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2013年12月24日 (火)

受難?の日

014

すっかり葉の落ちた藪の中に真っ赤な茨の実が見えている。

五月、一面真っ白な花を咲かせていた茨も、その後まわりの草に覆われてその所在も定かでなかったが、草木も葉を落としていまは、「さあ自分の出番」とばかり、その赤さを見せびらかしている。

しかし、その実は色こそ赤いものの、自分にはなんだか硬くて美味そうには見えない。

これは、木や草の実が好物の鳥たちにもそう見えるらしく、いつまでも赤いまま茨の先端からなくならないでいる。

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ジンゴベー ジンゴベー ジンゴオーザ エー

このほうが学校で習った英語で歌うジングルベル ジングルベル ジング オール ザ ウエイ と言う歌い方より外人に通用するそうだ。

今日は、クリスマスイブ。キリストが生まれた日の前夜祭である。

熱心では無いが、曹洞宗のお寺を檀那寺にもつ自分には関係の無い日である。

しかし、午後になって近所の親しくしている家から、七面鳥ならぬ鶏の焼いたものがそっくり一羽分と届いた。

三十数年前、ペルーで朝昼晩と鶏を食べさせられて以来、すっかり鶏嫌いになり、最近ようやく、から揚げなら少しは食べてみようか、ぐらいまで回復していた自分にとって、大きな皿に丸裸にされ、首から先の無い鶏は見るだけで食欲がわかない。

それでもせっかくのものを、もったいないと手をつけ、焼酎のお湯割りのお供にと手をつけたが、腿肉一本が精一杯、、、、、、、

連れ合いもほとんど食べないくせに「綺麗に食べてしまうまで、何度でも出しますよ」という。頷いたものの、また鶏嫌いが再発しないかと、、、、、、、

キリストは、ゴルゴダの丘で十字架の架けられたとき、棘がいっぱいの茨の冠をしていたと言うが、自分にとって、鶏の丸焼きは一種の受難である。

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あれほど、嫌いになったと思っていた鶏肉だったが、これが意外と美味かった。

となると、気持ちだけのアレルギー    食わず嫌いだったと言うことになる。

これを機に、また、、、、お礼を言わずばなるまい

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