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2012年9月22日 (土)

墓の将来は

063

フシグロセンノウの花が木立の下、薄暗い草むらにひっそりと咲いている。

濃いオレンジの花の色は、それでなくても翳を持っているのに、、、、

名前の由来は仲間のナデシコと同様に花を咲かせている草の幹に節がいくつかあり、その節が濃い紫色をしていることからであり、さらに、仙翁はについてはいろいろな説があり、中国の仙翁と言う花からきているとか、京都の仙翁寺に由来するとか、、、、また、鎌倉時代に中国から入ったと言う説もあるようで三倍体なので挿し木でしか増えないと言う。

しかし、かなり山奥でも花が咲いているのを見ると、わざわざそこまで切花を持っていって挿し木をしたとも思えないのだが、、、、

ともあれ、花言葉が「転機」と言うのも意味がわからない、不思議な花である。

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”暑さ寒さも彼岸まで”と言う言葉があるが、昨日まで連日三十度を越し、この調子では何時になったら、、、と思っていたが、気温は一気に下がって帳尻を合わせたような陽気になった。

故郷 神岡で、墓参りを済ませたのだが、先年来、我が家の隣の墓が荒れ放題になっており、その墓地に生えているススキを主とした雑草が墓石を持ち上げ転倒させて、見る影も無い有様になっている。

墓に埋葬されている人には哀れを催すが、「他人の墓に手を出すものでない」ということから、我が家ばかりでなく、反対側の人も手をこまねいているようだ。

そのため、お寺に相談してみたところ、この辺の墓地は個人所有のものばかり、管理組合などもないので手の施しようがないとのこと、もし撤去しようとするなら、全国紙すべてに広告を出した後処分するのだが、その広告を誰が負担するのか、撤去した墓をどうするのか、そして跡地はどう処分できるのか、法律的にもずいぶんと難しいとのことだった。

言われてみれば、その通りである。そして、自分たちの墓も将来そうなる可能性が充分にあることになる。

故郷を離れて三十五年、子供は墓の存在を知ってはいるが、幼いときに離れた土地だし、孫に至ってはおぼろげ、その子になったとき、、、、、、、

老後の問題もあるが、少子高齢化は墓にも及んでくるなどと考えさせられた。

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墓参りを済ませ今夜の泊まりは連れ合いの実家、高原川を遡り、安房トンネルで長野県に入り、松本から立科町に向けて車を走らせた。

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コメント

星さま
さすが、人生の先輩。そこまで、宣言されましたか。
わたしは、まだそこまで達観しきれていなくて、故郷の土に返りたい、と言う思いが残っています。
いまの時代、土葬は原則禁止ということで、骨にするしかないのですが、出来れば、生まれたところの草木の養分に、、、、、脂肪がかなりありますから良い肥やしになると思います。燃やすのはもったいないことです。
わたしも、霊力が無いためか、何とか現象と言うものを見たことが無いので、死んでから人に祟るような霊力は無いでしょうし、そんなに世の中を怨んでもいません。
あの世とやらがあるものなら、是非あの世でお会いしたいものです。

投稿: オラケタル | 2012年9月26日 (水) 21時56分

八十路も半ばとなれば棺桶に片足なんてものでなく全身入って片手ヒラヒラです。墓はあります。息子が若くして亡くなりましたので。 孫・曾孫が広島などから墓参に来ると渋滞で帰着の連絡まで心配です。
過日一族に宣言しました「死者は生者をわずらわすべからず。」墓石は処分する。髪の毛を短く切って仏壇に置くからみんなで楽しく散骨旅行に行きなさい。ノルウr-のフィヨルドかマッターホルンの麓のあたりがいいが遺産が無くなってしまうと思うなら近くの川でもいい。先祖を祀らないと祟るなど云う人がいるが、そんな力があったら私は守る方に使う。 親鸞さんでも死体は鴨川の魚に食わせ。と。

投稿: 星 | 2012年9月25日 (火) 23時46分

よしこさま
荒れた墓をみるといままでとは違った目で見るようになりました。
こんなことなら、石の墓でなく土饅頭や木製の塔婆が一番だったようです。
それならどんなに草や木が生えようと自然に戻るだけなのですから、、、、
子孫を当てにしてはいけない時代になったようですね。

投稿: オラケタル | 2012年9月24日 (月) 21時16分

お墓の問題は難しいですね。先日もNHKでその話をしていましたが、夫婦の両方の郷里から離れて暮らし、両家で(一人っ子同士の結婚だとか)郷里のお墓を処分し、共同で新たにお墓を立て、そこに、両家の両親、自分たち、そして、将来は子ども(娘2人)がお参りするのに1ヶ所ですむようにして、これで、子どもたちが大変な思いをしないで済むと言っていました。けれども、それこそ熟年離婚などもしないとも限らないし、今10才、12才の女の子が結婚した後(しないのかもしれないですが)、逆に重荷ではないかなんて思ってしまいました。お寺によっては、永代供養でなくても、年にいくらか管理費と言うのを払うと、管理をしてくれるそうですが、何かの事情で払えなくなればそのままになってしまいます。先日亡くなった義叔母の嫁ぎ先のお墓も3墓石(戦争で亡くなった息子が2人いる為)あり、結局3回忌が終わったら、こちらで永代供養するべきなのか分骨して他は、叔母の嫁ぎ先の親戚がやってくれると期待するか(無理と思いますが)少ないお金ではないので、頭が痛いところです。

投稿: よしこ | 2012年9月24日 (月) 15時21分

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