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2013年7月11日 (木)

思い込みのペルシャ

Q

麻機の一角にハルシャギクの群生しているところがある。

053赤みがかった濃い黄色の花びらの中心に臙脂の模様が入り、別名を蛇の目菊といわれるのは日本古来の蛇の目傘に見立てているところからきている。

この花は、アメリカから入ってきた外来種でキンケイギクの仲間なのだが、キンケイギクが駆除の対象にされているのに対して、それほど問題視されていないのはどうしたわけだろうか。

ハルシャギクとは、いまのイランをペルシャと言っていたがどうもその花の格好がエキゾチックに見えてペルシャ菊というのが始まりだった言う説がある。

それにしても、広い範囲を黄色く染めた景色は、ペルシャ絨毯とはかくのごときか。なんて思ってしまう物知らず。

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小学校の頃だったか、音楽の時間に”ペルシャの市場にて”と言う歌を始めて聞いた。

戦後間もなくのころで流行歌は暗くじめじめした内容ばかりだったが、童謡は”森の水車”や”鐘のなる丘”など明るい歌が多かった。

そして、学校で教えられる唱歌はオルガンの伴奏で歌ったが、蓄音機から流れる小さな音のクラシックは何だか難しくてとっつきにくかった。

そんななか、ペルシャの市場にて、は遠い砂漠の彼方かららくだを連れた隊商が現れて、市場に入り物乞いの喧騒の渦に入り、、、そして日が暮れて皆が寝静まる。情景を聞かされると見たことのない異国の風景が目に浮かぶようだった。

ところが、後になってこの曲は、イギリス人のケテルビーが放送の穴埋めのため急遽作った曲であることを知った。

ケテルビーという人はペルシャに言ったことがあるのだろうか、どうも経歴から言うと言ってはいないようである。

しかし、初めて聞いたときには、この曲は絶対中東の人が、いやペルシャの人が作った歌だと思っていた、、、、。

思い込みとは間違いの始まりである。

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