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2011年10月17日 (月)

ヒキオコシは

014

013草むらで見つけたヒキオコシ。

しそ科の植物の特徴を葉っぱ以外すべて持っている。

淡い紫の唇方の花、花は小さく5mmはないだろう。

名前の由来は、倒れていた行者にこの草を揉んですりつぶした汁を飲ませたところたちまち回復した、ということで名づけられた万能の薬であるという。

どんな症状に適用されるのか知らないが、むかしの人は抗生物質など薬漬けになっていなかったため、ゲンノショウコヤドクダミでいとも簡単に直ったようで、民間薬や漢方薬には野の草が多く含まれている。

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今日も、中央公民館で静岡の古代史の講和があり、今日は「静岡の弥生時代」というタイトルで、静岡市文化財課の職員による話があった。

午後からの講義で半ば眠気を抑えながらの聴講で大まかなことしか覚えていないが、静岡で発掘された土器や田んぼの遺構、そして、前方後円墳で有名な古墳の話が中心であり、その中には登呂遺跡とそのまわり、浅間神社横にある賎機山古墳の発掘結果などもあった。

弥生時代は縄文時代から一気に変わったものでなく、徐々に移行したようでまだらな時代もあったようだが、もともとは朝鮮などから渡来した文化でなかったかといわれている。

そして、銅器や鉄製品が日本で作られるようになってきたのは弥生時代も中期になって三世紀過ぎてからのことだという。

そこで、講師に「大和朝廷の威厳が伝わってきたのは何時ごろでしょうか?」と聞いてみたところ、書いたものがないので何時ごろとは正確に言えない。という。

実は、自分たちが生まれたころ、世の中は「紀元は2,600年、、、」という歌が歌われていた。

どれだけ流行した川知らないが、そのまま続けば今年は2,671年になる。

当時、御用学者を集めて日本国が成立したのは何時だろうか、と政府が研究させた結果、何を根拠にしたか知らないが西暦に660年足した年ということに決まった。

となると、日本国誕生は、弥生時代をとびこして、縄文真っ盛りになる、という荒唐無稽なものだった。

そのころ、ヤマトタケルノミコトが日本坂の峠を越して草薙で火責めにあったとき、絵に描かれたあの服装ではなく、獣の皮や貫頭衣の山賊と変わらない姿だったと思う。

歴史は夜作られる。ではないが、御用学者の捏造には、原子力をふくめてくれぐれもご注意を、、、、。

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