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2011年8月15日 (月)

誰それ命

028s .提灯の下の短冊の数以上の悲しみが、、、

自分が生まれる前から日本は戦争で多くの人が死んでいった。

自分の父親も、上海の西で負傷をして帰国、そして自分が生まれた。

もしこのときの傷、肺への盲貫銃創で死んでいたら、自分はこの世に生きてはいなかったはず、、、、、

多分アメリカを相手に昭和17年末からの戦争の統計で、戦病死者が212万人、空襲での死者が24万人だと、NHKは報じていた。

自分の周りでも、叔父がひとり、従兄弟が一人南洋の海でなくなっている。

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今日は、この戦争が日本の無条件降伏で終わった日である。

世間は、終戦記念日というが、ありていに言えば敗戦記念日であるべきであろう。

「臥薪嘗胆」と言う言葉がある。そのむかし、中国春秋時代に呉王夫差が越王勾践と闘って破れたのを忘れないために、薪の上で寝て痛みを、熊の肝を舐めて苦い味を忘れまいとした故事であるが、全体主義、軍部の暴走に嫌気のさしていた日本国民は、悔しさを全て忘れようとばかりにアメリカ軍を迎合した。

しかし、静岡護国神社の万灯みたま祭に行って見ると境内いっぱいにかけ並べられた提灯の下には小さな短冊が下がっており、その短冊全てに何人もの「誰それ命」と書いた名札が下がっている。

戦火が絶えて六十六年、世代は変わり、少なくなっているはずなのに、いまだにあの戦争で亡くなった兵士を偲んで名札をかける人は絶えない。

沖縄で、東京で、広島長崎をはじめ各地で多くの命を犠牲にした民間人は、この提灯の下には書いてないはず、、、、

もっと戦争の悲惨さを後世に伝えなければならないはずなのに、、、、、、、、、「うみゆかば」が大きなスピーカーで、今日の町に流れていた

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コメント

おばさま
少しでも戦争の記憶が有るのは私らの世代まででしょうね。
護国神社の提灯が一万六千個だそうですから、その数以上の静岡県民が亡くなっている訳だし、日本全体で二百三十万人、日本が侵略したアジアを含め、世界で見れば何千万人から上になりかねません。
それでも、本屋に行けば懐かしむことを書いた本が沢山あり、悔いたり懲りたりしていないんですね。

投稿: オラケタル | 2011年8月17日 (水) 10時02分

実際には戦争は知りませんが、悲惨さは
わかります。母一人残して父は外地へ。
辛かった生活ぶりを、よく聞きました。
敗戦記念日・・まさにその通りですね。
絶対に戦争はしてはいけない。
敗戦から立ち直った日本人・先人たちのおかげで
今私たちがあることに感謝です。
黙とうを捧げました。

投稿: おばさん | 2011年8月15日 (月) 23時29分

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