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2012年9月 6日 (木)

見かけは可愛くても

023

021久しぶりにスベリヒユの花を見たような気がする。

草を生えないようにしている畑に、抜いても抜いても生えてくる雑草。

日当たりが強く気温が高い畑で、この夏の日照りにも負けず地面を張って広がる生命力の強さは、ほとほと感服はするが、まるで人間と根気比べをしているようで、抜きながら腹が立ってくる。

花びらの先が割れてハート型をした花弁を五枚広げて、ちょっと見には涼しげでかわいらしい花であり、一目で松葉牡丹の仲間であることが分かる。

それかあらぬか、”ヒユ”と言う言葉の出所は、ひよこと同じ語源であり、「小さく可愛らしい」という意味になるそうで、すべりと言うのは葉っぱを揉むとぬるぬるとした感触から来ているそうで、花の印象は自分が思ったと同じだったようだ。

そして、この長円形で肉質の葉っぱを食べる地方があることを聞いて驚いたものだった。

われわれ、戦後の食糧難のときでもこの草は食べたことが無い。そして、それ以来口にしたことも無いのでどんな味なのかはいまだに知らない草である。

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野田内閣が参議院で問責決議を受けてから、衆議院議員の選挙が時間の問題となって次の選挙に出ようとする人たちは、ざわざわと蠢き始めている。

そして、自民党と民主党ではその前に党の顔となる党首を選ぶために慌てふためいているのが、マスコミの報道からうかがい知れている。

誰が党首になるのか、関与するすべもない一般庶民だが、あまりにも約束を守れない政治家にはあきれ果てて、次の選挙は全てが「帯に短い」候補者ばかり、そして、次善の候補者もおらず、決めようが無くて困りはてている。

マスコミは、どんな根拠があってか、「維新の会」をもちあげ、連日のように取り上げているが、あまりにも”右より”の政策のうえ、参院をなくし衆院議員を半減するなど、およそ、国会で受け入れられない、と知ったうえでの施策を掲げている。

さらには、あの人でも、この人でもと声を掛けて国会議員を勧誘しているらしいが、その越え掛けにつられて参加しようとする現職国会議員は、国のことより自分のことしか考えていない議員であり、顔ぶれを見れば有権者も馬鹿で無い限り再選されることの無い人々であろう。

とにかく、「維新の会」はマスコミの「100議席は獲りそうだ」という思惑とは違った結果がでること間違いないだろう。

何しろ食べてことのない味(候補者)を、大量に入れるのは前の選挙で懲りている。

(これが狂って、マスコミの言うとおりになったとしたら日本国民はよほどの馬鹿者ぞろいで世界の笑われ者に成り下がってしまう。)

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