たいしたことではない
麻機沼の堤防工事の際に、側面緑化材として、種がまかれたようで、一時は一面ピンク色に染められた感があったが、ここ二~三年ほかの草に負けたらしく、草の間にまぎれるようになってきた。
しかし、これはこれでまた景色がいいようだ。
ただ、この草も外来種であり、麻機沼を昔に戻そうとする人たちにとっては、邪魔な植物かもしれない。
一般に月見草と呼ばれる待宵草(マツヨイグサ)とは、同じアカバナ科に属するのだが、黄色い花びらの待宵草とはずいぶん印象が違い、この花の色合いは桃色と言うより、ピンクといったほうが似合っていると思う。
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傍目には危険な動作に見えても、長年その仕事をしているものは感覚が麻痺して、平気になったり、そんなことが起こるとは予想もせず、いざ起きたときには「想定外」とあわてふためくものである。
今回茨城県で起きた、原子力機構の研究員が被爆し、放射能が施設外に放出された事故もそのひとつかもしれない。
今日のテレビを見ていたら、この事故の報告がかなり遅れていた上、会見に臨んだ施設の責任者は何だか他人事のように”しら~”とした口調で経過を述べるだけだった。
つまり、この人たちからみれば、「何も騒ぎ立てるほどの事故ではなかった」と言いたいのではなかっただろうか。
放射能は、目に見えない上大変危険なものだとの認識は、どうも原子力村といわれる業界の中で認識が薄いのではないだろうか。
いまから13年前にも放射性物質をバケツで移動させるというあきれた裏マニュアルの手段で限界事故を起こし四人が死亡する事故が起きている。
また、最近では、指摘された検査をしないで済まそうとした敦賀原発など、福島の原発事故から教訓を得ようとしない振る舞いが多いのは、なんだかんだと言っても安倍自民党政権が原発再始動に協力してくれるとタカをくくっていると見てよいのではないだろうか。
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折から、全柔連の理事がセクハラで辞任をするそうだが、何とか村といった狭い世間を作っている団体は何かと独りよがりの思い込みでことを小さくしてしまう傾向がある。
これらが風通しよくなるのは、、、、、百年俟河清 といった所なのだろうが、こんな人たちに危険なものを扱わせるのはここらでやめにする必要がある。
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