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2013年3月31日 (日)

スポットライトを浴びて

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谷間の襞のようにくぼんだ場所に咲くミツバツツジ。

花の位置に当たるところだけに日が当たってスポットライトを浴びたように浮かび上がっている。

この花も春に先駆けて、山中に明るい紅紫の花を点々と咲かせて山を登る。

そのさまは、未踏峰の山を一番乗りすべく競って登る登山者にも似ているような雰囲気をかもしている。

ミツバツツジ、その名前のとおり、三つ葉の葉っぱが枝の先端から吹き出て来ることから付けられた名前だが、根付きやすいためか、園芸品種になるほど種類も出てきている。

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2013年3月30日 (土)

かすみか雲か

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この季節、日本中が桜さくらで沸き立っている。

その時流の乗り遅れまいと、大井川筋のさくらを見て歩いた。

家をでて、国道362号を藁科川沿いに遡り、富士見峠から千頭に下る。

その道筋には、昨日安倍川沿いの道路でも見た赤紫の山桜と道路際に咲くソメイヨシノの白っぽい花。そして、山吹の花などを交互に見ながら登る。

峠付近でいったん消えた桜や若芽の新緑も、大井川沿いの千頭に下れば、桜のほかに桃なども咲いており、一気に華やかになる。

入れ替わり立ち代わり現れる桜が観衆だとすると、こちらは千両役者といったところか、自動車の両サイドのガラスを下げて、観客に会釈を返しながら徳山の集落に入る。

ここの、高校脇にある枝垂桜が今日の主目的であった。

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022_2薄いピンクの八重桜が道の両側に200mほど植えられており、丁度いまが満開。

桜並木の中に入って空を見上げると、折からの花曇りもあって、花と霞の境界線がはっきりせず、空までもが薄桃色に見えてしまいそうな錯覚さえしてしまった。

そして、ここは、まだあまり人に知られていないようで、行き交う人も少なく、人ごみ嫌いな自分にはもってこいの場所である。

そして、そばの立て看板には、来週の日曜日が桜祭りだと書いてあったが、多分それだ経遅すぎるのではなかろうか。と思わせる花の開きようであった。

駐車場の傍にわずかではあるが、屋台も出ていて焼肉が香ばしい匂いをあたりに振りまいている。

「花より団子」ではないが、それぞれに一串買ってかぶりつきながら散策に入る。塩加減も上々

013枝垂桜並木を過ぎて、谷沿いのソメイヨシノを長めに入れば、こちらは満開を過ぎて落花が始まっており、そよ風程度の風が吹くと見るや、花びらが風に舞って谷をさかのぼるようにして吹き上がっていくのも幻想的で良かった。

約二時間、この集落のあちこちにある桜と100円コロッケなどを楽しみ、今度は川沿いに降っていく。

途中、二度の蒸気機関車を汽笛とともに眺めたが、急勾配のレールを電車の後押しを受けながら登る姿は、おもわず「よっ ご同輩」と声を掛けたくなるような雰囲気である。

ただ、この列車が通る桜トンネルあたりは、人だかりで大変だろうと迂回した。

しかし、桜の花は川沿いを下る道筋のどこかにいつも見えており、途切れることはなく、今年中の桜を見てしまったような一日であった。

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2013年3月29日 (金)

桜前線 山に登る

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蓮根出荷のため安倍川をさかのぼる。

023五日前にもこの道を走ったのだが柳の緑も一段と濃くなったほか、両岸に咲く山桜が杉や檜の濃い緑の中を白や薄桃色のアクセントをつけていた。

いよいよ、桜前線が山を登り始めたのだ。

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安倍内閣が発足して三ヶ月になる。

その間、口先だけで何もしていないうちから、株価は上がり、円安が続いた。

そのことに好感したのか、支持率が71%と近来にない高い数字を示していると、報道機関は報告する。

もしそうだとすると、前政権がよほど悪かった反動なのか、ただムードにつられての数字なのだろうか。何だか”衆寓”を地でいっているようにしか見えない。

そして、四月からは小麦や食用油をはじめ、電気、ガス、トイレットペーパーなど生活必需品が値上がりすると言う。

その理由として言われるのは円安だというが、なんだか便乗値上げにしか取れないのは、円高のときにどれだけこれらのものが安くなったのか、実感がなかったせいである。

例のアベノミクスによると、物価を2%上げてインフレを誘導すれば、企業が儲かって、従業員の給料が増えたり、従業員が増え、失業率が低くなる。

すると、購買欲が高められて日本が元気になる。と、言うシナリオであり、御用経済学者を使って宣伝し、日銀総裁を自分の意のままになる人物を選んで市場に札束を撒き散らそうとしている。

しかし、今日の新聞によると、消費者物価は前年同月比0.3%の下落であり、失業率も悪化しているとのこと。

結局アベノミクスで潤ったのは、株を取引している者だけだったと言う結果しかの残らなかったと言うことであり、一般大衆は生活がさらに窮屈になるだけである。

こんな情勢の中で、購買欲が上がるのは、一部の人だけであり、生活の格差はさらに拡大していくに違いない。

くどいようだが、眉に唾つけてアベノミクスとはどんなものか確かめて、世間の風潮に流されないようにしなければと思っている。

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2013年3月28日 (木)

アホ ボケ カス

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ボケの花が色鮮やかに咲いている。

001我が家のものは、八重の花びらを持っているので開ききっているのだが、雄しべも雌しべも見ることが出来ない。そのためかこの木に実がついたことはない。(花本来の役目を放棄している?)

昨夜来の小雨を、花びらにまといつかせ、「水もしたたるいい女」を演じているようで、

ボケとは、漢字で木瓜と書くのだが、その由来はこの実が瓜に似ているためだそうで、決して惚けているからではない。

しかし、検索してみたところ木瓜を愛する団体があり、その名も「日本ボケ協会」と言うそうだが、この協会の人の名刺をもらったら、      フッフッフ!

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昨日の新聞によると、焼津市の社会福祉協議会の事務職員が四千万円余を着服し、解雇されたと報じてられていた。

同じような問題は、おととしの年明け早々静岡市でもあり、このときは二億6千万余であった。

この話を聞いて、社会福祉協議会ってなんだろうと思っている。

社会福祉協議会は、善意の寄付のほか、共同募金や赤い羽根共同募金で集めた金の半分ほどが入ってくるそうだが、そこに勤めている人にとっては、何もしなくても入ってくる泡銭といった感覚なのだろうか。

そして、生活に困っている人たちに配分する際は、もったいをつけて、、、、、、

とにかく、静岡市の場合、そのときの理事長だった河合代悟氏はまるでよそ事みたいに口先だけの謝罪と退任と言うことで逃げてしまった、と言う印象が強かった。

日本て、いいところだね。退任すれば、後の追及もなく全てがちゃらなんだから。

そして、焼津市の場合、懲戒免職にしたものの刑事訴訟をするかどうかはまだ未定だと言う。

この期に及んで、まだ自分のところの職員をかばおうと言う魂胆が見え透いている。

コンビニ弁当を盗んだだけで、逮捕され服役している人もいる中で、あまりにも世間の常識からずれているのではないだろうか。

この際、監督も出来ず責任も取れない社会福祉協議会の理事に言っておく「アホ、ボケ、カス、.」と

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2013年3月27日 (水)

しずこころなく

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ひさかたの 光のどけき 春の日に

       しず心なく 花の散りなむ

古今集でとりあげられ、百人一首にも名高い紀友則の歌である。

太陽は出ていなかったが、けだるささえ感じられる穏かな午後のひととき、桜の花がちらりほらりと落花し、水の少ない下の水路を流れていく。

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落花は、静かに始まっているが、落ちた花びらは一枚一枚では寂しいのか、次に落ちてくるのを待って花いかだを組みにかかり、ある程度まとまってから一斉に水路の中央に出て流れに身を任す。

今年は、例年になく早く開いた桜の花も散り時を知ってか風に吹かれるまでもなく、幕引きを図っているかのようだ。

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昨日のニュースを見ていて日ごろから気になっていた宗教法人の課税免除をどうにかならないのかと思ってしまった。

というのは、競売に掛けられた朝鮮総連の建物を46億円あまりで落札した、最福寺の住職。

このお金はどのようにして作り、持っていたのだろうかと、、、、、

かなりお金持ちの信者がいたとしても、全国組織でない以上、数は限られているのではないだろうか。

そして、買い上げた建物を引き続き朝鮮総連に貸し出す意向だとも書いてあったが、そのときの家賃は採算の合う家賃なのだろうか。

どうも格安になるみたいだが、その場合、宗教活動の一環として処理されるとしたら、、、、、、、、

宗教とお金。いつも闇の中で見え隠れする胡散臭い問題であるが、公明党が国会で議席を持っている以上、この問題が論議されることは望み薄となり、ますます、不信感はつのるばかりである。

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2013年3月25日 (月)

隙間に根を下ろして

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去年、いやもっと前かもしれないが、道路わきのコンクリートの隙間に落ちた一粒の種。

さいわい、人や自動車に踏みにじられることもなかったようで、春早々に花を咲かせている。

まさに「一粒の種 もし死なずば、、、」といったところ、植物には足がないので、種の落ちた場所が生き死にを決める。

行きた以上その場所で花を咲かせるしかない。そこには好き嫌いを言っている余裕はないのだ。

ここしばらく、日本人が裕福になってから、学生たちは自分に合った仕事につきたいなどと言って、気に入らなければ簡単に職を放棄する。

なかには、学校は卒業したけれど、、、、就職待機~親のすねかじり(ニート)~引きこもりに移っていくそうだ。

たしかに、仕事をしなくても親が面倒を見てくれれば、こんな楽なことはないし、仕事をする気がなくなることは自明の理である。

「石の上にも三年」どんな嫌な仕事でも続けていればやりがいが出てくるものであり、楽しみになる。

好きなことを仕事にするより、好きでもないことを仕事にし、息抜きや逃げ場所に好きなことを取っておいたほうが、よっぽどましな人生になると思うのだが、、、、

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ついに広島高裁が、昨年行なわれた衆議院議員を無効だという判決を下した。

自分たちの首を絞める、一票の格差を是正することが出来なかった議員たちに痺れを切らしたためである。

われわれが、裁判所の判決に違反した行動をとれば、直ちに逮捕収監されるのに、国会議員がそれを破っても不問してきたことが変だったのである。

そして、先の最高裁判決では各県に一議席を割り振ることが、格差を広げる原因になったとしてしていたが、このことには目もくれないで、0増5減でお茶を濁そうとしている。

いずれ近いうちに格差は二倍を越えてしまうこと確実なのに、、、

結局彼らには、党利党略しか頭になく、選挙制度を任せることは出来ないことはたしかであろう。

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2013年3月24日 (日)

寂しさつのる



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一昨日長野から帰り、昨日は蓮根掘り、そして、今日は愛知県安城市を往復したが、さすがに帰ってきてから疲れが出た。

安城市は、従兄の一周忌であり、一年ぶりの再会であったが、その間にまたしても一人亡くなっており、寂しさがつのる。

一方で、参列者の中には、赤ん坊のとき見ただけの女性が、もう50代になっているくらいなので、顔見知りの人が少なくなり世代交代がどんどんと進んでいくのが肌身で感じられる。

これは、ここだけの話ではないのだが、、、、、

004_2法事が行なわれたお寺は、安城市の大池公園のふちにあり、穏かな日差しの下、水面に写った景色は、なんだか話に聞く浄土を思わせる。

ここも咲き始めたさくらと、落花盛んの椿の花が季節の移ろいを演出している。

法事後のお斎では、孤立しがちな自分に気を使ってか、喪主が隣に座りいろいろと話しの接待をしてくれる。

で、結局は生まれ故郷の話が中心になってしまい、ほかの人への配慮足りなかったことを反省しながら、東名を帰ってきた。

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2013年3月22日 (金)

結いの先に蓼科山

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昨日に引き続き東御市八重原の朝は快晴だった。

まだ空に星の残る五時に目覚めると、部屋の窓からは真っ黒な浅間山とその下に広がる電灯の明かりが着物裾模様のように広がっている。

その浅間山の右手、碓氷峠付近と見られる鞍部は早くも暗い紫色に染まり、太陽はここから昇るということを暗示していた。

外に出てみると、一面の霜が草に降り、自動車のフロントグラスを覆っており、早々に宿に引き返して朝風呂に入ることに予定を変更した。

露天風呂からは、眼下の八重原集落をながめ、立ち昇る朝日を見るつもりだったが、これも長風呂でガ我慢しきれず部屋に戻り、、、、、結局は朝日が昇ってから外に出る。

宿の土手を登れば、明治末期に作られたと言う農業用灌漑池”明神池”があり、その土手に当たるところに地元出身の芸術家が設計したと言う”結いの高欄道”という変わった名の欄干があり、部屋からは見えなかった蓼科山がその向こうに見えた。

想像するに、結いの高欄道の意味は、水の少ないこの地方で米を増産するため、集落の結束機構、結いを使ってみんなが協力したことを意味し、「紐を結ぶ」で表現したのではないかと思う。

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坪庭のピークから

昨日のうちにするべき用事は済ませておいたので、今日は帰るだけの状態だったので、支度は充分ではないものの”ピラタス蓼科のロープウェイ”に乗ってみようと言うことになった。

シーズンオフと月曜日、と言うこともあってか、ロープウェイに乗る人はまばら、それでも、二十分間隔で運行していたので、すぐに乗ることが出来た。

山頂駅の標高は2,200m余でここはまだ冬の世界だった。

外に出ると、さすがに風も冷たく、雪もしっかりと落ち着いており、どこにでも歩ける状態だったが、靴のほうが山歩きと言うわけでないので、坪庭と言われるあたりを少し歩いて帰る。

帰りのゴンドラで聞いたのだが、少し前は黄砂で空が曇っていたそうだが、今日の雲ひとつない空は、スカイブルーを通り越してマリンブルーといった感じの暗くさえ感じてしまう空であった。

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2013年3月21日 (木)

くっきりすっきりと

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八ヶ岳高原大橋から南アルプスを望む、澄み切った青空の下、くっきりすっきりと


年に六~十回くらいは長野県に行っている自分たちだが、冬季はなるべく行かないようにしている。

したがって、今回連れ合いの墓参りを兼ねた兄弟会が今年初めての長野行きになる。

何時雪が降るかもしれないので、スタッドレスタイヤを外さないで来たほうがいいよとのこだったので、重低音を響かせながら、中央道は長坂インターまで走らせ、それから清里に向かって登りだしたが、空にはほとんど雲もない青空広がっており、八ヶ岳や南アルプスの山々がその青空に縁取りしたかのようにくっきりと浮かび上がっている。

しかし、八ヶ岳高原大橋の袂で車を止めれば、暖かい静岡と違って、標高1100mの深い谷を望む展望台は、肌を突き刺すような冷たい風が吹きつけている。

山梨と長野の国ざかい。野辺山では気温がマイナス5℃にまで下がってきた。

水があれば、確実に凍っているに違いないと思うと、野辺山からの降りはいきおい慎重に運転せざるをえない。

それでも、朝五時半に静岡を出ると、交通状態も良いようで、峠を下りきるまでの所要時間は三時間と少ししかかかっておらず、普段より一時間も早い新記録で通過する。

それから先は、いつも以上の交通量でペースは落ちた、、、、、。

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正午から、始まった兄弟会もすみ、持参した蓮根もあちこちに配り終えたところで、宿に戻ってきて、日帰り温泉もやっている浴槽に沈んだが、入る前に身体をかけ湯で丁寧に洗って入ったのが良かったと、年配の老人が声を掛けてきた。

聞けば、その周りの人たちも地元の人とかで、「どこから来た?」かで始まる身元調査から始まったが、、、、男風呂で、見知らぬ人と話をするのは久しぶりのことだった。

気候の話から、桜の開花情況に話が及び、畑の話になったので、「もう一ヶ月くらい後に、じゃが芋の植えに来る」と言ったところ、長野では「じゃが芋の種をまく」と言うんだという。

そこで、自分は「種をまくと言うのは、野菜などの細かい種をこんな風にして撒くのをいい、稲やじゃが芋のように手で場所を決めて置き、土をかぶせるのを植える」って言うのではと言った。

ところ変われば、言葉も変わる。こんな他愛もないことで、風呂の縁に腰掛けておよそ一時間近く話の花を咲かせていたが、終いには身体が冷えて、、、、、

最後の長風呂に浸かったあと、一斉温泉からあがり着替え解散した。

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2013年3月20日 (水)

「法 法華経!」 と叱られた

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駿府公園の石畳にキランソウが咲いていた、

濃い青紫の小さな花は、その葉っぱとともに地面を這うようにして広がっている。

この花の別名を、「地獄の釜の蓋」と言うのだが、そんな話しを聞くと、そっと剥がしてみたい衝動に駆られる。

いわゆる、怖いもの見たさといったところか、、、で、結局のところ、根が深いようでむしれるだけでその下にはなんにもない。

こういう怖い話がある一方で、キランソウは漢字で書くと金襴草と書くそうで、この言葉からはきらきらした高価な織物にみたてている。

また、別の説では、キ”は紫を意味し、”ラン”は濃い青を意味するという古語もあるというから、こちらは花の色を言っているだけになる。

いずれにしろ、キランソウは、地面に張って花の時期以外には雑草としてしか目に付かない草である。

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011昨日、家の一位の木の中にメジロより一回り大きく尻尾の長い鳥が来ていたので、ジョウビタキでもないしなんだろうと不思議に思っていたが、今朝になって「ホーホケキョ」と啼き出した。

この声は紛れもないウグイスの初音である。

いままで、この鳥が家の庭に来たのは知らない。

正体を探るため、カメラを構えて狙っては見るが、藪の中をあちこちと渡り歩きながら、結構上手に啼くところを見ると、他所で練習をしてきたものらしい。

何枚も写してみたが、結局は、手前の木の葉っぱに焦点が合ってしまい、まともなものは一枚もない状態である。

きょうは、彼岸の中日である。ひょっとして墓参りにも来ない息子を叱るため、両親が「法 法華経」と叱りに来たのだろうか。

こんな叱りなら、どれだけでも受けるが、少しは、姿を見せて欲しいものである。

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2013年3月19日 (火)

じいじん家のさくらんぼ

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桜に少し先駆けて庭のユスラウメが満開になった。

034昨夜の強い嵐に花びらを散らすと思っていたが、咲いたばかりだったため、花びらを散らすことなく朝を迎えており、ほっとした。

この木は、孫たちから「じいじん家のさくらんぼ」として、長年親しまれてきたのは、六月になると真っ赤な実を付けるためであり、色づき始めた頃からまだかまだかと催促されてきたきである。

ユスラウメ、漢字で書くと”梅桃”と書き、さくらんぼの”桜桃”とは少し違うが、高さ二メートルにも満たない低木のうえ、誰にも邪魔されず取り放題に実を摘めるのが嬉しかったらしい。

しかし「じいじん家のさくらんぼ」一番下の孫が中学生になってからは誰も摘むものがなくなり、昨年あたりから、じいじしか摘むものがいなくなった。

ことしも、雪をかぶったように花咲かせているが、ユスラウメには勤めが終わったことは知らない。

といって、こんなに懸命に咲いているのを排除するには忍びなく、今後は「じいじのさくらんぼ」となり、じいじとともに余生を過ごしていくことになる。

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2013年3月18日 (月)

雨降る前にと

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昨日のこと、「城北公園の池のそばの枝垂桜が咲いていて、花見をしているからおいでよ」と言う電話があったが、あいにくとそのときは蓮根掘りの真っ最中、、、、

「とてもいまから行けないよ」とことわった。

しかし、今日の天気予報は午後から雨風を伴った強い風が吹くと言う予想が出ていたうえ、西から北の空にかけて雨が降りそうな灰色の低い雲がかかっており、一部では霧状の雲が山の中腹にまで下がっていたので、雨の降る前にと出かけてみた。

016行ってみれば話しのとおりいまが満開の枝垂桜が後の樅の木の緑を背景に、大きく翼を広げて池に姿を映している。

この木も植木職人が手入れをしていることと思うが、枝ぶりに一種の風格が出てきている。

どんな木もそうであろうが、風格が出来て見栄えがするまでは何十年という歴史が必要であり、人間も人生経験から風格が出来たり惨めにしょぼくれたり、、、

もっとも、人間の場合外観だけで中身の伴わない人が結構いるので外観だけでは判断しかねるが

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ともあれ、よく晴れた真っ青な空も良いが、花曇りの空にも映える。ただ、風も少し出てきたようで明鏡とはいえないが、これもそう思ってみればまた一興。

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2013年3月17日 (日)

仏の座にすがって

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てふてふ てふてふ 菜の花に止まれ

菜の花に厭いたら 桜に止まれ

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菜の花も咲き乱れ、桜の花も開花を迎えているのに「今年はどういうわけか、モンシロチョウにはなかなか会えないな」と思っていたら、ナミアゲハが先に見つかった。

それも、地面すれすれに咲くホトケノザに縋っているのを、、、、、少し離れているが、近くには菜の花が咲いているのに

ホトケノザの花に掴まっている情況から、蜜を吸っているのか、はたまた、今朝方さなぎから脱皮して間もないため、羽根を乾かしているのか、よく分からない。

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今日は彼岸の入り。

いまでこそ、「暑さ寒さも彼岸まで」などと暦の上での季節を表示する区切りになっているが、本来は、俗世間の煩悩を全て振り捨てて、この世は「無」であることを悟った永遠の世界をいう。

言うは安く行うのは難しいこの悟り、はたして、仏教界の高僧といえどもこの世界に到達している人はないといっても良いのではなかろうか。

しかし、青虫から蛹になり、脱皮して蝶になった昆虫には、ただ、蜜を吸って子孫を残すことしか念頭にないとすれば、ひょっとして、修行して高い地位を目指して来た坊さんより、悟りの境地に達しているのかもしれない。

と、思ったら、おかしくなってしまった。

        摩訶 般若波羅蜜多

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2013年3月16日 (土)

あるじ無しとて

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麻機の荒地に咲く赤とピンクの桃の花、足元をに自信がないのか菜の花で隠していた。

この地は、耕作放棄地。菅原道真の歌ではないが「東風吹かば、、、、、あるじ無しとて 春なわすれそ」

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寒い寒いと言う声ばかりが聞こえ、今年の春は遅いのかと思っていたら、南の方からソメイヨシノの開花宣言が聞こえ、今日は東京の桜まで到達したそうだ。

この開花情報は、例年に比べてかなり早いようで、所によっては統計を取りはじめたなかで一番早かったと言うところもあったそうだ。

しかし、例年なら本州では先頭を切って開花宣言を出す静岡は今日の時点ではまだのようだが、これだけ気温が高ければ明日にでも出されるのではないだろうか。

なにしろ、駿府公園にある標準木とやらが開花しないと宣言を出せないとのこと、ほかの木がちらりほらりと咲いても駄目なのだそうだ。

かわりに、昨日から始まった市議会議員の選挙カーが右往左往をして街中を賑わしている。

「○○をどうかよろしくお願いします」だけの選挙カーは、○○がどんな人間か分からないが、ウグイス嬢の競演は24日まで続く。

そういえば、山のウグイスも啼き出したけれど、まだ上手に歌えていなかった、と、山の畑のご同輩はいう、、、、、、、

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2013年3月14日 (木)

あま~い~

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は~るの小川は さらさら流る

037雨上がりの麻機沼、芥子菜の花が黄色い絨毯をその川岸に敷きつめ、柳の先端を薄みどりに彩っている。

この前、ここに来たのはいつだったか。 そんなに経っていないはずなんだが、冬枯れの芦の茶色一色から一気に春を復活させたような感じがする。

今日の気温は、真夜中が最高で、以後時間がたつにつれてだんだん下がりに低くなっていくと言う変則気温であったそうな。

原因は、大陸からの冷たい高気圧の進出だと言うが、春の勢いはそんなことでは止められない状態になっているようだ。

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今日はバレンタインのお返しをするホワイトデーである。

バレンタインデーから遅れること二日、連れ合いから義理チョコをひとつもらったので、お返しにとスーパーでモンブランを購入。

持って帰ったところ「日ごろから甘いものは好きじゃないの知ってるでしょ」とのこと、、、、、

それでも「二つあるから、食べようよ」と誘えば、「いらない!」とそっけない。

かくいう自分も甘いものは果物を別として好きではない。しかし、もったいない。そこで、男ありてモンブランをもてあましながら食べる。

乳白色の天辺にスプーンを挿しながら思ったこと、

男は何時までたっても女性の気持ちやお好みを察することが出来ない、そして  

 あま~い~

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2013年3月13日 (水)

花の命は短くて

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午前中の青空に誘われて登った池ヶ谷の山。

下から見ても白く見える白木蓮の花がまっさかり

背景に、白く冠雪した富士山を控えて、春の日をこれでもかと浴びている。

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007午後になって、うす雲が空を覆い、夕方から雨風がきつくなって庭の木々も激しく揺れている。

木蓮の仲間の花は、傷み易い。

傷ついたところから茶色く変色し、見る影もなくなる。

多分明日は、見ないほうが良いだろう。

花の命は短くて、、、、、、、

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2013年3月11日 (月)

大根の花

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大根の花、少し紫の色を含んで四枚の花弁を開くだけ開いて春を楽しむ。

大根は、もともと日本にあった植物ではないそうだ。なんでも弥生時代になってからのことだと言うが、その当時では世界の果て、、唐天竺より遠い地中海から時を経てやってきたと言うが、シルクロード並みの交易はそんなに古くからあったことになる。

春の七草にもスズシロとして登場するが、その癖のない味は、単独はもちろん、なんにでも染まり、合うことから料理の仕方は数知れず、中でもおでんの具としては最も人気があるといっても過言ではない。

そんなところが受けたのか、”大根の花”といえば庶民的という意味でか、流行歌やテレビドラマの題名はもちろん、この名前で暖簾をかける店をいくつかある。

しかし、この花が咲き出すと、肝心の大根には簾が入って、食べられなくなる。

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.書くまいと思っていたことけれど、今日は東北大地震が起きてから二年になる。

巨大な津波が、10mもある堤防をいとも簡単に乗り越えて、建物を飲み込み、畑を飲み込んで行く映像をただじっと見つめていたのを思い出す。

実際には、その津波に飲み込まれて多数の死者や行方不明になった人が、でていたのだが、自然の力の前には人間の無力さが示される画像であった。

そのご、福島の東京電力原子力発電所の事故が判明するのだが、「想定外」を連発し自己責任を回避する姿勢ばかりがいまだに続いて、復興は遅々として進まないと被災者は言う。

千人いれば千通りの、百万人いれば百万通りの思いがあるのだが、昨日今日とその放送を延々と続けている。

この思いが、どれだけ慰めることが出来るのか、ともすると親切顔で便乗し、復興資金を掠め取ろうとする輩がお役所やゼネコンをはじめ多数いる。

また、原発の廃炉に向けて膨大な費用と年数がかかるのに、この費用を無視して原発の電力料金は安いとのたまう電力会社、経団連や似非科学者がいて、てんやわんやのうちにうやむやにしようとする政府自民党がいて目を離せないでいる。

この先、日本はどこに進もうとしているのかまだ混沌と霧の中。

おりしも今日も空にも靄がかかっていた。

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2013年3月10日 (日)

花に引導の風

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朝から強い風が吹きさらし、先月来花開いていた梅に引導を渡すかのような、花吹雪をあちこちで演出していた。

「明日ありと思う心のあだ桜 夜半の嵐の吹かぬものかは」ではないが、その散り際のよさは例年になくお見事と言っても良いだろう。

そして、それに付き合うかのように、カラミザクラの花は遅く咲いたのに、日本人の期待に沿うかのようにパッと咲いてパッと散るを実践していた。

カラミザクラ、からんでいるからとか、辛味があるからでなく、漢字で書けば唐実桜となり、さくらんぼの仲間だが、日本原産ではない。

長い雌しべと雄しべが花弁の外に突き出しているのが目立つ桜であり、外国産ながら、桜の心を持っている。

人間で言えば、日本人以上に日本の心を持っている変な外人(?)といったところか。

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2013年3月 9日 (土)

メジロの空き巣

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池ヶ谷の山際にメジロの空き巣がひとつ。

巣の直径は、8センチ程度の円形で御椀型をしている。

木の葉が落ちて、人目につくようになったものだが、ここの雛は順調に巣立ったのだろうか、葉が落ちればあまりにも人は勿論、ほかの動物にも眼が届きそうな高さと場所にあった。

メジロは、時として同じ巣を再利用することがあるとされているので、樹が緑に覆われた時に再度来て見たい誘惑の駆られる場所である。

ともあれ、これだけの巣を本能だけで作ると言うのは子育てを含めてすごいことであり、人間の場合家を建てるのは勿論、子育てやしつけが出来ない親が増えているのを見ると、ずいぶんと退化しているとおもう。

結局は、どの生物もたどる栄枯盛衰のなかで、人間は滅びの第一歩を踏み出しているのではないだろうか。

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005今日も、「春めく」と言う言葉を通り越して、夏日と言われる25度近くまで気温が上がってしまった。

この暖かさで、植物の芽も急速に伸びだして、田んぼの縁には蓮華も咲き出し、二月に植えつけたじゃが芋も目を吹きだして地表に顔を出していた。

まだまだ寒い日もあるだろうに、、、、、、明日にでもシートをかぶせに行かなければなるまい。

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2013年3月 8日 (金)

春はあけぼの

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「春はあけぼの やうやう白くなりゆく山際 少しあかりて、、、、、」

とは、かの有名な枕草子の出だしであり、暗記させられて、いまだに覚えている一節である。

ここしばらく、20度を越える気温と強めの風が日中吹いて、大陸から黄砂飛んできているようで日差しはあるが、空は薄雲がかかり、まるで鍋蓋で頭を押さえつけているかのような日中になった。

これが、春霞なら風情があるのだが、またしても新語の粉塵が混じった砂埃だと報道されると、一部敏感な人々がパニックを起こしている様子、、、、、

それでも、夜明け前はいくらか穏かな春景色となり、千年前に清少納言が見た景色を再現しようとしている。

そして、月は花の枝に引っかからないように西のかたにいそぎ、急速に光を失っていく 。

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2013年3月 5日 (火)

この子の七十のお祝いに

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今回、静岡県にきてから行ったことのない福井県にまで行く動機になったのは、この冬のレンコン掘りで少しばかりではあるが収入があったのは、昨日書いたとおりであるが、もうひとつには連れ合いが今年”古希”を迎えるのでそのお祝いも兼ねてのことであり、弟夫婦もそれに乗ってくれたと言うのが実情である。

そして、前々からテレビ等で雪の永平寺と東尋坊を見たいといっていたので、今回の旅行先に選んだもので、自分も、弟夫婦もこれまで何回かこの地に足を運んだことがあり、連れ合いだけが今回初見参ということでもあった。

そのため、今日のルートは永平寺から、越前竹の里、一乗谷の朝倉氏史跡を巡ることになる。

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077飛騨は真宗のお寺の多いところだが、どういうわけか神岡町では曹洞宗のお寺のほうが多い。

地理的関係かとも思われるが、北部に位置する富山県も真宗のお寺が多いと聞くとわからなくなってしまう。

そうしたなかで、我が家が檀家になっているお寺も曹洞宗であり、永平寺の末寺である。

昨夜、宿のある海岸部では小雨が降ったようだったが、福井市をはさんだ反対側の永平寺付近は雪が降ったようで、到着した十時頃には日の光で樹上の雪が溶けて、シャワーのように降りしきっていた。

076普通の雨なら傘でも、、といった降りようであったが、杉の木立越しに見える空は、今日も青く輝いており、樹の間越しに見える露天の仏の立像が神々しく感じられるような雰囲気をかもしていた。

約770年まえ、道元禅師によって開かれた七堂伽藍を巡る。

おもわず

この子の七十のお祝いに お札を納めに参ります   

納めるお札は持ち合わせていなかったが、一昨年C型肝炎の治療も完了し、ようやく体調も元に戻りつつあることを感謝し、手を合わせた。

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越前竹人形と一乗谷

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永平寺から来た道を戻り、少し小高い岡の上に登ったところに越前竹人形館があった。

そのむかし、水上勉の小説、”越前竹人形”で有名になった竹だけを使った人形を製作しているところだが、館内の案内をも見て大昔からあったものではないことを知って驚いた。

なんでも、昭和27年になって、竹の切れ端を使って何かできないかと言うことから始まったようで、小説が38年に書かれたそうだから、、、、、

ともあれ、人形を製作している過程が見られるというので、工房のほうを見せてもらった。

写真の人形はかぐや姫であるが、この髪の毛を鉈で細かく割っていき何千本もの細かい竹ひごを小さな人形の頭の挿すそうで、、その一本一本は髪の毛と同じくらいまで裂いていくと実演つきで説明を受けた。

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その後、南に下って、戦国時代初期に栄華を誇った大名朝倉氏の館があった一乗谷の遺跡を見に行く。

118織田信長によって、焼き尽くされた史跡は、戦後になって発掘、一部復元工事がなされた場所を見学したが、当時の武家や職人の住まいを見て意外と粗末な建物に住んでいたことに気が付いた。

もっとも、この建て方は、戦後まで古い田舎の民家や鉱山の社宅と同じ、屋根に川原石を乗せる”刳れ板葺き”なので懐かしい。と言う感じもあり、本当にこんな建て方だったのかと気にもなった。

そして、中級の武士の家には畳が敷いてあったので、戦国時代には板敷きに円座と言う先入観から案内の人に聞いてみたら「焼け焦げた畳が出土しましたので、、」とのこと

朝倉氏は、応仁の乱を利用して守護大名になった一族らしいが、結局のところ、京都の文化に染められて時の情勢を見誤ったことが滅亡の原因だあり、駿河の今川氏や武田勝頼とよく似た滅び方をしているところに哀れを感じてしまった。

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2013年3月 4日 (月)

レンコン旅行

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黄色いタグをつける
越前蟹


「新婚旅行やフルムーン旅行ってのがあるけれど、今回のはレンコン旅行って言うんだな」といってしまった。

昨年末から掘り始めた蓮根の売り上げを使って今回福井県に行ってきた。

幸い、豊田市にいる弟が、豊田から先の運転をしてくれると言うので勿怪の幸いとばかり、素直に甘えることにし、家を六時半に出発した。

豊田市で車を乗りかえ、敦賀から海岸沿いに東尋坊に行こうということになった。

計画した一週間前の天気予報は「曇りときどき雪か雨」と言う予報だったがこの季節では仕様が無いだろうと思っていたのが、出発時から快晴の天気。

それでも、北陸道に入れば、、、、と、言う予想が敦賀の海を見たときに一変した。

波もなく、穏かな海はコバルトブルーに染まっている。

くねくねと曲がりくねった海岸沿いからの海はまさに春そのものといった感じで続いた。

やがて、越前町にはいると右手の斜面には水仙が白い花を咲かせている。

開花情況としては七分咲きといったところだが、沿道にはバケツに入れた水仙の切花をところどころに並べて売っていた。

008水仙の原種 エジプト時代に珍重されたとか

そして、昼近くに水仙の里公園で駐車し、中を見てみようと駐車場にいれると駐車して居る車が一台もない。

心配をして入り口で聞いてみたら開館中だと言う、おまけに七十歳以上は無料だと言われると、入場料を払う資格のある人は四人中一人だけ、なんだか申し訳ない気持ちで貸切状態の見学になってしまった。

そこで、気分転換をすると、急におなかを満たしたくなって、道路沿いの蟹食堂に入ることにした。

入ってみて驚いたのは、越前蟹の高いこと高いこと、想像はしていたが改めてびっくりし目の玉が飛び出てしまう。

両手足を伸ばしきっても5~60センチほどと思われる蟹が、黄色いタグをつけているだけで一万円、 その上のクラスになるといとも簡単に二万円だと言う。

「せっかく来たのだから、思い切って、、」と言う夢は値段を聞いただけでもろくも砕け散ってしまい、どんぶりの上に蟹足をしき並べた、、、、何とかどんぶりで我慢することにしたが、、、それでも3,500円は最近にない高い昼食代であった。

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40年はほんの瞬き

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越前海岸で食事をした後、40年ぶりくらいで訪れた東尋坊。

冬の暗鬱な雲と強い西風を予想していたのだが、まったくの予想はずれ。

穏かな春風というより、初夏といった感じのぽかぽか陽気になっており、防寒着も車において断崖を目指して歩く。

みやげ物店を抜けて、少し降り展望台から見晴らせば、足元がきれいに舗装されていること以外にな~んにも変わっていないような気がする。

これらの自然から言えば、40年なんてほんの瞬きほどの一瞬間にしかならないのだろうな。

はるか水平線まで見渡す限り、海には波もなく、空には雲もない。

足元の岩には、打ち寄せる波もわずかで海面近くまで歩いて降りることが出来た。

今夜の宿は、ここから車で15分くらいの三国観光ホテル。

「日本海に沈む夕日が見られる」と言うのが売りだったが、夕日は傍の建物に隠れて見ることが出来ず、食事もあまり良くなかった。

利用者の口コミが良かっただけに、がっかり感は尾を引いて、、、、

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2013年3月 3日 (日)

椿の木に身を隠して

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三月三日は桃の節句。いつもなら咲き出す花も今年は蕾み膨らむといった状態で足踏みをしているようだ。

今日は、桃の花を求めて、いつも見かける麻機沼の近辺を歩いていたら、椿の樹の中になにやら大きなものが動いた気配がした。

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はっきりしないので、遠回りに反対側に行くと「星五位」が一羽、、、、

星五位とは、五位鷺の幼鳥で鷹に似た羽の中に白い点々が散らばっているいるところから名づけられた名前である。

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大きさと言い、羽根の色といい、鷹に似せることで一種の警戒色で幼児期を乗り切っているのだろうが、親鳥のすっきりとしたツートンカラーに変色するのはもうすぐのことと思う。

五位鷺の名前の由来は、平安時代末期、醍醐天皇によって名づけられたと平家物語に書いてあるそうだが、原本を読んだことがないので知らなかった。

五位の位といえば、昇殿を許される殿上人の一番下の階級になるのだが、どんな功があってなったのだろうか、案外空から舞い降りて階(キザハシ)にでもちょこなんと立っていただけかもしれない。

そうなると、桃の節句のひな壇には坐るとしたら、五人囃子の傍だろうが坐る席はない。

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ともあれ、自分に見られているのを知りながら飛び立とうとしないのは、親鳥の別名を「夜鴉」と言われるように夜行性の性質を受け継いで眠いのか、日中はカラスや猛禽類など難敵が多いためであろうと推測して、10枚ほどシャッターを切ったところで、その場を離れた。

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2013年3月 2日 (土)

安倍川右岸の河津桜

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安倍川右岸m遠藤新田の河津桜が咲きだした。と言う記事を目にしたのは一週間くらい前の新聞であった。

それなら、もう満開かなとばかり蓮根を道の駅に出荷した後の帰り道、少し遠回りになるが立ち寄ってみた。

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特に駐車場もないので道脇に車を止めて、安倍川の土手下の道に向かう。

車を止めた場所からも、桃色にけむる桜並木が目に付く。

今日は、土曜日なのだが、予想に反して花見客が少なく人ごみ嫌いの自分には勿怪の幸いといったところ、、、。

近寄ってみると、木によってばらつきはあるが、満開の木はなく平均して五分咲きといった感じがする。

途中すれ違った人は「昨日から見ると急に開花が進んだようだ」とのことだったので、新聞が報道してからほとんど開花情況が進んでいなかったことになる。

023土手下の日当たりがよい場所と言う、同じような条件、同じクローンの桜なのに、どうしてこんなにばら付きが出るのだろう。なんて思いながら眺めていると、メジロとヒヨドリの集団が喧嘩もしないで一本の木に群がる。

我が家の餌場と違って、これまたどうしてなのか、、、、、、、、、

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なんでも、110本余の桜が、10mほどの間隔で植えられているのだが各木の幹に二人づつの名前を書いた木札が付けられているのは苗木を買った人のだろうと推察できる。

まだ若木なので、樹高も四mほどしかないが、10年20年後には桃色の回廊が出来上がるに違いない。

そのときには、なぜだろうなんて考えることもないだろうが、、、、、、

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2013年3月 1日 (金)

柳にミツバチは

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あさから、気温が高くなって、起き掛けに板の間を裸足で歩いても冷たさを感じなくなってきた。

一雨ごとに春めいてくるいまの季節。、後から降った雨はまた一段と春を呼び込むに違いない。

そんななか、散歩に出かけた麻機沼では、柳の木には、子供の頃から「ネコネコオンボ」と言い習わした、猫の尻尾を思わせる花が咲き出していた。

こんな花でも、蜜があると見え蜜蜂が交互に訪れ、春の喜びを謳歌しているようだった。

柳にミツバチ、、、、、、まだモンシロチョウは姿を見せていないが

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「胸の振り子」と言う歌を小さな頃聞いた記憶があるので、てっきり戦前の歌かと思っていた。

柳に燕は あなたとわたし 胸の振り子がなるなる 朝から今日も、、、」

霧島昇の声でずいぶんモダンな感じのする曲で、今でもヒットしそうな歌だった。

柳とつばめの取り合わせ。聞いた限りでは春の恋歌、と思っていたが、いつのころだろうか。

柳の葉の間をツバメがすり抜けていく季節、、、、、、初夏かな?

花札の世界では、11月の図柄にされているし、、、、まぁ、人間の恋には季節は関係ないか。

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