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2012年5月 7日 (月)

気持ちは若くても

005

モチツツジ。珍しい花とは思っていなかったが、静岡辺りから岡山、四国辺りまでしか咲かず全国的に見ると、分布の少ないツツジだと聞くと、この地味な花でもなんだか有り難味が出てくるから不思議。

008漢字で書くとこれが難しく、黐躑躅となる。

この木は、葉っぱや花を虫に食われないため、花の顎や柄、葉や若木の回りなど柔らかいところに繊毛が生やしていて、これに粘り気のある液体が付いている.

その粘液で、虫が絡め獲られて死んでしまうところから、鳥黐(トリモチ)にたとえられて付けられたそうだ。

で、写真の蜂は、クマンバチによく似た蜂で、トラマルハナバチ?

これだけ大きくなると粘液で絡め獲られる心配もないし。花粉の運搬する蜂として、花のほうとしても大歓迎。

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長いゴールデンウイークも終わってみるといろいろなことが新聞を賑わしていた。

ずいぶん前だったが、切り傷が意外と治りが遅かったので言外に藪医者と言う意味を含めて「今回は傷の治りが遅いのはどんなことが原因でしょうか?」って聞いてみた。

すると、その医者の言うことには「自分では若いと思っていても、身体は歳相応ですからね」と返された。

たしか、五十代頃までは身体の衰えと言うものを認めたくないし、腕力も若い者に負けないどころか、「最近の若い者は身体を使わないから、、、」なんて言っていたころだった。

それが、医者に指摘され、抵抗力というか蘇生力が衰えているのを自覚した初めだった。

そして、この連休中に10人を越える人が遭難死し、そのほとんどが六~七十代の人だったと聞くと、この人たちはそうした自覚のない人だったのかと思ってしまった。

また、以外だったのは、白馬で遭難した六人のうち四人までがそうしたことを知っているはずの医者だったという。

これでは、紺屋の白袴以外の何者でもない。多分、人はそうでも自分は違うという意識が強かったか、、、、、、

若い頃は、今のように遊びの種類が多くなかったし、自分は北アルプスのすぐ側にいたためもあって、この時期の山は晴れていさえすれば楽しいものだった。

日中の暖かい日差しで雪が溶け、夜の寒さで凍るを繰り返す毎日の中で、雪の表面は硬くしまり、夏山では行けないルートを好きなように歩けたものだった。

その反面、”地こすり”といった全層雪崩も発生するため、危険な場所を察知することも必要で山全体を見渡すことも大切である。

しかし、今回の遭難の遠因として感じるのは、遠いところから来てせっかくのチャンスを潰したくなかったという意識が、引き返す決断をさせなかったのか。もう少し我慢をすれば天候が回復すると思ったのか、、、、、

とにかく自分の体力を過信したのか、天候を自分の都合のいいほうに解釈したか、、、、、、、、人のことを言えた義理ではないが、山は甘くなかった。

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コメント

おばさま
山登りは簡単に見えて難しいものです。
特に勤め人は、仕事のことを考えて無理をする傾向にあり、多分、福岡から無理をしてきて、引き返すのは、、、
ほかの人は、装備がどうのこうのと言っていましたが、それ以前に気ぼもちようだったのでしょう。
それにしても、山で働き盛りの人が死ぬのは、もったいないことです。

投稿: オラケタル | 2012年5月10日 (木) 17時08分

山を甘く見てはいけませんね。
世間ではエリートと称される医師があまりに
無防備だったと痛感したニュースでしたね。
時には引き返す勇気も必要で、ただやみくもに突き進むだけではいけませんね。

投稿: おばさん | 2012年5月 9日 (水) 23時13分

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