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2011年4月17日 (日)

三十年ぶりに登呂遺跡

027 .

麻機田んぼのあぜ道が米粒草で、黄色くなっている。

花は、名前の通り米粒のように小さいので、一つ一つは目立たない存在だが、ここに来て一気に増えてきた。

この草は、シロツメクサ別名クローバの仲間で、色が白ければ姿かたちは良く似ている。

シロツメクサ、白詰草と書かれるのは、明治の頃輸入された品物を保護するため、この草を乾燥させて、隙間を埋めた詰め物から来たと言うが、生で輸入したものではないはずから、どうして、帰化したのだろうか。

考えられるのは、輸出先からこれを詰めなさいと言われて持ち込まれたものでは無いかと想像する。

そのとき紛れて、一緒に入ってきたのかもしれない。何しろ花として目立つ存在ではないし、食用でもないとなると、、、、

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005w .

今日は、春植えのじゃが芋を買いに駿河区の種屋さんに行ってきた。静岡ではもう植え付けが済み、畠を見ればすくすくと目を出しているくらいなので、男爵やメークインと言った主流のじゃが芋はなく、仕方が無いのでアンデスという赤い種類のものと、瀬戸の何とかというものをあわせて8キロばかり買うことにした。

この芋は、五月の連休後に例年通り長野で植えつけるためのものだが、長野の義妹には、男爵を買ってもらったものの、今年はあちらでも少ないとのことだったので慌てて買ってきたしだい。

この、種屋さんから登呂遺跡まであまり離れていないことに気付き、久しぶり、、、、それこそ三十年ぶりくらい前に行ったきり、、、と思いよってみることにした。

正確には忘れてしまったが、静岡に来たばかりの頃、小中学生だった子供を連れて行ったはず、、だったが、その頃の面影は半地下式の藁葺き住居の復元が少しあったほか、そばにみやげ物店があったりしたと思っていたが、今はほとんどシャッターが下りたまま、観光客も日曜と言うのに子供を含めて30人もいただろうか、、、。

なんだか、記憶と随分違っていて、新しい遺跡を見に来たような錯覚で廻ってきた。

それにしても、この遺跡、最近あちこちで新しい遺跡が見つかったためか、すっかり霞んでしまい、自分も同じ市内に住みながら三十年という長い期間行かなかったというのは、一度見ればそれでお終いと言う存在になってしまったのだろうか。

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コメント

おばさま
我が家はドイツほどではありませんが、じゃが芋好きで昨年は100kgは消費しているでしょう。
長野の義弟と豊田市の弟とで作っているのですが、各自100kgくらいづつ欲しいのと、頼まれているのがあって、種だけで10数kg使います。
じゃが芋が一番手軽に作れるのと、その夜を騒ぎたい百姓です。

投稿: オラケタル | 2011年4月19日 (火) 22時19分

まんぼさま
私が初めて登呂遺跡にいったときは、半地下の住居はありましたが、小さく区切った田んぼも博物館も覚えがありません。(記憶が薄れていたのか)
そして、今回見たところ博物館は開館していて、一階はもちろん二階も入場料を取って開放していましたよ。
二階には上がらなかったのですが、改装は済んだのではないでしょうか。

投稿: オラケタル | 2011年4月19日 (火) 22時12分

小学生の頃しか行ったことがない登呂遺跡ですが、
感じが違いますね。
時間は確実に過ぎているんですね。
改めて行ってみようかな。

じゃがいも・・我が家では1kgですよ。
収穫もまあまあといったところです。

投稿: おばさん | 2011年4月19日 (火) 11時01分

こんばんわ!
登呂遺跡ですが、確か現在は博物館が改装中だったはずです。もともと閑散としているところですので、今はそれに輪をかけて・・・。
僕は登呂遺跡にはひとかたならぬ思い出があるので、改装工事が終わるのを少し楽しみにしています。
といっても、ほとんど見所無いんですけど(苦笑

投稿: まんぼ | 2011年4月18日 (月) 23時29分

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