺っているのか、、、、

ふきのとうも春を代表する草花でありながら、この花を歌った歌を知らない。

もっと沢山出ていれば、摘み取って食べもしように、これひとつでは、、、、、

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2011年2月 9日 (水)

潤いのそよ風

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夜明け前に収まったが久しぶりの雨が降ったようで裏の川の水量が少し上がっていた。

一ヶ月以上降らなかったのだからこのくらいの雨は地面が吸収しても良さそうなものだけど、アスファルトで固められた地面では直接川に流れ込み増水する。

落葉した木の枝に残ったしずくがきらきらと輝き、大気はまだ湿気を含んで潤いを感じさせる微風を運んでくる。

しかし、新聞によると、霧島の火山灰がこれからの雨で二次災害を起こしかねないとされているのを見ると、雨が降っても危ういし、降らなければまた危ういそうだから、、、

最近の南九州は口蹄疫、鳥インフルエンザに火山灰とトリプルパンチの様相を見せている。

このような被害は、何時我が身にくるかと思うと、、、、何の用意も出来ていないが

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007 麻機沼では北帰行にそなえて、マガモのカップルが頭を上下に振って愛を確かめ合っている。

今日の最高気温は十六度、、、、ストーブは朝夕になったがまだしばらくははなせない。

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2011年2月 8日 (火)

ねこねこおんぼ

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水辺の岸にネコヤナギの花芽が吹き出しているのを見つけた。葉はその後から出てくるもので、花芽の下にかすかに緑色したものがそれである。

017 ここ二~三日の陽気に誘われたかのように、ねずみ色した毛皮のように柔らかくて艶々とした花芽が一斉に膨らんできている。

まさに、童謡の「小さい秋みつけた」を言い換えて「小さい春をみつけた」であろう。

秋のなんとなく物悲しさにたいして、春の訪れは心浮き立つものがある。

しかし、花芽の先端にいままでつけていた固い皮をつけ、本当に春が来たのかと迷っているような様子がおもしろい。

三寒四温の季節に入って、まだこれからも寒い日が何度も来ることだろうに、植物は一度脱ぎ捨てた防寒具は二度と切ることが出来ないのだ。

飛騨では、この花芽をネコネコオンボといい、指で揉んで柔らかくして長さを競う遊びもあったが、そのときの遊び歌に

「ねこねこおんぼ ねこおんぼ ね~こになれ ととになれ」というもので、”ねこおんぼ”とは猫の尻尾という意味であり、”とと”は魚を意味したと思う

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2011年2月 7日 (月)

岩に乗っかれるのは

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駿府公園内堀の北西側に”石曳きの詩”と題した立ち止まる人も稀な芸術作品がひっそりとある。

017   大きさは1㍍×1,3㍍くらいの大きな岩の上に手を口に当てた像とその下で梃子を押し込んで動かそうとしている小さなひと型の像 数体が置かれている。

少し離れて一回り小さな岩に碑銘と小さなひと型が乗せてあるが、何所にもその碑の説明は無い。

芸術は、感覚で感じるものでいちいち説明は要らないといわれるかもしれないが、傍に静岡商業高校跡地と書いてあるものとの関係は無いのか。

ただ、始めてみたときは、城を造るとき運んだ石をイメージしたのかなと感じたので、それが一番素直な見かたかと思う。

とにかく、前衛的なものではないので人々が一つのことに協力し合っているのはよく分かる作品である。

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昨夜遅くまで開票結果が出なかったので、接戦になっているのかなと思っていた名古屋のトリプル選挙はいずれも大差で決着がついていたことを今朝の新聞で知った。

その結果、全てが市長の河村たかし氏の思惑通りになっていた。

政党が知事や市長に対抗馬をぶっつけてみたものの全てが否定された格好になり、既成政党にたいする不信感がかなり増大していることが分かり、これは、偏に名古屋だけのことでは無いとおもえる。

そして、名古屋市議会にたいする市長の言い分は、政治家は市民からかけ離れた存在では駄目だといっていた。

たしかに、政治家を長年務めれば、その場所の雰囲気になじみ最初の頃の志は薄れていき、庶民感覚は鈍くなり、長に対する姿勢は監視から「なあなあ主義」になり、質問はおろか如何に自分は市長などに近いかを自慢するようになる。

これらの議員を辞めさせ、新しい空気を議会に送り込むのは自分たちに課せられた義務であり、四月の統一地方選挙には古い議員や市長を作らせないようにするのが、政党離れをした市民の義務であろう。

折から、静岡市も新人同士の三つ巴 四つ巴の様相を示してきたが、大きな岩の上に乗っかれるのは誰になるだろうか。

既成政党に乗っかる候補は、如何?    名古屋と比べて?

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2011年2月 6日 (日)

土いじり

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「冬の土用も明けたんで ちぃっと土いじりをしておこうかなと思ってさ、、、」

紅梅の咲く畑に夫婦で鍬を入れていた。

土用の間は土いじりをするな。というのは中国から伝わった陰陽五行説によるもので、年に四回ある土用の間は土をつかさどる”土公神”怒りを買うのでするものではないと言い、神宮暦にもそう書いてある、、、。

いまのように仕事が機械化されていなかった時代には、土木工事を始め畑仕事にしても土を動かすということは重労働であり、季節の変わり目に体調を壊すようなことはするな。という意味があったようだとの説があってのことだそうだ。

それにしても、これだけ雨が降らないと耕すには良いかもしれないが、種を蒔くことができない。

八百屋の店頭には、葉っぱが赤くなったキャベツや株の小さい白菜が高値で並んでいる。レタスも固くてごわごわしているものしかない。

これで作付けが出来なければ、、、、、、、端境期の野菜もどうなることやら

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Img_0001 夕方になって、ぱらぱらと降っていた雨が少しばかり勢いを増したかと思ったがすでに止んでしまっている。

このまま終われば、まさに焼け石に水。降雨量には計上されないこと間違いなし、、、。

北陸地方は異常な積雪を記録しているというのに、、、、そろそろこちらでは雨乞いの儀式を行わねばなるまい、、、。

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2011年2月 5日 (土)

もやっと

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寒気が通りすぎた空は、いかにも春を思わせる靄がかかり、富士山もかすんで見える。

黄砂なのか、それとも霧島の火山灰?   地上には靄の材料となる水気は無いはずなのだが、、、、

麻機の沼では珍しいキンクロハジロのつがいを見かけた。

この鳥は漢字で表すと”金黒羽白”と書くのは見た通りそのままで黒い頭に金色の目、そして羽が白いことから名付けられた。

ただ、この鳥が今年有名になったのは、一月十九日に郡山で、二月一日に米子でそれぞれ強毒の鳥インフルエンザで死んでいたことによる。

見ていると、どちらも元気そうに交互に水にもぐり餌を採っているようだからしんぱいないようだが、、、、、、、

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昨日、孫の家に行って見たら小学校六年生の男の子がインフルエンザで休んでいた。

「あれ 予防注射をしたのではなかったの?」と聞けば、したといっていたが、今日で三日目なるといい、熱が引いてから三日間は学校に来てはならないといわれ、今週いっぱい学校に行けず退屈で仕様が無いという。

「学級閉鎖なの?」と聞くと「そうではない」「じゃ~欠席扱いだ 損をしたな~」といったら「学級閉鎖の時はみんな家から出てはだめなのでもっと窮屈だった」という。

そんなこんなで、一持間ほど孫の傍にいたが、予防注射をしていないじいじは今日の空のようになんとなくもやっとしていた。

普段はインフルエンザには罹ったことが無いと豪語してきただけに、、、これが試金石?

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2011年2月 4日 (金)

春の兆しを

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春の兆しを見んものとて麻機近辺を歩いてみる。

雑草化した辛子菜がすこしづつ黄色い花を咲かせているものの、最近までの寒さと雨知らずの一ヶ月にやられたらしくいじけたような咲き方をしていた。

暦には「東風 凍みを解く」とあり、まことに時宜を得た言葉が書いてある。

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言うまでもなく、いま一番の話題は大相撲の八百長問題。

各テレビ局では、いつも通り、似たり寄ったりの番組編成しているのでチャンネルを切り替えても同じことばかり、、、、

しかし、大相撲での八百長試合は江戸時代職業力士が誕生した頃からの伝統であり、当然ことだったはず、、、、それを何時のころからか国技などと崇め奉ったのだろうか。

江戸時代、各大名のお抱え力士として飾り物に過ぎなかったときは、国技などとは言わなかったはずなので、たぶん、軍国主義の台頭とともに言われてきたはずである。

ちょうど、三年前の二月、時太山の死亡時期に自分のブログで書いたことがあるが、「国技」という名称を返上してプロレス並みにしたらどうなのだろうか。

国技とは、国民一般が相撲に興じるくらい裾野がひろがっていなければならない。

子供の頃のように、あちこちに土俵があって子供が授業の合間に相撲を取るくらいならそうも言えようが、いまの時代何所にそんな場所と人気があるのだろうか。

幕内力士上位をかなりの外国人力士が占めている以上、、、、、国技という肩書きをなくせばもっと気楽にやって生けると思うのだが

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2011年2月 3日 (木)

豆の多さにげんなりと 

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”立春大吉”のお札を玄関に貼ってから、彼岸の法要にに出かける。

暦の上では今日から春だという。そのためあってか気温もどんどんとあがり、上着も薄いものに変えて臨済寺の山門をくぐる。

ここ三年は檀家でもないのに節分の豆まきは臨済寺に行っている。普段上がれない本堂に集まって読経も今年はストーブを焚かず仕切りの戸もあけっぴろげで寒くない。

014o 赤青黒と三組の鬼たちが乱入しての法事はとどこりなく済んで豆まきになるが、最初は、そんなに拾わないつもりが、膝元に飛んでくれば夢中になって拾う。

催眠商法ではないが、周りが熱狂すればそれにつられて拾ってしまう。

帰りには、お札と箸、そして、お目当ての味噌をいただいて帰る。

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夜になって、近所に聞こえないような小さな声で「福は内」と唱えるようにして豆を各部屋に置く。孫が保育園に言っていたころは甲高い大声で撒いてもらったものだが、、、、、、と、あれから六年、近所でも豆まきの声は聞かない。

「歳の数だけ食べるものだよ」って、分かりきったことを言いながら手のひらに載せた豆の数の多さ、、、子供の頃は歳の数以上に食べたかったものだが、今ではその多さにげんなりとしている。

以前のように、生の豆を炒ったものでなく、市販品の柔らかい豆だが、噛めば口の中がパリパリに乾いてしまってお茶で流し込まなければ、、、、、

ともあれ、今日から春。心浮かれる春であって欲しいものである。

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2011年2月 2日 (水)

鷺と猫 (どっちもどっち)

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体格から言って大人の猫とは思えないが、すぐ傍にいるチュウサギを意識している様子で動こうとはしない。

鷺のほうも関心が無いような振りをしているがやはり動かず、互いに目を合わせないようにしている。

012_2 自分のこれまでの経験でもこれとよく似た現象を何度となく経験したものだ、仕事上のライバルの場合。どちらかが傷ついている場合、その人がいること知りながら、わざと気付かない振りをしてやりすごしてきたことを、、、、、、

”鷺と猫”  この状況は、もっと近寄って写せないかと思った自分によって破られるまで続いたが、この両者とも人間が割り込んできたことをとっくの昔に知っていたようで「どっちもどっちって」とこ。

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「成せばなる 成さねばならぬ 何事も ナセルはエジプトの大統領」なんていう駄洒落を言ったのは何時のことか。

たしか、スエズ運河をイギリスの手から奪い取って国有化を宣言した頃のことと思うが、王制を廃止したり、イギリスからの独立、イスラエルとの戦争などから、いまだに覚えているというのは偉大な大統領だったに違いない。

そのエジプトで、いま、民衆がムバラク大統領に退陣を突きつけてデモを行っている。きっかけは、同じアフリカ北岸のチュニジアで行われた民衆革命によるものだとのこと。

なにせ、いまのムバラク大統領が任期についてこっち三十年にもなるそうだ。どんな人物でも三十年変わりなく政権の座についていると腐敗する。

そして、利権などで美味い汁が吸える政権を維持するために、かなりの強権政治を行ってきたようで、その付けが回ってきたのだろう。

退陣はもちろんのこと、今後の身の安全も定かでなくなる可能性さえある。

一方、ここ10年で何人もの首相を変えてきた日本。

美味い汁を吸えるには期間が短すぎるかもしれないが、首相の陰に回って闇将軍が暗躍してこなかったか、、、

汚職や闇献金で何人もの議員が政治生命を失ってきたものの、即座にその権力を奪われた政治家はいない。

長すぎるのも不幸だが一年ごとに使い捨てて人材払底した国とはどっちもどっちと言うことか。

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2011年2月 1日 (火)

子供は風の子

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「おや 今日は珍しい目白が来ているな」と思ったのはあまりにも羽根の下が白いメジロだったからである。

一緒に来ているメジロは普段どおりの格好なので、変種なのかと写真に写して拡大してみたら、羽根の下の羽毛を逆立てているだけのことで、何の変哲もなかったが、この鳥はよほどの寒がりだったのだろうか。

人間にも暑がり寒がりがいるように、メジロにもそんなのが居たんだと思ったら面白くて、笑ってしまった。

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散歩で向かった城北公園では、どこか近所の学校の生徒と思われる集団が隊列を作って入ってきた。

何か運動するために引率されてきたようだが、その服装はまちまち、短パンもいれば長いトレーニングパンツもいる。しかし、上半身は一様に長袖の上着を着て、寒いのか袖の中に手を入れてこちらに向かってくる。

写真の題材として写す気になったのは、足を引きずって歩く生徒が立てる砂埃。

ここしばらく降らないために、グラウンドはカラカラに乾いていて、、、、、、

ここには、風の子はいなかったようだ。

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