« 馬鹿を続けよう | トップページ | 空を飛びたい »

2014年1月23日 (木)

三寒四温か?

004


日中の気温が十五度にもなって、春が来たのかと錯覚させるような一日になった。

椿の花も開花し、うらうらとした陽気の彼方に強い風で雪を吹き飛ばし、黒い山肌の見える富士山が、まるで雪解けしたかのように見えるのもこの気温のせいであろう。

気象予報はまだこれからいくつもの寒さが来なければ春にはならないと言うが、三寒四温はすでに始まっていると見るのは早計か、、、、、、、、

.

.

「弱ったときにはミルクに卵」

昭和三十年代、大怪我で入院を余儀なくさせられていたころ、やはり大怪我で入院していた仲間が口癖のようにして言っていた言葉である。

このころの卵は、一個10円ほどだった。多分今の値段で言うと200円ぐらいに相当する値段ではなかろうか。

昭和30年代前半と言えば、コミックの「3丁目の夕日」とかでよい時代だったと言う認識が一般だが、当時は、朝鮮戦争特需の後の景気が悪い時代で失業者が巷にあふれていた時代で、それを救済するために、失業対策事業と言って、国が行う土木工事があった。

そのときの賃金が一日あたり240円、つまり百円札が二枚と十円が四個で”ニコヨン”と言われていた。

そして、そのころの自分の初任給が一日あたり247円、月給が六千円に少し欠けていたので、ニコヨンよりほんの少し良いだけだったことを今でも記憶している。

会社の独身寮の食費は一日100円、育ち盛りの胃袋はこれだけでは我慢しきれずコッペパンが毎日一個は必要であった。

そのため、今では使われなくなったエンゲル係数でいうと60%を超えていた。

だから、卵なんて内蔵の病気でもしなければ、とても食べられる余裕はなかった。

その卵も、40年代に入ったころから物価の優等生なんていわれて、昨年あたりまでその価格を維持してきたが暮れからこっち、急激に値上がりして来ている。

いろいろ原因もあるらしいが、鶏の飼育を減らした業者に奨励金、つまり、米の減反政策に似た方式をとったのと、夏の暑さで鶏がかなり死んだのとが重なったためと新聞に書いてあった。

しかし、今年に入ってからもなかなか高止まりしていて値段は下がらない。

この調子で、消費税が上がれば、、、、、、、、、

再び、「弱ったときにはミルクに卵」となるのか

|

« 馬鹿を続けよう | トップページ | 空を飛びたい »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90605/58997375

この記事へのトラックバック一覧です: 三寒四温か?:

« 馬鹿を続けよう | トップページ | 空を飛びたい »