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2011年4月19日 (火)

裏に粋を凝らす

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ムベの花が咲き出した。

Img_0009z .ムベの実、昨年11月に写す

アケビの仲間と言われ、その実はよく似ているが実が開くことがないため、食べにくいことと、実が小ぶりなため、あまり食べられてこなかった。

ムベは古来「郁子」と、女性のような名前で書かれ、以前は皇室に献上された果物だと言う。

これは、天智天皇が近江の年老いた夫婦に、長寿の秘訣を聞いたところ、この実を食べているからだと言い、天皇は「むべなるかな」と答えたという故事に倣って、長寿を祝う果物として扱われたようである。

030 そして、スカートを広げたように下向きに咲く白い花の内側はうすむらさきの上品な(?)裏地を使っている。

むかし、江戸の粋人は裏地に贅を凝らすことを究極の意気と称したが、これは贅沢を戒めるため華美な服装を禁止した幕府に対するしっぺ返しでしかなったようだ。

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以前に、母親から「自分が健康なものだから、病気の人に対する思いやりと言うものが無い」と何度も叱られたことがあった。

外傷は見ていても分かるし、全身に骨折13ヶ所以上という経験を持つものにとって、外傷の痛みと程度は理解できないでもないが、内科の病気はいまだに見当が付かない。

そして、最近では病気の人に「がんばれ」と言う言葉は欠けないほうが良いとも聞いた。

そんななか、東北の震災された人に「みんなで頑張れば絶対に乗り越えられる。日本の力を信じてる」と言う励ましのコマーシャルをはじめ何かにつけてガンバレという言葉が飛び交っている。

心情は分からぬでもないが、実際に親族を失い、家財を失って途方にくれている人や、生き残ったことが良かったのか、、などと思っている人の気持ちと言うものはどんなにしても分かるのは当事者以外には無い。

「東北の人は辛抱強いから、、」と東北出身のある歌手も言っていたが、何故「悲しければ我慢をしないで大泣きに泣いて下さい」と言えないのだろうか。

辛抱強くを表題出されて泣くにも泣けないでは、戦争中の戦争未亡人みたいに、世間が圧力をかけているように見えて仕方が無い。

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このブログで、3/19の「吹き飛ばされまいと」と言う表題でなんでも自粛を祭の中止に一言書いたし、3/30には「円の不思議」と言う題で、福島原発の放射能をコンパスで円を書いてこの範囲は危険、とする不思議さを書いたが、最近になってようやく自粛の解除、離れた場所に放射能が強く出るなどして、この考えが一般的になってきたようだ。

自分は、原子力のことに関しては「群盲 象を撫でる」たぐいの一人でしかないので、余計なことを想像で書かないほうが良い、と書きたいことも控えてきたが、そんな群盲でも不思議と考えることに何故マスコミは言及しないのか。

情報を公開し今の状況がどうなのかを説明して認識させようとする努力が見えないのは何故だろうか。

このまま今年いっぱいは、ドツボに嵌まり込んで目途がつかない。で過ごすことになりそうな予感がしてきた。

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