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2011年10月22日 (土)

さながら浦島太郎


116w_2謡曲 ”藤橋”に謡われた両岸が切り立った場所にかかる真っ赤な藤波橋を見る

「ふるさとは土まで優しい」という意味の言葉を前に聞いたことがある。

誰の言葉だったのか、検索しても分からないのだが、いまその言葉を除外しても、久しぶりに見る山河は、故郷を離れた三十三年前とほとんど変わってはいない。

しかし、勤めていた鉱山も廃墟と化し、すれ違う人の中に知った顔が見えない。当然向こうにしてみれば自分はエトランゼ。

なんだか浦島太郎もこんな雰囲気を味わったことだろう。ただ、物語では絶望した浦島太郎はあけてはならぬといわれた禁断の玉手箱を開けてしまうが、自分にはわずかながら友達が残っている。

急遽声をかけて集まってもらい、旧交を確かめあう。

自動車は船津座の地下駐車場に置き、歩いてかえるは従兄の家。翌日は川霧に沈み込んだ街中を抜けて駐車場に向かったが、その昔通学に使った道を眺めながら真っ赤な藤波橋を望む、、、、。

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帰りは、岐阜県八百津町に住む従姉妹の家によるため、高山を経て南下する、道路もよくなって予定したより早くつき、仏壇におまいりしお悔やみを述べてそこを出たのが午後一時。

朝方放送していた事故処理も済んで順調に走っていたが、豊田ジャンクションの合流から東名の集中工事による渋滞に巻き込まれ、普段は三時間足らずで移動する焼津インターチェンジについたのが午後六時を過ぎてしまった。

JRなら、遅延払い戻しもあるところだがそれもない。

渋滞承知で東名を走ったのではないかといわれればそうかもしれないが、なんだか納得できないものが気持ちの底にはある。

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