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2012年1月31日 (火)

晴嵐

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青く澄み切った空の下、強く冷たい西風が吹き荒れている。これを晴嵐と言う。

先日の雪で真っ白だった富士山も相当強い風に吹きさらされているらしく、南東に長い帯のような雲をなびかせて黒い地肌が透けて見えるようになった。

さながら、首のマフラーをなびかせて”なんとかZZZZ”と叫んでいるかのように

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衆議院議員も野田内閣の先行きを心配してか、そぞろ冬の風が身に染みたようで、あちこちで生き残るための画策を始めている。

さきごろ、亀井静香代議士がうごき、平沼、石原都知事などと新党を作ろうとしていると報じられている。

なんだか、昔の名前で出ています式のロートル集団と思ってみているが、それぞれ一家言を持った頑固親父同士、結束できるのかな?と初めから疑われる。

主義主張が、むかしの晴嵐会の右翼的体質を持つと言うだけで、各自がてんでばらばらな構想を持っていては、日本をどうしようこうしようと言う気持ちから纏まるのではなく、ただ次の選挙のキャスチングボードを握りたいの一心でしかないのがよく分かる。

それにしても、あちこちからかき集めれば60人位の勢力になると言うが、将棋の駒じゃあるまいし、これでなびくような代議士は早く辞めてもらいたいものだ。

最も自民党にしたって、民主党にしたって中を見れば呉越同舟状態で、寄らば大樹の陰とばかりに集まっている人の集まりにしか過ぎないのだから仕様がないともいえないけれど、、、、。

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2012年1月30日 (月)

この下で揺れた

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河口湖から見た富士山
一昨日の朝、部屋の電灯の切り替えスイッチを見たらゆらゆらと動いていた。

「なんだろう、風が入ることもないし地震なのだろうか」と思っては見たが、そのとき見ていた民放は何もいわなかった。

それから5分、突然ドンと言った感じの自信が来たので、先ほどのゆれだけの地震は前触れなのかと思って、NHKに切り替えたら、河口湖の地か30kmを震源とする震度五弱の大きな揺れの地震があったことを放送していたが、アナウンサーの言葉と画面が違っていた。

なんだか二回連続してあったようで、アナウンサーは前の地震の説明をし、画面は7時42分の地震を流していたことになる。

NHKがね~、と思ったが、富士山の地下で起きた地震はその後もくりかえし続き、今日もあったようだ。

原因は富士山の根っこのマグマ溜まりが動いているのではないかと思うが、発表では、富士山の噴火も東海地震も関係ないということである。

しかし、昨日今日とテレビはあちこちで異変があると騒ぎ立てているし、このごろでは学会を初め権威と言われるところや、政府の発表には信用できないと言う風潮が蔓延していて、不安をかき立てている。

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2012年1月29日 (日)

エィオキー

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アオキの赤い実がようやく熟れて来た。

小さなナツメ形の赤い実は、全国各地で見られるそうだ。しかし、この木が一番美しいのは、白い雪をかぶった緑の葉と赤い実だが、雪を知らない静岡では望むべくもない。

夏に咲く薄紫の四枚の花弁を持った小さな花は目立たないが、冬になって赤い色が少なくなる雪国では、貴重な赤で子供心にも美しいと思ったものだった。

名前の由来は、見ての通り幹も葉も年中青い常緑樹のためであろう。

これにちなんでか、青木と言う姓も結構あるが、アメリカでは”AOKI”の読み方を”エィオキー”と呼ぶそうで、初めて聞いた知り合いの青木さんはほかの人だとばかり思っていて返事がしばらく遅れてしまった、と同時になれるまでしばらくかかったと言っていた。

こんな話を聞くと、結婚して姓が変わった人なども、慣れるまでどのくらいかかるのだろうかと、余計な妄想に浸ってみた。

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2012年1月28日 (土)

葉が落ちて目に付くユリノキの実

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葉を落とした梢の先にユリノキの実がはじけて種をばら撒いているようだ。

実までの高さは低いものでも4~5mはあろうか、空の青さにまぎれて、色合いが鹿とは分からないが、水気の無いカラカラなもののようである。

花は、明るい黄緑で、葉っぱの色にまぎれてなかなか見つけにくいが、実を散らす時期には葉っぱが落葉し丸裸の枝先についているのがよく分かる。

そして、どんな実なのか探してみるが、ばらばらになっていてはっきりといた様子は分からない、ただ、枝先に付いた実の形は、上に向かってラッパ状に開き、この実の状態から名づけられたのではないかと思うほど、ユリに似ている。

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昭和40年代までの厚生年金は簡単に計算できて、労働組合の職場委員クラスでも助言することが出来た。

しかし、その後次第に複雑になり、さらには、年金を扱う厚生省などで不祥事が起きたり、投資に失敗して大損をするころになると、小子化もあってなんだか計算方法まで訳が分からなくなった。

そして、2,004年、坂口厚生労働大臣が支給年齢を引き上げるなどして100年は安心出来る年金だと頭を振りたてて国会の承認を力説していたが、100年どころか10年も持たないような状態になってきている。

どんな根拠で計算したのか知らないが、あまりにもお粗末過ぎるのではなかっただろうか。その後、本人がどのような説明をしたのか知らない。(多分厚生省のお役人の言うとおり口パクをしていたような気がするんだが、、、)

今回、野田首相は消費税を10%にするため、「ネバーネバーギブアップ」と言っているが、これも何にどう使うからいくら上げなければならないという根拠を示さず、引き上げ額だけを提示しているが、それが国会を通過するとさらに上乗せの話が出るらしいとのこと、、、、、、、

まるで、葉っぱが落ちないと何がなんだか分からない状態である。

まことに、この国の未来は行き当たりばったりと言う感じがしないのではなかろうか、すでに、若い人の間では、厚生年金を納めても老後は安心できないと言う空気が充満している。

マニフェストをまるで踏みにじった政府の信用のなさは、もう御免にしてもらいたいのだが、、、、自民党もほかの野党も同様だと思うと、どうすればいいのだろうか。

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2012年1月27日 (金)

春よこいはやく来い

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010s麻機の山の登り口のひとつに毎年踊子草が花を咲かせる場所がある。

この寒さの中で少しづつ背丈を伸ばしていたので、草の茂っている部分を掻き分けててみたところすでに薄い桃色に花が茎にまきつけたようにして咲いていた。

もう一段草丈が伸びて茎の節と節が延びればこの花も目立つようになる。いわば、舞台の袖で出番を待っている踊り子ともいうべきか。

節分も過ぎて、いよいよで番ともなれば、笛太鼓の音を伴奏にして、いっせいに繰り出してくることになろう。

春よこい はやく来い、、、、、

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2012年1月25日 (水)

ポツンポツンと

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今日は日本最低温の日だという。

明治35年に北海道で氷点下ー41度を記録した。この年はことのほか低温だったようで八甲田山で陸軍兵士が準備不足のまま強行演習を行い、199名の犠牲者を出した年でもある。

しかし、上には上があるもので、先日テレビで世界の気温を見ていたら、ウランバートルで最低気温がー49度、最高気温がー29度だと出ていたが、それが、特別に寒かったわけではなかったらしい。

ちなみに、自分が最低気温を体験したのは、生まれ在所の飛騨で最低気温がー20ということがあって、そのときの思い出は、呼吸の際、空気を吸うと鼻毛が凍るらしく、息がしにくくなったことだったが、顔はむき出しでもなんとも感じなかったところを見ると、意外と面の皮が厚かったようだ。

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ここ数日、暖国静岡でも雪の気配は無いが、氷点下を記録しているようで麻機沼の水面も氷が張っている場所がある。

その中に、上の写真のように、いくつもの気泡が固まっている場所があるが、これは、沼の底の泥の下に堆積している葦から発生しているメタンガスのせいである。

夜になって、気温が下がって薄氷が張った後発生したガスがまず氷に下に気泡をつくり、その気泡の下の水が凍った後、次のガスが出てきて、その下の水を凍らせるを繰り返したためである。

最初の気泡が一番大きいのは、気温がまだ完全に低くなっていないときであり、次第に世も更けて気温が下がり凍るのが早くなると、気泡があがってすぐにその下の水面が凍るためである。

こういう風な凍り方をするのは、決まった場所からガスがポツンポツンと湧き出しているところで、間隔に決まりは無いが、沼のあちこちに出来ていた。

これも、この沼の風物詩のひとつであろう。

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2012年1月24日 (火)

無いじゃなし

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富士の高嶺に降る雪も

東京永田町に降る雪も

雪に変わりは無いじゃなし

とけて流れりゃ 別なもの

昭和38年から流行したご存知”お座敷小唄”歌いやすさと軽快なリズムで、今でも宴会などで歌われている。(と思うのだけど、、、)

この歌を始めて聞いたときには「ないじゃなし」の部分に随分と引っかかったものだった。

本来なら「あるじゃなし」と歌わなければならないところなのだが、作者不明とはいえ、レコードに出す以上、制作会社のチェックが入ってもよかったのではないかと思っていた。

”ないじゃなし”とは、無い訳ではない、と言う意味で、変わりがあるのが前提となるから、降る雪は違うものと言う意味だし、”あるじゃなし”とはぜんぜん意味が違うことになり、溶けて流れれば別なものになることである。

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昨夜来、関東地方に雪が降り、都心部の道路が踏み固められ、凍り付いて滑った人や、スリップ事故が多発している様子が映し出されていた。

皇居も白くなっている様子から、永田町周辺も同様な状態になっていたことは想像できる。

おりから、国会は今日から始まり、論戦が始まるのだが、この先どう流れていくのか、一体改革が果たして出来るのか、重要な国会であることはわかるが、議員諸氏には緊張感があまり感じられないのは、こちらの思惑で見ているからであろうか。

国会議員の定数や経費削減はどう見てもまとまる見通しは付かないような気がするし、公務員の給与削減、特殊法人の整理などもそんなに簡単に片付くのなら今まで何をしていたのかと言う気がする。結局のところ官僚の目論見どおり、消費税率のアップだけしか決まらないのではないだろうか。

つまり、打ち上げ花火はいっぱい揚げておいて、別なところに落としどころを求めているようにしか考えているような気がしてならない。

つまり、そういうことも無いじゃなし状態である。

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2012年1月23日 (月)

獲らぬ狸の皮算用

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静岡市の池ヶ谷と言えば昨年11月に山から降りてきた鹿の捕り物で大騒ぎをしたところであるが、今日はそこから登って初日の出を拝んだ場所で狸とばったり出くわしてしまった。

003向こうさんも驚いたらしくもちらを見据えたままじっと動かずにいたので二枚三枚と写真に写してみたが、その間うずくまったままで動かなかった。

狸の周りのしたがりの枝が邪魔なので、少し回りこんでみるため、視線を動かした隙に狸はそそくさとうしろの藪に飛び込んだ。

山で熊にあったときには、視線をそらさないで後ずさりをせよと聞いたことがあるが、野生の動物は、視線はそらした瞬間を大事にしていることが、こんなところでも証明された感がする。

一般に、狸のことを狢と言う地方もあるようだが、狸と狢、ハクビシンは、身体の大きさと顔つきに多少の違いがあるもののよく似た格好をしており、人を化かすことにおいては、むかしから狸、狢、狐は三大化け物である。

また、狐に比べて狸は人里の周りで生活しているため、むかしから人に見られることが多く、”かちかちやま”をはじめ、昔話などによく取り上げられたり、皮と肉をとるため捕まえやすい野生動物の一つでもあり、”獲らぬ狸の皮算用”と言うことわざまである。

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最近宝くじの売れ行きが悪くなってきているそうだ。これだけ景気が悪くなればほとんど当たらない宝くじには魅力がなくなってきているためでろう。

いくら「夢を買う」とか「買わなければ当たらない」と宣伝しても博打にお金をつぎ込む余裕は無い。

これは、宝くじばかりでなく、競輪、競馬をはじめ、不況知らずといわれたパチンコさえも売り上げは減ってきていることからも分かる。

そこで、宝くじの関係者は、売り上げ増を図るため3億円だった金額を引き上げたり、いままで、払い戻し額を75%としていたものを70%に引き下げて、いわゆる寺銭を増やそうとしていると報道していた。

いまでも、三億円の確率は256万分の1と言われ、その他の公営ギャンブルの中では一番確率が悪くて、当たらないものの代表みたいに言われていたが、さらに当たらないようにしたのでは、それこそ、”獲らぬ狸の皮算用 になる。

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2012年1月22日 (日)

雉つがう

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いまどきにしては長雨も午前中におさまって、ウスッラボンヤリながらお日さまも確認できるほどになった。

014男子の県対抗駅伝も一時は6位と健闘していたが終わって見れば大体予想していた定位置。

やはり、成年男子層に人材がいいないのが大きいようだ。

それを見終わってからの散歩に出かけた。道端の草も少し湿り気を帯びているし、こんな日だから近回りで、と、麻機の田んぼ周りを一周すれば、茶色く枯れた草むらに何かうごめいていた。

距離にして、100m近く離れてはいるが形から雉らしいとわかってカメラを向けてみる。

写して確認すると、傍に雌の雉がいたことが分かった。

雄に比べると一回り小さく、枯れ草に似た色合いが保護色になっているため、写しておきながら気が付かなかった。

あわてて、その辺りを狙ってみたが、雉たちのほうも気が付いているようで、餌をついばみながら次第に遠ざかっていった。

この時期からペアを組むなんて、、、、、よほど手の早い(手は無いが、、、)

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2012年1月21日 (土)

フキノトウ花咲く

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今日は大寒。小寒から立春の間を”寒”というが、その真ん中に辺り寒さ最も厳しいころと言う。

それに合わせたように関東方面は雪が舞ったりしているようだが、こちら静岡では氷雨と言うほど冷たくはないが雨が降り続いている。

006そして、大寒の初侯として、日本ではフキノトウが顔を出す時期になっているので、家の裏に行ってみると小さいながら七つのフキノトウが折からの雨に打たれているのを見ることが出来た。

もうかなり前になるのだが、現場のすぐ傍から蕗をとってきたとき、根が付いている部分を土に挿してみたのだがそれが気に入ったのか少しづつ勢力を広げている。

場所としては、家の北側で日当たりも無く、環境としてはよくないところなのだが、ほったらかしているのが気に入ってくれたのか、そして、雪国ではありえないことだが、葉っぱが完全に枯れてしまわないので、フキノトウはほかの花同様、茎の中心から出ている。

そして、この写真を撮った後、小さな花芽を摘んで味噌和えにして食べたが、寒の極まりなのに、おもわず「もうすぐは~るですね」、、、と。

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2012年1月19日 (木)

芳しい匂いだった

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高曇りの灰色の空の下富士山がその空の色に染み込むかのようにぼんやりと見える。

ただ、目を凝らしてみれば、八~九合目から上は、綿菓子のようにふんわりとした雲をまきつけている。

笠雲というより綿帽子と言ったところか、、、、、しかし、いずれにしろこういう雲は低気圧が近寄っている前兆であり、早晩雨が降ってくると思っていたら、夕方過ぎて小雨がしとしとと降ってきた。

これでは、明日の甘夏採りは望めそうも無いのだろうか、、、、。

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いまでは、環境汚染の元凶のように言われている自動車の排気ガスも我々が子供だったころは、文明の匂いと言う風に感じていた。

あらゆるものが戦場に送られ、物資と言われるものが底を付き、石炭や石油の代わり木炭でバスを走らせていた時代。 

ときどき通る占領軍(日本では進駐軍と言ったが)のジープの排気ガスは香しいもので、通り去ったあと後ろを付いて走ったものだった。

そのころ日本の自動車は性能が悪かったためばかりでなく、県道といっても舗装されておらず、トラックはゆっくり走ったため、子供でも走れば追いつくことが出きた。

(ちなみに、昭和30年代になっても、自転車に乗りながらトラックの荷台に手を掛けて引っ張られて走るものがいたくらい)

そのころ、石油と言えば一般には灯油のことをいい、一升瓶で買っていたのではないかと思う。そして、灯油の使い道は主にランプであり、山の上の小さな集落にあった伯父の家では、戦後しばらくは遊びに行くと小さな手が重宝がられてランプの火屋(ホヤ)磨きをさせられた記憶がある。

それから六十数年。世の中はずいぶんと変わり、こんな話は、むかしむかしあるところに、、、という昔話のなかにうずもれる話になりそうだ。

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2012年1月18日 (水)

ナンキンハゼの白い実が

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011静岡市を囲むように連なる山を薄く染めた昨日の雪も根性が無かったようで、その午後には解けはじめて、今日は朝から黒々とした山に戻っている。

かわって麻機沼では、外来植物として昨年来切り倒されてきた、ナンキンハゼの生き残りが、枝先に付けた種に皮を弾かせ、真っ白な種を花のように輝かせて、生命力の強さを誇示している。

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東京電力は、近いうちに企業向け電力料金の値上げを行おうとしていると、今朝の新聞は報じ、テレビのキャスターは早速、その影響を物価の値上げや企業の海外移転で雇用の喪失など一般家庭に影響が出ると声高に話していた。

これを見ていて感じたのは、マスコミを使った”やらせ”なのではないかと思ってしまった。

燃料が値上がりしたからと言うが、円高と燃料の値上がりの推移などを懇切丁寧に説明するのではなく、大口工業用電力料金は電力会社が勝手に決められることを盾に、17%と言う数字を出した、、、。

その結果、当然大企業が反発する姿勢を見せてる。これは、経団連の大企業同士の打ち合わせで決め手いたとしても不思議ではない。

その結果、原子力発電所の再開させるように国民を洗脳するのではないだろうか。

福島の原発事故で、会社がつぶれるかどうかの瀬戸際まで来ていると言うのに、充分な事故検証や対策も無い中で、再び原発を稼動させようと言うことは、金儲けのことしか考えていないといっても仕様が無い。

原子炉の稼動年数を、はっきりとした根拠も無く四十年と決めたその後すぐにもう二十年を追加しようとしたり、核物質の拡散を国民に隠し続けた政府や電力会社を初めとする、この国のトップやマスコミの言うことには”信”が置けないと言う事態になっていると言うことに対して、もっと謙虚な姿勢が臨まれるのだが、、、

由らしむべし 知らしむべからず   と論語の中にあるが、意図をはっきりした説明が付けば、国民はそんな馬鹿ばかりではない。

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2012年1月17日 (火)

春の一陣

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昨夜寝付くころに雨もよいの気配を感じていたが、今朝起きてみると山の頂が白くなっている。

静岡では、標高1,062mの竜爪山に三回雪が降ると春になると言われているそうだから、その一陣である。

002八時ころまで霙交じりの雨ながら平地まで雪が届くことも無く終わったが、舞い上がる薄い霧とその間から見える山々は、さながら墨絵の山水画を思わせる雰囲気をかもし出していた。

そして、冷蔵庫に野菜がなくなったと言うので、野菜の買い入れをかねて安倍川沿いに有東木まで、農家直売の野菜が無いかと出かけてみた。

安倍川の両岸の山々は白く雪をかぶっているが、路上に見かけたのは有東木の集落近くになってから、よく積もったところで5㎝もあったろうか、何人かの人が出て雪かきを行っていた。

坂道と言うこともあるが、この辺では雪装備の車も少ないのでこのくらいでも除雪しなければスリップする車があるのだろうか、、それとも、除雪対策費でも出ているのだろうか。

とにかく、水分の多い雪なので、枯れ木に花が咲いたように丸く丸く枝の各所に団子状態を作っていた。

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目的の、”うつろぎ”という地元婦人会で経営している食堂兼物産店は本日休業、やむなくあちことと回ってみたが、雪帽子をかぶった仏と、赤い葉をした南天に真っ白な雪が今日の花。

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2012年1月16日 (月)

早咲きの桜も咲いたが

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藪北茶を見つけ育てた杉山翁の胸像を横にして咲き出した


013中央公民館へ「駿河七観音」について公開講座を聞きに行ったついでに、駿府公園内にある早咲きの桜を見に行って。

朝からの厚い雲は太陽をさえぎり、薄暗いような雲行きは体感温度を気温以上に低く感じさせている。

駿府城跡の公園の一角では、毎年この時期には桜の花が咲いているはず、、と、行ってみれば咲いてはいたが、昨年に比べるとかなりわびしい咲き方になっている。

これも、曇り空の影響かも知れないけれど、樹勢もかなり弱っているのがわかる。

植えられてみたものの、根元付近はかなり踏みつけられているし、肥料などの手入れもされていないようだから仕方の無いことかもしれない。

種類としては、寒桜の仲間のようで、淡いピンクがなんだか痛々しく感じられるのは、そんな気持ちで見ているからだろうか。

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新聞によると厚生労働省は、美容整形や脱毛、脂肪吸引などを行う医療機関に、宣伝を規制する方針を決めたそうだ。

ホームページなどで、体験談に美辞麗句が書き連ね、使用前と使用後の比較写真などを載せて勧誘しているが、トラブルもかなりあったのが規制の原因であるとのこと、、、、、、

お客より法人を大事にし、普段は腰の重いお役所が乗り出したと言うことは、かなり影響が出ているのだろうと推察する。

しかし、これ以外にも、髪の毛が生えます。足腰の痛みが取れます。などといった広告はいくつあるのだろうか、、、、そんなに効果があるものなら世の中もっと明るくなるはずだが、どこの病院も待合室はいっぱいである。

肺がんを患っている知り合いの人が言っていたのだが、病院で医者に「先生、市販のこの薬を飲んでみたいのですが、どうでしょう?」と言ったら「どうぞいいですよ」と言う返事を得たが、帰り際に「私は母親になら薦めませんよ」って言われたと言っていた。

テレビの画面の片隅に、ごく小さい字でこれは個人の感想です。と書いてあるが、有名な俳優などを使ってのコマーシャルは如何にもすぐに聞きそうなことを声高に言っている。

ついでにこっちのほうも規制してもらいたいものだが、広告を打(売)っている、テレビ会社や芸無しのタレントはそうさせないようあの手この手で抵抗するだろうな。

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2012年1月15日 (日)

柴上げ漁

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麻機遊水地での”柴上げ漁”が70人近くの見物客を集めて今年も行われた。

なんでも、柴上げ漁と言うのは、秋口に水の中に葉っぱの付いた木の枝などを沈めておき、寒さが厳しくなったころこの木の間に入り込んだ、鮒や鯉などを囲い込んで、中の柴を引き上げタモ網で掬い上げる漁のことで、古くはあちこちで農閑期の楽しみとして行われていたそうだ。

この風習も一時途絶えていたが、34年前に復活させ今年も行われたのだが、自分としてはこれで四回目の見物である。

毎回同じようなパターンで行われるため、会場で「おでん引換券」と「鮒汁」の券をもらったが、使うことなく遊水地をぐるっと回って帰ってきた。

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本来なら今日が成人式で、街中を派手な衣装を着た新成人が闊歩する日である。

自分が成人式と言うことで祝ってもらったのは、1960年だった。

記念写真は集合で写した白黒のキャビネ版が一枚あるだけ、、、、いまその写真を見るに、男女ともこざっぱりとしたスーツ姿ではあるが、着物姿の女性は一人も居ない。

大学生が混じっていない成人式なので、親の援助を受けているものは無く、みんな自前で揃えた服装だったのだろう。

みんなが貧しい時代だった、、、、、、

おりから、世相は60年安保に向かって、若者は左派的発想と行動をするのが当然と言われた時代であった。

憲法や日米安全保障条約について、何か意見を持っていなくては知識を集めた。

そんな時代ながら、酒タバコに関しては鷹揚というか、二十歳の男性はほとんどたしなんでいたし、職場の新年会、山行き、忘年会などで酒を勧められ、芸者から地元の民謡に沿った太鼓のたたき方を学んでいたので、二十歳の飲酒喫煙は慣れた手つきで杯を重ねており、成人式だからと言って大騒ぎをしでかすやからは一人もおらず、、、、、。

いまから思うと、すでに成人していたような気がする。

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2012年1月14日 (土)

どこに飛び火するか

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午後になって散歩に出かけると、消防自動車がサイレンを鳴らし鐘をたたいて何台も走り回っていた。

ふと後ろを振り返ると、中学校の裏の道で消防自動車が西向きと東向きに走ってすれ違っていた。

はて、火事場が二ヶ所あるのだろうか、それとも東へ行っても西に行っても行けるとこだろうかとも考えたが、まもなく、その自動車は戻ってきて後ろについていった。

消防自動車が、右往左往するなんて珍しい光景を目にしたものだ。

まもなく、火事場が分かった。場所は、麻機街道によった沼の北側で散歩のルートにも当たるし、何よりも野次馬根性から消防車の集まっている方向に向かった。

おりから、通りかかった消防士に聞いたところ、「枯れ草が少し燃えた程度、、、、」とのこと、、、で、邪魔にならない程度のところから見たが消防車から伸びた放水の先は残り火を警戒して散水しているのだけれど、その周りを見ても何の変化も無く、どこが燃えたか分からない状態だった。

沼地の北側で人家も無いところから野次馬としてはもう少し派手なところが見たかった。と、不遜な考えもよぎったが、、、まずは、めでたく収まっていたようだ。

001現場にいそぐスーパーレスキュー車

それにしても、あんなところがなぜ燃え出したのか、(タバコの不始末か、いたずらか)そして、どういう通報だったのか普通の消防車のほかに、スーパーレスキュー車や消火用水を積んだ大型の水槽車まで来ていたが、遊水地の傍にこの車が停まっていたのがすごく滑稽だった。

傍に居た同年輩の人に「見たの?」って聞いたら「見ていないけど、空気が乾燥しているから気をつけないと、、」といわれ、「そうですな」って答えたら「喉にも気をつけて風邪やらインフルエンザにならないようしなさい」と重ねてご忠告、これ以上話をしたらどこに飛び火がするかもしれないので、あやふやの返事をしながら、その場を離れた。

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2012年1月13日 (金)

裏も表も真っ黒

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富士宮からの富士山


ここしばらく富士山が真っ白になるのを待っていた。

なかなかならない。テレビの放送によれば今日で雨の降らない日が41日も続き、野菜などの生長に大きく影響しているそうで、また値上がりが心配されているそうだ。

昨日も伊豆のほうではわずかながらも雪が積もったと言うことだが、この雪はどこから来たものだろうか。

このカラカラ天気が、12月初めまで真っ白だった富士山の雪を吹っ飛ばして、静岡側から見る富士山を夏場同様に黒々と横たわらせている。

それでは、北側の斜面はどうなのかと、西湖の野鳥の森公園に行ってみたが、こちらから見た富士山もやはり黒かった。

どちらが表とはいわないが、裏も表も真っ黒な富士山はいまの季節には似合わないものがある。

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この場所は毎年、スプリンクラーで水を吹きかけて、氷の造形を作っているが、茶色く枯れた芝生の上の氷と言うのもなんだかとって付けたようで、これまた不自然のきわみ、、、、

おかげで、自分らが行ったときには、野鳥の森公園とはいいながら、枯葉の間から餌が探せるのか、小鳥も、もみの木の中から出てこず、、、、、、気配だけ

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帰りは、本栖湖をまわって、身延、そして、南部の日帰り温泉に浸かり、51号線を南下して帰った。

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2012年1月12日 (木)

プリマ ドンナ

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欧米の人の名前にマドンナという人がいるが、スペイン語を知る前は、プリマドンナ(prima donna)はプリで切るものと思っていた、ちょうど、ドンキーホーテをドンキーで切ると思っていたように、、、、、

ところが、歌劇の主演女優をそう呼ぶと聞いて知ったのは、プリメールと言う言葉が「第一」を意味し、ドンナは女性を表す冠詞と分かってからでだった。

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寒いと言われる朝も風が吹かなければ体感温度はかなり暖かく思えるものである。

しかし、またしてもこの冬一番の厳しい冷え込みだとテレビがいうと、どんな状況か見たくて、朝食もそこそこに家を出た。

太陽は、低い雲に抑えられて、やっと出たばかりだったが、テレビでいうほど厚い氷も霜も無く、調子に乗って子供病院北側の小白鳥が渡ってきたエリアまで足を伸ばした。

前回来たときには自分の姿を見ると静かに離れていったこの鳥も、今では人なれしたらしく、見られているにもかかわらず、悠々と水面下の水草を食べている。

046周りに居たカモたちが岸辺から遠く逃げ去っても、我関せずといった具合で、さながらプリマドンナと言った感じでひとつとことろから動かないで居る。

周りに立てた、波紋に低い角度からの朝日を浴びて、きらきらと反射するのも舞台効果のひとつとこころえて、主演女優は優雅に舞い続ける。

バレーの「白鳥の湖」なら、オデット姫といった所なのだが、この物語では夜になると魔法が解けて人間に戻ると言うが、この寒空の中白い衣装ではさぞ寒かろうに、、、、、

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2012年1月11日 (水)

立ち上がる靄の中で

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しかとは見えぬほど、水面から靄が上がっているようで、昨年の台風で倒れた柳の木のあたりがもやっている。

その中ほどで餌になる小魚を狙って一羽のカワセミ、、、、、、

まず一枚、遠くからシャッターを切って、近寄ってみたが、先刻承知のカワセミは、”あかんべ~”とでも言ったかのように飛び去った。

カワセミ。漢字では翡翠と書き、ヒスイという宝石と同じ字で表している、まさに生きた宝石、水辺の宝石と言った雰囲気で水面すれすれに飛び去っていった。

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小沢代議士の資金管理団体の公判で、小沢氏は手元にある現金の中から4億円を用立てたと言う。

一般に、多額の現金を身近に置くことは物騒なので、銀行などに預けておくのが常識と思っていたが、あの人はそうでなかったようだ。

そして、このお金は隠さなければならないものでなく、親の遺産や印税などと言う。     いやぁあるところにはあるものだ、、、

鳩山元総理は、毎月1,500万円を親からもらっていてもしらなかったと言うし、小沢氏は、4~5億円が事務所に何時からあったのか記憶して居ないそうだから、この人たちの金銭感覚はどうなって居るのだろうか。

「天下国家のことに専念しているから、、、、、」と、足元の自分の政治団体が禁止されている土地購入を初め、契約書を見たことが無いなどと言うに至っては、法律と言うものをどう見ているのか。と言うことになり、むかしの政治家同様何でもかんでも秘書が秘書がと責任逃れに終始していた。

こんな人たちに、一般の人の暮らしが分かる分けないだろうなと言うのが、正直なところ、、、

この裁判も、見えない靄をかぶせたままで終わらせれば、裁判所そのものが信用されなくなるだろう。

おりから、尼崎脱線事故について起訴された前社長は無罪となって、遺族を嘆げかせている。高い給料と責任は何のため与えられていると思うのか。

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2012年1月 9日 (月)

まだ咲き続けるヤマホロシ

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007初日の出を見に行った山は、急傾斜に見回り用の階段が作ってあるのだが、この中腹にヤマホロシの花が咲いている。

本来ならこの花夏場だけに咲くはずなのだが、いまだに多い少ないはあるものの葉も枯れず咲き続けている。

その代わりと行っては何だが、実が付かないで花だけで終わっている。

狂い咲きにしては、何時までも咲いているし、斜面を吹き上げる風は冷たいと思うのだが、どうしたことだろう。

花が少なくなったこの時期に、白い四枚の花弁と黄色い蘂を目立たせているのは、ボランティアなのか、とち狂っているのか、、、、、

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素人芝居で、国定忠治が「赤城の山も今宵が限り、、、、」と名せりふを言う場面の背景にはきまって満月が掛けられている。

そんな感じのする月がいま中天にかかっている。多分空気に湿気が無く澄み切っているようで、隣の蒼い屋根瓦を鈍色(ニビイロ)に光らせている。

昨年12月の半ばから、静岡では雨が降っていない。

気温が、零下になっても水気が無いためか霜で真っ白くなったのは12月のうちだけだったような気がする。

おかげで、足の踵が白く粉を吹いたようになってきた。

いままでは、幾分脂性なので、かさかさ肌のあかぎれなどとともに無縁だと思い、連れ合いを笑っていたが、やはり、”よる年波”っていうやつか、意外と自分も肌が敏感だったのだろうか。

腕や背中がかゆくなりだすと搔き毟ってしまうため、最近ではアロエのクリームを傍において塗りこんでいる。

雪国では、適度の湿度もあり、家中が雪に覆われるとかえって暖かくなるものだが、、、、、、吹きっさらしの風は女性ばかりでないようだ。

追 : 星さんのコメントですっきりしました。なかなかこの句が頭の片隅にありながら思い出せませんでした。   ありがとうございました。

 月天心 貧しき街を 照らしけり   与謝蕪村

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2012年1月 8日 (日)

そんなに急いでどこに行く

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ロウバイの黄色い花咲く、麻機の農道に登る。

霞を伴ってのどかにひらける麻機田んぼを見下ろせば、バイパスと流通通りの交差点に近いところから勢いよく煙が上がっている。

そういえば、今日の午前中にどんど焼きをするって書いてあったことを思い出した。

そう思ってみると、眼下の沼の堤防でも人が集まって正月飾りを焼いているようだし、遠くで昼花火の音もする、今日は一週間早い小正月か、、、このごろでは、人の都合で行事がどんどん早くなっていく。

昨日も、今年成人する孫のところに電話をしてみると、一月三日に済ませていて、写真が出来たら持って行くよ。って気の抜けたような返事が来る。

むかし、交通標語に「狭い日本 そんなに急いでどこに行く」と言うのがあったが、政治ばかりでなく、なんでもかんでも急ぎすぎてはいないのだろうか。

暦の上では、一月十五日に行われていた成人の日が、その近くの月曜日に変更されているので、今年は、第二月曜日の九日に行われるものと思っていた。

男の子だから、女の子のような華やかさは無いと思ってはいたが、、、あんまりあっさりしていて、じいじは何と言ってよいのかわからない。

とりあえずは、写真が出来た日に、何かお祝いをしてあげよう。と言うことにした。

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先日、食事どころを口コミで評価している”食べログ”というコーナーの評価を上げるため、お金を取って投稿する業者があったとして、話題になっていた。

初めての町に行ったとき、この評価を頼りに店に行く人が結構いるようで、テレビのインタビューにいろいろと答えていた。

しかし、食べ物屋を評価すると言うのはかなり難しいことではないかと自分は思う。

人に比べて多いかどうかは知らないが、人を連れて食べ物屋に入ると、よく「おいしい店を知っているね」と言われるが、そのときの返事は「その代わり不味い店もいっぱい知っていますよ」と答えている。

人の味覚は、その生まれ育った土地や、母親の味付けが基本として残っており、それを基準に評価しているから、各人各様に違っているはず、、、、

長野の飯田付近のザザムシは食べたことが無いが、イナゴや蜂の子、そして木の中いる甲虫の幼虫など、いわゆるゲテモノは調理の仕方は違っても子供のころからよく食べてきた。

しかし、静岡を初め東海地方の人たちは、この食材を見たときには手が出ない人がほとんどではなかろうか。

と、同時に、なんでも甘く味付けしてしまうこちらの味にはどうにもなじめないところがあって、店はかなり制限されている。

要は、自分の眼力を信じて、基準を作っておくのが一番当たり外れがすくない。自分は、初めての店に入るときは、外観が小ざっぱりしているところ、あまり外観を飾り立てたり、汚らしい店は避ける。

次は、観光バスが入る店、行列の出来ている店には入らない。

以前、おいしい店だったところに観光バスが入るようになった途端、調理人が増え、料理が来るまでに観光客優先で時間はかかるは、質は落ちるはで行かなくなった店がある。

それと、こういう店は作り置きしているようで、人の少ない時間に入ったら注文を聞くやいなや持ってきた、、、、刺身が黒くなっていてやっぱり不味かった。

どんなにおいしい料理でも、ぎゅうぎゅうづめにされ、肘や肩が触れ、後ろから「早く出ろ」と催促されているような雰囲気では美味しかろうはずが無い、、、、、食事はゆったりと食べるのが「美味しい」と思う条件の一つ。

あとは、本当においしいと思ったら、人には教えない。    評価は下がるだろうけどコメントも入れない。

さらにいえば、しつけの悪い子供が居ない店だが、、、、これは年をとっていてもグループになると常識の無い人がいるので、難しい。

難しいのは、こっちだって?  そうかもしれない。

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2012年1月 7日 (土)

これじゃ駄目じゃん

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七草なずな 唐土の鳥が、、、、

今日は、七日正月。むかしは、正月からこっち普段食べなれないものを沢山食べ過ぎて、胃腸が疲れているはずだからここらで繊維の多いものを食べて、腸の掃除をするとともに、そろそろ正常な生活の戻るための喝を入れる、と言った意味合いがあったことは想像できる。

自分も、昨日麻機の用水路脇からとってきた芹に、大根、蕪など、七つまでは揃えなかったが、粥にして食べた。

しばらくすると、腹持ちがいまひとつ足りなくて、餅を焼いて食べたが「これじゃ駄目じゃん」と言ったところ、、、

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037これが絆というものさ


昨年一年を表す漢字は「絆」と言うことであったが、あまり何度も使用されると食傷気味であり、金子みすずの詩も震災直後に繰り返し放送されたときと同じような感じを受ける。

しかし、この「絆」と言う字の語源は、家畜などが逃げていかないように結んでおく紐だと聞くと、なんだか違和感がある。

自分たちが、被災された人々と持ちたいと思ったのは、苦しみ悩みを少しでも共有し、助けになればという連帯感であったはずだから、語源を考えれば、違う字になった方がよかったようにおもう。

また、人と言う字は人と人とが支えあっている字だというが、これも、どうやら大きなこじ付けのようで、本来は人を横から見た姿の象形文字から出来た字と言うそうだ。

ならば、「入る」と言う字の語源はなんだろうかとなる。これも見方によっては、支えあっているのだが、、、解説では、布や糸を染めるとき染め桶に入れることをいうとあるが、なぜこんな字になったのかの説明は見当たらないし、自分の頭ぐらいではとても見当が付かない。

と言うことで、チャカポコチャカポコと脳みそが揺れる。

おりから、静岡の労政会館で「ガレキについてしっておきたいこと」と言う講演会があるとのチラシが入っていた。

この人、環境ジャーナリストと言うことだが、ついぞ聞いたことの無い人である。

この人の趣旨は、震災被害地のゴミを焼くと放射能が飛び散り、健康を害する、と言う意見の持ち主で、各地で公演を開いているそうな。

先日も、島田市でゴミを受け入れようとする市の説明に、外部から来た人が執拗に批判をしていると言うブログを見たことがあるが、こういう人たちにかき回されると、被災地のゴミを瓦礫をどういう風に処理するかが滞ってしまう。

被災地では、何十年分のゴミ瓦礫が出ており、処理もをしなければ復興もままならない状況だと写真を見、聞いている。

このさい、絆でなしに連帯感を持って、放射能汚染をされていないゴミの処理に協力するのが本当ではなかろうかと思うのだが、、、、。

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2012年1月 6日 (金)

微笑みはいつまで、

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昨日の強くて冷たい西風もおさまり、日だまりの暖かいところは15度にもなって春近しを思わせる

柔らかな日差しが、これまたたおやかな花びらを透かして、如何にも「春です」って微笑んでいるかのようだ。

おりしも季節は小寒。本来ならこんなに暖かくなるはずが無いのに、、、、、、、、これから、最も寒くなる大寒に向けて、この梅の微笑みは何時まで続くのだろうか、、、、、、

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007

40台後半?、、、、まだ若かりしころ


今年とどいた年賀状を繰り返し眺めている。

筆不精なのか、義理なのか、印刷した画像以外何にもないものは味気ない。

ただ一言でも手書きで何か書いてあるだけで、健康状態や仕事の具合を推し量ってみるのが楽しい慰めである。

そして一年分を凝縮したように葉書一面にびっしりと書き添えられている年賀状も何枚かあった。

その中の一枚に、四歳年上の先輩からのもあり、いわく「満身創痍の身体ながら古希を迎えています。坑夫としてこの年まで生きるとは思わなかったのだが、平々凡々として生きながらえる先はどうなるのだろう」と言う意味の言葉が書きつらねてある。

これを読み返してみるに、自分も日ごろこのように感じてきたことは確かだ。

幸いというか、先輩と違って身体は年々衰えて行くのは自覚しているが、これと言った痛覚も無く過ごしているが、先の希望も展望も無く、無為に過ごしているような気がしてならない。

18歳から坑内の第一線で仕事をし、40歳を前にして静岡に転職し、あちこちの山中を中心に働いてきた中で、何度もひとつ間違えていれば、、、、と後で冷や汗をかいたこともあったなかで、よくいままで生き延びてきたものだと思っている。

若いころから、一家の支えとして生活するには、危険でも収入の多い仕事として鉱山に入ることを選んだのは自分の宿命であり、当然長生きは出来ないと思っていた。

それが、無事リタイア出来、年金生活者としてこれと言った仕事もしないで過ごしているのは神様の思し召しだとすれば、何のために生かしておいてくれるのだろうか。

御褒美?それとも、この先どんでん返しを味わわせる何かが待っているのか、、、、

おりしも、3月の震災と原発の崩壊。そして、近い将来静岡にも映像で見たような光景が広がるのを現実に見ろ、、、、と言うことでなければよいが、、、

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2012年1月 5日 (木)

雀の言葉が分からない

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通りかかる人の気配を察して、田んぼで餌をあさっていた雀がいっせいに上空の電線に舞い上がった。

遠くに逃げていかないところを見ると、まだ餌に名残があるに違いない。

その数、およそ100羽と見たが、どうだろう。こんな小さな鳥でもこれだけ数が集まると羽音もすざましいものがある。

..

昭和51年の歌だから、自分的にはそんなむかしでもないが、平成生まれが成人式を迎える、となるとやはり昔の歌か、、、。

電線にすずめが三羽止まってた

それを猟師が鉄砲で撃ってさ

煮てさ 焼いてさ 食ってさ

オットトット、、、、

電線音頭というおちゃらけの歌だったが、日曜日の午後に、伊東四郎扮するところのベンジャミン伊東と小松政夫の小松与太八左衛門がコタツの上で踊りだす歌を思い出した。

雀同士で、世間話をしながら時折下を見下ろして様子を伺っているが、残念ながら雀語が解せないため、何を言っているのかチンプンカンプン

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今日は久しぶりで、静岡駅や新しく出来たショッピング街も含めて街中をぶらついてきた。

目的は、特に無かったのだが、最近場所が変わったバス停の確認や電話帳が紛失しているので新しく作成するため電話帳の購入と食事でもという他愛もない用事。

電話帳。最近では携帯電話などに登録するのが当たり前の時代になったため、置いてある店が少なくなり、以前は本屋にもあったので聞いてみると「無い!」の一声であっさり退散。

ようやく、何でも屋に入って、店員に二度ある場所を聞いて購入したのだが、その際レジ係の若い店員に小声の早口で○×△□、、、、と言われたが小鳥の囀りと一緒で何を言われたか理解できない。

「ん?」と首をかしげると再び同じことを言われたが、、、すると、隣の少し年かさねぇさんが、レジのテーブルにある印刷物を指差して会員になりませんかと言った。

そこで、自分は「もっとゆっくり大きな声で言ってもらわないと、年よりは耳が遠くてね、、、」と、余計な一言を入れたら最初の店員がむくれて天井を向いてしまった。

おかげで、会員になる話しもご破算。(めったに行かないので別に惜しくは無いけれど)

雀の言葉同様、人間の言葉も理解できなって、、、この先どうしよう。

何かの都合で、老人ホームに入らなくなったとしたら、、、、、

介護する人の言葉が分からなくて、しらばくれているようにとられて、叱られ続けるのだろうか。

040

バスから降りて見上げれば、、、、、、

午後の空には、小さなカラスに追い回される大きなトンビが一羽いて、、、

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2012年1月 4日 (水)

鴨にされて

003

冬型の気圧配置で、空は晴れていたが風が強い一日であった。

その風にあおられて、麻機沼の水面も激しく上下し、マガモやカルガモバンも岸辺の草陰、柳の木の下などにもぐりこみ難を避けていたが、邪魔者(自分)が近寄ると入り上下にゆすられながら逃げ散っていく。

春先になれば、幾分人なれするのと、春の渡りに備えて、餌をねだりにくるのも居るが、まだ、この沼に来て間が無いためか沼の中央に逃げていく。

010鼻筋の通ったバン
カルガモやバンと違って、一目で雄雌の区別が付くマガモを見ていると、メスを先に行かせて、人との間に入るように逃げていくオスは、レデイファストというか西洋的感覚を持ち合わせているのかと思うほど、、、日本人では照れくさくて、、、

「鴨が葱をしょってくる」「鴨にされる」などことわざの中に鴨を馬鹿にするような言葉がいくつかあるが、こうなった原因は昔から鴨という鳥は捕まえやすかったことから来ている。と言う話を聞いた。

たしかに、餌を同じ場所で投げ与えていると、そこに人が来ただけで近くに寄ってくる。警戒心が強くて人を近づけさせない鷺の仲間などとはこの辺がずいぶん違う。

この手を使えば割合簡単に捕まえることが出来そうだ。また、慣らしておいて家畜にしたのがアヒルだと言われているから、さもあろうと納得できる。

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年末にヨーロッパの基準通貨ユーロが下落し、1ユーロ=100円を切ったそうだ。

2~3年前までは、1ユーロ=160円以上だったのだから、その急激な下落幅は、右肩下がりどころでなく、脱臼同然である。

そこで、日本がヨーロッパから輸入しているものはと言えば、ドイツ、イタリア、フランス産の自動車、ブランド物のバックなど革製品、そして、ワインが思いつくが、これらのものが、二年前の2/3になっているんだろうか、、、。

一番近場のスーパーに行ってワインが並んでいるコーナーに行ってみた。

スーパーの棚だからそんなに高級品は無くせいぜいで一本4,000円位までだが、安いのでも1,000円程度でこちらはちっとも安くなっていない。

本場では、お茶代わりにがぶがぶと飲むワインは1,000円なんて高い値段はしない。

以前にはウイスキーなどで高額の関税がかかっていたが、これは撤廃されウイスキーなどはかなり安くなり国産のものと変わりない値段になっているのだが、た、ワインも日本産を下回った値段では出せないと言うことなのだろうか。

十一月十五日だったか、ボジョレヌーボーで大騒ぎするフランスのワインも店頭ではちっとも下がっていない。

そして、「日本人も目が高くなってよいものしか選びませんねぇ」と歯の浮くようなお世辞に乗せられて、世界的に見れば目をひん剥くような値段で買わされている。

あんな未熟のワインに4,000円も払う”猫舌”ならぬ味覚音痴の人の気が知れないが、それにまして、円高還元をまるで業者に取られていて、嬉々としている人を見ていると、日本人が「鴨にされている」を地で行っているようで腹が立って仕様が無い。

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2012年1月 3日 (火)

初心者のスケーテイング

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おだやかな日和が続く三が日と思っていたけど、結構冷え込んでいたと見えて、麻機の沼にも薄いながら氷が張っていた。

こんなに薄い氷が張るということは、風もなくシンシンと冷え込んでいたのだろう。

静岡の人は、こんな寒さをめったに経験しないため、田んぼなどに氷が張ると喜んで足で踏み割ったりしているが、人ばかりでなく、今日は白鶺鴒も珍らしそううに、この氷の上で小さく飛び跳ねていた。

どうやら、小さな虫など餌になるものがあるようなのだが、その動作は初めて銀盤を経験するスケーターのようにおっかなびっくりのようでぎこちない。

白と黒のシックな衣装は、若い子供では無く大人ならではのものだが、遅咲きのフィギュアー選手を目指して、がんばっている、と言うところか、、、、、、、、

clipこいつは春から縁起がいいわい

014

写真、木の先端から左側が青から赤くなっているのが分かるだろうか。

午後も四時を過ぎて日の入り後最後の年賀状を出すべく外に出てみると、西の空が夕焼けに伴う彩雲が出ていた気配がした。

あわてて、家に戻りカメラを持って通りに出てみると、一番よい時期を過ぎたようだが、まだ写真になりそう、、、、、、

しかし、カメラをかめて見ると、電線が縦横に走りなんともさまにならない。

伝染の少しでもないところを求めて右往左往、、、、その間にも彩雲は次第に力を失って、結局は上の写真が精一杯。

017_2

細かい横筋雲が夕日に染められて


まるで、横線を引いたように、雲が何列にも横たわり、その間を縫って赤黒い色から青い色、紫までもやもやっとした色彩を雲に描き出していた。

彩雲とは、日光が雲に含まれる水滴で回析し、波長の違いで彩れる現象だが、昔から吉兆の前触れとして喜ばれてきたものである。

気象学者は珍らしいものではないというが、

「こいつは春から縁起がいいわい」となることを祈りたい

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2012年1月 2日 (月)

年の初めのためしとて

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浅間神社に行くたび試していることがある。

初詣に行った今日も、年の初めの試しとして、浅間神社から麓山神社に登る百段の石段を一分以内に登ってみた。

傾斜は正確に測ったことは無いが、約30度の一直線石段が続く、、、、、結果、呼吸も乱れ、かなりきつかったがぎりぎりセーフ。

もし、これが一分以上かかったしたら、一気に上れなくなったとしたら、山登りをやめ、散歩も控えめになど、自分なりの体力の目安にしておこうと思ってやっていることだが、そのときになればまた勝手に目安を下げているかもしれない。

なにせ、人には厳しく、自分には甘い性格なのだから、、、、、。

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004まだ戦争中の話である。元旦の朝、学校に行くと、その名も「一月一日」と言う歌を歌って、紅白の饅頭をもらって帰った。

当時は、自分も保育園児の年齢だったが、学区が小さかったためか、学校に行き、どんな席だった覚えが無いが場所があてがわれていた。

壇上には髭を生やした校長先生や在郷軍人、そして、サーベルを着けた警察官など偉い人、村の御歴々(カツガツ)が居たりして、余りそれらの人を仰ぎ見ることが出来なかった。

どんな方式で、式典が進められたのか、これも定かではないが、歌の文句はいまだに歌える。

年の初めのためしとて 終わりなき世のめでたさを

松竹立てて門ごとに 祝おう今日こそ楽しけれ

二番ももちろんあった。しかし、天皇賛美の歌として戦後は歌うこともなくなったのでこの歌を知っているのは、70歳から上の人であろう。

ただ、この歌の”ためし”は「宝くじなど当たったためしがない」などの意味を持つ”例”の字であり、”試し”ではない。

そして、こんな替え歌を聞いたのは、訳を知っている人の揶揄であったのかもしれない。

その歌とは、、、、

年の初めの溜め担ぎ(肥桶) 尾張名古屋の大地震(で)

松(つぁん)竹(さん)ひっくりかえしておおさわぎ 

後の始末を誰がする    ってね

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2012年1月 1日 (日)

おめでとうございます

009

天気予報は曇りを予想していたが、消えかかった夜空の星は雲の無い証明である。

さっそく、支度をして家から歩いて20分ほど池ヶ谷の高台に登る。

標高差100mに満たないはずだが、一気に上る急斜面の階段は、出掛けに一口含んだお神酒のためもあって、息が切れて途中で一休み。

先客は毎年集まる気心の知れたメンバーが十人

それぞれに持参した酒、焼酎、ウイスキーとつまみを持ち寄って日の出をまつ、日の出をはさんで持ってきたものをきれいに片付けて帰ろうと、いうことになりさしつさされつ、、、、、

こんもりとした山の頂上は風もなく、穏やかな日の出を待ちわびながら初笑いの声でもりあがる。

日本平のその向こうは低い雲に覆われて定かではないが、日の出は確実、、、

七時のサイレンがどこかでなった後、しばらくして輝光のお出まし、自然と手が合わさる。

新年明けましておめでとう

今年も健康で生きられますように、、、、と

結局目的を達したのは日の出が始まってから一時間ほどたってから、神輿があがった。

一番先頭が今年70歳の幹事、そして、80数歳の元大学教授、そして、そして、しんがりが72歳の自分、と、予想外の御神酒に足元ふらふらさせながら、階段くだり

慎重に慎重にと声かけながら

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