桜の四月
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律儀と言ったのは、かなり前からある花で我が家に来てから何年になるのか見当がつかないくらい古い花であり、今年も例年通りほったらかしにして置いたら、葉っぱの先がかなり冷気にやられ、茶色く枯れた部分が目立っていた。
君子蘭と言う名は、江戸時代に海外から入ってきたとき、万年青のように花より葉の緑を愛でる草として入っており、高貴な草として扱われたことから付けられたようだが、欄の仲間でなく彼岸花に近い仲間だそうだ。
さらに、この花の正式名前は、ウケザキ君子蘭であり、本物の君子蘭は下向きに花を少し開かせる。と言う地味な存在だそうだが見たことがない。
ともあれ、狭い庭に差し込んできた日の光を受けて、花の部分だけを光り輝くようにして咲いているさまは、君子蘭の名前を壊すものではない。
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今朝もテレビはバスの事故で七人死亡し、重軽傷者が多数出たことを報じていた。
今月に入って、京都の繁華街での暴走、通学児童の列に車が突っ込んで犠牲者が出るなどの事故が多発していると思ったら、今度はバスの事故。
共通しているのは被害者のいずれにも過失はなく、運転者の一方的過失であり、被害に会った人はあっという間にその命を失ってしまったと言うことになる。
どうして、こんな事故が多発するのか、、、、山の畑に集まった賢人ならぬ愚者はない知恵を絞ってみた。
ある人は、木の芽時におきる身体の変調ではないかといい、ある人は、心構えだと精神主義をかざし、ある人は真夜中に走るからだと言う。
いずれも個別では当たっているが部分と当てはまらない部分があるのは、”群盲象を撫でる”のたぐいであり、愚者の愚者たる所以でもある、、、
そして、わが身を振り返れば、絶対に加害者にならないと言う人は、免許の持たない八十超翁のみ、、、、、、話は次第に何歳まで運転するのかにそれてしまった。
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白い釣鐘状と言うか、バナナの皮を向いたような、と言うかとにかく写真のように内側の少し紫がかった裏地を見せて、下向きに咲いている。
アケビの仲間で、秋に出来る実はアケビの口を開かない状態によく似ているが、花の形や、雄花と雌花の違いもはっきりしないほど似ているところなど、ぜんぜん種類の違う植物のように見える。
そのむかし、天智天皇が近江の国の老人に長寿の理由を尋ねたところ、「この実を食べていますので、、、」と答えたところ、「むべなるかな(なるほど)」と答えたところから付けられたと言われている。
愛知県のどこかに、持統天皇お手植えの桜というのがあるそうだが、持統天皇がここに来たと言う史実はない。 ただ、有名人が関与していれば有難いという、今でも通じる話の一環であろう。
そして、116歳と言う日本最高齢の記録を持っている泉重千代さんが、生前に言っていた健康法は「焼酎を飲むこと」戸と言っていたそうで、もし天智天皇と会っていたとしたら、、、、、焼酎が”むべ”になったかもしれない。
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長野での農作業でなまっていた筋肉の酷使と500kmあまりの運転に疲れたためか、昨日今日と二日にわたってだらだらと過ごしてしまった。
とくに、今日は気温も上がり、何を間違えたのか生まれ在所が日本一気温が高かったとテレビは報じていた。
凶悪犯罪などで名前が出たわけでないので心配することもないが、最近まで霜が降りており、山の雪もかなり残っている中で、急激な気温の上昇は”地こすり雪崩”を発生させかねない、、、、、
北アルプスの西側斜面に当たり、降雪量が日本有数の部類に入るだけに春待つ心は人一倍のものがあるが、あまり急いで雪を溶かしては、被害が出かねない。
ともあれ、飛騨の四月は祭りの季節。山々に闘鶏楽のカンカコカンという鐘の響きがこだましていることだろう。
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日本では環境の悪化から絶滅危惧種に指定されているとか聞いたので、誰かが移植したのでなければ、珍しい見つけ物である。
濃い紫色は、ともすると黒百合を思わせ、3センチほどの花を下向きにつけ、寒さ除けか、花以外の場所に産毛のような細かい毛を生やしている。
名前の由来は、花が終わって実をつけた綿毛が、高山植物のチングルマのようになるところから名づけられたそうで、信州では、お稚児さんの頭に見立てて”チゴチゴ”と言うところもあるそうで、立科町産のこの花は、さしづめ後者の名前で呼んであげたほうが似合うのだろうか。
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「いや 好かった好かった」は昨日から今日に掛けてどれだけ言ったことか、、、、
二日かかることを予想していたのが一日で済み、おまけに朝からの小雨で、もし残していたら、じゃが芋の植え付けを中途半端にして帰らなければならないところだった。
畑から30分ほど離れた春日温泉のもちづき荘のとろりとした温泉でも、昨夜飲んだビールでも疲れを取れず、夜中にカラスガイで目を覚まし寝不足気味の身体は、もし、今日が晴れていたとしても、畑に出るのは辛かっただろうと思うと、またしても、”好かった好かった”が口について出る。
五ヶ月ぶりの東信、頼まれものの農作物や酪農品を買い揃えて、小雨降る中を静岡目指して車を走らせる。
山梨から県境を越えれば静岡市、宍原の新東名清水インターに入り、静岡インターで降りて家に帰れば、従来40分から1時間かかっていた道のりが25分で到着する。
帰り着いてほっと一息、そのあとには「好かった好かった」の連発になる。
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ぼんやりと子供が絵の具で書いたような朝日が昇って夜が明けた。
「一昨日まで雨が降っていて、昨日一日しか晴れていないので、まだべト(土)が濡れているはず、、、」と渋る義弟を説き伏せて、「とにかく入ってみて駄目ならやめよう」と畑に耕運機をいれて、じゃが芋を植える溝を掘る。
掘り出し、二うねはやはり言っていたとおりで駄目だったが、次第に順調に掘れるようになり、午前中に十二うねを作ることに成功した。
午後になって、豊田市からの弟も到着して、計六人で肥料をいれ、土をかぶせたうえ種を蒔き、土をするという作業を行い、もう半日はかかると予想していた作業を終えることが出来た。
普段仕事をしていない怠けの付けが出てきて、仕事が終わった時には精も根も尽き果てたと言う有様でへたり込んでしまった。
ジャガイモは、男爵にキタアカリの二種類ながら、今まで最高の25kg。「そんなに植えてどうするの?」って冷やかされながらも、目的達成で頬がゆるむ。
弟の嫁からも「兄さんが耕運機を押して歩く時の表情は、普段見られないほど、嬉しそうだったよ」なんて土砂を掛けられるほどご満悦な顔をしていたようだ。
畑ちかくから見える蓼科山や浅間山も半ば霞んで見える陽j気は明日から再び天気が崩れるとは思えないほどの暖かさ。
こぶしが咲き、桜もようやく咲きだしたとはいえ、りんごの蕾みはまだ固く、浅間はまだ雪化粧。
信濃の春は、ここ数日で一気に爛漫を予想させてくれる。
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気温が25度近くなり、春というより初夏の香りのする山梨盆地を抜けて、北杜市武川の実相寺についたのはお昼間近な頃だった。
「境内に一番近い駐車場」と言う看板につられて車を入れれば、それこそ文字どおりすぐ側に山高神代桜があった。
広い境内には、一抱えどころか三抱えぐらいの桜の大木がある中で、うわさの神代桜は根周り13m余という巨大な大木ではあるが、高さ3mくらいのところまでまるで朽木のようにぼこぼこになっており、あちことから枝を差し伸べていると言う風情を示している。
木の高さや花のつけ方は、ほかの桜に比べれば見劣りはするが、巨木の風格、威圧感はその幹周りから漂ってくる。
樹齢2,000年古木だと言うが、どうやってその年輪を計算したものか、お寺のいわれでは、日本武尊お手植えの桜だということから付けられたようであるから、中bな伝説の上での計算であるらしい。
近所の人の話では、今年は開花がご多分にもれず遅れてしまい、四月九日に開花宣言が出され、一昨日には見ごろを終えたとして、祭りも終わったとこだとのこと、そのためもあってか、白い花の間から緑の若葉もかなり目立ってきていたが、これはこれでまた好い。
借景として、南アルプスの白い峰々がまじかに迫り、うらうらと暖かい桜の周りとまだ冬を思わせる雪山の対象もまた好い。
国指定の天然記念物を含む桜の花びらがひらひらと舞い落ちる中でしばらく過ごした後、外に出れば、もう少し上がったところに”眞原の桜並木”がいま見ごろだと言われ行ってみた。
こちらはこのあたりに入植した人たちが、牧場の道路沿いに植えたソメイヨシノだと言うことで、一直線の道路の両側に桜を750mにわたって植えた桜トンネルであった。
ウイーデーで人が少ないためもあったが、この道路は一方通行ではあるが、自動車が通ることが出来、足弱の人にはよいかもしれないが、なんだか、最近の暴走事故を思うと、何らかの手を打っておいたほうが、、、などと考えてしまった。
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日差しは思いっきり春であるが、吹く風の中に冷たさを感じるのは、北からの入ってきた風がそうさせるのだろう。
いつもどおり、麻機の散歩道には黄色いタンポポに白い綿毛をつけた種が、今にも飛び立ちそうな気配を示している。しかし、なかなか踏ん切りがつかないようで、わずかな風に、綿帽子を揺らしているものの飛び立とうとはいなかった。
と、そのとき、道路を走るトラックの風に押されるようにして、激しく揺れ、小さな落下傘が巻き上がり、風に任せて旅立っていった。
このうち、どれだけが生育に適した土地に落ち着き、次の世代に引き継いで行けるのやら、、、、
なんだか、人の一生にも通じるものがあり、感傷的に見てしまった。
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「いってらっしゃ~い」と言う声を聞いて振り向くと、新一年生らしき子供が母親に見送られてしぶしぶと言った格好で歩き出した。
”一年生になったら、友達100人できるかな”って歌があるけれど、そんな社交性というか人馴れした子はわずかであろう。
保育園や幼稚園がばらばらであり、学校に入ってから初めて顔を合わせる同級生とはすぐには馴染みになれず、子供の心は一日中緊張のしっぱなし、重いカバンを背負って帰る頃はくたくたな状態であり、翌日の登校時間を思うと早くも苦になる。
保育園の頃は、母親が園までついて言ってくれたのだから、子供にとっては玄関口での送り出しは大きな冒険のひとつであり、母さんが、いくらはずんだ声で「行ってらっしゃい!」と言おうとも、、、、
旅立ちの朝は、、、、、、、、
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今日は”穀雨”柔らかい春雨がしとしとと降り、穀物や草木の生長を助ける季節だとあるが、暦どおり傘が必要でないくらいの雨が時おり降っていた一日だった。
そんななか、折りたたみの傘を持っていつものとおり麻機沼の周りを周遊すれば、木陰から鶯の鳴き交わす声が聞こえ、その向こうでは雉が甲高い声で妍を競っているが、いずれも、恥ずかしいようで人目にさらそうとはしない。
春も本格的になり、気温も曇り空ながら二十度に達すれば生き物たちのホルモンの分泌が多くなりじっとしていられないようだ。
そして、水ぬるむ遊水地でも、四~五十センチ以上はありそうな鯉が、何匹も頭を寄せ合って相談をしているような光景を目にした。
と、突然、バシャバシャと暴れまわるような仕草をしたかと思うと、もつれ合ったまま沼の中央に移動していった。
まさに、鯉の恋 といったところ
上も下もそんな恋心で浮き立っているなかで、ひとり爺さんだけが、わしには何の係わり合いもござんせん.
と、さまよい歩く、、、、、、、
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タンポポの蜜は、ほかの花同様に雌しべの付け根にあるため、ミツバチは花の根元深くまでもぐらないとありつけない。
蝶々のように長い口吻をもっている場合は簡単なのだろうが、ミツバチのように短いと密集したほかの花びらが邪魔をして吸いにくくさせている。
そのためもあって、ミツバチは尻を振りながら花の中にもぐりこもうと力いっぱい頑張っているのだが、傍目から見るとまるで「頭かくして尻隠さず」や「ひよこのかくれんぼ」を思いだし、おもわずフッフッフ、、、と笑ってしまう。
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人間は権力の頂点に立つと腐ってくると言うか、感覚がボケてくると言うのか、独断専行でお山の大将的になってくるもののようだ。、
先日、都知事が記者会見で尖閣諸島を都が買うことにしたと大見得を切ったのにはあきれてしまった。
新聞によれば、都の幹部職員も知らなかった話のようで、突然言い出したことのようだ。
しかし、このお金は誰が出すのか、自分のお金ならまだしも、税金と言う使い道を限定、委託された人の金も区別が付かなくなってきている。
尖閣諸島については、国が毎年2,000万円以上を地主に払っていると聞いたことがあるが、これを買い取ると言うことは 何億かになるかだろう、いやもっと多いかも、、、放っておいてもお金になる島を地主がそう容易く売ることはないのだから
最近、東京直下型地震の可能性が指摘され、震度も格段に強くなって被害が大規模になることが予想されている中で、その対策のほうにはどれだけ金があってもたりないぐらいだというのに、、、、
大阪市長もそうだが、国の仕事と知事が自分の右翼的思想を達成するため、自分の足元の問題を放棄してアドバルーンを挙げ、実行するのはどんなものだろう。
しかし、最近の世の中が、このような人を求める風潮が広がっているのは、あまりにも国会がお粗末過ぎる問題でごたごたしていることへの不満から、ガス抜きに似た強いリーダーを求める方向に行こうとしているのではないだろうか。
昭和の初めにも、政治の腐敗が軍部暴走のきっかけになったことは、歴史が教えてくれていること、、、、、、、その辺をよ~く考えて拍手を送るのを止めようではないか。
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おりから、新入社員によるアンケートで橋下大阪市長が「理想の上司」一位になったとか、世間知らずで見る目のない若輩者よ!
あんな自分勝手な人が上司になったら、次の日から仕事に来るのが嫌になるかと言うのが分からないようだ。
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今年は早くからあちこちの桜を巡り歩き、もうこれでおしまいと思っていたのだが、新聞に、松野の枝垂桜が今週一杯咲いていると言う記事を見たら、もう一度と言う思いの駆られて出かけてみた。
記事で見た場所に見当をつけて出かけたので場所はすぐに分かった。
目通り15センチほどの若木ばかりなのだが、土手下に一列になって植えられており、二十五本ほどのさくらが程よい桃色で風に揺れていた。
この桜、色合いもよくこれからさらに木が大きくなれば、見事なものになること請け合い。
そして、平日であったが陽気に誘われてか、自分たち同様に新聞を見てかで、たちまち付近の駐車場は埋まっていく、、、、
ちょうど、NHKも取材に来ていて写していたが、中には出たがりの夫婦もいて、取材班の前をうろちょろしていた白髪の同輩者は、見ていても見苦しiいものを感じてしまった。
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この場所で三十分近くいが、ここまで来たのならもう少し安倍川沿いを北に向かって”真富士の里”にまで足を伸ばし何か野菜でもあればと言うことになった。
途中、両岸の斜面には山桜が尾根に向かって桜前線を伸ばしていて、各所で淡い桃色や白っぽい縞模様をつくっている。
この辺が、天竜川の杉一色の山に比べると、色彩に飛んでいて優雅な感じがする。
真富士の里に着いてみると、ここも桜が満開。ここの桜はソメイヨシノではなくしだれてはいないがやはり薄桃色のきれいな桜である。
先日のテレビでも言っていたが、ソメイヨシノと言う桜は、江戸時代植木屋さんが作り出した特殊な桜であり、遺伝子がすべて同じのクローンであり、人間が世話を焼かないと、五十年程しか生きられない植物だそうだ。
それを聞いて以来、この桜になんだか不気味なものを感じてしまっている昨今、桜はやっぱり山桜と言う気がしてならない。
百人一首に大僧正行尊の歌として
諸共に あわれとおもえ山桜
花よりほかに 知る人もなし とある
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「いずれが菖蒲か杜若」美人を前にしてコンテストなどで誰かを選べと言われたときに言う言葉だが、見分けにくいものの代表であろう。
この写真を写した当座は、”一初”のつもりで写していた。
これらの仲間では一番早く咲く花で、杜若(カキツバタ)のように水辺を好む草ではないと言うところからであった。
しかし、よく見ると、一初の特徴である花びらの中側にもじゃもじゃとした細かい毛のような房がないし、花びらの中央にスーッとした黄色い線状の模様が入っている。
それで,
ほかの花の特徴を見たら、ダッチ(オランダ)アイリスに行きついた。
しかし、ダッチアイリスもジャーマンアイリスも濃い紫から黄色まで、いろいろな色があるため、本当にダッチアイリスどうかはまだ確信できていない。
菖蒲、杜若、花ショウブ、一初と日本の品種さえ区別が付かないのに、園芸品種になると、品種改良という名のもとわけを分からなくしてしまっている。
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そういえば、政治の世界も、民主、自民と言っても境目がなく混沌として区別が付かない。政党ばかりでなく、代議士個人を見ても、昨日言ってたことと今日言うことが違い、いずれが本心か区別が付かない。
せめて、菖蒲と杜若が乾燥してた土地か水辺なのかぐらいの区別があれば見分けるときのよすがになるのだが、、、、、、、
これも、園芸品種化してしまったのだろうか。
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「カスマグサ見っけ」小さな子供ならそういわんばかりにほかの草に埋もれて無和先の小さな花を咲かせていた。
カスマグサ、多分漢字の名前はないと思う。
と言うのは、小さなマメ科の雑草に、カラスノエンドウというのがあり、さらにぐっと小さくした豌豆の仲間にスズメノエンドウと言うのがある。
左がカラスノエンドウ 右がスズメノエンドウ、 同じ距離で写したので等倍に近い
カラスノエンドウの花の大きさは1センチには満たないのだが、道端沢山咲いているのでよく目に付く、それに比べるとスズメノエンドウは1mmになるかならないかの大きさで、いくつもの花が固まっていないと気がつかないくらい小さい。
そこで、その間を埋めるような大きさのマメ科の花が、カスマグサというがどういうわけか、数が少ないこともあって見ることが少ない。
そして、多分その名のいわれはカラスの”カ”とスズメの”ス”をとって、その間の草と言う意味で、カとス間の草と言う変わった名前の付け方をされているが、よく見ると色合いといい形と言い上品な花に見え、カスマと言う名前まで意味ありげに聞こえてくるから不思議である。
前にヘチマはもともとの名前が”ト”と言ったのだが、いろは順で言うと、”ヘ”と”チ”の間だからヘチマになった。と同じ理由であり、そのとおりなら、名前をつけた人は、ウイットと言うか洒落っ気たっぷりの人だったに違いない。
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15センチはあろうかと言う大輪の椿の花がドサッという感じで濡れた草むらに落ちてきた。
むかしの武士が首が落ちるように花が丸ごと落ちるを嫌って、庭先に植えなかったとも言う。(椿三十郎では赤白の椿が流れたが、、、、あれは映画なのだからかな。 それとも首が落ちるのは覚悟のうえのはずだからか)
おしべを空に向け地面の転がっているさまは、元に戻れないことを知って、今までわが世の春を謳歌していた枝を恨めしそうに上を見上げているようにも見える。
新聞を騒がした人の中には、落ちて初めてもとの幸福だった時代に戻れないことを身に染みて知った人がかなりいることだろう。
終日、小雨が断続的に降る中、止み間を縫って麻機沼を一周してくる。
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着工が始まって20数年、いろいろと工事にかかわる不祥事があった。
道路公団は旧建設省などからの天下り、談合、族議員など利権の温床とされ、小泉政権のとき民営化にされた。
その間にも景気の低迷などでたびたび足踏み状態なり、「生きているうちに、この道路を走ることが出来るのかな?」なんて言っていただけに、一部とはいえ利用できそうだ。
いままでの東名は、我が家から静岡インターまでの距離が遠く、西に行くのなら焼津インターを、、、、東に向かうなら清水インターを利用していた。
しかし、今度のインターは家から近く、10分ほどで乗り入れることが出来る上、長野に行くときは、清水市内を走らなくてよくなった分、時間と距離がかなり縮まったようだ。
そして、一般乗り入れは午後三時からということで、ちょうど散歩の途中取り付け道路沿いに道を歩いていたが、野次馬根性と言うか一番乗りをしたい人が多いようで、道路上で駐車をしないように電光掲示板が出ているにもかかわらず、道路上は車の渋滞が発生していた。
それこそ、電線マン音頭ではないが「人の迷惑顧みず、、、」
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しづこころなく 花の散るらむ
紀友則
穏やかな春の一日を象徴するような午前中、富士の嶺は霞に溶け込むかのようにして黒い前山の上にかすかに見える。
池の端に立つ桜の枝からは、風もないのにはらはらと花びらが舞い落ちる。
人の気配を嗅ぎつけたか、大きな鯉がその花びらをうるさそうに掻き分けて集まってきた。
鯉にとっては、食べ物ではない花びらはただうるさいだけのものだろうが、地理行く花びらを愛でるものにとっては、これも風流と眺めている。
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それにしても、日本人はどうしてこれだけ桜に打ち込んでしまうのだろうか。
パッと咲いてパッと散る、そのいさぎよさだというが、瞬間湯沸かし器のように熱しやすく冷めやすい、、、、そのことは、過去の都合の悪いことは「水に流す」のたとえで忘れ去ろうとする。
しかし、福島原発の事故はまだ継続中なのに、その対策、原因の究明も進まぬままに再稼動に向けて前のめりに突っ走ろうとしている政府。
少し、首相の頭が重すぎて、前傾姿勢が強すぎるように見える。そう思ってみると、ますますあの顔が大きく見えてしまうのは、、、、これも下司の、、、、、
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このブログ書き込み中に突然の停電。
小雨は降っているのだが、雷が鳴っているわけでもなく、何が原因だったのだろうか。
14日の朝刊によればこの近所で障害があったようで、範囲はごく狭い地域だったようだが、中電からは何の音沙汰もなかった。
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”春に三っ日の晴れ間なし”と、いうそうだが、昨日の雨がカラッと上がったものの、天気予報は、もう明日には次の低気圧が来るとかで、連日の変動陽気を示していた。
しかし、気温のほうは着実に上がって、今日は25度の夏日になってしまい、長袖のトレーナーを腕まくりせざるをえなかった。
そんななか、川根の家山に向かった。多分桜トンネルの桜は昨日の雨で落ちたものと思ってはいたが、現実の桜を見るとがっかりし、コンビニのおにぎりと二つとおでんを昼飯代わりに食べた後、早々に”野守の池”に向かう。
この池は、夢想国師を慕って京の島原の遊女 野守太夫の悲恋が伝説として残っている池だが、そのむかし、大井川が蛇行して残った池だといわれている。
池と言っても、周囲を歩道が整備されており、全長1,260mと言うからかなり大きな池であり、20年ほど前にこの池の上で仕事をしたときとは比べ物にならないほど歩きやすい道路が出来ていた。
また、周囲に枝垂桜が何本も植えられていて、ちょうど満開を迎えておりこの池を一周するとともに、すぐ脇にある”天王山遺跡”もめぐってかえる。
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”天王山遺跡”この名前は小さな丘の上に登ってはじめて知った名前だった。
なんでも、この下にある小学校の土を採取する際に発見された、弥生時代の住居跡と古墳だと言うが、頂上付近をなだらかな丸坊主にし芝が植えられており、登呂遺跡などに見られるような住居を示す遺跡や、古墳をの様子が一切分からない状態になっていた。
多分、この丘に人が住み、古墳が出来た当時は、野守の池も大井川の一部だったのかもしれないが、そんな気持ちで下の町並みを見下ろすとまた別な景色が見えてくるような気がする。
とにかく、覆土をしたのなら出来るだけ早く見せてほしいものだが、、、、、そんな風に見えないのが残念。
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シロバナタンポポ。普通のタンポポのアルビノではなく、こういう種類があると知ったのはごく最近である。
もっとも、この花は九州、中国、四国地方に多いと言うから、幾分南方系で寒いところには少なく、飛騨の野山では見ることが出来なかったためもあるかもしれない。
その花に、飛蝗の子供が掴まっていた。まだ、羽根もなく全身柔らかそうに見えるところから、卵からかえって間もない虫なのだろう。
白い花に緑の虫。目だって仕様がないと思えるが、弱肉強食の世界に慣れていない世間知らずのようで、ゆったりとしか動こうとはしない。
この調子では、秋に卵を産むという生を全うすることは、おそらくは出来まいと思うが、、、、、それは、どんな生物にもあること、、、、、
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ここ二~三日、小学校の新入生を先頭に先生らしき人が人が付き添って、横断歩道や信号を確かめながら下校する様子が見られる。
幼稚園や保育園の頃と違って、親の送り迎えもないなかで、これからが自立の一段階。
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静岡の山では、どちらかと言うと五枚の葉っぱを持つ(ただの)アケビが多いようだが、ミツバアケビは名前のとおり葉っぱが三枚である。
アケビは、雌雄別の株ではないが、雄花と雌花は少し離れていて、花の構造も少し違っている。
ただ、出来た実は外見も味もほとんど変わらないが、気のせいか自然界ではミツバアケビのほうが実の付きようが良いように思ってみている。
これは、ミツバアケビの雌花のほうが雌しべの先端に多くの蜜を出しているためと思うが、素人目なのではっきりした理由ではない。
こちらが五枚葉のアケビの花、 小さな花が雄しべで大きな花が雌しべ
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昨日来た孫むすめが、右左まるっきり柄の違う靴下を履いていた。
何かの間違いなのかと聞いてみたら、母さんが横浜に行った折、土産に買ってきたものだと言い、本人いたって平気な顔をしていた。
これって流行しているの?って聞くと「知らない~ けど、良いんじゃない」
流行りってものはいつの時代にも変なもので、これまでもいくつものはやりすたりをを繰り返し、そのまま定着したものもあるが、そのほとんどは時代とともに消えていった。
しかし、左右違う柄物の靴下は持続してほしいと希望する。
これまで、片方でけ残して無くなったためやむなく捨てたり、出掛けにあわてて違う靴下を履いていって恥ずかしい思いをしたりしたことがあるが、これが流行れば足元の心配はなくなり、ずぼらにはもってこいの時代になる。
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カリンの桃色も花が咲いて、バラ科の花が勢ぞろいで春を祝っているかのようだ。
カリンの花は桜や梅などに比べると花の数も少なく隙間だらけの花弁は、なんだか手抜きの感があるが、実をつける率はこちらのほうが高いような気がする、いわば、少数精鋭と言ったところか。
11月から冬に掛けて、青いままの実が少し黄色く熟れた頃が取り入れなのだが、生食には適さないので最近では、採る人もなく、地面に落ちて朽ちていく無残な様子をよく見る。
蜂蜜とまで行かなくても、砂糖漬けでその香りといい、咳などに薬効のある飲み物になるのにもったいないことだと、、、、、、、、、
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今週末から来週のいずれの日にか、北朝鮮がロケットを打ち上げるそうだ。
北朝鮮は、人工衛星だから国連決議には違反しないといい、周辺の諸国は弾道ミサイルだから、打ち上げをするなといっている。
しかし、面子の国北朝鮮は、自国の国威発動と、「打ち上げる」と言った以上止めることはないだろう。
ここで、思うのは、ロケットの打ち上げ成功を一番願っているのは、実は北朝鮮自身より、日本やアメリカではないだろうかと言う気がしてならない。
というのも、もし失敗した場合、各地に配備した、ロケットを破壊するために配備した高性能のイージス艦やパックー3が首尾よく上空で破壊できるのだだろうか。
もし、失敗して沖縄や、その近海におおきな塊のまま落ちてきたとすると、「役立たず」とばかり批判を受けてしまい、アメリカの兵器そのものの信頼性低下になってしまう。
そして、日本政府には、高い買い物をしたという新聞記事が目に浮かぶようだ。
一方北朝鮮は、打ちあがりさえすればどこへ飛んで行こうと、自国の国民に偉大な成功をしたと言い張ればよいことである。
そして、国際的には記者会見に出てきた緑色のヘルメットをかぶっていた”おっさん”を始末し、特殊電波しか出ない人工衛星が空を回っていると言い張るだけで済むこと、、、、
それにしても、どこに飛ぶか分からないと言って、東京にだけパックー3を配備したのは、、、これもお芝居かしらん
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.追*一番面白い結果は、、、、中国の奥地に墜落することだが、 さて、と、後のお楽しみ
4月17日に打ち上げられたが上昇中に爆発粉砕し海のモズクと消えた。その後の報道によれば、国民一年分の食糧を買えるほどの金額が一瞬にしてパーになったそうだ。
一方、日本ではついに警戒警報が発せられることもなく清んでしまった。これは確認を重大視したためだそうだが、頭の上に残骸が降り出してから、警戒警報を出されても何の効果もないはなし、馬鹿大臣の間抜け面を見ていると腹が立って仕様がない。
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今日は花祭り。咲いた桜もはらはらと散りだしたところもあり、菜の花をはじめ、地上には色とりどりの花も咲いて春がやってきた。
しかし、ここで言う花祭りは、2,500年ほど前に誕生したお釈迦様を祝う日であり、仏教界では大事な日である。
お釈迦様は、生まれてすぐに七歩歩き、右手を天に指し左手を地に向けて「天上天下唯我独尊」と言われたそうだ。
それを、模した小さな立像に、昨日、参列者の混じって甘露代わりの甘茶をかけた。
お釈迦様に甘茶をかけたのは何年ぶりだろう。
小学生の頃だったかな? いやその前だったのか、、、、覚えがないくらい古いむかしだった。
今回このような法要に出席したのは、新聞の片隅に花祭りコンサートという、小さな広告を目にしたためだった。
場所は、沓ヶ谷の菩提樹院で行うとあったので、野次馬根性丸出しで向かってみた。開演時間ぎりぎりには入ってみれば、檀家とそうでない人がでない人が100人くらい本堂に入っていて、その4分の1くらいのスペースに演者四人がいて、檀家の子供らしい四人が献花をしているところだった。
その間、ソプラノ歌手の武中千恵さんが歌を歌っている。お寺の本堂でコンサートをするというのは聞いてはいたが、法要の最中にバック音楽のように歌が入るのは始めてみた。
仏教も変わらねばならないという試みかもしれないが、お経のほうは般若心経のみで済まし、説教の後一時間ほどはコンサートで過ごした。
武中千恵さんと言う人も初めてなら、ギターとパーカッションのナンダガナというグループの二人、それに八木のぶおというハーモニカ奏者という変わった組み合わせで進行した。
それぞれが熱心に演奏していたが、じぶんも子供の頃吹いたハーモニカに一番心をそそられた。何本ものハーモニカを取り替えながらの演奏であったが、宮田バンド、トンボなどという複口のハーモニカでは出したくても出せなかった音色が、、、、、、、うらやましくもなり、どこかで一本買いたいものだと思いながら聞いていた。
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ちなみに、昭和20年代末期に、山あいの斜面にの鉱山長屋へばりつくように並んで立っている中に、スピーカーからアルゼンチンのフォロクロ-レ、”花祭り”の題名で知られているエルウマウマクェ(ELhumahuaque)が流れると春闘の状況が放送され、組合員は手を休めて聞き入った。
どういう理由でこの曲が選ばれたのは知らないが、うきうきするテンポで如何にも春を呼ぶ歌のようだと言う印象とともに、単純なメロデイーを繰り返し流されると、その、あまりにも騒がしさに閉口したものである。
その曲がヒットしたのは、そのずっと後の50年代であった。そして、この歌が作られた南米にまさか自分が国へ仕事に行くとは思っても見なかった。
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知り合いの農家が「少し小ぶりだけれど、使って見て、、、」とコンテナ三個分の八朔を置いていった。ついでに10kgのみかんのダンボール箱とともに
これは、とても自分たちで処分できる量じゃないので、自分たちの知り合いに送れと言うことを言外に言っていることであろう。
そのため、兄弟ほかをあわせて、五か所に分けて送った。嬉しいこと、ありがたいことには違いないが、思わぬ出費になってしまった。
そして、今日は、あちこちからお礼の電話があったが、岐阜も長野もまだ春が遅れているようで、雪が降ったり、霜が降りたりしていて、何も出来ずにいると言う便りを耳にする。
変わって、さくら満開の静岡では、風は寒いものの日差しが強くなったようで、水ぬるむと言う季節は目の前。
マヒワのつがいが田んぼに溜まっている水たまりで、交代に水浴びをし始めたが、夢中になりすぎてか水しぶきを上げて、羽根のびしょ濡れもいいとこ、、、
まるで、腕白坊主が池に落ちたような顔つきで、田んぼの真ん中まで歩いていった。
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ショウジョウバカマ、漢字で書けば猩々袴となる。
花の赤いところを中国の想像上の動物猩々に見立て、下に広がるロゼット状の葉っぱを袴に見立てた所から名づけられたと言う。
きょうは、この花を見たさに静岡市営”湯の島温泉”に寄った帰り「だいらぼう」に登ってきた。
伝説の巨人、だいらぼうの足跡をかたどった窪みを持つこの場所も、最近回りの杉を切り開き、薄暗かった山頂付近もあっけらかんとしてしまい。幾分湿気を好むこの草は、まもなくなくなってしまうと思われる。
いずれにしろ、もともとここに自生していた草でなく、どこからか移植してきたものだから、なくなっても仕様がが無いといえばそれまでだが、定着しただけに惜しいと言えばそうも言える。
場所により、薄いピンクから濃い赤紫までいろんな色の咲き方をするが、飛騨では子供の頃”キンパラ”と言って春一番に咲く花であり、ままごとに使う花でもあった。
細い六枚の花弁と同じ色をした長い雌しべと雄しべはみんな花びらのように見えて多弁の花が密集しているような気持ちで見ていた。
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毎年のように首相を変えるのはよくないこととは思うが、最近あちこちで見かける民主党のポスターを見ると、あの狸顔というかドジョウ顔には嫌気が指してくる。
この人は、よくよく国民の気持ちを知ろうとしない御仁のようだ。
消費税の増税には、仕方ないと思う人はかなり増えては来ていると思うのだが、その前に、出費の節約や国会議員の身を切る処置などすることがあるだろう。
また、昨日官房長官がのべた、地元の理解は必要ないという話にはびっくりしてしまった。
交付金目当ての自治体の意見は確かにそうかもしれないが、地元と言う以上福島原発で分かったように、事故が起きれば被害をこうむるであろう30km以上の土地の人々の理解と考えなければならない。(風向きによってはもっと広範囲、つまり、日本国中ということになる。
企業と癒着していたことが分かった原子力保安委員の言うことや、企業が作ったお手盛りのストレステストを信用する人は余程のお人よし以外にはいない。それを根拠に原発の再稼動を理解せよと言われても ねぇ~
国民の理解が必要ないとすれば、「民主党」の名前を変更してから言ってくれと言いたい。
福島の事故を見れば分かるように「想定外」を連発した挙句、日本有数の大企業である東電が立ち行かなくなる事態になっている。
もし、再開する原発が事故を起こし、その東側に大都市があったら、「がんばれ東北」ぐらいの補償ではすまず、日本そのものが立ち行かなくなってしまうのが分からないのだろうか。
民主党とは言いながら、経団連を初め大企業の意向ばかりを汲んでいるようでは、自民党以上に右より政権になってしまった。
国民は、先の選挙で民主党を選んだのは、そんな政党になると思わなかったためである。そうそうに、国民投票的な選挙を行った後に施行すべきものなのだろうが、一票の格差で違憲判決がでている国会議員なら当選しても資格がないじゃこれまた 何をか云わんや
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今日は、家から南に下り、沓谷の霊園周りのさくらから護国神社を通って谷津山に登り三松の寺に下って帰ってきた。
その至るところでさくらはいまを盛りに花開き、遠く富士山を霞でおぼろにさせていた。
そして、満開のさくらの高い梢ではヒヨドリが花をついばんでは甲高い声で鳴き交わし、お前ばかりが花見ではないと言わんばかりに声を張り上げている。
おかげで普段は一万歩を目安に歩いているのだが、桜見物のため山坂を越えて一万五千歩前後になり、少々足が疲れ気味になっているのを感じてしまう。
これだけ根気に桜を追っかけるのは、自分もやっぱり日本人なのかなと、、、、
よく日本人は、桜好きで新聞やテレビなどで、桜の開花状況や桜前線などと言う言葉を使うのをほかの国の人たちが不思議がると言うのを、聞いたことがある。
しかし、桜に限らず入梅や紅葉なども話題になるのは、それだけ、日本の自然には変化があり、それを愛でる繊細な観賞眼というものをもっているためではないだろうか。
前にも書いたことがあるが、世界には雨季と乾季しかない砂漠のような土地、タイガーなど同じ種類の木ばかりで一面緑の針葉樹林だったり、同じ色の紅葉だったりと変化の少ない国もかなりある。
仕事で行った南米のアンデス山中で、小さな高山植物の花を見つけて名前を聞いたところ、どの花を指差して聞いても”フロール”と言う返事しか帰ってこなかったことがある。
チンドン屋の定番のジンタといえば”美しき天然”と言う曲を思い出すが、この歌の歌詞は最近の若い人は知らないらしい。
もっともチンドン屋だってめったに見たことがないのだから無理なことだろうが、、、この歌の出だしは#空のさえずる鳥の声で始まり、二番は下のようになる。
春はさくらの綾ごろも
秋はもみじの唐にしき
、、、、、、、
この天然のおりものを
手際みごとに織たもう
神のたくみの 尊しや
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内堀の桜は少し早かったのか花びらが石垣に吹き寄せられている
水落の交番前からの外堀
昨日、吹き荒れた風は今日になっても時折思い出したように強く吹いていた。
今日は、二十四節季のひとつ「清明」である。
万物の気があふれてくるころと言うが、台風一過のように澄み切ったを桜の花越しに見上げるとこの言葉そのままのように感じてしまう。
そんななか、駿府公園(駿府城)まで歩いてみたが、昨日の嵐にも咲きだしたばかりの桜は耐えたようで、梢一面に渡って花を咲かせていたが、地面には小枝や花びらが降った雨風に吹き寄せられており、そこだけを見ると花散らしの嵐だったような感じがする。
駿府公園内は、明日から始まる静岡祭りの準備に入っており、間一髪のところで春の嵐を避けたようだ。
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こども病院前の麻機沼に棲む小白鳥、まだシベリアに帰る気配もなく眠りこけている。
「これこれ起きなさい!」とばかりに白鷺が母親代わり見たいにして近寄ってきたが、夕べの夜遊びが効いたのか、少し顔を上げただけで再びうるさそうに羽根の中に首を突っ込んで動こうとはしない。
「早く帰って、今度来るときはは彼女と子供を連れてくるんだよ」というが反応がない。
「遅れてもわたしゃ知らないからね」と念押ししながら鷺は離れていく。
本当のところは、どうだったのか分からないが、そんな気持ちにさせる場面の展開であった。
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午後の天気は予報どおり、雨風が激しく通り過ぎて行ったが、雨の最後に雷が幕引きし、八時過ぎに一段と強い風が吹いて月さえ見える空となって打ち切りであった。
なんだか、芝居がかった今日の大荒れは、満開の桜にどんな影響を与えたのだろうか、、、、、、、、
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天気が下り坂になるといっていたので、日が差すうちにと梶原山散策に行ってきた。
公園近くの駐車場にはすでに10台以上の車がとまっていて混雑が予想されたが、近くで工事をしている人やたけのこ掘りでもしていた人の車もあったようで頂上には、二組先客があっただけで閑散としていた。
時間を追って雲の量も増え、今日の富士山は文字通り雲隠れをしていた。さらに、目的の枝垂桜に勢いがなく、花が少ししかないのが残念である。
以前に何回もこの枝垂桜を見に来たけれど、時期がずれたりして中々よい花を見ることが難しい桜であったが、何年か前、息を呑むような光景に出くわしたことがあった。
その光景も、木の根元に空(うろ)が出来、枯れた太い枝にはサルノコシカケのような固い茸が出来ているようでは手の施しようもない状態になっているのだろう。
小さな丘陵の頂ではあるが、お山の一本桜は、強いか雨風にさらされて、耐えてきたことと思うが、手入れもままならず、あと数年のうちには切り倒すしかない。
名だたる名木でもないこの桜、枯れた後にはまた何かの木を市役所でもってきて植えなおし、、、そんなこともあったっけ って言うことになるのかな?
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昨日4月1日はエイプリルフール。
何とか大きな噓をつきたいと思ったが、頓知というかユーモアのセンスのない自分にはかなり難しいものがある。
その場を言いつくろう小さな噓は得意なのだが、、、、
人柄や話し方なのだろうけれど、どんなことを言っても悪く取られない人と、ごく些細なことでも悪くとられてしまう人がいて、前者をうらやましく思ったものである。
いま、AIJなる厚生年金基金を運用する団体が、1500億円以上の巨額の基金なくしてしまったそうだ。
新聞の書きかたは、見込みがなくなっても勧誘したことなどから、”うそつき”だとか”詐欺”だとか言っている。
実際は、どのように運用して、基金のほとんどを無くしてしまったのか分からないが、もし、そうなら、基金を預けた会社が連鎖倒産の可能性が出てくるのと、そこでで働く人々の年金が消えてしまうことになりかねないそうだ。
AIJの浅川社長と言う人は国会の参考人として証言したときの映像を見たが、議員の質問に対しいけしゃしゃとして「決して騙すつもりはなかった」と答えていた。
証人と参考人では違うのかもしれないが、むかし、ロッキード事件のとき、戦前から政商として悪名の高かった小佐野賢治氏が手が震えて署名が出来にくかったのを覚えている。
となると、彼のほうがよほど純真だったのか、いまの国家議員たち軽くて、なめられているのか、、、、
どうも後者のように思えて仕方がないのだが
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城北公園の桜越しに見える富士山
空の一部分に雲がかかっているだけで、上空は真澄の空が透き通ったように広がっている。
そして、強い西風も歩き初めこそ冷たく感じたが、歩き出すにしたがって暖かくなり、いつものように、浅間神社の百段石段を一分以内を目指して。登りきったころには息切れとともに汗ばんでいた。
今日から、浅間神社は廿日会祭りなので立寄ってみたのだが、境内の中は意外と静かで、屋台が少し出ていただけだった。
以前は、神社周りの道路は封鎖され、植木屋、香具師、などが沢山出ていたが、交通規制もなく露天はすべて境内の中に納まっている、、、、これも世の習いか。
桜の花も今年は遅れに遅れているようで、近くの城北公園を含めて五分咲き程度のものが多かった。
空には、半月の月も出ているが、ともすれば西に傾いてはいるものの強い日の光で薄ぼんやりとしている。
浅間神社の石段を登ったところにある麓山神社から尾根伝いに賎機山を経て地蔵のある峠から昭府町側に降り、バイパスのトンネルを通って帰ってきたのだが、尾根筋ですれ違った妙齢の、、、と言っても五十代で女性だが、、、、(七十代のおじいさんから見ればの話)赤いハンカチで口元を押さえてこちらに歩いてきた。
すれ違うときに「カフンショー?」って聞いたら「えっ」と聞きなおされたので「花粉症ですか」と言い直したら「え え、今日はとても量が多くてたまりません」とのこと、、、、次に会った人は、サングラスにマスク、鍔広帽子で厳重に身を包み声さえ掛けにくい雰囲気ですれ違った。
鈍い自分は安倍川川から吹いてくる強い風に向かって「ふんふん」と鼻を鳴らしてみたが清清しい春風が吹いていることしか分からない。
これって幸せのひとつなんだろうね。
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