加子母の明治座
東名が秋の集中工事に入って大渋滞が予想されるのと、通勤割引を当てにして、早めに出発した。
そのほかにも、うれしさ半分がつのって、家でじっとしていられなかったためもあってのこと、、、、
ところが、ほとんど渋滞らしいものがなかったため、豊田ジャンクションから東海環状道路そして、中央道の中津川についたのが食事休憩を入れたのに正午に到着し、これでいくらなんでも早すぎるので、途中見たことのないところをないかと道路標識を眺めながら行くと、現在は中津川市となってしまったが、山あいの村で、加子母村と言うところに”明治座”と言う建物があることを道路案内で知った。
建てられた当時、この集落に済んでいた娘さんの名前がちりばめられた幕
横道にそれて500mほど、集落の一番上にある建物は何か懐かしさを覚えさせる芝居小屋で明治27年、このあたりの住民が一年がかりで建てたそうで120年余の歴史があるけれど裏木曽と言うよい木材産地の材料だけあって、内部を見ても気に傷みがない。
あまり知られていないためもあってか、自分が訪れたときも誰もいなくて、管理人が専属で案内してくれた。
明治の芝居小屋、昭和30年代までは歌舞伎から芝居 演劇、映画と連日のように娯楽を提供して盛況であったが、最近では、年に一回、村の人たちで行う歌舞伎くらいになってしまった。とさびしそうな口ぶり、、、、
それでも、先日なくなった中村勘三郎さんの公演の時には定員600人おところ700人も入ったそうで、昔ながらのこの小さな小屋にそんなには入れたのかと思わせる。
そのほか、この集落出身の越原和、春子夫妻が名古屋に中京女子短大を作った人だそうで、その縁でレスリングの伊調姉妹や吉田沙保里さんもきて、修理費の募金に応じたそうで名札がかけてあった。
また自分も、一番下の弟がここの小学校で勤務したこともあり、入場料と思って300円を寄付し名札を掛けてきた。
| 固定リンク
コメント