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2012年7月 8日 (日)

濃い緑をバックにして

005

エコと言うより隣との目隠しが目的で植えたゴーヤの花。

昨年黄色くなった後、はじけて真っ赤な実が飛びだしたがこぼれて出来たものだった。

その後移植したときは、ひ弱いものだったが、その後ろにあるミョウガと競合して花咲かせるまでに育ってきた。

いま、濡れ縁越しにみると、青黒くといったほうが適切なミョウガの葉を背景にして、黄色い花を点々と咲かせているさまは、カーテンコールに応じて舞台に出てきた女優なみに映えている。というのは言いすぎか、、、。

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昨夜は七夕だったので、夜空を何度も見上げては見たが、星の影も見ることが出来なかった。

もっとも、夜の空がこんなに明るくては、雲がなくても見ることが出来ない昨今であり、”満天星”を見たのはいつの頃からだったか忘れるほど前rのことになってしまった。

そもそも七夕とは、七月の夜という意味もあるようだが、ひとつには旧暦の七月十五日に帰ってくる先祖が着る衣装を、布を織る機の上に置いていたことから”、棚機(タナハタ)”が語源になったという説もあるそうだ。

そして、静岡には”機”と言う字を使った地名がいくつかあり、静岡の元になった「賎機(シズハタ)」やいつも散歩に向かう麻機、そして、安倍川の向こう岸には服織と書いてハトリという地名もある。

この辺の考察はまだ聞いたことがないが、偶然の一致でなく何か意味でもあるような気がするのだが、、、。

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コメント

ナベショーさま久しぶりでした。お元気でしょうか。
ダイラボウにそんな案内図があったとは気が付きませんでした。
冨厚里も、、といわれればそんな気もします。
服部氏や和仁氏などが大陸から渡ってきたというのは、聞いていますが、賎機、麻機はどうなんでしょう。
人里はなれたところという意味の当て字なのか、、麻機のほうは流通センター脇の巴川支流を浅畑川とも書くこともあるそうですので、、、麻を織るという意味ではないのかも、、、、とにかく服部と関係があるのかどうかですね。
しかし、そんなに深刻には考えていませんので、、、。

投稿: オラケタル | 2012年7月 9日 (月) 21時42分

こんにちは
富厚里のダイラボウへのハイキング案内図に以下のような説明が、、、
中世には服織庄と呼ばれ、中国からの帰化人の秦氏に率いられた服部達が養蚕、機織に従事したのが、この地名の起こり、今の羽鳥、富厚里も同じ、機織、服織から来た地名、、、だそうです。

投稿: ナベショー | 2012年7月 8日 (日) 23時44分

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