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2013年11月27日 (水)

はじもみじ

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最近の冷え込みで、櫨の木も葉っぱを赤く染めてきた。

櫨の葉っぱの紅葉は”はじもみじ”と言って季節を示す季語にもなっている。

木の種類としては、漆の仲間で弱いながら敏感な人はかぶれることもあるそうだが、本物の漆にもかぶれない鈍感な自分には通用しない。

写真に見る櫨は、古来から日本にあったものでなく、歌の季語に使われている”はじもみじ”は同じ仲間でも少し種類が違うそうだ。

自分なりには、区別がつかないがこれだけ沢山実をつける櫨は、江戸時代に中国~琉球をへて日本に来たもので、これから抽出した蝋で蝋燭などを作り、藩の財政を潤していたことから、競って栽培を奨励したため、暖かい土地では、ほとんどこの櫨に取って代わられた。

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コメント

星さま
コメントを入れたつもりになっていましたが、書いていなかったのですね。
どうも申し訳ありませんでした。これもボケのひとつとお許しください。
ヤマキがヤマサですか、初めて知りました。
また津波祭りにもっこで土運び、何でも祭りにしてしまいますね。
最も祭ると言うことそのものが亡くなった人に対する鎮魂でしょうが、、、、、
良い話を聞かせていただきました。

投稿: オラケタル | 2013年12月 5日 (木) 21時18分

稲むらの火の主人公は、浜口さんという方で、嘉永のころ耐久社という私塾をつくり後に旧制中学校になったのです。唯一の中学校でしたから自転車、汽車、徒歩とよくぞまあと今にして思えば遠い道のりでした。
ちなみに浜口さんは千葉の野田で醤油を製造しておられます。紀州をあらわすヤマキが横になってヤマサとなったとか。
毎年、津波祭りが催され、もっこで土を運びました。先日も昔ながらにやったとのことです。(もっこはビニールの袋になったみたいで)
ついでながら、敗戦の翌年南海地震があり津波がありました。防波堤はありましたが、川を逆流してかなり被害があり毎日復旧作業でした。
寄る年並みでしゃべりだすとながいですねえ、、、オラケタル様の贅肉を削ったコメントに比べて恥ずかしい次第です

投稿: 星 | 2013年11月29日 (金) 22時29分

星さま
お久しぶりです。
はぜの木ひとつでいろいろと思い出があるものですね。
津波で有名な「稲むらの火」の傍で育ちましたか。
この堤防は、予想される大津波に持ちこたえるのでしょうか。
静岡では、海岸付近の集落が心配されていますが、話しがなかなかまとまらないようです。

投稿: オラケタル | 2013年11月29日 (金) 21時27分

小学生のころはぜの木の枝でチャンバラをやって遊んだらあくる日腫れた顔で学校へ来た子がいた。
中学校では最近有名になった「稲むらの火」に防波堤に太いはぜの木が生えていた。
大人になって、はぜの実にあつまるヒヨドリを撃って友達と一杯やった。(和歌山は有害鳥類で、、)
など古い追憶をたどって 現実の有田の山を見ると 捨て畑(栽培放棄地)に生えたはぜの木が紅葉をはじめています。

投稿: 星 | 2013年11月28日 (木) 22時56分

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