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2013年8月16日 (金)

わがまま放題の食事

004

クサギの花が当たり一面に芳香を漂わせている。

009一つ一つはそんなに匂わないのだが

若葉の頃のはの臭いは悪臭の一言で、子供の頃は触っただけでこの臭いが肌や服に染み付くので、見かけると避けて通った木であり、このことが名前の由来である。

この臭いは、子供ばかりでなく無視も嫌だったらしく、あまり食害を受けた葉っぱは見当たらなかった。

しかし、花は違う。この花の匂いはちょっとした香水の香りに似ているが、集団で咲くため、エレベーター内の外国製香水に似て、、、、、、、、、

何事も過ぎたるは、、、、、、状態である。

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今日は、息子が昼を奢ってくれるというので、清水の榊屋に行ってきた。

ただ久しぶりのことなので嬉しくて早出したため、開店前に到着し、時間つぶしをかねて、興津の坐漁荘に行くことにした。

坐漁荘は明治、大正、昭和の元老として名高い西園寺公望の別荘だった建物で、大正以後の政治に大きな影響を与えた場所であった。

入ってみて、柱や壁が新しすぎるので不審に思って聞いてみたところ、本来の建物は犬山の明治村に移築し、これは復元家屋であるとのことだった。

そういえば、明治村で一度見かけたことがある。とそのときになって初めて気が付いた。

明治村では、概観を見ただけだったが、此処は隅々まで見て歩くことが出来、案内の人の説明も聞けたが、これだけ大きい建物が別荘だとはさすが、、、、

ただ、一番興味を持ったのは、彼の十七歳のときといわれる写真で、乱れたちょんまげを結った肖像は、次男坊とはいえとても公家の息子には見えず、いまどきの若者にもこんな風貌のものがいる。

それが、四十代くらいにはかなり変貌し、この別荘に住んでいたころには、如何にも実力者と言わんばかりの体格と表情をしており、若い頃とは似てもに似つかぬようになっている。

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約三十分、そろそろ開店時間になったので食事に向かったのだが、われわれ夫婦はいつもどおり刺身定食を注文し、息子は海鮮どんぶり。

奢ってもらうといいながら、店も食事もこちらが勝手に決めて注文し、支払いは「おまえさん」というわがまま放題の幸せな食事は、いつも以上に美味しく感じたものであった。

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コメント

おばさま
前に清見寺に行ったときすぐそこだから見てきたら、と言われていた建物ですが、、、、、
こういう建物を見て歩くのも、また一興かもしれませんね。
いまでは、海岸近くも埋め立てられバイパスや倉庫などで、景色もよくありませんが、この建物の建築当時は、庭先から砂浜が続き、三保や伊豆半島がさえぎるもの無しに見えたそうです。
時代背景とともに、その人の人柄や思想に触れられるかも、、、、とおもいます。

投稿: オラケタル | 2013年8月18日 (日) 21時38分

tomokoさま
四十歳近くになってまだ結婚できない息子です。
その理由は、周りの友達や仲間が結婚したけれど、みんな離婚をしてしまった。
それなら何も高いお金をかけて、恥をかくこともない、、

独り者なので自由気ままに生活し、滅多にご馳走などしてくれるはずもなかったし、当てにもしていなかったので、余計に嬉しかったのです。

投稿: オラケタル | 2013年8月18日 (日) 21時34分

優しいご子息様ですね。
ご馳走してくれる気持ちは、優しさの表れ。
坐漁荘
明治村に移築しましたが、当時の興津は別荘を
作るような風光明媚な地だったんでしょうね。
わが町に「古渓荘」蒲原に「宝珠荘」の別荘をもった
従一位勲一等伯爵 田中 光顕が住んでいたんですよ。

投稿: おばさん | 2013年8月17日 (土) 23時16分

こんにちは!
連日の猛暑に辟易しながらやっと生きてるといったところです。
息子さんにご馳走になって、お幸せでしたね!
我が家は隣りに住む二男の嫁が(多分)気を遣ってくれて時々、食べに連れて行ってくれます。大したものじゃないですが、その気持ちが嬉しいのと、2人以上の人数で一緒に食事することの喜びを味わいますね。

投稿: tomoko | 2013年8月17日 (土) 16時54分

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