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2011年5月16日 (月)

桑の実はなつかしの味 

019 .

浅間神社からの尾根道を歩いていたら、山桑の実が赤い未熟な実に混じって黒々と幾つもぶら下がっていたので、手でつまみ口の放り込んだ。

子供の頃、養蚕をしていた母方の本家の桑の木に登り、口中を暗紫色の染めて食べた懐かしい味である。

あのころは、幼かったためか、それとも手入れがよかったためか、葉っぱも桑の実ももっと大きかったような気がし、桑の葉摘みにかこつけて口に入れるほうが忙しかったものだ。

明治に入って、主要な輸出製品であった絹を作るため、かなりの家で蚕を飼い、その餌として桑の木を植えていた。

そして、作った絹糸は落下傘になると聞いたのは、戦争のさなかのこと、、、子供心に覚えている。

そのため、地図の記号のなかには桑畑の記号(Y の下に横線が付く)があるのは、当時、桑畑が広範囲に、そして、重要な産業であったことが分かる。

や~まの畑の桑の実を

    小篭に摘んだは  まぼろ~し~か

その桑畑も、今では何処へやら、桑の木も畑でなく、他の木に混じって見かけるだけになり、桑の実の味に郷愁を感じるのは、、、お年寄りだけ。

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030 おもえば、子供たちが木の実を食べなくなった。というか、木登りなどして遊ぶため、山へ遊びに行かなくなったのは何時のころからだったろうか。

足元にルビーのように輝くイチゴも誰も摘むものはなく、朽ち果てていくことに、山幸をもたらす神々もむなしく感じている昨今ではないだろうか。

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