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2011年12月 8日 (木)

茎まで赤く染めて

003

アカザが茎まで赤くして初冬を告げている。

002アカザとはどんな字を書くのだろうかと調べてみたが、藜とも赤座とも書かれるとのこと、しかし、藜は「ヒ」と呼んで漢方薬?の読み方なので、赤座という漢字が当てはまるらしい。

これは、若芽のとき先端が濃い赤紫色をしているためだろうか、、、ちなみに、ウイキペアでは苗字としか出ておらず、自分もこの姓の人をひとり知っている。

この草は、もともとは食用野菜として中国から来たそうだが、いまこれを食べたことのある人はまずいないと思う。

春先の若芽を食べるそうだが、なんだか白いきらきら光る粉のようなものがついているし、いま流行りのアントシアニンを大量に含み、ほうれん草のような味がすると書かれていても、あの、食糧不足だった戦後の一時期でも食べた覚えが無いところから、食べようとは思わない草である。

誰か食べた人が居たら感想を聞かせてもらいたいものと思う。

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さて、70年前の今日は明け方に、ハワイの真珠湾を攻撃し、日米開戦となった日である。

「宣戦布告前の不意打ちだ」と、アメリカを一致団結させたこの攻撃も、いろいろ裏事情があるそうだが、この開戦を指導した当時の軍幹部は、日米の国力の差を知ってのことだったのだろうか。

無謀な戦いに導いていった人たちは、当然戦後の国際裁判という、戦勝国の裁判で有罪になったが、本当は日本の裁判でも有罪になってしかるべきだったはずである。

自分としては、野田総理が以前に述べたと言う「A級戦犯と呼ばれた人たちは戦争犯罪人ではない」と言う責任をあいまいにする言葉に「では、戦争で殺された人たちにどう説明していくのか、、」と聞きたい。

無謀な戦いを始め、日本国民のみならず東南アジアを含めて数千万人以上に被害を及ばした責任は重い。

そんな戦略をかけなかった、指導者を持ったことが日本にとって不幸であるが、それがトラウマになってか、それ以降の日本はアメリカの言うことに忠実なポチからの脱却はできずにいる。

もっと外交に力を入れれば、例としては悪いかもしれないが、北朝鮮やイランのようにしたたかな外交で、アメリカを手玉とまでは行かなくても渡り合えたはずである。

それが出来なかったのは、外交に対する信頼の無さと、増長しきって楽観主義になった軍部を抑えるどころか後押しをしたマスコミ、、、、。

そして、もともとがせっかちな性分で結論を早く求める国民性からきたものではないだろうか。

この性分は、今でも直らず毎年のように総理を変え、だんだん粒が小さくなって、先を見通すことの出来ない指導者をつくってしまった。

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