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2012年4月13日 (金)

花の散るらむ

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ひさかたの ひかりのどけき 春の日に

       しづこころなく 花の散るらむ

                            紀友則

056穏やかな春の一日を象徴するような午前中、富士の嶺は霞に溶け込むかのようにして黒い前山の上にかすかに見える。

池の端に立つ桜の枝からは、風もないのにはらはらと花びらが舞い落ちる。

人の気配を嗅ぎつけたか、大きな鯉がその花びらをうるさそうに掻き分けて集まってきた。

鯉にとっては、食べ物ではない花びらはただうるさいだけのものだろうが、地理行く花びらを愛でるものにとっては、これも風流と眺めている。

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それにしても、日本人はどうしてこれだけ桜に打ち込んでしまうのだろうか。

パッと咲いてパッと散る、そのいさぎよさだというが、瞬間湯沸かし器のように熱しやすく冷めやすい、、、、そのことは、過去の都合の悪いことは「水に流す」のたとえで忘れ去ろうとする。

しかし、福島原発の事故はまだ継続中なのに、その対策、原因の究明も進まぬままに再稼動に向けて前のめりに突っ走ろうとしている政府。

少し、首相の頭が重すぎて、前傾姿勢が強すぎるように見える。そう思ってみると、ますますあの顔が大きく見えてしまうのは、、、、これも下司の、、、、、

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このブログ書き込み中に突然の停電。

小雨は降っているのだが、雷が鳴っているわけでもなく、何が原因だったのだろうか。

14日の朝刊によればこの近所で障害があったようで、範囲はごく狭い地域だったようだが、中電からは何の音沙汰もなかった。

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コメント

おばさま
桜の花がつぼみのうちから騒ぐのは日本人だけでしょうね。
花びらが枝から離れ、地面に降り敷いて朽ちるまでそれぞれに風情を重ね、人間の人生に重ね合わせて愛でる。
やはり、特別な存在なのでしょうか。

投稿: オラケタル | 2012年4月15日 (日) 22時03分

世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし  在原業平

本当に日本人の心は、桜で一喜一憂させられていますね。
それが古来から変わっていないのですから不思議です。
今年は桜の開花が若干遅かったようですが、さすがに
4月も半ばになると梢よりも地面のほうが花びらも多い
ようです。

花びらを散らす花腐し、流れゆく花筏、散り敷いた花毛氈・・・美しい言葉があるのも、桜だけですね。

投稿: おばさん | 2012年4月15日 (日) 13時36分

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