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2013年2月27日 (水)

早く楽になれよ

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ワビスケの花が昨夜来の雨に打たれてさいていた。

税務署からの帰り道、知らぬお宅の庭にひっそりと、、、、、

ワビスケと椿の違いははっきりとしないが、完全に開ききらないおちょぼ口の花。そして、雌しべの先端が退化して棒のようになっていることくらいで判別している。

しかし、園芸植物の交配でその垣根がずんずん崩れてしまい、それだけで判別しきれないものが出て来ているそうだから、、、、素人には

いずれにしろ山茶花と違って、ぽったりと首ごと落ちるのは似ている。(これも間違いかな?)

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テレビのドラマでは警察官の取調べの常套文句のひとつに「いいかげん 早くはいて楽になれよ」というのがある。

じっさいに、パソコンの遠隔操作事件では、神奈川県警が間違って逮捕した容疑者にそう言ったとあるから、実際に使われているのかもしれない。

先日来、伸ばしに伸ばしていた所得税の申告書を提出し、ここしばらく、重荷になっていた仕事をひとつ済ませた。

例年のことだから、前の年のを参考にすれば医療費控除の数字が違うことくらいで簡単なものだが、やはり、なかなか腰が上がらない。

学校の夏休みの宿題より簡単なのだが、、、、、、、、、

「早く書いて楽になれよ」と自分を励まさなくては進まない。

そして、努力の甲斐は二万数千円の還付を請求したことにつきる。

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2013年2月26日 (火)

ミモザも咲いて

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麻機沼の北側に銀葉アカシアが先日来花を咲かせ始め、次第に黄金色に染まって来はじめた。

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一つ一つはボンボンのようにま~るい房状の花だが、集団となって木全体を覆っている。

もしこれを手作りで作ろうとしたら、、、、、、、それこそ大変な作業になってしまうだろう。

40年位前のことだったが、ふるさとで警察官との話の中で、休みの日、魚釣りに行くときも上司に「どこそこに行っています」と所在確認の報告をしなければならない。と言う話を聞いたときには、窮屈な仕事もあるものだと思った。

それから、静岡に来てからのことだったが、ポケットベルを持たされて、信号音が出れば、公衆電話のある場所に来て連絡を取らされたときには、面倒くさいものだと思い、山に入るときはスイッチを切って「信号が届かなかった」と言い訳をすることが多々あった。

そしていま、携帯電話を持たされて、電話に出なくても、居場所が把握されているし、街中を歩けばあちこちで防犯カメラに写され、録画されているそうな。

なんだか世の中が、進歩すると言うことは、常に監視され、束縛されているようになりプライバシーの侵害は違法と言いながら逃げ場所がなくなっているように感じてしまう。

結局は、40年前の警察官以上に窮屈になってしまったことになるのだが、当の警察官のいまはどうなんだろうな。

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2013年2月25日 (月)

まだ匂わぬ

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沈丁花 いまだ咲かぬ 葉隠れの

   くれなゐ蕾み 匂ひこぼるる 若山牧水

 

沈丁花の花がようやく咲き出した。

濃い紫の蕾が口を開けると、白い花びらが顔を覗かせる。

まだ、一房、二房といった感じだが、日当たりの良いほうに少し見える程度だが、、、若山牧水の歌のように開きだした段階では鼻をくっつけても、まだ匂わない。

春の訪れを示す花の咲き方は、種類によっていろいろとあるが、今年はどうも遅れ気味のようである。

沈丁花はその香りが香木の沈香に似ていると言うが、まだ、本物の沈香の香りをかいだことがないのでしらない。

ただ、秋の金木犀と対比されるほど満開になるとあたりに匂いを漂わせる花であり、今しばらくの辛抱が必要だ。

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今日韓国では、新しい女性の大統領が誕生した。

自分の知る限りでは、どちらかと言うと儒教のおもむきを色濃く残した韓国で、女性が国のトップになるのは以外であった。

これまでも、日本や朝鮮、中国で女帝ないし最高権力者になった人はいるが、いずれも、国家権力を握る宮廷内の出来事であり、人民の選挙で選ばれたのは、これらの国では初めてである。

昨年の秋だったが、韓国の人と話す機会があって、どうして、朴さんが大統領候補になれたのかと聞いたところ、歴代の大統領が退任してから、大統領時代の不正行為で逮捕され、中には死刑判決を受けるほど汚職や権力乱用行為がまかりと通っていた。

しかし、今度大統領になった朴さんの父親は暗殺はされたが不正蓄財を行っていなかったことと、経済の基礎を作ったことから、その娘にも期待が集まっている。とのことだった。

どうもその話しは素直に聞けなかったが、大統領に女性がなれたことで、日本は一歩遅れたのかなと言う気持ちはぬぐいきれない。

日本では、女性が政党党首と言うのは、極小政党にいるだけであり、とても首相候補になれそうな人材は見当たらない。それどころか、女性の政治家自体が数を減らしていると聞くと、人口の半数の女性が女性政治家を見放していると言う風に思ってしまうのだが、、、、、、、、如何。

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2013年2月24日 (日)

春霞なら良いのだが

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久しぶりに静岡の地名発祥地である賎機山(シズハタヤマ)の尾根道を歩いてみた。

風が強く、椎の木など常緑の木に風が当たって轟々と鳴り響く山道。

そんななか、2~3kmほどしか離れていない市街の中心部が霞んでしか見えない。

春霞ならば、風流な景色ではあるが、出掛けに自動車のウインドグラスが曇っていたのとあわせて、黄砂かな?と思っていたが、反対側の安倍川を見ると、川原では砂埃が舞い立っているのが見えた。

多分、この砂埃が強い西風に吹きあげられての靄っているのだろうと推察し、半ば安心して見ていた。

先日来、中国から有害物質を含む細かいちりが飛んできていると言うので、今年は特に神経過敏になっているのかもしれない。

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この風も、一歩麻機側に入れば、風もなく穏かな春日和。

太陽の光に照らされて、黄色く咲き誇っているタンポポにいまや遅しとばかりミツバチが蜜と花粉を求めて寄ってきていた。

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安倍首相が、アメリカに行きTPPの交渉に参加を表明し、沖縄の辺野古の埋め立てを申請することで、アメリカとの信頼関係を強固にしたと記者会見で発表した。

TPPには、党内の半数が反対している上、野党にも異論がある。そして、沖縄の辺野古移転には沖縄県民の強い反対がある。

これらを振り切っての決断と言うが、自分から見るとアメリカの言いなりになる昔の自民党政治。つまり、ポチ化したことで信頼をかち得た、と錯覚しているだけのような気がしてならない。

事実、この会見で一般的に行われる共同声明もないし、テレビでは記者に言われるまで握手もなかったという。

これから先のTPPはどういう方向に向かうか分からないが、自分の都合の良い解釈をして、後で「あっと おどろく タメゴロウ~」にならなければ良いが、、、、、 

この例え、一寸古すぎていまの人には分からないだろうけれど、年寄りにはすぐ分かる、ハナ肇往年のギャグ、、

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2013年2月23日 (土)

熟女好き?

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我が家の北側に安東川と言う川が流れている。

もともとは、浅間神社を源に、北に向かって流れ、途中池ヶ谷から西に向きを買え巴川に入る小さな川だが、多分昭和30年代から河川改修と一帯の宅地化で、農業用水としての価値がなくなったため、三面コンクリート張りにされ、中には蓋までされるなどして、川というより大きな側溝になってしまった。

それでも、川底に土砂の堆積しているあたりには、60センチを超える鯉などもいて、小魚を狙う鷺や、育てきれずに放り込んだミミアカガメなどがかなり見受けられる。

その川を散歩の帰り道、覗き込んで見たら、亀の求愛活動らしいものを見た。

054一匹は、成熟したミミアカガメであり、その後から追いかけてきたのが、はっきりはしないが、まだ青みが強く、ミドリガメの雰囲気を漂わせているミミアカガメと見た。

亀のことは、知らないので間違っているかもしれないが、追いかけてきた小さいほうの亀は、追い越してから大きな亀の正面に回りこみ、手で触ろうとしていたが、大きいほうは向きを変えて逃げようとする。

まるで、最近の熟女好きの若者が年上の女にまとわり付いているように見えて面白く、しばらく腰を降ろして眺めていた。

この騒動に興味を持ったのは、自分だけでなく、少しはなれたところで泳いでいた鯉のほうも同様だったらしく、交互に近くによっては離れをくりかえし、冷やかしているようにも見えた。

10分ほど、そんな状態を繰り返していたが、それ以上の進展はなく、、、、見ているほうがアホらしくなって腰を上げたが、、、、恋は成就しただろうか。

亀の生態も知らないし、発情期が何時なのか知らないが、水が温んで冬眠から覚めれば、恋のひとつもしたくなるのであろう。

   うらやましい限りである。

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2013年2月22日 (金)

重いコート脱いで

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麻機沼の真ん中に小高い山を作って東屋を設けている。

その近くにある辛夷の木、ようやく固いからを破って白い花が顔をのぞかせ始めた。

毛が密生している殻は、いかにも、冬の寒さをやり過ごす毛皮のコートのように見えて硬くて重そうだ。

キャンディズの春一番にあるように「重いコート脱いで 出かけませんか もうすぐ春ですよ」がぴったりの感じである。

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北日本を中心に今年最大の積雪量になったとほうそうされており、人の住む場所としては、最高の5m超の積雪を記録した。という。

自分が、小中学校を過ごした、岐阜県と富山県の境に位置していた、大津山と言うところでは、7m超を記憶しているが、それは、60年以上前のことであり、今では住む人もなくもとの山に戻っているそうな。

そんなところでは、当然春の訪れも遅く、四月にならないと木々の芽が膨らまない。

四月の終いに祭りがあり、五月に入ると、山々は一斉に萌え出し山菜取りの季節に入るのだが、それらに先駆けてこぶしの花が山際に点々と白い斑点を撒き散らしだすと心がはずんだものだった。

雪国の春は、雪知らずの東海地方の人には分からないうれしさが伴ってくる。

「もうすぐ春ですね」といっても、この時期はまだ深い雪の下にいる

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2013年2月21日 (木)

サイタ サイタ サクラガサイタ

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サイタ サイタ サクラガ サイタ  は、昭和八年から十五年にかけて、尋常小学校一年生の国語の教科書の一番最初に書かれた文章で、よく知られている。

この頃の子供が一番最初に覚えた字である。

中国大陸へ兵を進め、国際連盟にいられなくなったこの時期、日米開戦を前年に控えた時期の教科書であり、軍国少年を育成するために造られた教科書だった。

このほかにも、ススメ ススメ ヘイタイススメやヒノマルノ ハタ バンザイ バンザイなどもあり、いまの北朝鮮を髣髴とさせる時代でもあった。

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022左、河津桜の一方の親と言われる緋寒桜


先日来、河津桜の開花のニュースが流れているが、この木の苗木があちこちに散らばっているようで、散歩道のひとつ池ヶ谷の山腹でも薄いピンクの花を開かせている。

なんでも、この桜は、早咲きの大島桜と緋寒桜が自然交雑して出来たとか聞いているが、真っ赤な緋寒桜と白い大島桜のいいとこ取りをしたような品のある花になった。

しかし、ソメイヨシノ同様、挿し木で広がっている種類だそうで、そうなると、全てのDNAが同じ桜になる。

昨年ノーベル賞では 山中教授が、iPS細胞の研究で受賞したのだが、この研究成果を人間に応用しようと研究が本格的になり、あらゆる臓器がひとつの細胞から造るという時代も間近いそうだ。

心臓 肝臓 腎臓と、それぞれの病気を患っている人には待ち遠しい研究には違いないだろう。

しかし、これが簡単に出来るようになると、人間は悪いところを取っかえ引っ換えして、不老不死と言う古来幾多の皇帝や人が求めてきたを実現することになるのだろうか、、、、百歩譲って、人は100年以上生きるのが当たり前の時代になるのだろうか。

そして、同じ臓器を使ったとしたら、クローン人間と同じになってしまい、、、、、、子供を人間が生むのではなく、工場で生産するようになってしまわないだろうか

そんなことを考えていくと、漫画の世界が現実となり、なんだか空恐ろしい未来を妄想してしまう。

まぁ、自分が生きているうちには、そんな世界が来ることのないよう、

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2013年2月20日 (水)

またひとつ春の知らせ

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田んぼの中に咲き出した蓮華草の花。

まだ寒い風の中だが、昨日の雨に誘われたのか、淡いピンクの花をちらほらと

ただ、全盛期の頃の花と違って、花びらが下向きにしか咲いていない。

寒さ対策のためか、雨を避けるためかは分からないが、なんだか恥ずかしげにうつむいているように見えるのは、こちらの主観が入りすぎているせい、、、。

なんだか、この花を見ていると、世相と違って明るい春の知らせが聞こえてくる。

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2013年2月18日 (月)

雨が降ります 雨が降る

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「雨が降ります/
雨が降る、、」と、憂鬱な空模様の一日であり、こんな日にこそ所得税の申告を片付けようと思っては見たのだが、、、、、何もする気がしなくてだらだらと過ごしてしまった。

こんなことではならじと、外に出てみたが近所の紅梅もこの雨に嫌気が差したか、咲くでもない、しかし時期は来たのだがといった風情でわずかに咲かせた花びらに露を滴らせている。

おりしも暦は、”雨水”空から降るものが雪から雨に変わる頃、と言うそうだが、年中雪の降らない当地では、あまりじっかんとして感じないが、乾燥した季節から雨が土をうるおし農作業の準備を促す季節になった。ということだ。

週に二回くらいの割合で、蓮根掘りをしている身にとっては、これからの蓮根掘りは、水を掻き出す回数が増えると言うことで、春を感じるのかな。

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おととい、ロシアに落ちた隕石の映像は、かなり衝撃的だった。

以前から、その次の日に大きな隕石が地球をかすめて飛び去るが、地球には影響がないという報道を見ていたので、その隕石の片割れが落ちたのかと思ったが、全然関係のない隕石だったと言うのを後で聞いた。

前から知られていた隕石は、太陽の光でわかったが、ロシアに落ちたものは、そういうことがなかった。つまり小さすぎて、、、ということらしい。

しかし、小さすぎるとはいいながら、あの隕石が東京などの大都会に落ちていたらどんな惨事になっていたかと思うと、多分想像の範囲を超えているに違いないし、いつなんときに、自分の上空に降ってくるか分からない。

それとともに、冷戦時代なら敵国のミサイルと勘違いして、反撃のミサイルを発射しかねない事態になっていたかもしれない。

それにしても、飛び込んできた星を良くあれだけ沢山の映像に映すことが出来たものだと思ったら、車載カメラや監視カメラの映像で、人間が気付いてカメラを空に向けたのではなかったそうだ。

そうだろうな。  むかしから、「流れ星に願いをかけると願い事がかなう」って聞いたことがあるが、流れ星を見て何を願おうかと思う前に、消えうせるのが常だった。

おりしも、日本ではジャンボ宝くじが発売されている。隕石の映像に願かけてもいくらか通じないかと、、、、

申告書を横において、けだるい午後に妄想していた。

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2013年2月17日 (日)

露を含んでセツブンソウ

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十六日、根場の里をあとにして、強い風で波の荒い精進湖に戻り、トンネルをくぐれば、雪の量が一段と多くなる。

山の北側斜面で、吹き溜まりや日当たりの関係がそうさせたのだろう。

元上九一色村の役場をとおり、芦川沿いに北上する。

022e

昼少し過ぎてセツブンソウの自生しているところに到着する。

道路から見上げると、斜面の一部にはまだ雪が残っており、下から見た感じでは絶望的であった。

セツブンソウは地味を選ぶ花であり、静岡から一番近い自生地はここしかない。

そして、個人の裏山に当たるところなので、人の気配は感じられなかったが、声を掛けて家の隙間の細い道を登る。

032左 四年前のセツブンソウ

一昨年、ここに来たときは時期が遅すぎて、ほんの少ししか見ることが出来なかったが、その前の年は丁度真っ盛りで、一面のお花畑を見ることが出来た。

そして、今年は、、、、、、それでもと思ってみるが雪で濡れたか露っ気の多い落ち葉ばかり、あきらめて帰ろうとしたら、連れ合いが「これでしょう」と呼ぶ。

戻ってみると、寒さのためか十輪ほどのセツブンソウが顔を出している。

やれうれしや、早速カメラを構えて写した。傍に張ってあったロープには「カメラマン立ち入り禁止」と言う札が下げてあったが、そのロープの下わずかなところに咲いていた。

名前のいわれになった節分からは、十日ばかり遅れているが、自生の植物だけに、暦とは関係なくその年の気候で咲き出す小さな花。それゆえに、出会ったときの喜びはひとしおである。

前回来たときには、「青いセツブンソウを持ち帰った人は、、、」と怒りの立て札があったが、今年はカメラマンか、、、、よほど「自分さえ良ければ」と、目に余る行為をする人が多いのだろう。

ひるがえって自分は、という思いを肝に銘じてセツブンソウに別れを告げた。

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2013年2月16日 (土)

根場の里にて

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静岡で6℃だった気温が急速に下がり始めたのは、朝霧高原にかかりだしてからで、道の駅では0℃になり、山梨との県境では氷点下2℃にまで下がった。

道の両側には除雪車で押しのけられた雪が硬く凍りつき、西湖の入り口には路面に雪が残っていた。

日差しは、かなりあるのだが、気温は0℃前後で風は冷たい。

この次点で、今日の目的は多分八分どおり失敗だったかなと思うようになった。

今日の目的は、芦川沿いのセツブンソウを見たい。と言うことで出かけてみたのだ。

ただ、その前にここまで来たのだからと西湖のそばにある、”根場の里”によって買いたいものがあるという連れ合いの願いで少し遠回りをすることにした。

気温は低く、風は冷たいながらも空は、真澄に晴れて山の稜線にかかる木の枝に樹氷がかかっているらしく、青空と白い雪のコントラストがきれいに映えている。

そして、その反対側には、これまた雲のない富士が絵に描いたように浮かんでいたが、あまり、さえぎるものの無い富士山はかえって趣きがない。

”月に群雲”ではないが、少しばかりの欠けがあるのが日本人好みである。

007とつぜん「ヤマガラとはどんなものですか??」と声を掛けられた。

建物の一角に、ひまわりの種を入れた餌台があり、そこに近くの山から餌を目当てにヤマガラとシジュウカラがきているのだが、野生の鳥だけに警戒心が強く、人が傍にいるとなかなか近寄らない。

木の枝に、ヤマガラが来ますので、、と書いた小さな札を見た人が自分に声を掛けてきたのだ。

011「こんな小鳥ですよ」と少し前に写した写真を見せると納得したのか、そのままその場を去っていった。

中学の頃習った「心ここに在らざれば、 見れども見えず、聞けども聞こえず、、、、」ではないが、この人にとって、小鳥は興味の対象外だったのだろう。

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上の小鳥がヤマガラ、下がシジュウカラ。なかなか同じフレームにはおさまってくれなかった。

ここの、縁側に腰掛けて、カメラを構えてみていたが、ヤマガラとシジュウカラの関係は身体の大きさに差がないためか、同じ木に止まっていても、餌の取り合いで喧嘩することがなく、交互に降り立っていた。

ただ、鳥同士の距離感と言うものがあるらしく、同じヤマガラ同士でも一定の距離をおいており、ひとつの枝にとまると言うことはない。

ともあれ、家の庭のメジロとヒヨドリのように、むやみに追っかけまわすような行動がないので、面白く眺めていられた。

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2013年2月15日 (金)

老人とヒヨドリ

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004”白頭鳥”とは、ヒヨドリの別名と最近になって知った。

白頭鷲というのは、前からアメリカの国鳥ということで知っていたが、これは写真で見てもその名前のとおり真っ白な頭部を持った鳥で異論は無い。

しかし、ヒヨドリの頭はそんなに白くは無い。なにか、ほかの鳥と間違って名づけられたのではないだろうか。

先日も書いたのだが、家の庭にメジロ用にと、蜜柑や林檎のボケたものなどを刺していたが、あまりにも傍若無人なヒヨドリが来て、メジロを追い散らし、自動車の屋根に糞を撒き散らすは、で、何か対策はないかと思って、ヒヨドリが掴まれないほどの針金を軒先つるし、林檎を挿して置いてみた。

その結果、しばらくは効果があった。しかし、「必要は発明の母なり」ではないが、飢えたヒヨドリは空中でホバーリングしながら啄ばむ方法を考え付いたようで、昨日あたりからこの行動を始めた。

といって、ハチドリのように静止しているほど羽根の力は無いようで、突きながら地面に落とそうと言う作戦らしい。

鳥としては、かなり賢い鳥のようで、次はどんな方法にするか、老人と知恵比べに走っている。

そのうち、野山に餌が豊富になる時期が来るのと、鳥にやる餌がなくなるのとで、この戦いも後しばらくすれば休戦となる、、、、、はず。

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日本が無謀にもアメリカに戦いを挑んだのは、もう70年も前のことだが、戦後しばらく、おろかな軍部が相手の実力、世界情勢を知ろうとしなかったことにあると思っていた。

しかし、その一因の中には新聞やラジオが一方的報道で国民をあおり、開戦の方向に進まなければ世論が赦さないような情況に追い込んでしまったことにもあるのを知った。

政府筋が、外交で解決を図ろうとすると、「軟弱外交」だと罵倒したのは、日清、日露の戦争のときにもあったが、それがますます激しくなっていった。

昨日、新聞の広告欄を見ただけだが、週刊誌(文春と新潮)の見出しは中国と今にも開戦しそうな言葉が連ねてあった。

いまの自民党の首脳はどちらかと言うと右翼系に属し、声高にいさましい発言をする人ばかり、、、、、

そして、同じようなことが、中国でも起きているようで、どちらが先に大砲の砲門を開かせるかで大義名分を作ろうとしているかのようだ。

また、その間で、朝鮮半島も気な臭くなりそうな気配があり、この先しばらくは繊細な外交が求められる。

いったん砲火が開けば、五人 十人と言った単位の人殺しでなくなることを覚悟して、週刊誌を初めとするマスコミの報道には眉に唾つけて、煽られないようにしなければならない。

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2013年2月14日 (木)

黄色い蜜を吸って

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子供の童謡に「赤い鳥小鳥 なぜなぜ赤い 赤い実を食べた」と言うのがあったが、人でもメジロでも蜜柑を沢山食べると黄色っぽくなると言われている。

それかあらぬか、タンポポに黄いろい蝶がとまっていた。

まさかモンシロチョウが、タンポポの蜜を吸って黄色くなったのではないが、それを思わせるような雰囲気である。

ここしばらくの温かさで、越冬していた蝶の身体にホルモンでも行き渡ったのだろうか、、、、、

この伝で行くと、バレンタインデーにモテモテの男の子はチョコレートの食べすぎで、エボニー色になるかしらん、、、、、誰からもチョコレートを貰えなかったもののひがみとしては「お返しの苦労をしなくても良いからね」とでも行っておくしかない。

ともあれ、この春初めての蝶々であり、温かさとあいまって空気まで春の香りがするようだ。

明日は、全国的に荒れ模様で、雪の降るところも多いというが、ここしばらくの暖かさに、、、、「どっこいそうはさせないぞ」という天の警告だろうが、

        はたして、、、、、

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2013年2月13日 (水)

椿の花に

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また一段とあったかくなって、家の窓を久しぶりにあけっぴろげて過ごした。

同じ静岡でも浜松のほうは、遠州の空っ風が吹いて砂埃で目が痛くなった。と放送されていた。

庭の片隅の、椿の花びらにスポットライトを当てたように日が差し込んで、きらきらと輝いていた。

田んぼには、蓮華の花もちらほら見えて、春の足音が間近に聞こえてきた。

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世間的には、北朝鮮の核実験、オリンピックからレスリングが除外されそう、グアム島で日本人が切られて多数が死傷、、などと、話題が多く、ワイドショーは語るネタが尽きないようで、キャスターが興奮して声高に叫んで入るが、どの局も切り口が同じであり途中でテレビの電源を切る。

世間の喧騒は、テレビから入ってくるようで、黒い画面から目をはずせば、、、、

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2013年2月12日 (火)

どうでもいいわい

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最近の温かさにつられるようにしてマンサクが咲き出した。

鉋屑のような細い黄色い花びらを縮らせて広げるでもないような、、、「どうでもいいわい」と言った投げやりな感じに見える咲かせ方をしている。

この時期だから、なかなか虫も寄ってこないのがそうさせているのか。

もっとも、ふるさとで自生しているマンサクは雪解けを待ちきれないかのようにして咲くので、その花びらももっと明るい黄色をしていたような気でいたが、園芸品種として、家の庭先で咲くとこうも気力の無い花になるのだろうか。

それともそう思ってみているためかも、、、、、、、

しかし、他人のことは言えないもので、静岡のあったかさに慣れ親しんで三十五年ほど、、、、、仕事もしないで暮らしていると、、、、傍目からはマンサク同様「どうでもいいわい」と投げやりな生活に見えるのだろうな。

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2013年2月11日 (月)

夕陽に向かって

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天気は良いものの、風が強く西風、北風、南風と変幻極まりない吹き方をし、冬枯れの枯れススキが風に抑えられでもするように、右に左にとなびき伏していた。

それでも夕刻には風も収まり、雲のない空は夕焼けも起きず日は西の山に沈む。

その夕日を見送るかのように、ムクドリが身動きもしないでいる。

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「雲にそびゆる高千穂の 高嶺降ろしに草も木も

 靡き伏しけん大御世の、、、、」

なんて歌がこどものころあった。

いまこの歌を歌える人は、我々の歳以上の人だと思うが、、、、、

そして「紀元は二千六百年」なんて歌もあった。

いずれも紀元節の式典が、片田舎の小さな小学校でおこなわれ、紅白饅頭欲しさにでかけたものだが、その際に歌われた。

まだ小学校にはいる前の柔らかい脳みそのどこかに沈殿していて、まだ空で歌える。

この紀元節なるもの、明治の御用学者が作ったもので、西暦に660年足しただけの数字だった。と聞いたのは、敗戦の後、 小学生だった。

そんな馬鹿げたことだったのか。と言うのはその後ずっと感じていたのだが、1,967年になって今度は、「建国を記念する日」と言う名目で復活した。

つまり、建国記念日ではなく、真ん中に「を」と言う字を一字入れるだけでイメージを和らげようと言う姑息な手段を使った日である。

ただ、いま基準になっている西暦も10世紀になってようやく検討された年であり、キリスト教国で定着したのは15世紀に入ってからだと言うらしいから、これもいささか眉唾物の年号であり、ほかの宗教を信じているものには違和感のある数字でもある。

ただ、何百年かは連続した数字であり、日本のようにしょっちゅう元号が変わってくると、計算が難しくなる。

たとえば、明治は45年、大正は15年、昭和は64年だが最後の年と最初の年が重なり合うため、明治の出来事がいまから何年前だったかとなると、紙に数字を書かなければ計算できないことになる。

いずれにしろ、アメリカのように独立した年月日が特定できる国はべつとして、神話の世界に求めるのは、いろいろ意見もあって悩ましい問題であろう。

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2013年2月10日 (日)

蓑虫はまだ目覚めず

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風もなくぽかぽか陽気の春なのに、梅の開花はわずか、これでは、蓑虫もしばらくは布団にくるまって寝ているしかないようだ。

"梅と富士山"   この辺では有名な富士市の岩本山公園にいってきた。

風もなく穏やかな日和だったので、つい浮かれて出かけることにした。

出かける前に娘のまえで「梅の花見に行こうかと思っている」と言ったところ「じいじ、今日は連休だよ。混んでるから、、、」と言われて、普段から混雑を嫌っているじいじだが、そこは生来の”ひねくれ者のじいじ”としては前言を訂正したくない一心で出かけざるをえない。

お昼少し前に着くと、駐車場はほぼ満車状態、それでもどうやら隙間を見つけて車を降りる。

006屋台も出ていて、賑やかな芝生広場を抜け、梅の木のある斜面にかかれば、まだ「つぼみ固し」の木がほとんどで花見するどころでない上、毎年早咲きの紅梅のところには六~七十代のカメラマンが富士山を入れて写そうと群がっている。

こんなに同じような写真を撮ってどうするんだろうと思うばかり、、、人のことは言えないか。

みんな立派なカメラを三脚に乗せて、、、

結局気後れして、その場にはたたずまずさらに高見を目指して登る。

頂上の、ベンチに腰掛けて、冬枯れで葉の落ちた木の枝越しの富士山」を眺めていたが、傍にある射撃場から無粋な発砲音が聞こえ、しばらく我慢していたが腰を上げることにした。

射撃場も、場所がなかなか無いのだろうけれど、何も公園の傍に作ることはないのではないだろうか。(どちらが先かは知らないのだが、、、、)

下の、屋台が静かに営業しているだけにその感が余計に感じてしまった。

降りてきて、大きな豚肉の串焼きを買って食べる、、、、、、塩味と脂身のコラボが丁度良く二本も食べてしまった。

案内の人が言うには「今年は例年に比べて十日は遅いそうだ」、、、、、

これで、梅が咲いていれば申し分ない日和だったのに、と  残念。

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2013年2月 8日 (金)

寒が抜け落ちた?

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010_2立春からこっち比較的暖かい日が続き、三寒四温の寒の部分が抜け落ちているような気がしないでもない。

散歩道の途中に、コバルト色のオオイヌフグリが急に増えてきたような気がして、気分的にも明るさを感じてはいる。

しかし、この春景色も、いつ何時寒さがぶり返してくるかわからないのであけっぴろげに喜んでコートをたたんでしまうわけにはいかない。

とはいえ、草木の新芽が萌え出し花咲き乱れる春は待ち遠しい。

いまのところ、例年に比べると、花に限らず野菜なども寒さ負けしているのか、少し遅いのが気にかかるのだが、、、、。

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アベノミクスとやらの効果で、最近は円安が急速に進み、株価も毎週のように上がっていくらしく、新聞は、自動車など輸出関連企業の収益を上方修正していることを報じている。

これらの影響が、一般に及ぶのはいつのことになるかは分からないが、経団連の懐は固いようだし、輸入関連の値上がりは早速ガソリンに影響しているようで、リッター単価154円ほどになり、早くも4%の値上がりになっったほか、灯油も18リッター1800円越えなど、、、さらに、円安が進めばどこまで上がるのやら、と心配になる。

どうやら、物価2%の目標は、均等に上がるのではなく生活必需品である小麦粉や灯油を初めとする石油製品の値上げに特化しそうである。

暖かい春を前にして、昨日も連れ合いが「一万円札を崩すと、どこに使ったか分からないのに、あっという間に消えていく」というい。

政府は、デフレスパイラルで物価は上がらないと言うが、少しの金でやりくりをしたことのない人の言うことで、生活必需品の物価は確実に上がるか、同じ値段でも量目が減っている。

次の参院選まで、鎧の上に衣をまとった政治に、騙されまいぞ!、、、騙されまいぞ。

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2013年2月 6日 (水)

だれかさんとだれかさんが

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誰かさんと誰かさんが藪の中

しっぽり濡れてる いいじゃないか

朝からの雨は、いつまでたってもやまない。

いつものように、軒先の林檎を食べたメジロも行くところが無いようで、バンマツリの木の茂みに入って濡れたお互いの毛を交互につくろっていた。

メジロは、この時期からペアを作り、二羽揃って来ることが多いが、この毛づくろいは親密度を高めるためのものであろう。

冬でも葉を落とさない木の茂みは、難敵のヒヨドリも入ってこれないようで、リラックスした感じでいちゃついている。

窓を開けて、フラッシュを焚いて写してみるが、一向に気にしていない様子で居座っていた。

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2013年2月 5日 (火)

五里霧中

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藁科川上流の湯の島温泉。

ジャグジーも露天もない日帰り温泉だけど、湯のぬるぬる感が好きなのと、休憩室から見た奥藁科川の景色や瀬音がよくて何度も出かけている。

昨夜来の雨が残って、山襞から湧き出る霧が山全体を薄ぼんやりと浮かび上がらせているのも、また、風情がある。

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「五里霧中」と言う言葉の語源は、後漢書に書かれているところによると、張楷という道術もっぱらにする人が宮仕えを嫌って山に籠もり、人が訪ねてくると、五里の間霧を立ち込めさせて身を隠したことに寄るそうだ。

このところ、中国の都市部がスモッグにより、視界が100mに満たないような状態になっていると報道され、それこそ五里霧中どころでなく、百里も千里も薄ぼんやりした状態になっている。

原因は、工場の排煙や自動車の排気ガス、それと暖房用の燃料であり、いろいろ有害な化学物質を含んだ微粒子で出来ているそうだ。

そこには、経済優先で突っ走った結果公害を発生させた過去の日本同様に、産業のブレーキが掛けられない事情が垣間見取れる。

さすがに、水なども含めて汚染に鈍感な中国政府も外出をしないよう警告を出しているというが、ひょっとすると、この霧の中に隠して、巨悪を見つけられないようにしているのかもしれない。

自然の水蒸気で作られる霧ならば、人体に無害ではあろうが、化学物質で汚染された黒い霧は人間が決めた国境を無視して黄砂とともに日本になだれ込んでくるのも間近いことだろう。

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2013年2月 4日 (月)

春の香りを詰め込んで

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”袖ひちて むすびし水の こぼるるを

      春たつけふの 風やとくらむ”

学校で丸暗記させられた古歌は、紀貫之のものだった。

凍りついた衣服を”むすびし水”とはうまいことを言ったものだと、当時は感心して聞いた。

その氷も立春の温かい風が解く、と歌ったものだときいた。

しかし、当時は、二月の初めは一年で一番寒い時期であり、標高800m、飛騨と越中の国ざかいの鉱山社宅街は大雪で外出もままならず、夏休みを短くした分を冬休みと称して学校が休校になる時期だった。

それこそ、”春は名のみの風の寒さや、、、”が適切な表現だと感じていた。

それから、半世紀の余。 暖国静岡に住んだのと、地球温暖化とやらは、歌のとおりの世界を実現しだしたようで、フキノトウがみずみずしい芽吹きを始めている。

この柔らかそうなフキノトウの根元にナイフを入れて摘み取れば、その切り口から馥郁とした春の香りが凝縮されて、鼻の奥を刺激する。

さっそく、家に持ち帰り細かく刻んで味噌汚しをつくれば、酒のお供に絶好の苦味を伴って口に広がる。

食べ物に限らず季節感の無くなった昨今ではあるが、近所の山から持ち帰った本物の初物は、寿命を七十五日伸ばすだけの効力がありそうに思えた。

            良薬は口に苦し   とか

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2013年2月 3日 (日)

予想はしてたけれど

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天気が良くて温かく、日曜日の節分と来れば人出が多くなるのは予想がついていた。

それなのに、別府大分マラソンを見ていたため、時間を少し遅れてしまい、むかった臨済寺は人でいっぱいになっていた。

本堂は勿論濡れ縁にまで坐る余地が無いほど混んでいた。

どうも例年の倍くらいの人であったのではないだろうか。

中に入るのをあきらめて外に立っていたが、法事が始まっても中の様子がうかがい知れぬうえ、三方を山に囲まれた境内も日が翳ってきたので、まだ豆まきが行われないうちに引き返すことにした。

家に帰ってから、ふるさとのお寺から送られてきていた、お札を玄関に張り、いつもどおり小さな声で「福は内」と言いながら各部屋に袋入りの豆をそっと置いてまわる。

「今年は無事に過ごせますように」と願いをこめて

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2013年2月 2日 (土)

夕空晴れて

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雨降りなのに朝から気温は妙に温かく、10℃ほどもあった。

そして、昼前に雲が切れ始めると、ぐんぐんと上がりだし午後になると22℃を指している。

一気に初夏の気温になり身体が驚くと思ったので、散歩は日が沈みかける頃まで待った。

まさに、”夕空晴れて春風ぞ吹く”と言った感じの夕景色であり、麻機沼を一周して帰れば下着が汗で重くなっていた。

立春を明日に控えて、小手調べにしては気の早いお天道様。

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2013年2月 1日 (金)

はかなげに寒桜咲く

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久しぶりに駿府公園に立ち寄ってきた。

去年は、大道芸が最後だから三ヶ月くらいたっていることになる。

今日、この公園に立ち寄ったのは、いつも早咲きの寒桜が咲く場所があり、例年に比べて梅の開花が遅れているところから、この桜はどうかいな?と言う気持ちがあったためである。

行って見ると咲いてはいたが、いつも二本咲いているのだが、今年は一本が枯れてしまったようで、咲いている桜も花の数が少ない上、先日来の霜にやられて白くなった花びらもあって、なんだかはかなげに見えてしまった。

少し離れた場所にある、これも早咲きの桜、大室桜があるのだが、こちらは蕾が少し膨らむと言う程度、、、、

まだ、春には少し間があるようだ。

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若い頃から怪我以外の病気には縁が無く、健康保険組合から「何年以上健康保険を使わなかった」という表彰状をもらったものだったが、よる年波からか、昨年は費用負担が一割にもかかわらず、2万円近くかかり、連れ合いの分と併せると、14~5万円にもなってしまった。

そのため、医療費控除の申請用紙を受け取りに税務署まで歩いて向かった。

行きは、約四十分で六千歩ちかく、帰りは駿府公園を廻って七千歩余で合計一万四千歩程の散歩になってしまった。

さすがに最後になって歩き疲れ出てきて、太ももが張るのを感じてしまった。

なんだか、”行きはよいよい帰りは怖い”を地で言った感じだが、すると、税務署は天神様みたいなものなのだろうか。

今月中にもう一度、申告書を持って出かけなきゃならないのだが、、、、、

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